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第五章
87 黒幕と禁術(■)
しおりを挟む※残酷表現があります(欠損/結果のみで、その瞬間の描写はありません)
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抱き締め合い、思い出に浸るメイドたちの様子にヒナリも涙を誘われた。侍女として研鑽を積んできた数年間で、絆も紡がれてきたことだろう。
ミュリエルが、ゆっくりとレイチェルとの抱擁を解き、涙目で微笑む。
「レイチェル、今までお世話になりました。お達者で」
「ありがとう。ミュリエルも元気でね」
レイチェルは名残惜しげに室内を見回したあと、もう一度頭を下げると、ヒナリの部屋を出ていった。
ドアを閉じて振り向いたミュリエルは、普段の無表情からは想像が付かないほどの寂しげな顔をしていた。しかしすぐにいつもの真面目な表情に戻ると、真摯な眼差しでヒナリを見据えた。
「ヒナリ様。私は長年レイチェルのそばにいたにもかかわらず、彼女の思惑に気付けず大変申し訳ございませんでした」
「ううん。ミュリエルは何も悪くないよ。ひとりになって寂しいだろうけど、これからもよろしくね」
「はい。私ひとりでもご不便をお掛けすることのないよう、誠心誠意お仕えして参ります」
と言って深く頭を下げると、扉の向こうに姿を消したのだった。
ミュリエルが扉を閉ざす音が収まると同時に、ベルトランが手を強く握り締めてきた。
ベッドに腰掛けるベルトラン、そして立ったままのアルトゥール、クレイグ、ダリオ。ヒナリは賢者をひとりひとり見つめて笑みを浮かべてみせた。
「みんなにも迷惑を掛けてしまってごめんなさい。助けに来てくれて、本当にありがとう」
途端にアルトゥールが悲痛な面持ちに変わる。
「ヒナリ、もうあんな無茶はしないでくれ……!」
ベルトランがそれに続く。
「そう、君はレイチェルの代わりに儀式の内容を話そうとしたんだろう? そして、今にも死にそうになっていた」
クレイグが、眼鏡の奥の目を鋭くする。
「自分が死んでもいいなんて、今後は決して考えないでください」
最後に、ダリオが切実な声をこぼす。
「君は……ヒナリは、僕らが生きる理由そのものなんだ」
その言葉を聞いて、ヒナリは自身を省みた。
そうか、今、聖女である私が居なくなったら、当代の賢者の存在意義がなくなってしまうんだ――。
自身の浅はかさを思い知らされる。
「ごめんなさい、みんな。私が軽率でした」
軽率ではあった。けれども――。
「でも、もし次に似たことが起きたとして、私は本当に、自分を守るために誰かを犠牲にするなんて、そんなこと、できるのかな……」
世界中の人々と、大切な誰かと。天秤に掛けるくらいならいっそ自分がと思う気持ちを抑え、誰かの命を自分のために使うなんて、そんな恐ろしいことを決断できるとは思えない――。
「そのような状況にはもう、決してさせません」
アルトゥールが胸に手を当てた敬礼姿勢を取る。
「聖女ヒナリ様。貴女を命を賭して護ると誓っておきながら貴女を危険に晒してしまったこと、詫びの言葉もありません」
「みんなは何も悪くないよ。まさかレイチェルが裏切るなんて、思いも寄らなかったでしょう?」
「おっしゃる通りです。しかしながら、彼女のお陰とでも言うべきか……ようやく進展したことがあります」
アルトゥールが、騎士の顔をして説明を切り出す。
「思い返せばいくつか不審な点があったのです。辺境伯が、ヒナリが図書館で神官に襲われた事件を知っていたこと。辺境伯の令嬢が、初めての祈りの儀でヒナリが倒れたと知っていたこと。どちらも神殿外部の人は知らないはずの情報を握っていた。我がツェアフェルト家の間者が辺境伯側からの繋がりを調べても途中で途切れてしまい、神殿側との繋がりを見付けられずじまいだったのですが、ヒナリと共にレイチェルを救出後、彼女からもたらされた情報を元にレイチェルを脅迫していた者を辿って行き、ついに全てのルートが繋がったのです」
表情を引き締めたアルトゥールが、凛と言い放つ。
「全ての首謀者は、やはりシュネインゼル辺境伯だったのだ」
世界最大の魔鉱石の産出地であるシュネインゼル辺境領。そこを支配し莫大な金を持っているが故に、自身への繋がりを隠すことができたのだろうか――。どうして悪者にばかり金が集まってしまうのだろうとヒナリが世の不条理に沈んだ気持ちになっていると、アルトゥールが言葉を継いだ。
「そしてもう一点。レイチェルの使ったネックレスは、転移の禁術が込められたものでした」
「禁術?」
「ええ。禁術という、術者の肉体の一部を媒介にして使う魔術があるのです。遠い昔、まだ魔鉱石が発見されていなかった頃に使われていたものだそうです。しかし現在は固く禁じられております」
「肉体の一部を媒介に……」
レイチェルを脅していた男と共に現れた、ローブ姿の老人を思い出す。その人は薬指と小指のない手に包帯を巻き、痛みに苦しんでいた――。
「うっ……!」
知らずにおぞましい光景を目にしていたことに気付いて吐き気を催す。両手で口を抑えて、何度も唾液を飲み込んだ。
「ヒナリ!」
すかさずベルトランが背中をさすってくれる。
ヒナリが深呼吸を繰り返して嘔吐感をやりすごすと、ベルトランが手を止めずに説明を続けた。
「恐らく辺境伯が、密かに禁術を研究している魔術師に大金を積んで術を使わせたんだと思う」
「お金で……体の一部を犠牲にできるの……!?」
「魔術研究なんて胡散臭いもの、お金になる要素は一切ないからね。金欠に喘いでいたところに大金をちらつかせられたら喜んで差し出す人も居るんじゃないかな。辺境伯が、金になびく人を選んだということだろうけど」
背中をさすっていた動きを止めて、ヒナリの手に手を重ねてくる。
直後、今度はダリオが口を開いた。
「禁術の中には、魔眼で見えるオーラの色を塗り替えるなんてものもあるらしい。僕は聖女様と賢者に仕える者を決定する際に必ず同席して、大神官様と面談中の各人のオーラを見たけれど、レイチェルのオーラに不審な点は見受けられなかった。レイチェルは母の形見と称したネックレスをずっと着けていたけれど、そのネックレスにオーラ塗り替えの禁術が込められていたそうだ」
その話を聞いて、ヒナリは禁術というものの恐ろしさを思い知らされた。人体の一部を媒介に、人を転移させたりオーラを塗り替えたりという、得体の知れない術がこの世界には存在する――。
「さて。巨大な闇を白日の下に晒すときが、ついに訪れたな」
とアルトゥールが指を鳴らす。
続いてベルトランがヒナリの頭を繰り返し撫で始めた。
「ああヒナリ、君は何も心配しなくていいからね。君を脅かす悪者なんて、僕らがやっつけちゃうから」
「ありがとう。でもくれぐれも無理はしないでね」
「うん、君を悲しませる真似はしないと誓うよ。……だからヒナリ、今はゆっくりお休み」
背に手を添えられて、ゆっくりと仰向けにさせられる。
ヒナリは四人の賢者に見守られる中、そっとまぶたを下ろしたのだった。
◇◇◆◇◇
ヒナリの誘拐事件からひと月ほど経過したある朝のこと。
ヒナリが食堂へと行き、賢者たちと挨拶を交わしてから席に着いた途端、執事のライズボローが新聞を手に駆け込んできた。
いつも冷静な執事の焦燥感を滲ませる顔に、胸騒ぎを覚える。
「皆様がた、とんでもない報道がなされております……!」
すぐに立ち上がったアルトゥールが新聞を受け取り素早く広げる。
皆でそれを覗き込むと、そこには思いも寄らない文面が躍っていた。
『【真の聖女】、シュネインゼル辺境領に降臨す』
「何を戯言を……!」
「こんな妄言、誰が信じるというのですか!」
ダリオとクレイグが立て続けに憤りの声を張り上げる。
この世界では情報伝達手段が発達しておらず、新聞は週一回のみ発行されている。その新聞記事が報じるところによると、シュネインゼル辺境領に突如としてひとりの若い女性が現れ、大勢の人々が見守る中で、祈りによって魔獣を即座に消滅させたとのことだった。
センセーショナルな見出しのそばに、大きな挿し絵が添えられている。
前世で言うところの法廷画のような写実的なイラストの中では、小柄な女性が大勢の人々に称えられていた。
信じがたい報道に、ヒナリは頭を強く殴られたかのような衝撃を覚えた。視界が暗くなり、新聞の文字を追えなくなる。
「浄化ができる人が、私以外に居るってこと……?」
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