海辺で拾う恋心

プロキオンex

文字の大きさ
1 / 8

引っ越しとすもものジュース

しおりを挟む
少しだけ重たいボストンバックを背負いなおすと、ゆっくりと石段を登る。肩にひもが食い込んで痛みを伴う。その痛みが自らの生を実感させ、今の瑠璃にはひどく残酷に思えた。

生きてしまった。ずっとその思いが消えない。数か月前に、睡眠薬を大量に飲み、服毒自殺を図ったのだ。けれども発見が早く、死にきることができなかった。それ故、こうして痛みを抱えたまま生きている。

入院生活をしていたためにひどく衰えた筋肉は満足に階段を登りきることはできず、石段の途中に腰かけた。
海。目の前に広がるのは皮肉なほどに真っ青に広がる海だった。
初夏というにはまだそこまで暑くはなく、過ごしやすい五月初旬の潮風が彼の頬を触ってゆく。本来であれば心地よさを感じるであろうその風も、今の瑠璃にとっては何も感じない。
全てが灰色だ。

「あ、ごめんね瑠璃、いまから迎えに行こうと思ってたんだけど……。」
後ろから声をかけられて振り向くと、従兄である春野湊人がこちらに向かってきた。
「……大丈夫。」
バス停からここまでは歩いて数分もしない。石段を登ってしまえば湊人の住む一軒家はすぐだった。
「荷物それだけ?段ボールで配達にした?」
「これだけ……です。」

死のうと思ったときに、自分の部屋の物をほとんど処分してしまった。と、言っても部屋にもそもそも物はなかった。空っぽ。引っ越しの準備をしていたとき、部屋のその空虚さがまるで自分そのものであるかのように感じた。がらんどうの中身の、外側だけのお人形が、ただ周りに言われた通りに動いているだけなのだ。

「そっかそっか、じゃあそれ、俺が持つよ。」
湊人はそういってひょいとボストンバックを担いだ。180㎝をゆうに超えるらしい高身長の肉体は、程よく筋肉がついていて、自分のがりがりの体がひどくみじめに思えた。
「あ……ありがとう……。」
「大丈夫大丈夫、俺はここ、慣れてるから。瑠璃はこれからゆっくり慣れていくといいよ。」
湊人は穏やかにほほ笑んだ。
「母さんたちも夜に来てくれるって。瑠璃はうるさいのはあんまり好きじゃないだろうけど、ほら、俺の母さんってそういうの好きでしょ……。ごめんだけどちょっと付き合ってやってね。」
その言葉に頷いた。僕が湊人の家に居候することになったのも、この叔母さんがきっかけだった。








「うちに来なさい。」
叔母さんがそう言い放った。
「こんなとこにいたら息が詰まっちゃうわ!」
叔母さんは僕の父の姉に当たる人だった。叔母さんは、その提案に周りがあっけにとられているうちに、話を進める。
「いま旦那の実家、海沿いにあるお家なんだけど、そこが空き家になったからうちの長男の湊人が一人で住んでるのよ。広い家だから空き部屋もいっぱいあるし、どう?湊人もいいね~!って言ってたわよ。一度来てみたら?」
その勢いに思わず頷くと、父が
「何を勝手に決めてるんだ!親の言うことを聞け!」
と怒鳴った。その声に思わずびくっとする。それを見た叔母さんは振り向いて、自分の弟に対して淡々と言った。
「この子はもう22歳よ。親が口を出す年齢じゃないわ。いい加減子離れしなさいよ。みっともない。」

結局、僕は家を離れることとなり、叔母さんと、従兄の湊人くんのもとでお世話になることになったのだ。








石段を登りきると、平屋の一軒家が出迎えた。いわゆる古民家と言われる昔ながらの家は、海を見下ろす斜面に建てられており、すべての部屋から海が見えるのだと以前叔母さんが言っていた。庭はきれいに整えられており、野菜などの菜園もどうやらあるようだ。湊人の丁寧な暮らしぶりが顔をのぞかせ、すこしほほえましく感じた。

「疲れたでしょ、ほら、海が目の前だから、この辺のお家は全部山の斜面に作られてるんだよ。だから階段も多くてね……。あとで家を案内してあげるから、まずは休憩しよう。」
そう言って荷物を置くと、家の目の前に建てられた東屋に案内してくれた。
椅子に座ると、海の青々とした色が目に飛び込んでくる。
「きれいだよね、俺もよくここでのんびり海を見てたりするよ。……瑠璃、疲れた?ちょっと汗かいちゃってるね。」
そう言って瑠璃の額に汗で張り付いた前髪を手で払ってくれた。その仕草に、思わずどきりとした。と同時に、また、暗い気持ちが立ち込めてくる。男が好き。その気持ちに気づいたのは幼い頃であった。それから誰にもそのことを言えずに胸の中に押し込めていた。普通でないといけないから。でないと認めてもらえないから。
「瑠璃、甘いものは大丈夫?すももジュースがあるから飲まない?」
「すもも?飲んでみたいかも。」
そう答えると湊人はいそいそと家の中へと入り、しばらくすると赤い色の、きれいな飲み物を持って出てくる。
「ソーダで割ったのと、お水で割ったの、どっちがいい?」
「じゃあソーダで。」
グラスを受け取る。氷がからんと音を鳴らし、それだけでも涼しい気持ちになった。深紅の色をした飲み物を一口飲む。甘さはしっかりあるが、酸味が強めで、さっぱりとしてる。後味はスースーとしていてすっきりしている。ミントだろうか?
「……すももの香りがして、ミントかな?後味がすっきりとしててすごくおいしい。」
ゴクゴクゴク、と思わず飲み干すと嬉しそうに湊は笑った。
「ほんと?これ俺が作ったんだよ。なかなか美味しくできたと思ったからそう言ってもらえてすごくうれしいな。」
こっちもどうぞ、と水割の方のグラスも渡してくれる。
「すごい、ジュースって自分で作れるんだ……!」
「ふふ、わかる、俺もそれ思った。母さんが結構いろんなの作るのが好きな人だったからね。俺もいっつも『それって自分で作れるんだ!』って言ってたよ。」

基本的に買ったことしかなく、ましてや自分で料理などしたことのなかった瑠璃は心の底から驚いた。と、同時にうらやましく思った。母親とのそういう思い出は、瑠璃にはない。母親は小さい頃、瑠璃を置いて出て行ってしまったきり帰っては来なかったから。

「今度一緒に作ろう。ジュースだけじゃなく、いろいろ一緒に作らない?瑠璃が嫌じゃなかったらだけど、いろいろ一緒にやってくれたらうれしいなって思うんだけど……。」
ダメかな?と聞かれ、瑠璃はぶんぶんと首を横に振って答えた。
「ううん、ダメじゃない。むしろ……やってみたい。」
自分からやってみたいと思うのは久しぶりかもしれない……と自分の口から出た言葉に驚いた。
「ほんとに?嬉しい、絶対楽しいよ。」
この人は結構、素直に感情を言葉に表すタイプなのかもしれないと思うとどこかほっとした気持ちになった。
とげとげしていたり、心をナイフで切られたりするような感覚が、この人には感じない。
目の前に広がる海のように、広々としているその声さえも心地いい。
「俺、ここでのんびり暮らしてるからさ、瑠璃も一緒にのんびり暮らそう。」

すももジュースの甘さがじんわりと沁みて、酸っぱさに少し、泣きそうになった。


☆★☆★

『湊人くんの特製すももジュース』

材料:
□すもも(適量)
□砂糖(すももと同量のグラム、お好みで)
□水(すももの分量の二倍)
□ミント(適量)

作り方:
①すももを皮ごと細かく刻んで煮込む。20分ほど煮込んだら一度実を取り出して、汁のみ濾す。
②残った汁に砂糖を加えて、砂糖が溶ければOK!
③容器に移し、冷やす。冷えたらミントを三枚ほど加える。ミントは熱すると色が悪くなるので後入れで!
④水やソーダなどで割って飲む。湊人くんはカルピスに入れて飲んだりするらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

処理中です...