【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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1 クズだった私のこれまで

12 幽閉された公爵夫人の日常

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 「今日もよく晴れてるわねぇ」
 澄んだ空を見ると夫であったクリストファーの空色の瞳を思い出す。少し胸は痛むが、今は怒りも恨みもなんの感情もない。ただ、アイリーンが捻じ曲げてしまった彼の人生が軌道に乗っている事を祈るばかりだ。

 でも、こんな人里離れた所でアイリーンが祈らなくても、クリストファーはきっと幸せで順風満帆な人生を送っていることだろう。アイリーンとは違って中身も外見も優れていて、クリストファーを想ってくれているアンジェリカを妻にして、公爵を継ぎ、世継ぎにも恵まれた。真面目で優秀なクリストファーならきっと立派な公爵家当主となっているだろう。

 「ねぇ、ダン。私、人と話しちゃダメなんじゃなかったっけ?」
 「そうでしたかな? 確かに奥様はこの村から出ることはできませんが、必要最低限なら話したり、出かける事も許されるでしょう」
 家令のダンとアイリーンの専属侍女のタニアの夫婦はアイリーンに甘い。アイリーンが慎ましやかに生活をし始めてからかなりの自由が許されている。

 「これって罰になるのかしらね?」
 「以前の奥さまでしたら、耐えがたい境遇だったのではないですか? 心持ちが変われば見える世界も変わるんですよ」
 「ふふふっ。そうかもね。ありがたく感謝して、受け入れることにするわ」
 確かに、ここに連れてこられた時のアイリーンは、茶会も夜会もおしゃれな店もない、着飾っても称賛してくれる人もいないこの場所に絶望した。でも、この状況に絶望して、自分に絶望して、そして改めて見回してみれば、ここは楽園のような場所だ。

 小さな村だが、空気は澄んでいるし、緑豊かで自然に囲まれていて美しい景色が広がり、大きな建物がないせいか空も広く見える。教会までの道のりをダンとタニアとのんびり歩きながら、道端に咲く花を見て楽しむ。

 動けるようになって、初めはダンやタニアやアン以外の人が怖かった。周りの皆が、アイリーンがヒステリーを起こしたあげくに、死んでいるような状態で介護されているのを知っているのが怖かった。数人の者を除くと屋敷で働く者は通いだ。小さな村なので、家族や友人に話していたりしたら、村人みんながアイリーンのことをダメでクズで捨てられた公爵夫人だと知っているだろう。蔑んだ目線で見られたらどうしよう。ヒソヒソと噂されたらどうしよう。アイリーンは屋敷の中でも侍女や侍従や騎士達の目線が怖くて、ずっと下を見て歩いていた。

 でも、そんなのはアイリーンの思いこみで、冷たい目で見られたり、ヒソヒソと陰口を言われることはなかった。こういった田舎の小さな村では、皆仲が良くて、団結が強くて、おせっかいでおしゃべりなイメージがあった。だが、この村の人々は淡々としていて、お互いにある程度の距離感を保って暮らしている。アイリーンが問題ある公爵夫人だから、侍女達に遠巻きにされているのかと思ったが、それが普段のありのままの姿みたいだ。挨拶はするけど、雑談はしない。話しかければ答えてくれる。そういう関係性なのだと理解したアイリーンはようやく屋敷から出られるようになった。

 元気を取り戻したアイリーンは暇を持て余した。本を読んだり、刺繍をしたりするのはあまり好きではない。ダンに相談すると、教会や孤児院で雑務を手伝うことを提案された。

 教会や孤児院で働く人も聖歌隊に所属する人も、村人は概ねそんな様子だった。今のアイリーンはそんなドライに感じるくらいの距離感がちょうど良く感じて、すぐに馴染んでいった。

 「ねー、アイリーン、なんで、文字を覚えないといけないのー? つまんないよー、外で遊びたいよー」
 「知らないより、知っているほうがいいよ。勉強できる場所があるなら、学んだ方がいいよ。どこで自分の役に立つかわからないよ」
 今日は、アイリーンは教会に併設されている孤児院で、子ども達に勉強を教えるのを手伝っている。活発で外で遊ぶのが大好きな ヨランダは、天気がいい日に室内にいるのが不満なのだろう。アイリーンもかつて、ヨランダのように机に向かうのが嫌で仕方なかった自分を思い出して胸がちくりと痛む。
 「こんなの役にたつかなー?」
 「うん。私も勉強するの嫌いだったけど、もっとちゃんと勉強しておけばよかったって後悔してる。そうしたら、がっかりさせたり、迷惑かけることもなかったのにって」
 「ふーん……。でも、アイリーンは今、先生できてるからいいじゃん!」
 「そうよ。だから、ヨランダも勉強できるときにしようね。ほら、あと一時間がんばったら、外遊びできるから」
 ヨランダはなぜかアイリーンに懐いているので、なんだかんだ言いながら、アイリーンに言われたらちゃんとやる。もう一度、机に向かうヨランダを見て、他に困っている子がいないか見回した。

 「ふーっ、子どもは元気だな……」
 勉強の時間が終わって、外で元気に遊ぶ子ども達を窓から眺める。さすがに、体力のない元貴族令嬢のアイリーンには外遊びにつきあうことはできずに、部屋の片付けや掃除を手伝っている。

 「レッドフォード公爵家ってすごいのね……」
 小さな村なのに、教会も孤児院もアイリーンの寄付などいらないくらいに整っている。勉強や習得させる技術も多岐に渡る。孤児だけでなく、村の子ども達も自由に出入りできて、一緒に勉強したりしているし、親の仕事の間に子どもを預かったりもしている。建物やカリキュラムだけでなく、そういった仕組みもよくできていた。

 こんな領地の片隅の村まで、居心地を良くするなんて、領主であるクリストファーはどれだけ労力を注いでいるのだろうか?

 「そうですねぇ、色々と内部に問題はありますが、まっとうな領主であることは確かですねぇ」
 どこからともなく現れた神父が、アイリーンの言葉に相槌をうつ。淡々とした距離感を好む村人の中の唯一の例外である神父は、アイリーンだけでなく皆になにくれとなく目をかけて、声を掛けている。

 「私の寄付だったり、手伝いなんて必要ないくらいに整ってますよね」
 「そうですね、正直な所、資金も人手も十分です。でも、気持ちが大事ですし、奥様がいると場が和みますから。潤いって何事にも必要なんですよ」
 「ありがとうございます」
 最初はクリストファーが現れたのかと思うくらいそっくりに見えた神父だが、接するうちに内面の違いからか、見間違えることはなくなった。綺麗な金色の髪と空色の瞳に透き通るように白い肌は同じだけど。人は外見が似ていても、表情や仕草で全然違う人に見えるものらしい。
 
 「今日は聖歌隊の練習に顔を出しますか?」
 「もちろん!」
 神父と共に、教会へ行き、聖歌隊の皆と合唱の練習に励んだ。教会や孤児院の手伝いだけでなく、最近は聖歌隊の歌の練習にも顔を出している。歌を歌っていると、ああ、まだ生きていけると思える。青空に溶け込むような皆の澄んだ歌声と自分の体に響く声にアイリーンは力が湧いてくるのを感じた。そして、自分が周りの者達に見守られ、生かされていることに感謝した。
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