【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希

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第四章

70 聖女らしくあること

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『舞踏会が終わったら、すぐに儀式をしたい』――ダリオの瞳の切実さに、その言葉が本気であることが伝わってくる。
 ヒナリは心臓が暴れ出したせいで、うまく声を出せなくなってしまった。

「あ、あのね、これ、脱ぐ、のは、ミュリエルとレイチェルに、手伝ってもらうから……」

 動揺しきって足がもつれそうになった瞬間、強く腰を引き寄せられた。
 間近に来た端整な顔が、いたずらっぽく笑う。

「そう? それは残念」


 どきどきが収まらないうちに曲が終わり、弾む吐息を噛み締めながら、観衆に向かってお辞儀する。
 割れんばかりの拍手に包まれる中、賢者四人とのダンスは無事終了したのだった。


    ◇◇◆◇◇


(さすがに疲れた……!)

 いくら練習を積んできたとはいえ、大勢の人が見ている中で、しかも四人連続で踊るのは思った以上に体力を消耗した。
 賢者たちに案内された豪奢なソファーに腰を下ろし、クレイグが毒味した後に差し出されたオレンジジュースのグラスに口を付ける。

(オレンジの酸味が疲れた体に染み渡る~!)

 などと叫びながら新鮮なジュースを一気飲みしたい気分だったが、そうも行かなかった。
 なぜならヒナリがグラスを下ろすなり、目の前に人だかりが出来てしまったからだ。きらびやかに着飾った老若男女が、目を輝かせて聖女をしきりに褒め称える。
 よくそんなフレーズが次々と出てくるなと、貴族らしい上品なボキャブラリーに感心させられる。止まらぬ言葉の洪水を受け止めつつ、ヒナリは改めて背筋を伸ばして微笑んでみせた。
 たったそれだけで、ほう……、と謎の感嘆の溜め息に包まれる。

 延々と浴びせかけられる褒め言葉の中で、特に耳に付いたのが『愛らしい』という単語だった。およそ聖女を形容する言葉とは思えないそれに、ヒナリは反省しきりだった。

(やば……。踊ってるときにはしゃぎすぎたかな? 高貴……高貴な感じを装わないと……)

 とエレガントさを醸すべく姿勢を正して、『皆様の褒め言葉が嬉しいです』と口にする代わりに微笑みを作る。すると、

「(ヒナリ、そんなに無理しなくても大丈夫。いつも通りの君で充分だから)」

 背後からダリオの小声が聞こえてきた。くすっと笑う声に、気恥ずかしさを覚える。
 続いてアルトゥールが、ざわめきの中にも良く通る声で一同に呼び掛けた。

「皆様のダンスを聖女ヒナリ様は楽しみにされております。さあ皆様、聖女様への謝意を、今宵は各々の舞によって示されよ」

 すると人々は聖女の御前を辞する挨拶を口々に述べたあと、それぞれのパートナーと手を取り合い、音楽の波に漕ぎ出して行った。



「わあ、すごい……!」

 絢爛な装いの男女が一斉に舞う光景は、突如として眼前に花園が現れたかのように芳しい輝きに満ちていた。
 夢のような光景に心をときめかせているうちに、ヒナリはふとあることを思い付いた。
 賢者たちに振り返り、うきうきと問いかける。

「ねえ、みんなはもう踊らないの? みんなが踊ってるところ、見てみたいなあ」

 率直な願望を口にするなり四人はそれぞれ苦笑を浮かべると、小さく首を振った。
 一同を代表して、ベルトランが申し訳なさげに答える。

「ごめんねヒナリ。その要望には応えられないな」
「どうして? 賢者は聖女としか踊っちゃいけない決まりでもあるの?」
「そんなのないよ。僕らがヒナリ以外の人とは踊りたくない。ただそれだけ」
「ええ? 私が見たいって言ってもダメ?」
「君は、僕らが他の女性と触れ合っても気にならないの?」
「え? 触れ合っても……?」

 確かにダンスをするには相手と手を繋ぎ、密着するというほどではないとはいえ体を寄せなければならない。美しいドレスを着た架空の令嬢と踊る四人の姿を思い浮かべてみる。

「うーん。みんなが踊るところはきっと素敵だろうから見てみたいし、そのときに相手と体を触れ合わせるのはまあ、仕方ないとは思うんだけど。でも、そうだなあ……、お相手と微笑み合ったりするところはあんまり見たくない、かも……?」
「それなら踊らない方がいいね。さすがにずっと無表情ってわけにはいかないから」
「そっかあ……」

 考えがまとまらないうちに口を衝いて出た言葉は、ヒナリ自身も意外に思うほどに独占欲に満ちていた。

(なんでこんなこと思っちゃったんだろ? 私がこんなにもかっこいいみんなを独り占めする? 図々しいにもほどがあるでしょ)

 そう自分に言い聞かせてみても、『全然気にしないから踊ってきて』とはどうしても言い出せなかったのだった。



 入れ替わり立ち替わり披露されていく円舞を眺めていると、不意に中年の男性が近付いてきた。

「(ヒナリ。彼がシュネインゼル辺境伯だよ)」

 ベルトランの小声が聞こえてくる。
 以前ダリオに教えてもらった『賢者を一族から輩出できないことから賢者を逆恨みしている』という男は、いかにも贅沢の集大成といった肥満体をしていた。整えられた口ひげの先端は、くるんと丸まっている。
 付き従う貴族らしき男たちは、皆一様に卑屈そうな笑みを浮かべて、中心を歩く男の顔色を窺っている。

 挨拶もそこそこに、その尊大な態度の男――シュネインゼル辺境伯が話を切り出した。

「聖女様。貴女様は、ダンスは見事に舞われたというのに浄化の質はお粗末なようですな」

 何を言い出すかと思えば分かりやすく嫌味を浴びせに来たらしい。ヒナリは男の風貌から想像し得るテンプレ通りの意地悪さだなと、他人事のような感想を抱きつつ、ひとまず黙って相手の言葉を受け止めることにした。

「この世界に降り立たれたばかりの聖女様は知りようもないかと存じますが、我がシュネインゼル辺境領は、世界で最も多く魔獣が発生する地域なのです」

(それはダリオに教えてもらったから知ってますー)

 と、ヒナリは心の中で舌を出した。

 辺境伯の演説が続く。

「先代聖女様は、強大な魔力で魔鉱石の余剰魔力のみならず、荒んだ人々の心をも浄化したと語り継がれております。それは日々、世界の平和を願い、身を粉にして儀式に励まれたからに他ならない」

『あなたが先代聖女様を知った風に語るな』と言い返したくなる一方で、儀式について言及されるとその光景が頭にちらついてしまい、動揺しそうになる。
 ヒナリは体を動かさないように気を付けながら深呼吸して、ゆっくりとまばたきをすると、話を止める様子のない辺境伯の脂ぎった顔をじっと見つめた。

「貴女様は世界中で今まさに困難に喘ぐ人々を思いやることもなく、ただただ図書館通いをして勉強をしている振りをし、その呑気さ故に関係者に手込めにされそうになったと小耳に挟みましたぞ。周囲に隙を見せるなぞ、聖女の自覚があまりにも、あまりにも足りない。聖女の器に入るべき魂だったか疑念を抱かざるを得ませぬな」

(ここまではっきり侮辱してくるなんて……!)

 シュネインゼル辺境伯が、聖女や賢者のみならず女神さえ疎ましく思っていることは聞かされていた。しかし想像以上の敵意を向けられて、ヒナリは怯みそうになってしまった。
 いつしかベルトランに注意されたことを思い出す。


 ――ヒナリ、うつむかないで。真っ直ぐ前を向いて余裕を見せるんだ。


 胸に刺さった言葉の棘を振り払うように、眼差しに力を込めて辺境伯を見つめ返す。
 明らかな軽蔑を孕んだ目は数秒間は負けじと睨み返してきていたものの、結局視線が逃げていった。

 ヒナリが『これから頑張っていきます』などと、この場をやり過ごす当たり障りのない返答しか思い付かずにいる中、背後に立つアルトゥールが毅然と言い放った。

「シュネインゼル辺境伯殿。それ以上聖女ヒナリ様を侮辱なさるようであれば、女神ポリアンテスの名の元に貴公を裁かねばならぬ」

 直後、剣の柄に手を掛ける金属音が聞こえてきた。
 アルトゥールの気迫にたじろいだ辺境伯は、辛うじてといった様子でその場に踏み留まると耳障りな声を張り上げた。

「何をおっしゃるかアルトゥール卿! 私は聖女様を侮辱したいわけではない! 凶暴な魔獣に日夜脅かされ続けている我々が、一刻も早い浄化を願い出るのは当然のことであろう!」
「お言葉だがシュネインゼル辺境伯殿。貴公とて歴史の長い一族の一員ならばご存じであろう、浄化が一朝一夕には行かぬことを」
「無論! だがこの国は我が辺境領から産出される魔鉱石がなくては立ち行かぬと言っても過言ではない! 世界で一番優先されるべきは我が辺境領であることを努々お忘れ召されるな!」

 シュネインゼル辺境伯は唾を飛ばしながら偉そうな口振りで吐き捨てると、絨毯を強く踏み締める音で怒りを振りまきつつ去って行った。


「……やれやれ。優先するも何も、浄化は世界中のどこに於いても等しく為されるというのに」

 アルトゥールが喧騒に紛れる程度の小声で呟く。
 ヒナリは遠巻きに人々の視線を浴びる中、声の方に少しだけ顔を振り向かせた。

「ありがとう、アルトゥール。助け船を出してくれて」
「いえ。できれば本当に斬ってしまっても良かったのですが。ああいう手合いは一度痛い目を見ねば、大人しくならないでしょうから」
「ええ!? そんなことしちゃって大丈夫なの!?」

 思いがけない言葉を聞かされて、つい声が大きくなってしまう。
 アルトゥールはヒナリと目を合わせるなり歯を見せて笑うと、

「冗談です」

 楽しげにそう答えたのだった。



 辺境伯の襲来という一難が去り、落ち着いて人々のダンスを眺めていると、賢者を訪ねて来た人が居た。いかにも偉い人の従者といった風貌の中年男性がヒナリに一礼したあと、ベルトランを連れていく。

「何かあったの?」

 ヒナリが目をまばたかせながら尋ねるなり、アルトゥールが口元を微笑ませた。

「心配はいりません。すぐに分かりますよ」
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