婚約破棄された上に魔力が強すぎるからと封印された令嬢は魔界の王とお茶を飲む

阿佐夜つ希

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第1話

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 あと少しで自由になれる。
 でもこれからどこへ行けば、私は誰からも嫌われずに済むの?


 伯爵令嬢ラティエシア・マクリルアは、王城の広間の片隅でひとりうつむいていた。王立学園の卒業記念パーティーの華やかさが胸に刺さる。
 ラティエシアの婚約者、第一王子ディネアック・ルシタジュフの隣には、彼自身の選んだ相手が得意げな顔をして立っていた。

 華やかな場でふたりが仲睦まじくしている光景を見せつけられると、心がどこまでも沈んでいく。今まで王子からぶつけられた言葉が心を締めつける。


『貴様のその白髪みたいな髪が不気味だ』――本当は白金色なのに。
『赤い目が気色悪い』――魔力過多症のせいでこの色になっているだけなのに。
『自分で選んだ相手と結婚したい』――そんなの私だってそう。

 王子じゃなくていい。
 私もたったひとりの誰かから笑顔を向けられてみたい。


 王子の恋人、モシェニネ・テオリューク男爵令嬢が王子を見上げて微笑んでいる。
 彼女が王子から可愛がられているところを見るうちに、本来なら抑えて・・・いなければ・・・・・ならない・・・・感情が溢れてしまった。他の令嬢たちのひそひそ話が聞こえてくる。

「見てください、ラティエシア様のあのお姿。どす黒いオーラが洩れ出ていますわ」
「こちらにまでおぞましい魔力が漂ってきて、具合が悪くなってしまいそう」
「殿下をモシェニネ様に取られてしまったのがよほど悔しいのでしょうね」

 魔力が強すぎるラティエシアは、感情が高ぶると目に見える形で魔力が身体から溢れ出してしまうのだった。心の中を読まれているようで、恥ずかしくて仕方がない。
 それだけでなく、ラティエシアから洩れ出た魔力は人々に不快感を与えてしまうらしく、体調を崩すどころか魔力耐性の低い人なら卒倒してしまうほどだった。


 魔力漏れを抑えないと。
 ラティエシアが必死に落ち着きを取り戻そうとしていると、王子から声を掛けられた。

「ラティエシア、こちらに来い」
「……はい、ディネアック殿下」

 王子の従順な婚約者として、ラティエシアはディネアックとモシェニネの並ぶ前に歩み寄った。
 深呼吸して、婚約破棄される覚悟を決める。なるべく動揺しないように、淡々と受け入れよう。

 しかし爛々と目を輝かせた王子から放たれたのは、耳を疑うような宣告だった。


「ラティエシア・マクリルア。貴様を封印刑・・・に処す!」


(封印刑ですって!? なぜ私が!?)

 予想外の宣言にラティエシアが目を見開いた瞬間。
 ざわめく人々の間から王宮魔導師が踊り出てきた。
 幾人もの魔導師が、ラティエシアを中心に輪を描いて詠唱を始める。

 封印刑なんて、国王陛下がお許しになるはずがないのに――!
 これまで一度も王子に異を唱えたことのなかったラティエシアは初めて婚約者を問いただした。

「ディネアック殿下、なぜ私がそんなにも重い処罰を受けなければならないのですか!?」
「モシェニネをいじめただろう」
「そんなこと、誓ってしていません!」
「言い逃れする気か、ますます許しがたい! ただちに封印牢へと封印せよ!」
「――はっ!」

 魔導師たちの揃った声を聞きながらラティエシアはうつむいた。
 ――ああ、この人には何も言っても無駄なんだった。
 いつからだろう、『婚約者として王子を支えていこう』という気持ちがなくなったのは。忘れるくらい昔から、ラティエシアは王子から相手にされていなかった。
 失望する間にも、四方から放たれた魔法の光線がラティエシアを貫く。
 本気を出せば弾き返せる魔法でも、防御魔法を展開する気力は失せていた。

(どうして私がこんな目に遭わなければいけないの?)

 泣き出しそうになる。それでもぐっと奥歯をかみしめて、反射的に心の揺れを抑えてしまう。人々が不快だ・・・という魔力が洩れ出ないようにするために。心を読まれてしまわないように。

(こうして涙を我慢できるようになったことも、全部無駄だったのね……)

 胸の内でつぶやいた瞬間、ラティエシアは気を失った。


    ***


「……。……はっ」

 びくりと体を震わせながらラティエシアは目を開いた。気絶していたはずなのに、なぜか立ったままだった。
 辺りを見回す。そこは、真っ暗闇――ではなく、わずかに紫がかった空間が広がっていた。

「これが、封印牢……――ひっ!?」

 気づけば両手首と両足首に無数の縄が巻き付いていた。その先端はまるで人の手のように枝分かれしていて、ぎゅっとラティエシアをつかんでいた。

「離して、離してっ……!」

 藻掻くうちに、徐々に魔力が吸われて行っていることに気がついた。封印牢とは、閉じ込めた者の魔力を吸い上げて枯れさせるために作られた魔法の牢獄だ。

「魔力が尽きたら、私が私じゃなくなってしまう……!」

 魔力が多すぎる自分は嫌。人か⁠ら嫌われてしまうから。
『でも、もしもこの世のどこかにこのままの私でも嫌わずにいてくれる人がいたら』――。
 それは他人から避けられるようになって以来ずっと、ラティエシアが夢見ていたことだった。

 魔力が尽きた自分を想像する。洩れ出る魔力が不快だと言われなくなっても、今度は『こんな簡単な魔法も使えないのか』と嘲笑の的になるかも知れない。

 そんなの理不尽すぎる――!
 怒りが魔力となって身体の中を渦巻く。
 これまでに感じたことのない強い感情は、オーラとなって可視化されるだけでは済まなかった。
 制御の効かなくなった魔力は攻撃魔法と化し、四方に放たれてしまった。封印牢のあちこちで爆発が起きる。

 無詠唱どころか感情が高ぶっただけで魔法が発動してしまうのは久しぶりだった。こうなるからこそラティエシアは感情が高ぶらない訓練を受けなければならなかった。周りの人に危害を加えないようにするために。
 その結果、『無表情で何を考えているかわからない』と言われるようになり、ますます避けられるようになった。

 魔力がありすぎても魔力がなくなっても、結局私は誰からも嫌われる。

「もう全部、抑えるの、やめよう……」

 これまでに溜まった鬱憤が、攻撃魔法となって次々と封印牢の壁に激突する。
 あちこちで炸裂する光をぼんやりと眺めていると、異変が起きた。


「――うっ……!?」


 いきなり男性の低い声が聞こえてきた。攻撃魔法がぶつかってしまったようだ。
 煙の向こうをよく見ると誰かが立っていた。驚くほどに背が高い。
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