【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

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3 最愛の人や家族との別離

7 私の完璧な世界が砕けるのは一瞬 side 母

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マルティナの母親視点。
マルティナとマシューが貴族院へ呼び出しを受けた日のお昼頃からはじまります。

ーーーーーーーーーーー

 しびれるほどシンッとした空気に耐え切れず、いつもの癖で扇をトントンと叩きたくなるのをぐっとこらえる。

 今日は昼食後に、急に家令に「王宮の貴族院からの呼び出しがありました」と碌に準備もできないまま、王宮へ連れてこられた。着いた先は簡素な会議場だった。

 そこへ現れた夫の弟であるボルトン子爵と妻。二人とも社交の場で見ると、柔らかい茶色の髪と瞳にあった、にこやかな表情を浮かべているが、いつも夫とマーガレットの前では額に皺寄せた厳めしい表情を浮かべている。厳しい表情が常だから、今日の用件がとんと思い当たらない。
 
 王宮の侍女が機械的にお茶を出すと退出する。マーガレットは世間話をする間柄ではないけれど、用件が気になって仕方ないので、対面に座る彼らに、ちらちらと視線を向けているが、マーガレットと話しをする気はないようで、ずっと無音の空間が支配していた。

 まさか、マルティナの頬をぶった件かしら?
 だって、あれはマルティナが反抗的な態度をとるからいけないのよ!
 それに、ほとんど傷跡だって残らずに治っている。

 そもそも、マルティナは容姿の悪さと出来の悪さから先代夫婦にも好かれていなかったし、夫の弟夫婦も冷たい対応しかしていなかった記憶がある。

 甥のマシューだけは、なにかと気にかけて、マルティナに話しかけていたが、手紙やプレゼントの交換などの交流はなかった。母に手をあげられたくらいで、父方の親戚に泣きつくことなんてないだろう。

 でも、マルティナの件でないとしたら何なのかしら?
 嫌な予感に、胸のあたりが重くなり、動悸が激しくなる。

 もしかして、公爵家に嫁いだアイリーン関係のこと? マルティナの言っていたことは本当なのかしら? でも、公爵家の当主夫婦や次期公爵であるアイリーンの夫があれくらいのことで貴族院に苦言を呈すとは思えなかった。それでも、家に飛び込んできたアイリーンはいつもの美貌やおっとりとした雰囲気はまるでなく、鬼気迫る勢いだった。完璧だと思っていたアイリーンがマルティナなしでは、やっていけないなんて信じたくない。仮に、そうだとしても、公爵家と子爵家につながりなどないはずだ。

 アイリーンの件でもないとしたら、何なの?
 領地で何か問題でも起こったのかしら?

 マーガレットの夫は肝心な時にいない。まぁいつでもいないけど。
 夫なんていてもいなくても、お金さえ稼いでくれればそれでよかった。

 だって、マーガレットには優秀で美しいアイリーンと愛嬌があって可愛いリリアンがいるのだから。それで、マーガレットの世界は完璧だったのだ。

 まぁ、リリアンが思った以上に出来が悪くて手放す羽目になってしまったけど、あれはリリアンが悪いのよ。それに、マーガレットにはまだ、アイリーンがいる。

 そのマーガレットの完璧な世界を脅かす事態ではありませんように……
 冷めていく紅茶を前に、マーガレットは祈ることしかできなかった。

 しばらくして、夫が夫の上司と共に現れた。
 こんな顔だったかしらね?

 久々に会った夫を見た感想がこれだ。会わないうちに十は老けたように見える。私も同い年なのだから、気を付けないとね。この前の茶会で聞いた新しい美容液でも試してみようかしら……お値段が張るらしいけど、もうすぐマルティナも卒業するし、マルティナが男爵に嫁げば大金が手に入る……

 ぼんやり物思いにふけっている間に、上座には夫の上司である侯爵とその左右に年配の貫禄のある貴族然とした紳士が座っていた。その後ろにはなぜかスコールズ家の家令が控えている。いつの間にか、自分の横にマルティナが座っていて、対面の夫の弟夫婦の横に甥のマシューが座っていた。

 「それでは関係者が全員揃いましたので、始めましょう」

 「兄上、いえ、スコールズ伯爵。オルブライト侯爵閣下から説明は聞きましたか?」

 「いゃ……うぅむ……」

 そこで、いつもと夫の雰囲気が違うことに気づく。いつも鷹揚にかまえて、弟の苦言もばっさり切り捨てていたのに、額に脂汗をながして、返事にも切れがない。

 「兄上の選択肢は二つです。貴族院から通告を受けて爵位を譲るか、自ら勇退するか」

 「なぜ、家族なのに、こんなやり方をするんだ! だまし討ちのようなものではないか?」

 「私は二十年待ちましたよ。何度も兄上を諫めて、領地を見守り、陰ながら支えた。聞く耳を持たなかったのはどちらですか? こうなるまで、現実を見なかったのはどなたですか?」

 「……悪かったと思っている。挽回の機会をくれないか?」

 「それは爵位を失うと、仕事を失うからですか? 今更、領地で泥と人にまみれられますか? 人に頭を下げられますか? 人に何を言われても領地と領民のために働けますか?」

 顔色を真っ白にしている夫を見て、ただならぬ事態になっていることに気づく。

 「はっ? 越権行為ではなくて? 爵位を簒奪しようとしているの?」
 夫が言葉を失っているので、妻である私が正当な指摘をする。

 「今ここで、全てを説明する義務はない。義姉上にもこうなった責任の一端はあるんだ。そもそもあなた達夫婦は、伯爵家を次代に繋ぐのにどうするつもりだったんですか?

  長女は嫁いでいる、次女に婿を迎え入れるべく伯爵家の当主教育を施すでもなく、婚約者すらあてがわない。三女は家庭教師が匙をなげるレベルで、学園に入学する基準すら満たさないと。領地は領主代理任せ、次期当主についてもなにも考えていない。それで当主ですと胸を張って言えるのですか?」

 「それは……伯爵家として、公爵家と縁を繋ぎましたし、アイリーンが二人男の子を産んで、伯爵家を継がせるつもりで……」

 「その公爵家との縁も危ういと社交場ではもっぱらの噂ですがね。婚姻のお披露目のパーティーでは、他国からの客人と碌に会話もできない。出席者へのお礼の品や手紙も、次期公爵夫人としては及第点ギリギリだったとか。公爵家で開催された茶会も散々だったと。まぁ、美しく優秀なアイリーンゆえに、期待も大きかったのかもしれませんが、婚姻してから、冴えなくなったと下位貴族まで噂は聞こえてきますよ。

 あと、子どもは授かりものでコントロールできるものでもないでしょう。あなたも男の子は産めなかったのに、自分の娘には二人男の子を産むことを強要するのですね。ご立派な母親ですな」

 アイリーンのことを言われるのが一番堪える。他人から、具体的な内容を聞かされて、胃がキリキリ絞られるように痛む。アイリーンは完璧で優秀な私の自慢の娘だったはずなのに!!! どうしちゃったの?
 ついいつものくせで扇をぎりぎりと両手で絞ってしまう。

 「ほらほら、義姉上、いつもの癖が出ていますよ。その扇、オーダーメイドの一点ものでしょう? 豪華な装飾も使われていて……
 今後、もう伯爵夫人ではなくなるし、兄上は財務省の仕事もクビになりますし、財産になりそうなものは大事にしないといけませんよ」

 「はっ?」
 隣の夫を見ても、青白い顔で俯いていて、震えるだけで何も言わない。

 「兄上、これは最終通告です。自ら退くと言うなら、爵位譲渡の書類にサインするならば、領地の片隅で暮らす家と仕事は準備しましょう。そうでないのなら、来るべき日が来たら、義姉上と身一つで邸から出て行ってもらいます。これが、最後の家族の、兄弟としての情だ。どうしますか?」

 「………サインする」

 「理解してくださってよかったです。私としてもあまり手荒なことはしたくないですからね。夢見が悪くなる。

 私は長男に子爵の位を譲る予定です。伯爵家の爵位は、次男のマシューに譲ることになる。マシューが貴族学園を卒業し、準備が整うまでは、私が後見人兼伯爵家当主代理となるが異論はないな?

 心配するな。マシューは、先代伯爵夫人である母上がつけた家庭教師から伯爵家の当主教育を受けているし、私も指導している。私と伯爵家の領地の世話をしていたから、伯爵家の領地の民もマシューになじんでいる。安心しろ。

 ああ、あと、家と働き口の世話はするが、今までのようにはいかないからそれだけは覚悟しておいてくれ。大丈夫、野垂れ死ぬことはないよう計らうから」

 「え、え、え? あなた、嘘でしょう? ちょっと私は譲らないわよ。今まで伯爵夫人として、社交だってがんばっていたし、家政も取り仕切っていたでしょう?」

 「本当にあなたも兄も似たもの同士だ。あなたは、社交でなにか伯爵家の利になる家と縁をつなぎましたか? 当主交代というあなたの夫の窮地を助けてくれる方はいますか? 社交をするというのは自分をただ着飾って、見せびらかす場ではないのですよ」

 「そ、それは……、でも公爵家も黙ってはいないわ……」

 「公爵家との縁談は、たまたま優秀で外見が美しいアイリーンを公爵家の嫡男が見初めただけで、あなたの努力ではないでしょう。それに、あなたのご自慢のアイリーンの評判も落ちてきていて、むしろ育てた母として、マイナスの要因になるのではないですか?

 さらに、三女のリリアンを学園入学を断られたからと除籍し、隣国の商家へ養子に出したのでしょう。挙句の果てに次女は大金と引き換えに男爵家の後妻に出そうと画策する始末。

 あなたに何か誇れる実績がありますか?」

 全ての汚点を把握して、畳みかけてくる義弟に、夫とともにうなだれるしかない。
 貴族院の所属で立会人である夫の上司と二人の議員が見守る中、サラサラと書類にサインをする夫の筆の音だけが響く。

 たった一瞬で、私の完璧だと思っていた世界は音もなく崩れていった。
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