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第1話
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「俺から目、離すんじゃねえぞ。俺もあんたのこと、ずっと見てるから」
「は、はい、……あっあっ」
体内を深く暴かれれば、快感を受け止めきれず目を閉じてしまいそうになる。
淫魔の端整な顔を必死に見上げて、縦長の瞳孔を持つ瞳を見つめ返す。
粗暴な口調とは裏腹に、その赤い目は慈しむような輝きを帯びていた。
褐色の肌と、濃紫色の髪の先に、汗の粒がきらめいている。
艶を帯びた二本の角まで、濡れているかのように見えた。
テレシュナは、絶え間なく与えられる悦びに浸る中、胸の内で淫魔に問いかけた。
(私のこと、気色悪いものを見る目で見ないんですね、淫魔さん)
今までずっと、誰からも不気味がられていると、そう思っていたのに――。
***
魔女のテレシュナは、自宅の居間で、中年の行商人の渋い表情を恐々と見上げていた。
ずり落ちかけた丸眼鏡を指先で持ち上げる。
毛先が肩に付く程度の長さの髪を、つまんでは離し、を繰り返す。
体のサイズより大きめの、真っ黒なワンピースをぎゅっと握り締める。
行商人は、テレシュナの作った魔法薬に値段を付けていた。
テーブルの上で、紙にペンを走らせる。そこに書かれた金額は、テレシュナの期待した値段からは程遠かった。
「約束の日に遅れた分を上乗せして、この額だね」
昨日は大雨が降ったため、行商人はテレシュナがお願いしていた日より一日遅れでやって来ていた。
ごつごつした手が、紙の上にコインを積み上げていく。
「あんたの作る魔法薬、あんまり人気がないんだよなあ」
「そうですか……」
(うう、やっぱり【空気清浄液】は受けが悪かったんですね)
壺に入れて部屋に置いておけば、次第に空気が綺麗になっていくという魔法薬。 開発には苦労したとはいえ、人間には効果が分かりづらいのかも知れない。
(また別の魔法薬を発明しないといけませんね)
胸の内でつぶやいて、そっとため息をつく。
テレシュナの作る魔法薬は総じて効果が弱いため、他の魔女が作った同じ効能の薬では太刀打ちできない。そのため珍しいものを作っているのだが、今のところ継続的に発注してもらえた試しがない。
残念な結果にうつむいていると、今度はテレシュナが以前注文しておいた材料を並べられた。数種類のハーブの束が、雑に積み上げられていく。
続けて差し出された請求書に、テレシュナは唖然とせずにはいられなかった。
「こんなに高いんですか!? 発注したときと全然値段が違う……!」
書かれていた金額は、テレシュナにとってのひと月分の生活費と同等の額だった。
行商人が、悪びれもせずに説明を始める。
「今年は不作だったらしくて、どこに行ってもなかなか手に入らなくてね。探すのに手間取った分、上乗せさせてもらうよ。こっちも商売なんでね」
「そうですか……」
今のテレシュナには、金額で揉めている暇はなかった。大急ぎで作らなければいけない魔法薬があるのだった。
「……わかりました。この値段で買います」
***
行商人を見送ったそばから作業室へと飛び込む。たった今入手したばかりの材料を使い、急いで魔法薬の調合に取り掛かる。
使い魔の小型ドラゴンであるドラヒポが、小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせながら、テレシュナの顔の高さまでやってくる。ふわふわと浮いたまま、人間のするように両手を握り締める動きをする。
「ご主人さま、がんばれ、がんばれ」
「うん、がんばる」
材料のハーブを煮出して、魔法を掛けて薬にしていく。そうして急ごしらえで作った液体を瓶に注いでいると、遠くから、どしーん、どしーん……と巨大生物の足音が聞こえてきた。
窓の外から、少女めいた声で呼びかけられる。
「テレシュナ~? 頼んでおいた薬、できてるでしょうねえ?」
「はい、ただいま」
魔法薬を注いだ瓶を大事に胸に抱えて部屋を飛び出す。
玄関ドアを開け放つと、建物から少し離れた場所にゴーレムが立っていた。その背丈は平屋建ての家の屋根より高い。
テレシュナは、石でできたゴーレムに駆け寄ると、息を切らしながら頭上を見上げた。
ゴーレムの肩には小柄な魔女が座っていた。
柔らかそうな長い金髪、綺麗な碧眼。
人形をほうふつとさせる、一見少女のような見た目の彼女は、百歳であるテレシュナより四十歳ほど年が上、百四十歳の魔女だ。外見は人間でいうところの二十五歳くらいのはずなのに、見た目が十八歳のテレシュナよりずっと幼く見える。
「お待たせしましたハピニルさん!」
テレシュナが呼びかけると、ゴーレムが手を差し出してきた。
巨大な手の上に、そっと瓶を乗せる。
石の体の幻獣はゆっくりと腕を持ち上げると、瓶をハピニルに手渡した。
「は、はい、……あっあっ」
体内を深く暴かれれば、快感を受け止めきれず目を閉じてしまいそうになる。
淫魔の端整な顔を必死に見上げて、縦長の瞳孔を持つ瞳を見つめ返す。
粗暴な口調とは裏腹に、その赤い目は慈しむような輝きを帯びていた。
褐色の肌と、濃紫色の髪の先に、汗の粒がきらめいている。
艶を帯びた二本の角まで、濡れているかのように見えた。
テレシュナは、絶え間なく与えられる悦びに浸る中、胸の内で淫魔に問いかけた。
(私のこと、気色悪いものを見る目で見ないんですね、淫魔さん)
今までずっと、誰からも不気味がられていると、そう思っていたのに――。
***
魔女のテレシュナは、自宅の居間で、中年の行商人の渋い表情を恐々と見上げていた。
ずり落ちかけた丸眼鏡を指先で持ち上げる。
毛先が肩に付く程度の長さの髪を、つまんでは離し、を繰り返す。
体のサイズより大きめの、真っ黒なワンピースをぎゅっと握り締める。
行商人は、テレシュナの作った魔法薬に値段を付けていた。
テーブルの上で、紙にペンを走らせる。そこに書かれた金額は、テレシュナの期待した値段からは程遠かった。
「約束の日に遅れた分を上乗せして、この額だね」
昨日は大雨が降ったため、行商人はテレシュナがお願いしていた日より一日遅れでやって来ていた。
ごつごつした手が、紙の上にコインを積み上げていく。
「あんたの作る魔法薬、あんまり人気がないんだよなあ」
「そうですか……」
(うう、やっぱり【空気清浄液】は受けが悪かったんですね)
壺に入れて部屋に置いておけば、次第に空気が綺麗になっていくという魔法薬。 開発には苦労したとはいえ、人間には効果が分かりづらいのかも知れない。
(また別の魔法薬を発明しないといけませんね)
胸の内でつぶやいて、そっとため息をつく。
テレシュナの作る魔法薬は総じて効果が弱いため、他の魔女が作った同じ効能の薬では太刀打ちできない。そのため珍しいものを作っているのだが、今のところ継続的に発注してもらえた試しがない。
残念な結果にうつむいていると、今度はテレシュナが以前注文しておいた材料を並べられた。数種類のハーブの束が、雑に積み上げられていく。
続けて差し出された請求書に、テレシュナは唖然とせずにはいられなかった。
「こんなに高いんですか!? 発注したときと全然値段が違う……!」
書かれていた金額は、テレシュナにとってのひと月分の生活費と同等の額だった。
行商人が、悪びれもせずに説明を始める。
「今年は不作だったらしくて、どこに行ってもなかなか手に入らなくてね。探すのに手間取った分、上乗せさせてもらうよ。こっちも商売なんでね」
「そうですか……」
今のテレシュナには、金額で揉めている暇はなかった。大急ぎで作らなければいけない魔法薬があるのだった。
「……わかりました。この値段で買います」
***
行商人を見送ったそばから作業室へと飛び込む。たった今入手したばかりの材料を使い、急いで魔法薬の調合に取り掛かる。
使い魔の小型ドラゴンであるドラヒポが、小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせながら、テレシュナの顔の高さまでやってくる。ふわふわと浮いたまま、人間のするように両手を握り締める動きをする。
「ご主人さま、がんばれ、がんばれ」
「うん、がんばる」
材料のハーブを煮出して、魔法を掛けて薬にしていく。そうして急ごしらえで作った液体を瓶に注いでいると、遠くから、どしーん、どしーん……と巨大生物の足音が聞こえてきた。
窓の外から、少女めいた声で呼びかけられる。
「テレシュナ~? 頼んでおいた薬、できてるでしょうねえ?」
「はい、ただいま」
魔法薬を注いだ瓶を大事に胸に抱えて部屋を飛び出す。
玄関ドアを開け放つと、建物から少し離れた場所にゴーレムが立っていた。その背丈は平屋建ての家の屋根より高い。
テレシュナは、石でできたゴーレムに駆け寄ると、息を切らしながら頭上を見上げた。
ゴーレムの肩には小柄な魔女が座っていた。
柔らかそうな長い金髪、綺麗な碧眼。
人形をほうふつとさせる、一見少女のような見た目の彼女は、百歳であるテレシュナより四十歳ほど年が上、百四十歳の魔女だ。外見は人間でいうところの二十五歳くらいのはずなのに、見た目が十八歳のテレシュナよりずっと幼く見える。
「お待たせしましたハピニルさん!」
テレシュナが呼びかけると、ゴーレムが手を差し出してきた。
巨大な手の上に、そっと瓶を乗せる。
石の体の幻獣はゆっくりと腕を持ち上げると、瓶をハピニルに手渡した。
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