【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希

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第三章

53 積極的な王子様

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(この聖女の顔くらい美人だと、微笑み掛けるだけで誰かが好きになってくれちゃうのか……)

 ベルトランに優しくたしなめられたヒナリは、視線を落としつつ思い巡らせた。
 今自分が入っている聖女の顔が、恐ろしいほどに整っているのは確かだとは思うものの、この顔を持った上で自覚なく振る舞ってしまっては誤解を生む可能性がある――。言われて初めて、美貌を持ちながら、他者にどう思われるか意識せずに振る舞うなどという、その危うさに気付かされる。

(美人は美人なりに苦労があるってことかな)

 それに気付けば、目の前に座る見目麗しい賢者たちもまた、そういった憂き目に遭ったことがあるのかも知れないことに思い至る。

(きっとみんなも、知らないうちに女性たちを惚れさせてしまって苦労したんだろうな。経験者の言うことは、ありがたく聞いておこう)

 ヒナリは下ろしていた手を再び頬に押し当てると、賢者の視線が向けられていることも忘れて、目付きを鋭くしたり唇を引き締めたりして厳しい表情を作る練習を繰り返したのだった。


    ◇◇◆◇◇


 ラムラー国の王子との騒動があった、次の日。
 使節団はしばらくこの国に滞在するとはいえ神殿は日常に戻り、ヒナリは聖騎士団長のヘルッタを伴って図書館に来ていた。
 賢者たちはそれぞれ邸宅内ですることがあるという。

 司書官長ワトユス・ムニアクルルが、ソファーに腰掛けたヒナリに駆け寄ってくる。

「聖女ヒナリ様。お探しの本は存在しないようです。お役に立てず申し訳ございません」

 と言って深く頭を下げる。
 ヒナリは若い司書官長に、『国を出て帰還できなかった探検家に関する何かしらの記録が存在しないか』を尋ねていたのだった。

「わかりました。探してくださりありがとうございます」
「いえ! またいつでもお呼び立てください! それでは失礼致します!」

 ワトユスは溌剌と挨拶すると、一目散に去っていき、あっという間に本棚と本棚との間に姿を消した。


(ないものは仕方ないか。この国で生まれ育った人なんだから、旅に出る前の記録ならあるかもって期待しちゃったけど)

 そこはかとなく、探検家という人たちの存在が抹消されたかのような、不穏な感覚を覚える。

(まさか女神様はそこまで徹底してるのかな。してそうな気がする)

 これ以上探検家に興味を持ち続けるのは罰当たりな気がしたので、ヒナリは未開の地について考えるのをやめた。


 頭を切り替えて、手元に持ってきた他国の――たったふたつの小国について書かれた書物を読み始める。
 ラムラー国は、魔鉱石の代わりに【魔鉱液】というものが魔鉱泉から産出するらしい。黒く粘性のある液体と書かれている。

(魔鉱液って石油みたい)

 用途はそのまま燃やしたり、固めて金属にしたり魔力石塊にしたりと、魔鉱石と同じ性質で、固形であるか液体であるかの違いしかないらしい。

(やっぱり石油じゃないかも)

 前世の石油は燃やしはするものの、固めて利用するというのは聞いたことがなかった。
 ページをめくっていくと、ラムラー国の風景の挿し絵が現れた。

(わ、素敵)

 美しいオアシスの畔に、青々と繁ったヤシの木らしき樹木。低い建物が立ち並ぶ向こうには、広大な砂丘が広がっている。

(『行ってみたい』なんて言ったら、あの王子様が喜びそうだな……。こういうことを思わないようにしておこう)

 と心の中で独り言をこぼした瞬間。

「おや、聖女ヒナリ様。我が国に興味をお持ちいただけているのですね」

 ソファーの傍に立つヘルッタの気配が険しくなる。
 ヒナリが顔を上げると、ラムラー国第一王子・カースィム・ラムラーが立っていた。昨日ヒナリが求婚を断った際に壇下から王子に呼び掛けていた従者も付き従っている。
 御礼の儀のときとは違う装束をまとった王子は、より肌の露出が増えていて、特に逞しい胸元があらわになっていた。つい見てしまったそこからヒナリは慌てて目を逸らした。
 すぐに視線を戻して、軽く会釈してみせる。

「ごきげんよう、カースィム殿下」
「ごきげん麗しゅう、聖女ヒナリ様。ご挨拶が遅れたことをお詫び致します」
「いえ、お気になさらず」

 昨日賢者たちに言い聞かされた『簡単に笑顔を見せるな』という主旨の注意事項を思い出せば、どういう表情をしたら良いかが分からずヒナリはすぐに顔を逸らしてしまった。

「聖女ヒナリ様。こちらに座らせていただいてもよろしいでしょうか」

 うつむくヒナリの視界に手が差し出される。ソファーのひとり分を空けた隣に座りたいらしい。

(国賓なんだから、あんまり邪険にしちゃいけないよね)

 そう思い付いたヒナリは顔を上げると、結局王子に向かって微笑んでしまったのだった。

「ええ、どうぞ」

 ヒナリが許可するやいなや、王子が颯爽とした身のこなしでソファーに腰を下ろす。その瞬間、エキゾチックな香りがふわりと漂ってきた。

(色気がすごすぎるよ~)

 咄嗟に本で口元を覆う。しかし、抵抗虚しく甘い香りは容赦なくヒナリの鼻腔をくすぐるのだった。




 四人の賢者が、図書館の二階からヒナリと王子を見下ろしていた。
 カースィム王子が神殿を訪れたとの報告が入り、目的を察して様子を見に来たら案の定、といったところである。

 ダリオが手すりに肘を置いて頬杖を突き、ヒナリの一挙手一投足を堂々と眺める。

「ヒナリって意外と気が多い? 昨日注意したのにまた笑顔を見せちゃってる」
「いや、心優しいヒナリのことだ。国賓だから冷遇できないと判断したのだろう」

 アルトゥールが落ち着いた口調で断言する。しかしその表情には、やきもきとした気持ちがありありと表れていた。
 世界最強の騎士らしくない面持ちを見て、ベルトランが苦笑する。

「アルトゥール、そういう顔やめなよ。ヒナリを信じていないの?」
「もちろん信じている。信じてはいる、が……。つい、美しいヒナリとあの見目麗しい王子がお似合いだと思ってしまうのだ」
「聞き捨てなりませんね。ヒナリは誰にも渡しませんよ」

 クレイグが不快感をあらわにアルトゥールを睨み付ける。

「それはもちろんだ。ヒナリは決して誰にも渡しはしない」

 アルトゥールの眼差しに熱情が戻ってくる。
 その凛々しい顔付きを見て、ベルトランが顔を綻ばせた。

「そうそう、その意気だよ。もし彼がヒナリを強引に連れ去ろうものなら君が真っ先に出ていってくれないと。ヒナリを奪い返すためにね」
「それは腕が鳴るな。ラムラー国独自の剣技には興味があったのだ」

 アルトゥールは意気込んだ表情に変わると、拳を手のひらで覆い、指を鳴らしたのだった。




 賓客を差し置いて読書を再開してよいものか、はたまたいつまでもじっと見つめてくる王子と会話を始めた方がいいのか――判断が付かなかったヒナリは、結局本を閉じて王子に話し掛けてしまった。

「殿下はこちらに御本を読みにいらっしゃったのですよね?」
「ええ、まあ」

 曖昧な返事と共にヒナリから視線を外し、ぐるりと辺りを見回す。
 王子は二階の方を目だけで見上げて口元を微笑ませると、すぐにまたヒナリを見つめ始めた。

「確かに神殿の蔵書には大いに興味がありますが。正直に申しますと、どうしても、帰国する前に、もう一度貴女にお会いしたかったのです」
「随分正直でいらっしゃいますのね」
「はい。貴女には、真っ向勝負を挑ませていただこうと思いまして」

(勝負? 何の?)

 まさか喧嘩でもする気なのかなとヒナリが身構えようとした矢先、銀色の双眸がヒナリを捉えた。光を透かした雲のような虹彩の輝きに、簡単に目を奪われてしまう。

「聖女ヒナリ様。昨日の私の求婚について、ご再考願えませんか」
「それについては既に答えした通りです」
「つれないお方だ」

 王子がふたりの間に手を置いて顔を近付けてくる。距離を詰められれば甘い香りがますます強くなる。

「私ごときでは、麗しき賢者様がたには敵いませんか」
「え? 賢者、ですか?」

 なぜ急に賢者の話を出すのかとヒナリが目をまばたかせていると、顔を綻ばせた王子がゆっくりと離れていった。
 厚い胸板に手を当てて、溜め息をつく。

「あと数日で貴女様のおられるこの国から発たねばならぬと思うと、胸が張り裂けそうなのです。今まで生きてきて、数多のご令嬢の心を奪えど奪われた経験はなく……」

(急にモテ自慢? でも実際すごくモテるんだろうなあ)

「……このような気持ちを抱くのは生まれて初めてです。この世のものとは思えぬ麗しさの貴女様が私に微笑み掛けてくれた瞬間の、あの胸の高鳴りは一生忘れられません。誰かを想うとはこんなにも苦しいものなのですね。これが恋に落ちるということなのでしょうか」

 眉根を寄せた切なげな面持ちに変われば、細められた瞳の輝きが強調される。
 その虹彩の美しさと、色気を具現化したかのような香りに冷静さが奪われていく。
 ヒナリがうまいあしらい方を思い付けずにいると、王子がさらに畳み掛けてきた。

「歴代の聖女様は代々賢者様がたとしか婚姻を結んだことがないと、昨夜の歓迎会で伺いました。聖女様という存在は、慣習にならって賢者様がたとご結婚されるのでしょうか? 国のために身を尽くした聖女様には、自由が与えられて然るべきと存じますが。貴女様はいかがお考えですか?」

 その言葉にヒナリははっとすると、居住まいを正した。表情を引き締めて王子を見据える。

「歴代の聖女様がたは、慣習に則って結ばれた訳ではありません」

 過去の聖女の記録はざっとしか読んではいないが、どの聖女も賢者たちに深い愛情を抱いていた。

「共に手を取り合い世界を救うために力を尽くしたからこそ、互いに惹かれ合ったのだと思います」

 目映い眼差しに怯まぬよう、膝に置いた手に力を込める。

「私は若輩者ですから完全浄化のあとの人生を思い巡らす余裕はございませんが、昨日も申し上げました通り、少なくともこの国を離れるつもりは……」
「ああ、貴女はそのような美しさと凛々しさで、ますます私を魅了するのですね……!」

(してない! してないよ! 早く諦めて~!)
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