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2 少しずつ感じられる成長
4 反撃の狼煙が消された日
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長期休暇も終わりいつもの日常が戻ってきた。
「あら、マルティナ、髪を切ったのね。もう貴族令嬢としての結婚は諦めたのかしら? 生徒会の平民のお友達に染まりすぎたのかしらね?」
夕食時の姉の嫌味も久しぶりだ。
「お姉様。私、反省しましたの。お姉さまの婚約者様やお母様から、再三にわたり、お姉様の時間を奪うなと、甘えすぎるなと苦言を呈されてきました。
長期休暇の間、考える時間がたくさんありました。そこで、お姉様に甘えすぎていると自覚し、少し姉離れしようと思いました」
マルティナはカトラリーを置いて、徐に切り出した。これから言うことに対する姉の反応が怖くて、顔は上げられない。
「夕食後にいつも、お姉様にお時間を頂き、私の勉強を見てもらっていましたが、今後は遠慮することにします。ただ、いきなりお姉様との時間がなくなるのは、寂しいので生徒会のお仕事のお手伝いはこれまで通りさせていただきたいのです」
これは、言い換えると『もうお姉様の勉強のお手伝いはしません。仕方がないから生徒会のお仕事は手伝います』宣言だ。
マルティナは一言『ありがとう』と言ってもらえれば、それで充分だったのに。
姉はマルティナに感謝するどころか、いつもマルティナを貶して、踏みにじり、見下しているのに、便利に使おうとする。マルティナはそんな関係にはもう、うんざりしていた。
姉に正面切って言う勇気はないので、母の前で、姉を立てながら、距離を置く宣言をしたかったのだ。
「やっと気づいたのね。アイリーンは結婚の準備もあるし、卒業前で勉強も忙しいし、マルティナに時間を使っている暇なんてないのよ! これからは、わきまえなさいね。アイリーンもいい加減、マルティナを甘やかすのを止めなさい」
「そう……。わたくしは可愛い妹のためなら、苦にならないのだけど……。かまわないわ。マルティナの思うようにしなさい」
いつものように、何か反撃してくるかと思いきや、静かな姉の反応に背筋がひんやりする。それでも、母もいる公の場で、夕食後の自由時間を保証されたので、それで良しとした。
その後の夕食は、リリアンすらなにも話さず、静けさの中で終わっていった。
◇◇
「上手くいったのかしら……」
夕食後、自由になった時間で早速、自分の教材を開いているものの、今日はなかなか集中できない。
ブラッドリーみたいに少しは上手く立ち回れたかしら?
いつものように姉と二人きりの時では、上手く言いくるめられてなかったことになってしまうので、姉との関係を誤解している母の前で、遠回しに言ったつもりだが、伝わっただろうか?
姉は今頃、どうするか作戦を練っているのだろうか?
願わくば、自力で努力して勉強してほしい。もともとできる能力はあるはずなのだから。それに、姉には助けてくれる婚約者や友達もいる。いつまでも、自分を頼るのではなく、他の人を頼ってほしい。
「少しは知恵が働くようになったのね……」
「ひっ……」
ノックもせずに、音もなく入ってきたのか、机に向かうマルティナの背後に、静かに姉が佇んでいた。
「最近、仲良くしている生徒会の平民達の入れ知恵なの? 困った子ねぇ……」
姉の異常な様子にマルティナが固まっている間に、マルティナのベッドに置いてある黒いクマのぬいぐるみを手に取った。
「あっちの黒い髪の方の影響かしらね? これもアイツからのプレゼントなんでしょ? 隣国の平民なんでしょ? 大きな商会の息子といっても、所詮、平民なのよ」
「返して……」
「あはははは、こんなみすぼらしいクマのぬいぐるみが大事なの? あの平民から貰ったから? それで、勇気を出して、このわたくしに盾突いたっていうの?」
姉はマルティナから、クマのぬいぐるみを遠ざけると、どこにそんな力があるのか、腕を引きちぎった。
「やめてっっ!!!」
マルティナの叫びを愉快そうな顔で聞くと、腕のちぎれたクマと腕を、床にボトリと落とした。
「ね、マルティナ、私に逆らうとこうなるのよ。今、あんたが私の勉強のフォローをやめたら困るのよね。後期は苦手なレポートの提出も多いし。だから、今まで通りやるのよ! 最後まで学年上位の優秀な成績を残して卒業するの。私の学園生活の最後に傷をつけないでくれる?」
姉は愉悦に満ちた表情で、絶望に染まったマルティナの顎をぐいっと持ち上げる。
「ね、マルティナは今までどーり、お姉様に甘えていればいいのよ。この出来損ないが!!!」
急に顎から手を振り払われて、ぐわんっとマルティナの顔が揺れる。
「もし、今後、少しでもわたくしに逆らったら、今度はぬいぐるみじゃなくて、本人が痛い目に遭うかもね……
ブラッドリー・マーカスでしたっけ? わたくしの婚約者に少しささやいたら、彼のご実家の商会も彼も無事ではすまないかもねぇ……?
ね、バカなマルティナにも理解できたかしら?」
床に打ち捨てられた腕の千切れたクマのぬいぐるみから目が離せない。
姉の言葉の一言一言がマルティナに響く。
すごい。もうこれ以上傷つくことはないと思えるくらい、姉から傷つけられてきたと思ったのに、人間の心って、いろんな角度から、いろんな形で抉れるんだ。
それとも、ブラッドリーに会って、マルティナの心に柔らかい部分が増えてしまったから余計に痛いのかもしれない。ブラッドリーがマルティナに優しくしてくれたから、ブラッドリーのおかげで勇気や希望をもらったから、だからこそ姉の悪意は、今までよりも深く深くマルティナを落とした。
姉には勝てない。マルティナをどうしたら、絶望に落とせるのか知っている人には勝てない。
「あら、マルティナ、髪を切ったのね。もう貴族令嬢としての結婚は諦めたのかしら? 生徒会の平民のお友達に染まりすぎたのかしらね?」
夕食時の姉の嫌味も久しぶりだ。
「お姉様。私、反省しましたの。お姉さまの婚約者様やお母様から、再三にわたり、お姉様の時間を奪うなと、甘えすぎるなと苦言を呈されてきました。
長期休暇の間、考える時間がたくさんありました。そこで、お姉様に甘えすぎていると自覚し、少し姉離れしようと思いました」
マルティナはカトラリーを置いて、徐に切り出した。これから言うことに対する姉の反応が怖くて、顔は上げられない。
「夕食後にいつも、お姉様にお時間を頂き、私の勉強を見てもらっていましたが、今後は遠慮することにします。ただ、いきなりお姉様との時間がなくなるのは、寂しいので生徒会のお仕事のお手伝いはこれまで通りさせていただきたいのです」
これは、言い換えると『もうお姉様の勉強のお手伝いはしません。仕方がないから生徒会のお仕事は手伝います』宣言だ。
マルティナは一言『ありがとう』と言ってもらえれば、それで充分だったのに。
姉はマルティナに感謝するどころか、いつもマルティナを貶して、踏みにじり、見下しているのに、便利に使おうとする。マルティナはそんな関係にはもう、うんざりしていた。
姉に正面切って言う勇気はないので、母の前で、姉を立てながら、距離を置く宣言をしたかったのだ。
「やっと気づいたのね。アイリーンは結婚の準備もあるし、卒業前で勉強も忙しいし、マルティナに時間を使っている暇なんてないのよ! これからは、わきまえなさいね。アイリーンもいい加減、マルティナを甘やかすのを止めなさい」
「そう……。わたくしは可愛い妹のためなら、苦にならないのだけど……。かまわないわ。マルティナの思うようにしなさい」
いつものように、何か反撃してくるかと思いきや、静かな姉の反応に背筋がひんやりする。それでも、母もいる公の場で、夕食後の自由時間を保証されたので、それで良しとした。
その後の夕食は、リリアンすらなにも話さず、静けさの中で終わっていった。
◇◇
「上手くいったのかしら……」
夕食後、自由になった時間で早速、自分の教材を開いているものの、今日はなかなか集中できない。
ブラッドリーみたいに少しは上手く立ち回れたかしら?
いつものように姉と二人きりの時では、上手く言いくるめられてなかったことになってしまうので、姉との関係を誤解している母の前で、遠回しに言ったつもりだが、伝わっただろうか?
姉は今頃、どうするか作戦を練っているのだろうか?
願わくば、自力で努力して勉強してほしい。もともとできる能力はあるはずなのだから。それに、姉には助けてくれる婚約者や友達もいる。いつまでも、自分を頼るのではなく、他の人を頼ってほしい。
「少しは知恵が働くようになったのね……」
「ひっ……」
ノックもせずに、音もなく入ってきたのか、机に向かうマルティナの背後に、静かに姉が佇んでいた。
「最近、仲良くしている生徒会の平民達の入れ知恵なの? 困った子ねぇ……」
姉の異常な様子にマルティナが固まっている間に、マルティナのベッドに置いてある黒いクマのぬいぐるみを手に取った。
「あっちの黒い髪の方の影響かしらね? これもアイツからのプレゼントなんでしょ? 隣国の平民なんでしょ? 大きな商会の息子といっても、所詮、平民なのよ」
「返して……」
「あはははは、こんなみすぼらしいクマのぬいぐるみが大事なの? あの平民から貰ったから? それで、勇気を出して、このわたくしに盾突いたっていうの?」
姉はマルティナから、クマのぬいぐるみを遠ざけると、どこにそんな力があるのか、腕を引きちぎった。
「やめてっっ!!!」
マルティナの叫びを愉快そうな顔で聞くと、腕のちぎれたクマと腕を、床にボトリと落とした。
「ね、マルティナ、私に逆らうとこうなるのよ。今、あんたが私の勉強のフォローをやめたら困るのよね。後期は苦手なレポートの提出も多いし。だから、今まで通りやるのよ! 最後まで学年上位の優秀な成績を残して卒業するの。私の学園生活の最後に傷をつけないでくれる?」
姉は愉悦に満ちた表情で、絶望に染まったマルティナの顎をぐいっと持ち上げる。
「ね、マルティナは今までどーり、お姉様に甘えていればいいのよ。この出来損ないが!!!」
急に顎から手を振り払われて、ぐわんっとマルティナの顔が揺れる。
「もし、今後、少しでもわたくしに逆らったら、今度はぬいぐるみじゃなくて、本人が痛い目に遭うかもね……
ブラッドリー・マーカスでしたっけ? わたくしの婚約者に少しささやいたら、彼のご実家の商会も彼も無事ではすまないかもねぇ……?
ね、バカなマルティナにも理解できたかしら?」
床に打ち捨てられた腕の千切れたクマのぬいぐるみから目が離せない。
姉の言葉の一言一言がマルティナに響く。
すごい。もうこれ以上傷つくことはないと思えるくらい、姉から傷つけられてきたと思ったのに、人間の心って、いろんな角度から、いろんな形で抉れるんだ。
それとも、ブラッドリーに会って、マルティナの心に柔らかい部分が増えてしまったから余計に痛いのかもしれない。ブラッドリーがマルティナに優しくしてくれたから、ブラッドリーのおかげで勇気や希望をもらったから、だからこそ姉の悪意は、今までよりも深く深くマルティナを落とした。
姉には勝てない。マルティナをどうしたら、絶望に落とせるのか知っている人には勝てない。
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