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異世界学校
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「……オレはおかしくない……。世の中がおかしいんだ……」
風置遊多は一枚のコピー用紙を握り潰した。
テストの答えを盗みに、深夜の校舎に侵入。
お目当ての品は手に入れたものの、生憎の嵐の訪れによって、中学校に留まることを余儀なくされた。
そして、目が覚めたら、これである。
「どこなんだ……」
眼前に広がるのは、見慣れたグラウンド。
その先には、見覚えのないジャングル。
学校ごと異世界に転移してしまったのだ。
* * *
手始めに、校舎の中を歩き回った。
誰もいない。
次に、ジャングルに少しだけ足を踏み入れた。
誰もいない。
仲間によるドッキリ?
盗みを働いたことに対する教師からの罰?
困惑に悶える頭脳でさえ、それらの可能性がありえないことの判断はついた。
間違いなく、そこは異世界。
「頭を冷やすか」
蛇口をひねると、水が出た。
「ついでに……」
用を足してみて、異世界なのに、上下水道が機能していることを確認。
仕組みはわからなかった。
「わかんねぇ……。なんにもわかんねぇ……」
遊多は冷えた頭を抱えた。
* * *
校則を守るいい子ばかりの学校なので、お菓子の類はどこにもなかった。
職員室には、少々の飴。
誰もいない異世界が怖い。
保健室の毛布にくるまり、じっとして一日を過ごした。
それでも、腹は減る。
「行くしか……ないのか?」
異世界生活2日目の朝。
遊多は冒険に出た。
* * *
元いた世界ではお目にかかったことのない植物。
正体不明の鳴き声。
鬱蒼と生い茂る草をかきわけ、遊多はジャングルを進んだ。
「あっ! ……あぁ……。あっ! ……あぁ……」
動物を見つけた!
……と思ったら、そいつはすでに遠くへ跳んでしまっている。
それを何度か繰り返した。
虫に手を伸ばしかけたが、
「さすがに無理」
ようやく見つけた果実。
「毒がないことを祈るしかないな。……おっ」
意外と美味かった。
調子に乗って、もうひとつ、もうひとつ……と食べ続けていると、ふと、どこかから視線。
もしかして人!?
期待に浮かれて、振り返ると……
化け物。
「……!!!」
遊多は駆け出した。
恐怖のあまり、声も出ない。
教師やクラスメイトから不良として疎まれてはいるが、実のところ、ケンカさえしたことがなかった。
宿題をせず、授業中に寝る、不真面目な生徒。
それが遊多の実像である。
未知の化け物と戦う胆力などない。
「ひとつくらいフルーツ持って逃げりゃよかった」
息を荒げながら、ちゃっかり食事の心配をした。
* * *
異世界の化け物は不思議な生態をしていた。
「なんで入って来ないんだろう?」
やつは学校の敷地内には決して侵入しなかった。
この世界の生物にとっては、この学校は異物。
それ故の警戒かとも考えたが、
「多分、それは違う。虫一匹だって入って来ないんだから」
最低限の安全は保障されている。
お腹は満たされた。
窓を開けて、景色を眺める。
気持ちのいい風が吹き込む。
* * *
遊多は再びジャングルに繰り出す決意をした。
丹念な観察の結果である。
どうやら、例の魔物はおとなしいようだった。
鳥が頭の上に乗ってさえずっていても、気にしない。
猿のような動物におちょくられて、右往左往。
のんびりジャングルを徘徊する日常。
「あいつ、もしかしたらオレと遊びたかったんじゃないかな」
楽観的な予想を胸に、遊多は校門を出た。
「まあ、一応バットは持ってくけどね」
* * *
化け物とは簡単に仲良くなれた。
挨拶をして、食べ物を分ける。
ただそれだけだが、
「人間ってそんなもんだよな。……こいつが人間かはわかんないけど」
言葉が通じないとはいえ、友人ができたことは嬉しかった。
孤独が癒されるからだ。
「どうした?」
化け物の頭の上には触手めいた物がある。
それをくねらせて、遊多にやたらと見せつけてくる。
やがて、痺れを切らしたかのように、どこかへと移動を始めた。
「門限か?」
置いて行かれるのは寂しかったので、遊多はついて行った。
やがて現れたのは、
「畑!?」
様々な植物が規則正しい列をなして生えている。
自然なものとは思われなかった。
化け物は触手をふりふり。
「もしかして、オレに分けてくれるのか? なるほど。借りは返すのが筋だもんな。ダチなら、尚更」
遊多の微笑みに、化け物は触手の動きで返した。
「ありがとう。きみの気持ち、伝わってるよ」
* * *
「だんだんわかってきた……気がする」
化け物の言語は、どうやら触手を用いたジェスチャーらしかった。
友達とはお互いをわかり合いたいものだ。
遊多は毎日、ノートとシャーペンを持って、化け物の言語を研究した。
勉強らしい勉強など、久々であった。
自分から進んでとなると、生まれて初めてかもしれない。
時間も手間もかかる作業。
決してつらくはなかった。
友達といるのは楽しい。
話すことはいくらでもあった。
時間もたっぷり。
宿題も娯楽もないのだから。
楽しく遊んでいるうちに、自然と言語を獲得できた。
《行ってはいけない》
ただし、発言の直訳を理解することと、その真意を理解することは別である。
「行ってはいけない……って、どこに? どうして?」
《怖い。あの辺。行ってはいけない》
化け物は怯えていた。
しかし、不良は周囲の忠告など聞き入れない。
その上、この世界は退屈で仕方ない。
「わかった。行かないよ」
絶対に行こうと考えながら、遊多はにっこり微笑んだ。
* * *
遊多が禁断の領域へ向かったのは、その翌日のことだった。
念のため、バットを持って。
きっと、今ごろ、化け物は遊多を待っているだろう。
この日も会おうと約束していたのだから。
だが、遊多はそんなこと気にしない。
「何があるんだろう? 異世界らしい冒険が待ち受けてるのかな?」
もしかしたら、美味しい果実が生っているかも、などと都合のいい妄想を膨らませ。
ところが、幸先の悪いことに、雨。
「バットよりも傘を持ってくりゃよかったんだな」
雨宿りのため、洞穴の中へ。
外を眺めながら、ぼんやり。
びしゅうぅぅぅ、びひゅぅぅぅう。
雨や風の音とは違う何かが、洞穴の中から聞こえてきた。
ポッケから懐中電灯を取り出し、遊多は闇を照らした。
ぶひゅるるるう、ずぶひゅうぅぅぅ。
不吉な音を奏でているのは、
「雨雲? いや、波? ……来るな!」
異世界特有の自然現象かと思ったのも束の間。
それは動き始めた。
洞穴の出口を求めて?
だが、外に出てでも、なお動き続ける。
遊多を追いかけるように進み続けるのは偶然か?
それは意思を持っていた。
生き物だった。
持てる力が並大抵ではないことは、見ればわかった。
そいつの通った後には、草一本残らない。
「魔物!!!」
自然災害レベルの脅威を前にして、遊多に取れる選択はひとつしかなかった。
逃げ惑うこと。
《行ってはいけない》
遊多の心に、化け物の声が響く。
どうして友の忠告を素直に聞き入れられなかったのか。
後悔しても遅い。
運動不足の不良。
魔物に追い付かれ殺されるのは時間の問題だった。
「死にたくない……っ!!」
仲間、教師、クラスメイト、両親、親戚、学校生活、怠惰な日々。
脳内を流れる走馬灯。
遊多を助けたのは、その中にいない存在だった。
「化け物!!!」
どこからともなく現れた友人。
《生きろ》
触手で最期の言葉を伝え、化け物は魔物に立ち向かった。
* * *
結論を言えば、遊多は助かった。
学校に帰り、濡れた服を脱いで着替え、保健室で毛布にくるまった。
逃げ切れたことに対する喜びはない。
「また独りだ……」
窓の向こうには荒れる空模様。
嵐は数日続いた。
晴れ間が覗いた日、遊多は決意した。
「敵は討つぜ……」
* * *
とは言え、ケンカ未経験、復讐初心者。
何をすればいいかわからず。
それどころか、
「オレはまだこの世界のことを何も知らない」
知識がなければ対策の立てようもない。
遊多の戦いが始まった。
まずは地理の理解。
敵の根城はおそらく洞穴。
ただし、先日と同じところにいるとは限らない。
また、退路を確保する必要がある。
なるべく完全な地図作りを目指した。
並行して、体力作り。
ここは学校。
走り回るグラウンドも、懸垂に使える鉄棒もある。
最大の課題は武器作りだった。
どう考えても、素手ゴロで敵う相手ではない。
有り合わせの材料を使ってできる最も強力な武器は何か?
足りない頭で必死に考え出したのは……。
遊多は学校の屋上に高い高い棒を立てた。
* * *
決戦当日。
なるべく身軽な服装で、遊多は出陣した。
そして、片っ端から洞穴を探った。
「当たりだ!」
ひゅるるるぅぅぅぅ、びゅふうぅぅぅう。
遊多を認識すると同時に、魔物は大きな風の音を発し始めた。
そして、空を雨雲が覆った。
「来いよ!」
遊多は石を投げて、魔物を挑発。
踵を返して、全力疾走した。
狙い通り、魔物は遊多の後を追いかけてきた。
ジョギングで鍛えた脚力が、魔物との距離を縮めさせない。
無事、校門をくぐることのできた遊多。
問題はここから。
この世界の生き物は、なぜか学校の敷地内に侵入できない。
いや、生き物は、と言うより、動物は……。
「もしこの魔物が動物じゃなくって、自然現象もしくは神だとしたら、その法則は通じないんじゃないかな」
推理は的中。
魔物はただひたすらに遊多をめがけて突進する。
その体はまるで水のよう。
門や格子などの障害物をものともしない。
一方で、生身の遊多はまさに命懸けだった。
廊下でこけて、机にぶつかり、数段飛ばしで階段を駆け上がる。
捕まるすんでのところで、屋上に到達。
そこには、遊多が用意した高い棒。
「……」
それとなく、魔物を棒に近づけつつ、遊多は時間を稼いだ。
襲われそうになれば、バットで弾いた。
しかし、魔物の体は触れた物を溶かす。
遊多はあっという間に丸腰になってしまった。
「やるなら、やりやがれ。どうせ死ぬなら、悪あがきせずに死んでやる。できるだけのことはしたんだから、オレには後悔なんてないぜ」
遊多の言葉が魔物に通じたかはわからない。
魔物は体を大きく広げて、遊多を飲み込もうとした。
その時……
落雷。
雷は高いところに落ちる。
遊多が作った棒は、落雷にはうってつけだった。
そして、そのすぐそばには魔物がいる。
感電。
魔物は一瞬で霧消した。
「勝った……のか? オレは……勝った……。勝ったんだ!!!」
腰が抜けるほどの達成感が体を撃ち抜いた。
しかし、へたりこんだ遊多。
今、彼の心の中には空しさが広がっていた。
「何やってんだ、オレは……」
焦燥感だった。
「オレ以外の人間は今もまっとうな人生を満喫してるはずだ。勉強とか部活とか進路とか、悩んで苦しんで、進んでるんだ。……なのに……オレはいつまでもこんなところにいる」
頬を伝って流れ落ちた涙が、テストの解答用紙を濡らした。
*おしまい*
風置遊多は一枚のコピー用紙を握り潰した。
テストの答えを盗みに、深夜の校舎に侵入。
お目当ての品は手に入れたものの、生憎の嵐の訪れによって、中学校に留まることを余儀なくされた。
そして、目が覚めたら、これである。
「どこなんだ……」
眼前に広がるのは、見慣れたグラウンド。
その先には、見覚えのないジャングル。
学校ごと異世界に転移してしまったのだ。
* * *
手始めに、校舎の中を歩き回った。
誰もいない。
次に、ジャングルに少しだけ足を踏み入れた。
誰もいない。
仲間によるドッキリ?
盗みを働いたことに対する教師からの罰?
困惑に悶える頭脳でさえ、それらの可能性がありえないことの判断はついた。
間違いなく、そこは異世界。
「頭を冷やすか」
蛇口をひねると、水が出た。
「ついでに……」
用を足してみて、異世界なのに、上下水道が機能していることを確認。
仕組みはわからなかった。
「わかんねぇ……。なんにもわかんねぇ……」
遊多は冷えた頭を抱えた。
* * *
校則を守るいい子ばかりの学校なので、お菓子の類はどこにもなかった。
職員室には、少々の飴。
誰もいない異世界が怖い。
保健室の毛布にくるまり、じっとして一日を過ごした。
それでも、腹は減る。
「行くしか……ないのか?」
異世界生活2日目の朝。
遊多は冒険に出た。
* * *
元いた世界ではお目にかかったことのない植物。
正体不明の鳴き声。
鬱蒼と生い茂る草をかきわけ、遊多はジャングルを進んだ。
「あっ! ……あぁ……。あっ! ……あぁ……」
動物を見つけた!
……と思ったら、そいつはすでに遠くへ跳んでしまっている。
それを何度か繰り返した。
虫に手を伸ばしかけたが、
「さすがに無理」
ようやく見つけた果実。
「毒がないことを祈るしかないな。……おっ」
意外と美味かった。
調子に乗って、もうひとつ、もうひとつ……と食べ続けていると、ふと、どこかから視線。
もしかして人!?
期待に浮かれて、振り返ると……
化け物。
「……!!!」
遊多は駆け出した。
恐怖のあまり、声も出ない。
教師やクラスメイトから不良として疎まれてはいるが、実のところ、ケンカさえしたことがなかった。
宿題をせず、授業中に寝る、不真面目な生徒。
それが遊多の実像である。
未知の化け物と戦う胆力などない。
「ひとつくらいフルーツ持って逃げりゃよかった」
息を荒げながら、ちゃっかり食事の心配をした。
* * *
異世界の化け物は不思議な生態をしていた。
「なんで入って来ないんだろう?」
やつは学校の敷地内には決して侵入しなかった。
この世界の生物にとっては、この学校は異物。
それ故の警戒かとも考えたが、
「多分、それは違う。虫一匹だって入って来ないんだから」
最低限の安全は保障されている。
お腹は満たされた。
窓を開けて、景色を眺める。
気持ちのいい風が吹き込む。
* * *
遊多は再びジャングルに繰り出す決意をした。
丹念な観察の結果である。
どうやら、例の魔物はおとなしいようだった。
鳥が頭の上に乗ってさえずっていても、気にしない。
猿のような動物におちょくられて、右往左往。
のんびりジャングルを徘徊する日常。
「あいつ、もしかしたらオレと遊びたかったんじゃないかな」
楽観的な予想を胸に、遊多は校門を出た。
「まあ、一応バットは持ってくけどね」
* * *
化け物とは簡単に仲良くなれた。
挨拶をして、食べ物を分ける。
ただそれだけだが、
「人間ってそんなもんだよな。……こいつが人間かはわかんないけど」
言葉が通じないとはいえ、友人ができたことは嬉しかった。
孤独が癒されるからだ。
「どうした?」
化け物の頭の上には触手めいた物がある。
それをくねらせて、遊多にやたらと見せつけてくる。
やがて、痺れを切らしたかのように、どこかへと移動を始めた。
「門限か?」
置いて行かれるのは寂しかったので、遊多はついて行った。
やがて現れたのは、
「畑!?」
様々な植物が規則正しい列をなして生えている。
自然なものとは思われなかった。
化け物は触手をふりふり。
「もしかして、オレに分けてくれるのか? なるほど。借りは返すのが筋だもんな。ダチなら、尚更」
遊多の微笑みに、化け物は触手の動きで返した。
「ありがとう。きみの気持ち、伝わってるよ」
* * *
「だんだんわかってきた……気がする」
化け物の言語は、どうやら触手を用いたジェスチャーらしかった。
友達とはお互いをわかり合いたいものだ。
遊多は毎日、ノートとシャーペンを持って、化け物の言語を研究した。
勉強らしい勉強など、久々であった。
自分から進んでとなると、生まれて初めてかもしれない。
時間も手間もかかる作業。
決してつらくはなかった。
友達といるのは楽しい。
話すことはいくらでもあった。
時間もたっぷり。
宿題も娯楽もないのだから。
楽しく遊んでいるうちに、自然と言語を獲得できた。
《行ってはいけない》
ただし、発言の直訳を理解することと、その真意を理解することは別である。
「行ってはいけない……って、どこに? どうして?」
《怖い。あの辺。行ってはいけない》
化け物は怯えていた。
しかし、不良は周囲の忠告など聞き入れない。
その上、この世界は退屈で仕方ない。
「わかった。行かないよ」
絶対に行こうと考えながら、遊多はにっこり微笑んだ。
* * *
遊多が禁断の領域へ向かったのは、その翌日のことだった。
念のため、バットを持って。
きっと、今ごろ、化け物は遊多を待っているだろう。
この日も会おうと約束していたのだから。
だが、遊多はそんなこと気にしない。
「何があるんだろう? 異世界らしい冒険が待ち受けてるのかな?」
もしかしたら、美味しい果実が生っているかも、などと都合のいい妄想を膨らませ。
ところが、幸先の悪いことに、雨。
「バットよりも傘を持ってくりゃよかったんだな」
雨宿りのため、洞穴の中へ。
外を眺めながら、ぼんやり。
びしゅうぅぅぅ、びひゅぅぅぅう。
雨や風の音とは違う何かが、洞穴の中から聞こえてきた。
ポッケから懐中電灯を取り出し、遊多は闇を照らした。
ぶひゅるるるう、ずぶひゅうぅぅぅ。
不吉な音を奏でているのは、
「雨雲? いや、波? ……来るな!」
異世界特有の自然現象かと思ったのも束の間。
それは動き始めた。
洞穴の出口を求めて?
だが、外に出てでも、なお動き続ける。
遊多を追いかけるように進み続けるのは偶然か?
それは意思を持っていた。
生き物だった。
持てる力が並大抵ではないことは、見ればわかった。
そいつの通った後には、草一本残らない。
「魔物!!!」
自然災害レベルの脅威を前にして、遊多に取れる選択はひとつしかなかった。
逃げ惑うこと。
《行ってはいけない》
遊多の心に、化け物の声が響く。
どうして友の忠告を素直に聞き入れられなかったのか。
後悔しても遅い。
運動不足の不良。
魔物に追い付かれ殺されるのは時間の問題だった。
「死にたくない……っ!!」
仲間、教師、クラスメイト、両親、親戚、学校生活、怠惰な日々。
脳内を流れる走馬灯。
遊多を助けたのは、その中にいない存在だった。
「化け物!!!」
どこからともなく現れた友人。
《生きろ》
触手で最期の言葉を伝え、化け物は魔物に立ち向かった。
* * *
結論を言えば、遊多は助かった。
学校に帰り、濡れた服を脱いで着替え、保健室で毛布にくるまった。
逃げ切れたことに対する喜びはない。
「また独りだ……」
窓の向こうには荒れる空模様。
嵐は数日続いた。
晴れ間が覗いた日、遊多は決意した。
「敵は討つぜ……」
* * *
とは言え、ケンカ未経験、復讐初心者。
何をすればいいかわからず。
それどころか、
「オレはまだこの世界のことを何も知らない」
知識がなければ対策の立てようもない。
遊多の戦いが始まった。
まずは地理の理解。
敵の根城はおそらく洞穴。
ただし、先日と同じところにいるとは限らない。
また、退路を確保する必要がある。
なるべく完全な地図作りを目指した。
並行して、体力作り。
ここは学校。
走り回るグラウンドも、懸垂に使える鉄棒もある。
最大の課題は武器作りだった。
どう考えても、素手ゴロで敵う相手ではない。
有り合わせの材料を使ってできる最も強力な武器は何か?
足りない頭で必死に考え出したのは……。
遊多は学校の屋上に高い高い棒を立てた。
* * *
決戦当日。
なるべく身軽な服装で、遊多は出陣した。
そして、片っ端から洞穴を探った。
「当たりだ!」
ひゅるるるぅぅぅぅ、びゅふうぅぅぅう。
遊多を認識すると同時に、魔物は大きな風の音を発し始めた。
そして、空を雨雲が覆った。
「来いよ!」
遊多は石を投げて、魔物を挑発。
踵を返して、全力疾走した。
狙い通り、魔物は遊多の後を追いかけてきた。
ジョギングで鍛えた脚力が、魔物との距離を縮めさせない。
無事、校門をくぐることのできた遊多。
問題はここから。
この世界の生き物は、なぜか学校の敷地内に侵入できない。
いや、生き物は、と言うより、動物は……。
「もしこの魔物が動物じゃなくって、自然現象もしくは神だとしたら、その法則は通じないんじゃないかな」
推理は的中。
魔物はただひたすらに遊多をめがけて突進する。
その体はまるで水のよう。
門や格子などの障害物をものともしない。
一方で、生身の遊多はまさに命懸けだった。
廊下でこけて、机にぶつかり、数段飛ばしで階段を駆け上がる。
捕まるすんでのところで、屋上に到達。
そこには、遊多が用意した高い棒。
「……」
それとなく、魔物を棒に近づけつつ、遊多は時間を稼いだ。
襲われそうになれば、バットで弾いた。
しかし、魔物の体は触れた物を溶かす。
遊多はあっという間に丸腰になってしまった。
「やるなら、やりやがれ。どうせ死ぬなら、悪あがきせずに死んでやる。できるだけのことはしたんだから、オレには後悔なんてないぜ」
遊多の言葉が魔物に通じたかはわからない。
魔物は体を大きく広げて、遊多を飲み込もうとした。
その時……
落雷。
雷は高いところに落ちる。
遊多が作った棒は、落雷にはうってつけだった。
そして、そのすぐそばには魔物がいる。
感電。
魔物は一瞬で霧消した。
「勝った……のか? オレは……勝った……。勝ったんだ!!!」
腰が抜けるほどの達成感が体を撃ち抜いた。
しかし、へたりこんだ遊多。
今、彼の心の中には空しさが広がっていた。
「何やってんだ、オレは……」
焦燥感だった。
「オレ以外の人間は今もまっとうな人生を満喫してるはずだ。勉強とか部活とか進路とか、悩んで苦しんで、進んでるんだ。……なのに……オレはいつまでもこんなところにいる」
頬を伝って流れ落ちた涙が、テストの解答用紙を濡らした。
*おしまい*
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