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第四章
73 ベルトランの過去
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ヒナリは微笑を浮かべつつ、敵意剥き出しの令嬢に問い掛けた。
「何かご用ですか?」
「ひとつ大切なことを、このわたくし、シュネインゼル辺境伯が長女、ルデリンナ・シュネインゼルが聖女様に教えて差し上げますわ。聖女様はご存知ないかと存じますけれども、賢者ベルトラン・オークレール様は大変に汚れ切っておりますのよ?」
食い気味に話し始めた令嬢が、ちらちらとベルトランの反応を窺いつつ声高に演説を始める。
「ベルトラン様は、聖女様が降臨する前までは毎日女を取っ替え引っ替えなさって、賢者に相応しくないと常に糾弾されておりましたわ」
ぴしゃりと閉じた扇子で、不躾にベルトランを指し示す。
「ベルトラン様? 貴方、聖女様が降臨された後は神殿にこもられていますけれども、そろそろ女遊びが恋しくなってきた頃ではございませんこと? また、このわたくしがお相手して差し上げてもよろしくてよ?」
『また』の部分をことさら強調する、その媚びた声音が心底気持ち悪かった。
令嬢の視線を追って様子を窺うと、ベルトランは真正面に視線を固定したまま身じろぎひとつせずにいた。その瞳を常に飾っているはずの輝きは、今は影をひそめている。
いつもは仄かに笑みを湛えているベルトランの完全に感情の失せた顔は初めて見た。端整な顔も相まって、人形のようにも見えてくる。
アルトゥールとクレイグは令嬢を鋭く睨みながらも静観している。ダリオは令嬢を避ける方向に視線を逃がしていた。過去のこともあり、こういった手合いは苦手なのだろう。
静まり返った長い廊下に、演技がかった声が響く。
「先ほどのダンス中の聖女様のご様子からお察し申し上げまするに、ベルトラン様は浅ましくも聖女様を口説かれたのではございませんこと? 完全浄化も終えられていないこの時分に」
顔に出てたかと、ヒナリは舌打ちしたい気分になった。それに関してはベルトランの責任は全くなく、人前で一瞬でも聖女を演じることを忘れてしまった自分の落ち度だ。
「賢者に相応しからぬ穢れ者の魔力を利用するからこそ、偉大なる聖女様は【一度目の浄化の際にお倒れになった】のでございましょう?」
(あれは私が未熟だったから……!)
自分が侮辱されても受け流せばいい。余所から来た人間が崇め奉られるのが気に食わない、その感情は理解できるからだ。
しかし賢者ベルトランの――彼の表情を、そして心を曇らせる元凶のひとつと対峙して、ヒナリは抑えきれない怒りが沸々と湧き上がるのを感じていた。
ヒナリが衝動に任せて言葉を発するより先に、アルトゥールが口を挟んできた。
「ルデリンナ嬢。それ以上の暴言はお控えいただきたい」
ヒナリは一歩前に踏み出す動きでアルトゥールを制すると、静かに息を吸い込んだ。
前世で読んだ物語のワンシーンを頭に思い浮かべる。お姫様が自身の騎士について、敵対する令嬢に侮辱されても堂々と応対する場面の台詞を記憶の中から引っ張り出しながら、眼差しに力を込める。
「わたくしの賢者は、誰ひとりとして穢れてなどいません」
何を言い出すのかと言わんばかりに令嬢の目が見開かれる。
その揺らぐ瞳を見て微笑んでみせつつ、今度は自分の偽らざる気持ちを聖女らしい物言いで表現する。
「崇高なる彼らを穢すも清めるも、それが叶うのは、この世で女神ポリアンテス様もしくはわたくし聖女のみです」
子供に言い含めるイメージで、優しい声音で言葉を継ぐ。
「……決してあなたではありません」
「何ですってえ……!」
扇子を折らんばかりに握り締めた令嬢が、歯を食いしばったおよそ淑女とは言いがたい表情に豹変する。
女神の名を借りたお陰か、ルデリンナは明らかに動揺を見せてから、
「余所者のくせに偉そうに……!」
と吐き捨てて、足早に去って行った。
貴賓室に飛び込むなり、ヒナリは完全に聖女であることを忘れてぎゅっと顔をしかめた。
「んあ~~生意気なこと言った私!」
すがるようにソファーに腰を下ろす。しかし心臓はばくばくと鳴りっぱなしで落ち着けやしなかった。
「かっとなって言い返すなんて、聖女失格だよ~」
暴言に耐えていたベルトランを差し置いて、結局自分が喧嘩を買う形になってしまった。そんな己のままならなさに涙が浮かんでくる。
立ったままの賢者たちに、ヒナリはあたふたと問い掛けた。
「私あんな偉そうなこと言っちゃって大丈夫だったかな? 後で問題になったりしない? もしまた何か言われたときのためにさっきみたいな喧嘩腰じゃなくて角のたたない台詞を用意しといた方がいいよね?」
そう一気にまくし立てると、四人の賢者はきょとんとした表情に変わったあと、それぞれ唇に力を込めたり咳払いをしたり顔を逸らしたりして反応をごまかす動きをした。
不可解な挙動をヒナリが不思議がった矢先、ベルトランが優雅な仕草で膝を衝いた。ヒナリの手をそっと取り上げて、柔らかな笑みを浮かべる。
「先のお言葉、無上の喜びに存じます、聖女ヒナリ様。我ら賢者の身も心も、御心のままにできるのはこの世で女神ポリアンテス様と聖女ヒナリ様のみです……!」
先ほど見た無表情が嘘のような、晴れやかな笑顔が目に眩しい。かと思えば、長い睫毛を伏せて手の甲に口付けた。
「え、あ、大丈夫だった、ってこと……?」
意外な反応におろおろしていると、
「あははっ、君ってばもう……!」
ぱっと立ち上がったベルトランが、隣に座るなり抱き付いてきた。一度きつくヒナリを抱きすくめてから、体を起こしてそっと頬に指を滑らせる。エメラルドグリーンの瞳は、心なしか潤んでいるようにも見えた。
「あんなにも凛と言い放ったそばからこんな自信なさげな顔をするなんてさ。どれだけ僕らの心を揺さぶれば気が済むんだい?」
「わ、笑わないでよっ。どうしても許せなかったんだもん。あの人ひどいよね!?」
恥ずかしさと思い出した怒りとで、顔が火照りだす。
ベルトランはヒナリの顔をしばし見つめたあと、ふわりと顔を綻ばせた。
「ヒナリ。貴女が聖女になってくれて本当に良かったと、心から思う」
「……!」
そこまで言ってもらえるほどのことをした覚えはなかったが、それでも余所者呼ばわりされた直後では素直に嬉しい言葉だった。
「ありがとう、ベルトラン」
ベルトランの笑顔が輝きを増す。ヒナリの髪に手を滑らせて、おもむろに頬に唇を寄せると耳元でそっと囁いた。
「……次の儀式のときに、君の言葉がどれだけ嬉しかったか全身全霊で伝えるから。覚悟しておいて」
「~~~!」
色気をたっぷりと孕んだ吐息混じりの声が、全身を駆け抜けていく。
皆が見ている前で声を漏らすのはまずい!とヒナリは両手で口を押さえると、
「もう、耳元で囁くの禁止!」
そう叫んで顔を背けるのが精一杯だった。
◇◇◆◇◇
「舞踏会、お疲れ様でしたー!」
グラスを掲げたヒナリが居間に声を響かせると、四人の賢者が手にしたグラスを目の高さまで持ち上げて笑顔になった。
ヒナリが甘い果実酒をひとくち飲むうちに、アルトゥールが泡立つ黄金色の酒をあっという間に飲み干していく。白い泡の髭を付けた顔が、満面の笑みを浮かべた。
「ヒナリ、貴女のダンスは誰よりも素晴らしかった」
「ありがとう。みんなが練習に付き合ってくれたおかげだよ」
大袈裟な褒め言葉も、慣れないことをやり遂げた後では額面通りに受け止めたい気持ちになる。賢者たちのリードの賜物ではあるものの、あからさまなミスをしなかった自分を今日くらいは誉めてあげてもいいのかなと、ヒナリは解放感に任せて、もうふた口ほど酒を飲み進めた。ジュースのような飲みやすさの酒が喉を潤していく。
とはいえ聖女の体になってもアルコールが得意でないのは変わらないらしく、グラスが空にならないうちからふわふわとした酩酊感を覚えた。
テーブルの向こう側に座るアルトゥールが、浴びるように酒を飲み干していく。ビールらしき酒をごくごくと喉を鳴らしながら飲む姿は、酒が苦手でも美味しそうと思えるほどだった。
その隣に座るクレイグが、様々な色の酒をグラスに注いでは目の前に掲げ、まるで薬の調合でもするかのような真剣な顔をして分量を目で測り、他の酒の入ったグラスに注いで慣れた手付きでマドラーを回して混ぜ合わせていく。どうやらカクテルを作っているらしい。
クレイグとヒナリの斜め前、一人掛けのソファーに座るダリオは、クレイグが続々と作り出すカクテルに本人より先に口を付けては「これはいける」「これはマズい」「これは割合を変えてみたら」と率直な感想を述べている。
ヒナリの隣に座るベルトランが、ダリオが不合格に分類した酒のグラスに手を伸ばした。
「これ、飲まないならもらっちゃうね」
「ホントに不味いよ?」
「いーのいーの。もったいないし」
ダリオの心配を余所に、ベルトランはそれを一息で飲み干した。味の感想も言わず、不味そうな色をしたグラスを次々と空にしていく。
それは明らかに、やけ酒のペースだった。先ほどの令嬢との出来事が、ベルトランにとって如何にストレスだったかが窺い知れる。
「……ヒナリぃ……」
真っ赤な顔をしたベルトランがすり寄ってきた。初めて耳にした甘え声は、ゆるい笑顔もあいまって子供のように愛らしかった。思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
「……今日の君は、格別に可愛くて、美しかった……」
うっとりとした声、とろんとゆるみきった目。色香を放つ瞳の甘さにドキッとする。
「本当は、僕の体、君だけに捧げたかった……」
そう言い残して眠ってしまった。脱力した体が容赦なく寄り掛かってくる。反対側に傾きそうになったヒナリは辛うじて踏み留まると、ベルトランの体をそっと支え、自分の太ももの上に頭を寝かせた。
「なっ!? 何をなさっているのですかヒナリ!」
膝枕に真っ先に反応したのはクレイグだった。
「ベルトラン! 羨ま……けしからん! 今すぐ離れなさい!」
「クレイグ、しーっ!」
唇の前に人差し指を立てて、騒ぐクレイグをたしなめる。
「今は寝させてあげよう? 疲れてるだろうから」
「まったく仕方ありませんね。貴女がそういうのであれば……」
酒のせいか、はたまた向きになったのが照れくさいのか、赤らんだ顔をしたクレイグは眼鏡を持ち上げる仕草で表情を隠した。
「何かご用ですか?」
「ひとつ大切なことを、このわたくし、シュネインゼル辺境伯が長女、ルデリンナ・シュネインゼルが聖女様に教えて差し上げますわ。聖女様はご存知ないかと存じますけれども、賢者ベルトラン・オークレール様は大変に汚れ切っておりますのよ?」
食い気味に話し始めた令嬢が、ちらちらとベルトランの反応を窺いつつ声高に演説を始める。
「ベルトラン様は、聖女様が降臨する前までは毎日女を取っ替え引っ替えなさって、賢者に相応しくないと常に糾弾されておりましたわ」
ぴしゃりと閉じた扇子で、不躾にベルトランを指し示す。
「ベルトラン様? 貴方、聖女様が降臨された後は神殿にこもられていますけれども、そろそろ女遊びが恋しくなってきた頃ではございませんこと? また、このわたくしがお相手して差し上げてもよろしくてよ?」
『また』の部分をことさら強調する、その媚びた声音が心底気持ち悪かった。
令嬢の視線を追って様子を窺うと、ベルトランは真正面に視線を固定したまま身じろぎひとつせずにいた。その瞳を常に飾っているはずの輝きは、今は影をひそめている。
いつもは仄かに笑みを湛えているベルトランの完全に感情の失せた顔は初めて見た。端整な顔も相まって、人形のようにも見えてくる。
アルトゥールとクレイグは令嬢を鋭く睨みながらも静観している。ダリオは令嬢を避ける方向に視線を逃がしていた。過去のこともあり、こういった手合いは苦手なのだろう。
静まり返った長い廊下に、演技がかった声が響く。
「先ほどのダンス中の聖女様のご様子からお察し申し上げまするに、ベルトラン様は浅ましくも聖女様を口説かれたのではございませんこと? 完全浄化も終えられていないこの時分に」
顔に出てたかと、ヒナリは舌打ちしたい気分になった。それに関してはベルトランの責任は全くなく、人前で一瞬でも聖女を演じることを忘れてしまった自分の落ち度だ。
「賢者に相応しからぬ穢れ者の魔力を利用するからこそ、偉大なる聖女様は【一度目の浄化の際にお倒れになった】のでございましょう?」
(あれは私が未熟だったから……!)
自分が侮辱されても受け流せばいい。余所から来た人間が崇め奉られるのが気に食わない、その感情は理解できるからだ。
しかし賢者ベルトランの――彼の表情を、そして心を曇らせる元凶のひとつと対峙して、ヒナリは抑えきれない怒りが沸々と湧き上がるのを感じていた。
ヒナリが衝動に任せて言葉を発するより先に、アルトゥールが口を挟んできた。
「ルデリンナ嬢。それ以上の暴言はお控えいただきたい」
ヒナリは一歩前に踏み出す動きでアルトゥールを制すると、静かに息を吸い込んだ。
前世で読んだ物語のワンシーンを頭に思い浮かべる。お姫様が自身の騎士について、敵対する令嬢に侮辱されても堂々と応対する場面の台詞を記憶の中から引っ張り出しながら、眼差しに力を込める。
「わたくしの賢者は、誰ひとりとして穢れてなどいません」
何を言い出すのかと言わんばかりに令嬢の目が見開かれる。
その揺らぐ瞳を見て微笑んでみせつつ、今度は自分の偽らざる気持ちを聖女らしい物言いで表現する。
「崇高なる彼らを穢すも清めるも、それが叶うのは、この世で女神ポリアンテス様もしくはわたくし聖女のみです」
子供に言い含めるイメージで、優しい声音で言葉を継ぐ。
「……決してあなたではありません」
「何ですってえ……!」
扇子を折らんばかりに握り締めた令嬢が、歯を食いしばったおよそ淑女とは言いがたい表情に豹変する。
女神の名を借りたお陰か、ルデリンナは明らかに動揺を見せてから、
「余所者のくせに偉そうに……!」
と吐き捨てて、足早に去って行った。
貴賓室に飛び込むなり、ヒナリは完全に聖女であることを忘れてぎゅっと顔をしかめた。
「んあ~~生意気なこと言った私!」
すがるようにソファーに腰を下ろす。しかし心臓はばくばくと鳴りっぱなしで落ち着けやしなかった。
「かっとなって言い返すなんて、聖女失格だよ~」
暴言に耐えていたベルトランを差し置いて、結局自分が喧嘩を買う形になってしまった。そんな己のままならなさに涙が浮かんでくる。
立ったままの賢者たちに、ヒナリはあたふたと問い掛けた。
「私あんな偉そうなこと言っちゃって大丈夫だったかな? 後で問題になったりしない? もしまた何か言われたときのためにさっきみたいな喧嘩腰じゃなくて角のたたない台詞を用意しといた方がいいよね?」
そう一気にまくし立てると、四人の賢者はきょとんとした表情に変わったあと、それぞれ唇に力を込めたり咳払いをしたり顔を逸らしたりして反応をごまかす動きをした。
不可解な挙動をヒナリが不思議がった矢先、ベルトランが優雅な仕草で膝を衝いた。ヒナリの手をそっと取り上げて、柔らかな笑みを浮かべる。
「先のお言葉、無上の喜びに存じます、聖女ヒナリ様。我ら賢者の身も心も、御心のままにできるのはこの世で女神ポリアンテス様と聖女ヒナリ様のみです……!」
先ほど見た無表情が嘘のような、晴れやかな笑顔が目に眩しい。かと思えば、長い睫毛を伏せて手の甲に口付けた。
「え、あ、大丈夫だった、ってこと……?」
意外な反応におろおろしていると、
「あははっ、君ってばもう……!」
ぱっと立ち上がったベルトランが、隣に座るなり抱き付いてきた。一度きつくヒナリを抱きすくめてから、体を起こしてそっと頬に指を滑らせる。エメラルドグリーンの瞳は、心なしか潤んでいるようにも見えた。
「あんなにも凛と言い放ったそばからこんな自信なさげな顔をするなんてさ。どれだけ僕らの心を揺さぶれば気が済むんだい?」
「わ、笑わないでよっ。どうしても許せなかったんだもん。あの人ひどいよね!?」
恥ずかしさと思い出した怒りとで、顔が火照りだす。
ベルトランはヒナリの顔をしばし見つめたあと、ふわりと顔を綻ばせた。
「ヒナリ。貴女が聖女になってくれて本当に良かったと、心から思う」
「……!」
そこまで言ってもらえるほどのことをした覚えはなかったが、それでも余所者呼ばわりされた直後では素直に嬉しい言葉だった。
「ありがとう、ベルトラン」
ベルトランの笑顔が輝きを増す。ヒナリの髪に手を滑らせて、おもむろに頬に唇を寄せると耳元でそっと囁いた。
「……次の儀式のときに、君の言葉がどれだけ嬉しかったか全身全霊で伝えるから。覚悟しておいて」
「~~~!」
色気をたっぷりと孕んだ吐息混じりの声が、全身を駆け抜けていく。
皆が見ている前で声を漏らすのはまずい!とヒナリは両手で口を押さえると、
「もう、耳元で囁くの禁止!」
そう叫んで顔を背けるのが精一杯だった。
◇◇◆◇◇
「舞踏会、お疲れ様でしたー!」
グラスを掲げたヒナリが居間に声を響かせると、四人の賢者が手にしたグラスを目の高さまで持ち上げて笑顔になった。
ヒナリが甘い果実酒をひとくち飲むうちに、アルトゥールが泡立つ黄金色の酒をあっという間に飲み干していく。白い泡の髭を付けた顔が、満面の笑みを浮かべた。
「ヒナリ、貴女のダンスは誰よりも素晴らしかった」
「ありがとう。みんなが練習に付き合ってくれたおかげだよ」
大袈裟な褒め言葉も、慣れないことをやり遂げた後では額面通りに受け止めたい気持ちになる。賢者たちのリードの賜物ではあるものの、あからさまなミスをしなかった自分を今日くらいは誉めてあげてもいいのかなと、ヒナリは解放感に任せて、もうふた口ほど酒を飲み進めた。ジュースのような飲みやすさの酒が喉を潤していく。
とはいえ聖女の体になってもアルコールが得意でないのは変わらないらしく、グラスが空にならないうちからふわふわとした酩酊感を覚えた。
テーブルの向こう側に座るアルトゥールが、浴びるように酒を飲み干していく。ビールらしき酒をごくごくと喉を鳴らしながら飲む姿は、酒が苦手でも美味しそうと思えるほどだった。
その隣に座るクレイグが、様々な色の酒をグラスに注いでは目の前に掲げ、まるで薬の調合でもするかのような真剣な顔をして分量を目で測り、他の酒の入ったグラスに注いで慣れた手付きでマドラーを回して混ぜ合わせていく。どうやらカクテルを作っているらしい。
クレイグとヒナリの斜め前、一人掛けのソファーに座るダリオは、クレイグが続々と作り出すカクテルに本人より先に口を付けては「これはいける」「これはマズい」「これは割合を変えてみたら」と率直な感想を述べている。
ヒナリの隣に座るベルトランが、ダリオが不合格に分類した酒のグラスに手を伸ばした。
「これ、飲まないならもらっちゃうね」
「ホントに不味いよ?」
「いーのいーの。もったいないし」
ダリオの心配を余所に、ベルトランはそれを一息で飲み干した。味の感想も言わず、不味そうな色をしたグラスを次々と空にしていく。
それは明らかに、やけ酒のペースだった。先ほどの令嬢との出来事が、ベルトランにとって如何にストレスだったかが窺い知れる。
「……ヒナリぃ……」
真っ赤な顔をしたベルトランがすり寄ってきた。初めて耳にした甘え声は、ゆるい笑顔もあいまって子供のように愛らしかった。思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
「……今日の君は、格別に可愛くて、美しかった……」
うっとりとした声、とろんとゆるみきった目。色香を放つ瞳の甘さにドキッとする。
「本当は、僕の体、君だけに捧げたかった……」
そう言い残して眠ってしまった。脱力した体が容赦なく寄り掛かってくる。反対側に傾きそうになったヒナリは辛うじて踏み留まると、ベルトランの体をそっと支え、自分の太ももの上に頭を寝かせた。
「なっ!? 何をなさっているのですかヒナリ!」
膝枕に真っ先に反応したのはクレイグだった。
「ベルトラン! 羨ま……けしからん! 今すぐ離れなさい!」
「クレイグ、しーっ!」
唇の前に人差し指を立てて、騒ぐクレイグをたしなめる。
「今は寝させてあげよう? 疲れてるだろうから」
「まったく仕方ありませんね。貴女がそういうのであれば……」
酒のせいか、はたまた向きになったのが照れくさいのか、赤らんだ顔をしたクレイグは眼鏡を持ち上げる仕草で表情を隠した。
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