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迷い
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眠れぬ夜を過ごす皇帝の寝室に、 小龍は現れた。
高床に横たわったまま、 堯舜は気配を察して言葉をかける。
「彼女はみつかったか」
思ったより期待していない自分が不思議だ。広い部屋に無機質に声が響いた。
「結論から言えば行方知れずですね。3年前に盗賊に襲われた嫁入りの輿の事件に関しては情報がありましたけど、乗っていた新娘はそれっきりって話とかね」
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
彼女と出会った時、 堯舜は暗殺者に追われ、毒も盛られて朦朧としていた。命からがら花嫁行列の輿に忍び込んだのである。
彼女は紅布で顔を覆っていた。素顔も見たはずなのだが記憶が朦朧としている。盗賊に襲われたまでは 堯舜にも記憶がある。あれは盗賊ではなかった。 堯舜を狙うものに、彼女は巻き込まれただけだった。
花嫁行列の護衛はほぼほぼ逃げだし、彼女はお付きもつけていなかった。無我夢中で 堯舜は暗殺者を皆殺しにしたはずだ。
彼女の名前も知らない。朦朧としながら、彼女を抱いたことだけ鮮烈に覚えている。彼女のとろけるような大きな瞳に見つめられて熱くほてった身体を輿の中で抱いた。
思い出すと今でもたぎるものがある。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼女と俺だけの世界だった。名も知らぬまま、身分も何もかも関係なく求め合う男と女だった。
必ず迎えに行くと約束して、母から預かっていた翡翠のかんざしを彼女の髪に刺した。護衛が戻る声も聞こえたが、暗殺者たちの追撃も来て、無我夢中で追っ手たちを彼女の輿から引き離し、ちゃんと始末したはずだ。
「まあ傷物になった新娘が追い返されるのを見た村人もいますから、盗賊に襲われて亡くなったわけじゃないと思いますね。女の実家はそんな娘はいないとダンマリですね。中東部の薬問屋みたいですよ、娘の名前も誰も教えてくれません。なんでもうちには娘は1人しかいないとか嫁に出した娘はいないと言ってました」
「ふむ」
小龍は続ける。
「ただね、これも下働きの小僧にきいたとこ、家の面子を台無しにしたって勘当されて追い出された娘を目撃したらしいんです。3年前に奉公に来た日に追い出される娘をみたが、みんなダンマリで詳しいことは分からないけれどって、まあ詰みです」
堯舜は自分が不甲斐なかった。何が皇太子だ、何が皇帝陛下だ。情をかけた女1人守れずに不甲斐なさすぎる。
命からがら生き残って、父の行方不明を知った。混乱する政を立て直すために、すぐに即位しなければならず彼女を探しに行くことも出来なかった。
「そうそう、下働きの小僧に金を握らせたらおかしな話も聞きました。なんでも残った方の娘が高笑いしながら本当あの媚薬最高ね、貞淑でいけすかないルルーがゆきずりの男を嫁入りの輿に抱き込むなんて予定外だわって、ヒヒ爺との初夜を応援…」
「もう、いい」
報告を読み上げる小龍を遮る。
「つまり、彼女は姉妹に媚薬を盛られていたわけだ」
「結婚を嫌がっていたみたいですね」
あんなに激しく愛し合ったのも、彼女の気持ちではなく運命的な出会いでもなく、誰かの悪巧みに便乗したようなものだと知ると、恥ずかしくて死んでしまいそうだった。彼女は不本意だったのだ。
一世一代の大恋愛をしていたつもりの自分を恥じた。人生をめちゃくちゃにした一因が自分にあると責任を感じた。
「やはり、彼女をみつけて謝罪しなければ」
「まあ、分かったことはルルーかリリーかランランか、そんな感じの名前を呼んでいたって曖昧なんですが」
この国に10万といる名前だろう。
「翡翠のかんざしを持っている女をさがせ、ふれを出してもいい」
小龍は御意と答えると音もなく去っていった。
堯舜はなかなか寝付けそうになかった。
高床に横たわったまま、 堯舜は気配を察して言葉をかける。
「彼女はみつかったか」
思ったより期待していない自分が不思議だ。広い部屋に無機質に声が響いた。
「結論から言えば行方知れずですね。3年前に盗賊に襲われた嫁入りの輿の事件に関しては情報がありましたけど、乗っていた新娘はそれっきりって話とかね」
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
彼女と出会った時、 堯舜は暗殺者に追われ、毒も盛られて朦朧としていた。命からがら花嫁行列の輿に忍び込んだのである。
彼女は紅布で顔を覆っていた。素顔も見たはずなのだが記憶が朦朧としている。盗賊に襲われたまでは 堯舜にも記憶がある。あれは盗賊ではなかった。 堯舜を狙うものに、彼女は巻き込まれただけだった。
花嫁行列の護衛はほぼほぼ逃げだし、彼女はお付きもつけていなかった。無我夢中で 堯舜は暗殺者を皆殺しにしたはずだ。
彼女の名前も知らない。朦朧としながら、彼女を抱いたことだけ鮮烈に覚えている。彼女のとろけるような大きな瞳に見つめられて熱くほてった身体を輿の中で抱いた。
思い出すと今でもたぎるものがある。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼女と俺だけの世界だった。名も知らぬまま、身分も何もかも関係なく求め合う男と女だった。
必ず迎えに行くと約束して、母から預かっていた翡翠のかんざしを彼女の髪に刺した。護衛が戻る声も聞こえたが、暗殺者たちの追撃も来て、無我夢中で追っ手たちを彼女の輿から引き離し、ちゃんと始末したはずだ。
「まあ傷物になった新娘が追い返されるのを見た村人もいますから、盗賊に襲われて亡くなったわけじゃないと思いますね。女の実家はそんな娘はいないとダンマリですね。中東部の薬問屋みたいですよ、娘の名前も誰も教えてくれません。なんでもうちには娘は1人しかいないとか嫁に出した娘はいないと言ってました」
「ふむ」
小龍は続ける。
「ただね、これも下働きの小僧にきいたとこ、家の面子を台無しにしたって勘当されて追い出された娘を目撃したらしいんです。3年前に奉公に来た日に追い出される娘をみたが、みんなダンマリで詳しいことは分からないけれどって、まあ詰みです」
堯舜は自分が不甲斐なかった。何が皇太子だ、何が皇帝陛下だ。情をかけた女1人守れずに不甲斐なさすぎる。
命からがら生き残って、父の行方不明を知った。混乱する政を立て直すために、すぐに即位しなければならず彼女を探しに行くことも出来なかった。
「そうそう、下働きの小僧に金を握らせたらおかしな話も聞きました。なんでも残った方の娘が高笑いしながら本当あの媚薬最高ね、貞淑でいけすかないルルーがゆきずりの男を嫁入りの輿に抱き込むなんて予定外だわって、ヒヒ爺との初夜を応援…」
「もう、いい」
報告を読み上げる小龍を遮る。
「つまり、彼女は姉妹に媚薬を盛られていたわけだ」
「結婚を嫌がっていたみたいですね」
あんなに激しく愛し合ったのも、彼女の気持ちではなく運命的な出会いでもなく、誰かの悪巧みに便乗したようなものだと知ると、恥ずかしくて死んでしまいそうだった。彼女は不本意だったのだ。
一世一代の大恋愛をしていたつもりの自分を恥じた。人生をめちゃくちゃにした一因が自分にあると責任を感じた。
「やはり、彼女をみつけて謝罪しなければ」
「まあ、分かったことはルルーかリリーかランランか、そんな感じの名前を呼んでいたって曖昧なんですが」
この国に10万といる名前だろう。
「翡翠のかんざしを持っている女をさがせ、ふれを出してもいい」
小龍は御意と答えると音もなく去っていった。
堯舜はなかなか寝付けそうになかった。
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