【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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番外編

side クリストファー① 大事な物は作らない。それが次期公爵家当主の心得

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本編のヒーロー、クリストファー視点。幼少期の話や本編中の心情など。後日談的エピソードはありません。R表現はR15くらい。全五話。
番外編の他視点で語られるその心の内で、本編の出来事の色合いがどんどん変わっていく。かもしれない。
――――――――――――――――

一番初めに、捨てられたのはうさぎのぬいぐるみだった。

 小さい頃から、本当は可愛い物が好きだった。物心ついた時には、レッドフォード公爵家の次期当主として、厳しい教育を課されていた。乳母や侍女、侍従など、なにくれとなく世話を焼いてくれる人は周りにいたし、父と母からも愛情は注がれていたと思う。それでも、次期レッドフォード公爵として、勉学と体を鍛えること、マナーなどの習得に追われる殺伐とした日常に、心が擦り切れていた。

 そんなクリストファーの心の支えは幼い頃に叔父からプレゼントされたうさぎのぬいぐるみだった。家庭教師からの叱責や、達成しても難易度がひたすら上がるだけの終わりのない勉学、鍛えても鍛えても筋肉のつかない体など、どうにもならないことに気持ちが塞ぐ時は、ぎゅっとそのうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。夜、眠る時はそのうさぎのぬいぐるみがないと眠れないようになっていた。

 六歳の誕生日の日に、そのうさぎのぬいぐるみが消えた。クリストファーは、大泣きして部屋中をひっくり返して、うさぎのぬいぐるみを探した。

 「クリストファー、うさぎのぬいぐるみはもうない」
 いつの間にか、部屋の入り口で壁に体を持たせかけるようにして腕を組んだ父が佇んでいた。クリストファーが必死にうさぎのぬいぐるみを探しているのを観察していたのかもしれない。

 「えっ、お父様、それはどういうことですか?」

 「捨てたから、もうない」

 「そんな……」
 うさぎのぬいぐるみがないということと、それをしたのが父の指示であることの二つの事実にショックを受けて、クリストファーの瞳から大粒の涙が零れる。

 「クリストファー、公爵家当主になるってことはな、大事な物を作ってはいけないということだ。自分にとって、それが大事であればあるほど、弱みとなる。お前は将来レッドフォード公爵家と、公爵領の領民を背負っていくことになるんだ。なにかに縋るような甘い心は捨てるんだ」
 そう言い捨てる父は、父親ではなく公爵家当主としての顔をしていた。

 「はい、お父様」
 いつもの習慣で、返事を返すが、心では納得できなくて、涙が止まらない。手でゴシゴシとぬぐってもぬぐっても、止まらない。 

 「泣くな、クリストファー。人に弱みを見せるんじゃない。常に表情を変えるな。お前には期待しているんだ」
 父はそう言うと、クリストファーの顔を見ずに立ち去って行った。

 その時に、クリストファーの腹の中は何か得体の知れない黒い気持ちがぐるぐると渦巻いていた。その気持ちが怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのかはわからない。

 それから、クリストファーは自分の全ての感情を冷めた表情で覆い隠すようになった。

◇◇

 うさぎのぬいぐるみを捨てられてから、クリストファーは自分の楽しい、うれしい、好きといったプラスの感情を周りに悟られないように、慎重に行動した。それでも、自分の好きな本や、気に入った剣など、少しでも思い入れがあるのが伝わると、それらの物はそっと処分された。

 時に自分の好きな物を選び、嫌いな物を選び、どうでもいい物を選ぶ。そのうち、自分が本当は何か好きなのかわからなくなり、どうでもよくなった。物だけではなく、人間に関しても自分に仕える者、友達にもこだわりはなかった。

 ただ、女性に関しては苦手なタイプがいた。母のように普段はにこやかだが、女王のように君臨し、命令することに慣れている強気な女性がどうしても苦手だった。公爵家の妻としてはそういうタイプの女性が向いていることは百も承知だった。それでも、なかなかそれを飲みこめなかった。

 “あれが欲しい”
 初めて、アイリーンを見た時に、久々に自分の欲を感じた。美しく流れる金色の髪。きらきらと輝く青色の瞳。その顔は幼いながらに整っていて、なによりその仕草や所作が優美で、話し方もおっとりとしている。その外見も、仕草も雰囲気もクリストファーを惹きつけてやまなかった。しかし、もう、うさぎのぬいぐるみの時のような失敗はしない。興味を持ったことを悟られないようにし、いきなり話しかけることはせずに、情報収集する。

 アイリーン・スコールズ。スコールズ伯爵家の長女。スコールズ伯爵家は、伯爵家としては中堅だが、歴史は古い。父親は財務省勤務。アイリーンはその美しさと所作の優美さで幼くして、社交界で噂になっていた。公爵家に嫁ぐには爵位がギリギリだった。それを上回る加点要素があれば可能かもしれない。

 「婚約者を決めるのは待ってもらっていいですか?」
 高位貴族は、幼くして婚約が結ばれることも珍しくない。クリストファーにも、フェザーストン侯爵家から熱心に婚約の打診がある。ただ、派閥の関係でその話は進んでいないようだ。幼い頃からなにかとクリストファーにすり寄ってくる勝気なアンジェリカが苦手だったので、家同士が緊張関係にあるのは幸いなことだった。

 「あら、クリストファー、どなたか心に留めた方でもいるの?」
 夕食時になんでもない事のように切り出したクリストファーに反応したのは母だった。

 「今の所は、これといった方がいなくて。成長とともに変わる部分もあるでしょうし、将来支え合えるパートナーを慎重に選びたいのです」
 この頃には、身に着けたポーカーフェイスでにこやかに告げる。

 「まぁ、いいだろう。フェザーストン侯爵家の圧も強い。学園入学までには決めるぞ」
 「承知いたしました、お父様」 
 アイリーンを婚約者に据えられるかどうかは賭けだった。でも、そのわずかな希望に縋った。

 アイリーンはそのおっとりとして美しい容貌とは裏腹に、学習面でも優秀だった。伝統ある伯爵家という程よい爵位を持つ才色兼備なアイリーンに釣書が山ほど届いているという噂に内心焦ったが、気持ちだけで突っ走ることはできない。アイリーンが学園の入学試験にクリストファーに次ぐ、次席の成績で合格したと聞いて、クリストファーは動いた。すでに、母はアイリーンの完璧で優雅な所作に惚れ込んでいるのを知っていたので、母に話を持って行き、父には爵位の件でしぶられたものの、なんとかアイリーンを婚約者に据えることができた。

 クリストファーは内心の喜びを決して表すことはなかったけど、ベッドに入ると頬が緩む。

 婚約者だからとパーティーでエスコートする。
 婚約者だからと観劇や買い物に連れて行く。
 婚約者だからと、ドレスやアクセサリーを選んで送る。

 あたかも、婚約者の義務として仕方なくといった風を装って行う一つ一つに心が躍った。クリストファーの隣でおっとりとほほ笑むアイリーンに、自分の顔がにやけないように保つのに必死だった。

 あの時の自分は、恋に恋していただけかもしれない。アイリーンの上っ面しか見ていなかったのかもしれない。それでも、あの時の自分にとってはアイリーンといる時間は幸せなものであり癒しであることは間違いなかった。
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