ヒロインが訳ありヒロインになってしまったので全力で助けます!

東雲 タケル

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第10話:諦め

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下校を知らせるチャイムが鳴ると、雛森は席を立ち、急いで教室から出てしまった。

「もう、ステージに立てないの」

口では言っているが、心のどこかではまだ踏ん切りがついていないようだった。
こんな状態の彼女を無理に引き留めても仕方ない。
今日は俺一人でやるか。

掃除当番の生徒たちが教室から出ていくのを見届けてから、俺は中に入った。
机を並べて作業台をつくり、ロッカーにしまっておいた衣装を取り出す。
手を動かす準備をしていると、教室の扉がゆっくりと開いた。
振り返ると、そこにいたのは雛森だった。

「ごめん、遅れちゃった」

右手には紙袋が握られている。

「近くの百均で、ラインストーン買ってきたよ」
袋の中から小さな袋を取り出し、俺に見せてくれる。

「これをドレスの身ごろに着けようと思って」

てっきり来ないかと思った。

「そういうことか……」
「昨日はごめんね、いきなり帰っちゃって」
「大丈夫だよ。……じゃあ、続けよう!」

雛森が帰ったあとで、俺はレース部分の縫製を完成させた。
あとは、ラインストーンの接着と、腰のリボンだけだ。
雛森と並んで、ラインストーンを一粒ずつ、衣類用の接着剤で丁寧に貼りつけていく。

無言のまま、集中して手を動かすこと一時間。
最後に、雛森がゴールドのリボンを腰の位置に縫い付けた。

「……できた」

俺たちは顔を見合わせる。

「きっと、みんなびっくりするだろうな」

雛森が、まっすぐに俺を見つめる。

「瀬川君がいなかったら、完成していなかったよ」
「本当にありがとう」

そのあともしばらく、完成した衣装を眺めながら、感想を言い合った。
そうしていると下校の時刻になったので、片づけをして、教室をあとにした。
廊下を二人で並んで歩き、下駄箱で靴を履き替える。
校舎の入口で、雛森に別れを告げると、帰路につく一歩を踏み出した。

「あっ……」

思わず声がでる。
というのも二人の足が、同じ方向を向いていたからだ。

「あれ、瀬川君って自転車通学じゃないの?」
「いや、今日はちょっと用事があるから、電車で来たんだ」

あることを言い出そうか悩んだ。
まぁ、一緒に衣装を作った仲だ、これぐらい言っていいだろう。

「あのさ……」
「駅まで一緒に帰るか?」

雛森はうなずいた。

「うん、いいよ」

二人が並んで道を歩く。
雛森とは教室でしか話さないから、なんだか新鮮な感じがする。
衣装づくりの話以外で何を話そうか……
趣味?休日の過ごし方?マイブーム?
いや、そんな出会って5分ぐらいの会話をしても仕方ない。
必死に話題を探していると雛森が口を開いた。

「重い話していい?」

雛森が笑えずに苦しんでいることは分かった。
でも、それは彼女の苦しみの表面的な部分に過ぎない。
俺は瞳の奥の影の正体を知りたい。

「話してほしい」

「私ね。一年生の三学期、不登校だったの」
「家にいる間は、ずっと苦しかった」
「スマホやゲームで現実から目を背ければ、少しは苦しさから解放された」
「でも、すぐに演劇のこと思い出して」
「後悔と自責で息ができなくなった」

その気持ち少し分かるかもしれない。
俺も陸上でケガをして、練習を休んだ時、同じような感覚を味わった。

「なんで、四月から登校しようと思ったんだ?」
「担任の先生がね、『勉強も部活もしなくていいから、顔出しなよ』って言ってくれて」
「それで、今は保健の先生が相談に乗ってくれてるんだ」

視線は前を向いたまま、声だけが真横から降ってくる。

「瀬川君と話していると、少しだけ息ができるんだ」
「でもね……」

雛森は、歩みをやめる。
俺と目を合わせると、言い放った。

「演劇はもう諦めるよ」
「未練がないわけじゃないの……いや未練しかないよ……」
「でも、あきらめなきゃって思ってる」
「前を向かないといけないんだ」

彼女の言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
諦めは必要だと思う。
俺たちはもうすぐ十七歳だ。
特に才能の世界では、自分がどのくらい羽ばたけるか、薄々感づく時期だ。
でも……

――本当にそれでいいのだろうか。
演劇は彼女にとっての生きる意味。
それを失った雛森は、こんな悲しい顔をして生きていくのだろうか。

「――なんというか、初めて雛森の演劇を見たとき、すげー感動した」
「この世界にいない人物をただ真似しているだけなのに」
「俺とは何の関係もない世界なのに……こう、心がすごい動いてさ」
「嘘が感動という名の現実になっていた」

雛森が遠くを見つめる。

「それ、すごくわかる」
「私も初めて演劇やったときに感じた」
「私じゃない私が、誰かの心を動かしているって」
「こんなに楽しいことあるんだって感動した」
「その時ね。世界が広く感じたんだ」

親の敷いたレールに乗ることを強制された雛森だからこそ、そう感じられたのだろう。
彼女にとっての演劇はもう一つの世界なのかもしれない。

「演劇をやるきっかけって、なんだったんだ?」
「親友のおかげかな」

教室で話してくれた、遠くに行った親友のことか……

「親友が劇団黒猫座を見に行こうって誘ってくれたの」

黒猫座って、CMとかでもやっている有名な劇団か。
舞台に興味のない俺でも知っている名前だ。

「今でも覚えてる。主役がステージの上で、こっちに向かって笑った瞬間を」
「その瞬間、私の世界は色づいた」
「それから、親友と小学校の演劇クラブで、毎日練習した」
「笑いあって、時には喧嘩して」 
「一緒に発表会に出て、表彰されて……」 
「楽しかったな……」

雛森の世界を変えてくれた親友。
その親友と再会すれば、きっと彼女の中の何かが変わるのではないのか。

「そしたら、親友ともう一度一緒に舞台に立ったらどうだ?」
「できないよ、だって……」

「――親友はもう死んでしまったから」

俺は、息を呑んだ。

「中学二年の秋に、持病が悪化して、入院したの」 
「それでもずっと、病院から応援してくれてた」

ふと中学二年文化祭が脳裏に思い浮かんだ。

「中学二年の文化祭で雛森すごい不安そうな顔していた」
「それって、親友が入院したからか……」
「そうだよ。舞台中は彼女のこと必死で考えないようにしていた」
「でも、舞台が終わって。また不安になりそうになった」

あの時か。
ステージに背を向けたあの時。

「親友は、中学三年の夏、最後の演劇大会の前日に……」
「……亡くなった」

彼女は、空に向かってつぶやくように言った。

彼女の瞳の影がより一層黒く見え、夕焼け色の空を飲み込んでいた。
俺は何も言葉にすることができなかった。

空に浮かぶ雲が流れるのと当時に沈黙が流れた。

「ごめん、瀬川君」
「こんな話するつもりじゃなかったのに……」

雛森は、沈黙を破るように両手で頬を叩く。

「あっ、そうだ。他の話しようよ……」

それから俺たちは、会話を続けた。

駅に到着し、改札を通る。
雛森とは逆のホームになるのでここでお別れだ。
雛森が別れを告げる。

「瀬川君」
「私、学校辞めようと思っていた……」
「でも、君と話して、考えが変わったの」
「演劇は諦めたけど、学校には行くよ私」
「色々とありがとうね」

そういうと雛森は俺に手を振った。

「じゃあ、また明日ね」
「おう、また明日」

俺は、ホームに到着した電車に乗り込み、入口近くのドアにもたれかかる。
ガタン、と電車が揺れる。

窓の外を流れる夜景を眺めながら、さっきの雛森との会話が頭の中で繰り返される。
大切な親友を失い、それでも一度は演劇と向き合おうとした彼女。
その時間の重みと、彼女が背負ってきたものの大きさ。
──たった一か月だけど、雛森と過ごしてきて、少し見えた気がする。

ふと、昨日、目にしたネックレスのことを思い出す。
あのネックレス。
どこかで……見たことがある気がするんだよな。
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