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序章.始まりの前奏曲
32.今すべきこと
あの子がラスカル家で立場を危ぶまれるようになってから私は離縁も視野に入れていた。
けれど、このまま離縁しては社交界で爪はじきに合うと判断した私はクリストフに頼み家庭教師を呼んでもらった。
正しその家庭教師となる方々はいずれも一癖も二癖もある人ばかり。
貴族であろうと媚びを売らず、厳しことで有名な方々だったけれど、彼等は努力家で向学心旺盛なエリオルを気に入ってくれた。
平民の家庭教師を呼んだことで義母はいい顔をしなかったが、伯爵家の出来損ないと思っているので興味を示さなかった。
いい師とは身分など関係ない。
むしろ平民から成り上がった先生の方がずっと優秀だったし、彼等はかつて義父に仕えた方々でもある。
義母とは折り合いが悪く義父が亡くなってから疎遠になったが、気にかけてくれていたそうだ。
「私は母親として何もできませんしたが、せめて教育だけでもと良き先生を付けました」
「ああ、あの子の語学力はかなりのものだ…教養の範囲を超えている」
「でも、貴族の常識は欠けていたけど」
王家や貴族の家格についてはおいおい教えるつもりだった。
その前に外で学んだのは想定外だったし、わざとそうしたのはあの子を傷つけない為だった。
この国で長男が後継ぎになれなかった末路を教えたくなかったというのは私のエゴだったけど。
歩い程度の知識を身に着け成長したら教えるつもりだったというのは私の勝手かもしれない。
「まぁ、アンタも精神的に参っていたようだが…表向きは弱い正妻を演じていたんだろう?」
「え?」
「アンタ、外から雇った家庭教師を仲介して、エリオルの聡明さを売り込んでいたんだろ?アイツ等は宮廷でも一目置かれる学者達でもある…」
ここまで見破られるとは流石お婆様だわ。
彼等を屋敷に招いた理由の本当の意味はそこにあった。
彼等はコネクションがあるので、噂でエリオルがどれだけ優秀か流してくれればいい。
剣術の才能がなくとも学問に秀でており、かつてこの国の英雄と謳われた王の補佐である大賢者様も学問を究めておられたのだから。
「私はエリオルが成人するまでの間に後ろ盾を用意するつもりでした。既に辺境伯爵の奥方等にも協力をいただけるように交渉し、エリオルが作ったハーブティーをこっそり贈っていたのです」
「あのハーブは当たりでしたものね」
アンジェリカ様は既にエリオルの栽培したハーブを飲んでいらしたようで効果を実感していた。
「ああ、辺境地では薬草も満足に採れないから重宝されるだろう」
「エリオルは私の為にお菓子も作ってくれましたの…そのお菓子を夫人会に持参すると、アラベスク商会の方が大変気に入られまして」
「アラベスク商会って…アルタイル子爵家の?」
国内で5本指に入る程の大きな商会で、ヴァルハラ王国の収入源になっていると言っても過言ではない。
その奥方の主催するお茶会にお菓子を持参した。
勿論少し手を加えさせてもらい、婦人会の皆様はお菓子を気に入り商品化してはどうかとまでも言われた程だったが、このお菓子はエリオルが私の為に作ってくれたことを伝えた。
元より私の立場を心配していた方々は、エリオルを意地らしく思い手助けを名乗り出てくれた。
同時に、社交界で傍若無人に振る舞っているエドナは敵を作り過ぎている為に彼女達は嫌っていたし、私の悪口を流し、あげくにはエリオルが醜く傍若無人に振る舞い、貴族令息としての振る舞いがまったくできないと言いふらしているのだと聞かされた。
そこで証言を得ることができた私はさらに、エドナと義母達がエリオルを近い内に追い出そうとしている計画を知り私も計画を始めた。
これ以上あの二人の好きにはさせてなるものか。
なんとかしてエリオルが成人するまでに味方を増やすべく行動に移していたのだが…。
「私が思うよりもエリオルは優れていましたわ。偶然であったとしても王族の方を味方につけたのですから」
「まぁー…ロッドに好かれるなんてある意味凄いわね」
「あの我儘王子もだね」
ベルクハイツ家は代々騎士団を取り仕切る将軍を輩出して来た家柄であり、王侯貴族の中でも血筋が良かった。
ウィルフレッド殿下も側室の子供とはいえ、陛下に信頼を置かれ期待される程の優秀さを持つ。
そんなお二人に気に入られるのだから、エリオルには人を引き付ける才能がある。
私が動かなくともあの子は自分の力で居場所を手に入れたのだ。
「私は母親失格ですわ」
「ヴィオレッタ…そんなことはないわよ」
「いいえ、私は何もできませんでした」
この数年間、私はあの子に何をしてあげられただろうか。
あの子は自分の足で立ち上がり、私を守ろうとしてくれたと言うのになんてなさけないのだろうか。
でも、今すべきことは後悔ではなく今後に生かすこと。
「私も動きますわ」
あの子の為にしてあげられることはまだあるから。
ここで立ち止まってはいられない。
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