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最終章
99 完全浄化
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ヒナリは四人の賢者を率いて、祈りの間に足を踏み入れた。
大勢の人々が見守る中、ただ前方を見据えて堂々と赤い絨毯の上を進んでいく。
後ろから聞こえる四人の足音は、最後まで変わらず頼もしい。
(初めてここを歩いたときは、かなり緊張してたな)
五年前の出来事が、遠い昔のことのような気がした。
ひとり聖壇に立ち、女神像を見上げる。
不安は全くなかった。心の中に、そよ風が吹き抜けていく。
静かに息を吸い込み、すっかり言い慣れた祈りの言葉を聖壇に響かせる。
「――エトゥンピラオス・エァミプレリー・アングタ・エス」
女神ポリアンテスよ、我が祈りを叶えたまえ――!
心の中で、強く祈る。広大な大地から不浄なものが溶け出し霧散していくイメージを。そして――。
アルトゥールとベルトランとクレイグとダリオ、みんながずっと、幸せでいられますように――。
心の中で願い事を繰り返すうちに、体が燃えるように熱くなっていく。
この五年で祈りの際の発熱にも慣れたはずだったが、最後の祈りとなる今回はことさら熱く感じた。懸命に呼吸を繰り返すも意識が遠くなっていき、足がふらつきそうになる。
背後の壇下で緊張が走った気がした。肩で息をする聖女を見て、賢者たちが心配してくれているのかも知れない。
私は必ず完全浄化を成し遂げる。世界中の人々のために、そして私の大切な賢者たちのために――。
ヒナリの胸の中心から溢れ出した光が、祈りの間の床と壁、そして天井全体を明るく染め上げていき――。
光の粒となり、聖壇と、人々の頭上に降り注ぎ始めた。
祈りの姿勢を解いても、光の雨はいつまでも降り続けている。
今までの祈りの儀では見られなかった光景に人々がざわめく中、ヒナリは参列者に一礼すると、賢者を伴って、祈りの間をあとにした。
広間から出て、背後で扉が閉ざされた瞬間、ヒナリはその場にくずおれた。
すぐに背中を支えられ、膝裏をすくわれて抱え上げられる。アルトゥールだった。
暗くなりゆく視界の中に笑顔が見える。熱に冒されたヒナリは必死に呼吸を繰り返すと、真っ先に皆に伝えたいことを言葉にした。
「アルトゥール、ベルトラン、クレイグ、ダリオ。みんな、今までありがとう……」
きちんと言えたかどうかは分からない。
(最後の浄化、ちゃんとできたかな。きっとできたよね)
そう皆に問いたくても、必死に呼吸を繰り返していなければ全身を焼き尽くさんばかりの熱を堪えられず、もはや声を出すこともできない。
四人の賢者が口々に声を掛けてくれている。しかし薄れゆく意識の中、誰の言葉も聞き取ることができなかった。
そんな中、はっきりと聞こえる声がひとつだけあった。
――安心なさい、貴女の望み、すべて叶えてあげるから。
清らかで温かな声が、頭の中に響き渡る。
その言葉の意味を反芻するより先に、ヒナリは意識を失ったのだった。
完全浄化の光は国じゅう至るところで光の粒を降らし続け、その煌めく雨は三日三晩続いたという。
高熱を出したヒナリが目を覚ましたのは、光の雨が収まった翌日、最後の祈りの儀から四日目の朝だった。
『奇跡の光景に人々が沸いている』と賢者たちから教えられて、ヒナリは完全浄化がきちんとできたと知り、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇◇◆◇◇
お務めが終わったからといって、聖女は聖女邸の即日退去を求められているわけではないらしい。
退去期限は特に設けられておらず、本人が望めば生涯の住処にすることも可能だが、生活に掛かる費用が国と神殿からは一切出なくなり、聖女に贈られた褒賞金を使っていくことになるということだった。
また聖女がお務めの期間中は聖女邸への訪問を自重していた人たちが、お務めが終わったからといって遠慮なく来訪してくる可能性があるらしい。
聖女と何かしらの繋がりを持ちたい人は大勢居る――。そういう人たちは、邸宅が神殿の奥にあるからという理由で尻込みすることもなかろうと、賢者たちも召使いたちも皆口を揃えて助言してくれた。
そうなることを懸念してか、歴代聖女は大抵、人里離れた土地に屋敷を建てて、そこで静かに暮らしたという。
また爵位も希望すれば与えられるとのことだったが、歴代聖女は誰もそれを望まなかったらしく、平民として暮らしたとのことだった。
(それはわかるな。貴族の義務ってやつがあるというし。社交やら何やら大変そう)
賢者たちは皆貴族だから、きっとまたそういう生活に戻っていくのだろう――。
ヒナリは完全浄化が終わるまでは、旅の準備はしてこなかった。完全浄化を成功させる前に、お務め終了後に思いを馳せて浮かれているように見られたくなかったからである。
最後の祈りの儀を終え、ついに旅について気兼ねなく考えられるようになり、ヒナリは自室で【行きたい場所リスト】の紙を眺めながら思い巡らせた。
「ずっと旅をするにしても、拠点みたいなものはあった方がいいのかなあ」
そう呟いた途端、茶を注ぐミュリエルの手が止まった。
あたふたとティーポットをワゴンの上に置き、顔を上げてヒナリをじっと見る。
「ご旅行、でございますか?」
「そうなの。ひとり旅しようと思って」
「おひとり!? でご旅行……でございますか!?」
いつもは冷静なミュリエルが目を見開く。口まで半開きになっている。
そんなに驚くことかなとヒナリがその反応を不思議がっていると、ミュリエルが体の前で両手を重ねて姿勢を正した。
「ヒナリ様。もしヒナリ様がよろしければ、私は生涯ヒナリ様にお仕えさせていただきたく存じます」
「え! ミュリエルがずっと一緒に居てくれたらとっても嬉しいけど……いいの?」
「もちろんです。私は幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独となりました。寄る辺もなく路頭に迷っていた私は、神殿からいらした神官様に保護されました。すなわち私の命をお救いくださったのは、女神ポリアンテス様なのです。その慈悲深き女神様よりこの世界へと遣わされたヒナリ様に尽くさせていただき、女神様への恩返しをさせていただきたいのです」
「そっか。そしたらミュリエルも一緒に旅しよう!」
「世界中、どこへでもお供致します、ヒナリ様」
すっかりひとりで動き回る予定でいたけど、女の子同士、ふたりで旅をするのも楽しいかも知れない――。
意外な方向に話が進み、心が弾む。
「ところで旅行ってどういう風に準備していくものなのかな。馬車を頼むとか、宿の手配をするとか」
この五年間、何をするにしてもすべて召し使いが用意してくれていたため、そのやり様はさっぱり分からなかった――熱心に読んでいた旅行記は、旅の準備までには言及されていなかった。
ミュリエルが、考え込む顔付きをしながらも答えてくれる。
「私は個人的に旅行というものをしたことがございませんが、恐らくそういう類のものはすべて執事が取り計らうのではないかと思われます。ライズボロー様にお尋ねしてみましょうか。呼んで参りますね」
足早に部屋を出て行ったミュリエルが、すぐに執事のライズボローを連れて戻ってきた。
『お待たせ致しました、ヒナリ様』と優雅に御辞儀する中年の執事に向かって矢継ぎ早に問い掛ける。
「ライズボローさん、急に呼び立てちゃってごめんなさい。旅行の手配をするのに執事の方にお任せしてしまえばいいのかなっていう話になっているんだけど、そういう認識で合ってるかな。あ、でもライズボローさんは聖女邸の執事だから、私の個人的な旅の手配をしてもらうためには私専属の執事を雇ったりするといいのかな? 是非いろいろ助言をしてもらえたら……」
「お待ちくださいヒナリ様。ご旅行、でございますか?」
「うん。ひとり旅しようと思って。でもミュリエルがついてきてくれることになったから、女の二人旅だけど」
「なんと……」
「え、そんなに変かな?」
「いえ、とんでもない! 変、という話ではございませんが……」
語尾を濁しつつ、顎に手を当てて黙り込む。
しばらく考え込む顔をしていたライズボローは、ふと顔を上げると、
「少々お待ちいただけますでしょうか」
と言って素早く一礼し、そこはかとなく焦った様子で部屋を出ていった。
いつも冷静沈着な執事の慌てる様子を珍しく思い、同意を求めてミュリエルを見る。しかしミュリエルはヒナリに視線を返してこず、床に視線を落として口元を微笑ませていたのだった。
ライズボローを待っている間、行きたい場所リストと手元に用意したスレクスィオ国地図とを交互に眺めて、どの順番で巡ったらいいかと考えていると、突如として扉の外からばたばたと足音が聞こえてきた。
ばん、と凄まじい勢いで扉が開け放たれる。そこには四人の賢者が立っていた。
全員が息を弾ませている。そんなに急いで駆け付けたということだろうか。
ばらばらの呼吸音が聞こえる中、アルトゥールが愕然とした表情をして問い掛けてきた。
「ヒナリ! ひとり旅をするつもりと聞いたが本当か!?」
「そうなの。でもミュリエルがついてきてくれることになったから、女の子同士の二人旅だけどね」
ライズボローに聞かせたことと同じ言葉を繰り返す。
「……!」
ヒナリが意気揚々と答えた途端、皆一様に口をぽかんと開け、呆然とした眼差しでヒナリを見た。
賢者たちの珍しい表情を見て『そんな表情をしても顔がいい人はカッコいいんだな』と呑気に考える。
不可解な沈黙がわずかに続いたあと、ふとベルトランがミュリエルに目配せした。すぐさまミュリエルが静かに頭を下げて、部屋を出ていってしまう。
「……?」
なぜミュリエルを下げさせたのだろう――不思議に思ったヒナリが目をまばたかせていると、アルトゥールが敬礼するかのように姿勢を正した。
「ヒナリ。大事な話があります」
(大事な話……!?)
四人から真剣な眼差しを向けられて、緊張感を覚える。
賢者たちは、ヒナリが旅をしようと考えていることに驚いているらしい。
私が旅をしてはいけない理由があるのだろうか。自由に旅ができない理由といえば――。
(もしかして、完全浄化がきちんとできていなかったの……!?)
各地からの浄化の報告の中に、不審な点があったのだろうか――。聖女としての義務を果たせていなければ、自由に旅立つことなど許されるはずがない。それどころか自分が至らなかったばかりに、ようやく自由になれるはずの賢者を余計にしばり付けてしまうことになる。
渦巻く不安に襲われる中、賢者たちひとりひとりに視線を巡らす。皆、深刻な面持ちでヒナリを見つめてくる。
四人の賢者の切実な眼差しに、心臓がごとりと嫌な音を立てたのだった――。
大勢の人々が見守る中、ただ前方を見据えて堂々と赤い絨毯の上を進んでいく。
後ろから聞こえる四人の足音は、最後まで変わらず頼もしい。
(初めてここを歩いたときは、かなり緊張してたな)
五年前の出来事が、遠い昔のことのような気がした。
ひとり聖壇に立ち、女神像を見上げる。
不安は全くなかった。心の中に、そよ風が吹き抜けていく。
静かに息を吸い込み、すっかり言い慣れた祈りの言葉を聖壇に響かせる。
「――エトゥンピラオス・エァミプレリー・アングタ・エス」
女神ポリアンテスよ、我が祈りを叶えたまえ――!
心の中で、強く祈る。広大な大地から不浄なものが溶け出し霧散していくイメージを。そして――。
アルトゥールとベルトランとクレイグとダリオ、みんながずっと、幸せでいられますように――。
心の中で願い事を繰り返すうちに、体が燃えるように熱くなっていく。
この五年で祈りの際の発熱にも慣れたはずだったが、最後の祈りとなる今回はことさら熱く感じた。懸命に呼吸を繰り返すも意識が遠くなっていき、足がふらつきそうになる。
背後の壇下で緊張が走った気がした。肩で息をする聖女を見て、賢者たちが心配してくれているのかも知れない。
私は必ず完全浄化を成し遂げる。世界中の人々のために、そして私の大切な賢者たちのために――。
ヒナリの胸の中心から溢れ出した光が、祈りの間の床と壁、そして天井全体を明るく染め上げていき――。
光の粒となり、聖壇と、人々の頭上に降り注ぎ始めた。
祈りの姿勢を解いても、光の雨はいつまでも降り続けている。
今までの祈りの儀では見られなかった光景に人々がざわめく中、ヒナリは参列者に一礼すると、賢者を伴って、祈りの間をあとにした。
広間から出て、背後で扉が閉ざされた瞬間、ヒナリはその場にくずおれた。
すぐに背中を支えられ、膝裏をすくわれて抱え上げられる。アルトゥールだった。
暗くなりゆく視界の中に笑顔が見える。熱に冒されたヒナリは必死に呼吸を繰り返すと、真っ先に皆に伝えたいことを言葉にした。
「アルトゥール、ベルトラン、クレイグ、ダリオ。みんな、今までありがとう……」
きちんと言えたかどうかは分からない。
(最後の浄化、ちゃんとできたかな。きっとできたよね)
そう皆に問いたくても、必死に呼吸を繰り返していなければ全身を焼き尽くさんばかりの熱を堪えられず、もはや声を出すこともできない。
四人の賢者が口々に声を掛けてくれている。しかし薄れゆく意識の中、誰の言葉も聞き取ることができなかった。
そんな中、はっきりと聞こえる声がひとつだけあった。
――安心なさい、貴女の望み、すべて叶えてあげるから。
清らかで温かな声が、頭の中に響き渡る。
その言葉の意味を反芻するより先に、ヒナリは意識を失ったのだった。
完全浄化の光は国じゅう至るところで光の粒を降らし続け、その煌めく雨は三日三晩続いたという。
高熱を出したヒナリが目を覚ましたのは、光の雨が収まった翌日、最後の祈りの儀から四日目の朝だった。
『奇跡の光景に人々が沸いている』と賢者たちから教えられて、ヒナリは完全浄化がきちんとできたと知り、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇◇◆◇◇
お務めが終わったからといって、聖女は聖女邸の即日退去を求められているわけではないらしい。
退去期限は特に設けられておらず、本人が望めば生涯の住処にすることも可能だが、生活に掛かる費用が国と神殿からは一切出なくなり、聖女に贈られた褒賞金を使っていくことになるということだった。
また聖女がお務めの期間中は聖女邸への訪問を自重していた人たちが、お務めが終わったからといって遠慮なく来訪してくる可能性があるらしい。
聖女と何かしらの繋がりを持ちたい人は大勢居る――。そういう人たちは、邸宅が神殿の奥にあるからという理由で尻込みすることもなかろうと、賢者たちも召使いたちも皆口を揃えて助言してくれた。
そうなることを懸念してか、歴代聖女は大抵、人里離れた土地に屋敷を建てて、そこで静かに暮らしたという。
また爵位も希望すれば与えられるとのことだったが、歴代聖女は誰もそれを望まなかったらしく、平民として暮らしたとのことだった。
(それはわかるな。貴族の義務ってやつがあるというし。社交やら何やら大変そう)
賢者たちは皆貴族だから、きっとまたそういう生活に戻っていくのだろう――。
ヒナリは完全浄化が終わるまでは、旅の準備はしてこなかった。完全浄化を成功させる前に、お務め終了後に思いを馳せて浮かれているように見られたくなかったからである。
最後の祈りの儀を終え、ついに旅について気兼ねなく考えられるようになり、ヒナリは自室で【行きたい場所リスト】の紙を眺めながら思い巡らせた。
「ずっと旅をするにしても、拠点みたいなものはあった方がいいのかなあ」
そう呟いた途端、茶を注ぐミュリエルの手が止まった。
あたふたとティーポットをワゴンの上に置き、顔を上げてヒナリをじっと見る。
「ご旅行、でございますか?」
「そうなの。ひとり旅しようと思って」
「おひとり!? でご旅行……でございますか!?」
いつもは冷静なミュリエルが目を見開く。口まで半開きになっている。
そんなに驚くことかなとヒナリがその反応を不思議がっていると、ミュリエルが体の前で両手を重ねて姿勢を正した。
「ヒナリ様。もしヒナリ様がよろしければ、私は生涯ヒナリ様にお仕えさせていただきたく存じます」
「え! ミュリエルがずっと一緒に居てくれたらとっても嬉しいけど……いいの?」
「もちろんです。私は幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独となりました。寄る辺もなく路頭に迷っていた私は、神殿からいらした神官様に保護されました。すなわち私の命をお救いくださったのは、女神ポリアンテス様なのです。その慈悲深き女神様よりこの世界へと遣わされたヒナリ様に尽くさせていただき、女神様への恩返しをさせていただきたいのです」
「そっか。そしたらミュリエルも一緒に旅しよう!」
「世界中、どこへでもお供致します、ヒナリ様」
すっかりひとりで動き回る予定でいたけど、女の子同士、ふたりで旅をするのも楽しいかも知れない――。
意外な方向に話が進み、心が弾む。
「ところで旅行ってどういう風に準備していくものなのかな。馬車を頼むとか、宿の手配をするとか」
この五年間、何をするにしてもすべて召し使いが用意してくれていたため、そのやり様はさっぱり分からなかった――熱心に読んでいた旅行記は、旅の準備までには言及されていなかった。
ミュリエルが、考え込む顔付きをしながらも答えてくれる。
「私は個人的に旅行というものをしたことがございませんが、恐らくそういう類のものはすべて執事が取り計らうのではないかと思われます。ライズボロー様にお尋ねしてみましょうか。呼んで参りますね」
足早に部屋を出て行ったミュリエルが、すぐに執事のライズボローを連れて戻ってきた。
『お待たせ致しました、ヒナリ様』と優雅に御辞儀する中年の執事に向かって矢継ぎ早に問い掛ける。
「ライズボローさん、急に呼び立てちゃってごめんなさい。旅行の手配をするのに執事の方にお任せしてしまえばいいのかなっていう話になっているんだけど、そういう認識で合ってるかな。あ、でもライズボローさんは聖女邸の執事だから、私の個人的な旅の手配をしてもらうためには私専属の執事を雇ったりするといいのかな? 是非いろいろ助言をしてもらえたら……」
「お待ちくださいヒナリ様。ご旅行、でございますか?」
「うん。ひとり旅しようと思って。でもミュリエルがついてきてくれることになったから、女の二人旅だけど」
「なんと……」
「え、そんなに変かな?」
「いえ、とんでもない! 変、という話ではございませんが……」
語尾を濁しつつ、顎に手を当てて黙り込む。
しばらく考え込む顔をしていたライズボローは、ふと顔を上げると、
「少々お待ちいただけますでしょうか」
と言って素早く一礼し、そこはかとなく焦った様子で部屋を出ていった。
いつも冷静沈着な執事の慌てる様子を珍しく思い、同意を求めてミュリエルを見る。しかしミュリエルはヒナリに視線を返してこず、床に視線を落として口元を微笑ませていたのだった。
ライズボローを待っている間、行きたい場所リストと手元に用意したスレクスィオ国地図とを交互に眺めて、どの順番で巡ったらいいかと考えていると、突如として扉の外からばたばたと足音が聞こえてきた。
ばん、と凄まじい勢いで扉が開け放たれる。そこには四人の賢者が立っていた。
全員が息を弾ませている。そんなに急いで駆け付けたということだろうか。
ばらばらの呼吸音が聞こえる中、アルトゥールが愕然とした表情をして問い掛けてきた。
「ヒナリ! ひとり旅をするつもりと聞いたが本当か!?」
「そうなの。でもミュリエルがついてきてくれることになったから、女の子同士の二人旅だけどね」
ライズボローに聞かせたことと同じ言葉を繰り返す。
「……!」
ヒナリが意気揚々と答えた途端、皆一様に口をぽかんと開け、呆然とした眼差しでヒナリを見た。
賢者たちの珍しい表情を見て『そんな表情をしても顔がいい人はカッコいいんだな』と呑気に考える。
不可解な沈黙がわずかに続いたあと、ふとベルトランがミュリエルに目配せした。すぐさまミュリエルが静かに頭を下げて、部屋を出ていってしまう。
「……?」
なぜミュリエルを下げさせたのだろう――不思議に思ったヒナリが目をまばたかせていると、アルトゥールが敬礼するかのように姿勢を正した。
「ヒナリ。大事な話があります」
(大事な話……!?)
四人から真剣な眼差しを向けられて、緊張感を覚える。
賢者たちは、ヒナリが旅をしようと考えていることに驚いているらしい。
私が旅をしてはいけない理由があるのだろうか。自由に旅ができない理由といえば――。
(もしかして、完全浄化がきちんとできていなかったの……!?)
各地からの浄化の報告の中に、不審な点があったのだろうか――。聖女としての義務を果たせていなければ、自由に旅立つことなど許されるはずがない。それどころか自分が至らなかったばかりに、ようやく自由になれるはずの賢者を余計にしばり付けてしまうことになる。
渦巻く不安に襲われる中、賢者たちひとりひとりに視線を巡らす。皆、深刻な面持ちでヒナリを見つめてくる。
四人の賢者の切実な眼差しに、心臓がごとりと嫌な音を立てたのだった――。
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