海辺で拾う恋心

プロキオンex

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芽吹きと出会いもの、若竹煮

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二人で朝食を済ませると、家中の花瓶や植木に水をやる。それから畑に行って野菜や、花の種を蒔いた畑に水をやるのが二人の日課になっていた。

「あ!湊人くん、見て、芽が出てる!」
黒く湿った土にツンツンと、緑の芽が出ている。
昨日まではなかったものだ.
瑠璃は思わず喜びの声を上げる。
「ほんとだ、こっちの花壇も芽が出てるよ。」
「芽の形、みんな違っててかわいい。」
自分の手で世話をした植物が、育っていく。
目に見える変化はちょっとずつでも、毎日触れているために、その少しの変化でさえも気づける自分が嬉しい。
「瑠璃、野菜の方はもう花が咲き始めてるよ。」
苗から植えた野菜たちはすでに生き生きと葉を伸ばし、花をつけていた。
「ピーマンは白、茄子は紫、トマトときゅうりは黄色の花なんだ。」
「うん、まだこれからだけど、かぼちゃとかオクラは結構大きい花をつけるよ。オクラはアオイ科の花だから、特に花も綺麗だから楽しみだね。」
水を撒いてやると、葉がキラキラと輝く。
少し元気がなかった葉も、水をやって少しすると元気に葉を張り出すものだから不思議だ。
「この……トマトの前に出てる芽は何の植物?」
トマトや茄子を植えた畝の足元から、ふっくらとしてツヤツヤした葉の植物が芽を出している。
「あぁ、それは……。」
湊人はその葉っぱの一枚を千切ると指で軽く揉んで瑠璃の鼻へ近づけた。
「……!!バジルだ。」
「そう、良い香りでしょ。コンパニオンプランツって言ってね。近くに植えて育てると良い効果を引き出してくれる組み合わせがあるんだ。」
「コンパニオンプランツ……。」
「うん、バジルとトマトはその代表だね。他にもインゲンとかズッキーニのとこに植えてあるマリーゴールドとか、いちごの畝に植えてあるカモミールとかもそうだね。」
「全然違う種類同士なのに相性が良いの?」
「逆に全然違うからこそ相性が良いんじゃないかな。お互いにないものを補って成長していけるから。」
バジルの芽は、大きなトマトの苗に寄り添うように生えている。二人で頑張って育ってね、と声をかける。
その様子を微笑ましく見守っていた湊人が思い出したように呟いた。

「あ、そういえばそういうものって結構世の中にあるんだよ。」
「え?」
「ちょうど今の時期が旬のあれが出てるはず。瑠璃、今日はこの後すぐに遠出しようか。」
「う、うん……。」
どこか楽しそうにしている湊人に首を傾げながら、水遣りのホースを片付けた。




しばらく車を走らせると、山の麓の温泉街にたどり着いた。
「わあ、気持ちいい……!」
山を切り開いて作られたのであろう温泉街は、三方を山に囲まれており緑が非常に多い。
朝早くに出てきたというのに、人影がちらほらと見える。
「結構人がいるんだね。」
「うん、みんなお目当ての物があるんだよ。」
「お目当て?」
しばらく歩いていると、お土産屋さんや旅館の前に数人集まって何かを買っているようだった。
近づいてみてみると、それはゴザに積まれた立派な筍であった。
「筍だ……!」
筍はそれぞれがかなり大きく、採れたばかりなのであろう土や朝露がまだついていて新鮮さを感じさせた。
「そう、この辺の筍は柔らかくて風味が良いことで有名なんだよ。さらに早朝に掘ってから時間以内の物は朝掘りって言われてて、ここでしか食べられないんだよ。」
そういうと湊人くんは人の集まっているところに行き、立派な筍を三本購入する。
「瑠璃、そこの袋から米ぬかをとって。」
言われた通りに米袋に大量に入れられていた米ぬかを手にする。
「筍は米ぬかであく抜きをするんだ。だからこの辺りだと必ず筍と一緒に米ぬかがサービスで置いてあるんだよ。スーパーとかでもそう。」
大事そうに筍三本を抱えながら湊人が説明する。
「さ、早く戻ろう。筍は時間との勝負なんだ。」
珍しく早足の湊人にあわててついてゆく。体が大きい分湊人は歩幅も大きい。時折振り返っては瑠璃を待ってくれる仕草が優しく、けれども巨大な筍をまるで子供のように抱える姿が少しだけ滑稽で、にこにことしながら湊人の後を追った。


「母さん、頼まれてたブツだよ。」
「来たわね。こっちも買ってきたわよ。」
親子は互いに手に持っているものを交換するとサッサと別れる。
「え、え、それだけ?」
「今日ばかりはゆっくりする時間はないんだ。お互いに。」
真剣な顔で立ち去る二人は、同じ顔をしていて、湊人くんの食道楽の血はここからか……!とひそかに思った。



家に着くと、湊人はごしごしと筍を洗い出した。
それから筍の先端を斜めに切り、縦に切り込みを入れる。
それから水に米ぬかと唐辛子を一本入れ、筍を沈めると鍋を火にかけた。
「ふう……これで一安心。」
菜箸を鍋の上に乗せると湊人は一息ついてそう言った。
「すごい早さだったね。」
「うん、筍はね、採れてから時間がたてばたつほどえぐみが出てきちゃうんだ。だから美味しく食べるために、とにかくすぐに処理をすることが大事。」
「なるほど。それで今日は急いでたんだ。」
「美味しいものは美味しく食べなくちゃ。」
そういうと、湊人は先ほど叔母さんから手渡された包みを開けた。
「これも、今が一番おいしいんだよ。」
そう言って見せられたのは、細長い小さな筍であった。
「ちっちゃい筍?かわいい。」
「これは根曲竹って言う笹の筍なんだよ。これは山の奥深くでしか採れないから、名人が取りに行かなきゃいけなくてなかなか市場に多く出回るものじゃなくてね。」
「す、すごい……!」
「これはね、さっきの筍以上に鮮度落ちが早い……!から、今すぐ食べます。」
「え?あく抜きは?」
「新鮮なものはあく抜きしなくても大丈夫なんだ。ちょっとえぐみがあるけどそこもまた味というか……。」
そう言うと外に行き、縁側に七輪を用意する。
「シンプルに炭火で焼いて、塩で食べよう。」
パタパタパタと瑠璃がうちわであおいでいると、なぜか煙が瑠璃の向かうほうばかりに流れてくる。
「うわ、目が痛い。」
しおしおしおと目を閉じていると湊人は笑いながら、自らの首にかけていたタオルで目を拭いてくれた。炭火のにおいに混じって、ふわっと湊人の匂いがする。瑠璃はその匂いにドキリとして、かつこれはチャンスとばかりにまだ痛いふりをしてタオルの匂いを堪能した。
「ほら、焼けてきたよ。」
そう声をかけられて目を開けると、小さな筍は焦げ目がついてまさに食べごろと言ったような状態であった。
湊人はそれをトングでつかんで皿に開けるとそれを手づかみで剥き始めた。
「熱くないの!?」
「めっちゃ熱い、あつつつ。」
「だよね!?」
「前に読んだエッセイで焼き茄子は熱いうちに熱がりながら皮をむいてあげるのが色気があって良いのです、って書いてあったから……どう?色気ある?」
「し、心配の方が勝るし、書いた人もそういうことじゃないって思ってると思う……!」
あわあわしていると、焦げた川の内側から、金色の、つるんとしたきれいな身が表れる。
湊人はそこに粗塩をパラパラと振りかけると、瑠璃へと差し出した。
「一番に召し上がれ。」
「ありがとう……。」
感謝しながら受け取ると、ぱくりと一口食べる。
ぱきっと軽い歯触りで、心地よい音を立てて筍が折れる。
噛めば噛むほど、しっかりとした筍の香りと、コクが口いっぱいに広がる。
「ん~!この塩がまた良いね、筍のほのかな甘みをしっかり引き立ててくれるんだ。えぐみも全然ないよ!」
「そう、粗塩だからガツンと塩味が来た後にじわじわ甘くなってきて美味しいでしょ。」
そういいながら湊人は自分の分を剥く。自分の分は普通に軍手をしたまま皮をはずしていることに気づき、体の血が沸騰しそうになる。僕に対して色気を出そうとしたの!?どういうことなの!?と悶々としながら食べていると、ポリっと小気味良い音を立てて、湊人も筍をかじる。
「あ、美味しいね。母さん本当にとれたての物をとってきてくれたんだ。えぐみもないし絶品だ。……これはあれを出すしかない。」
そう言っていそいそと冷蔵庫から何かを取り出す。
「瑠璃……お酒は大丈夫?」
「うん、大丈夫。それは?」
「地ビール、この筍が採れる山の湧き水で作られてるんだ。」
「うわ、絶対に美味しい。」
「そう、絶対に美味しいやつです。」
こぽこぽこぽ、とビールが注がれる。
淡い金色は、筍の色とマッチしていて非常に美しかった。
「乾杯。」
にこっとグラスを傾け笑みを浮かべる湊人の仕草にときめきながら、
「乾杯。」
と同じようにほほ笑み返してグラスをくっつけた。



しばらく飲んでいると、あく抜きをしていた筍が出来上がった。
火にかけた後、そのまま冷めるまで置いておいたものだ。
「調理する前に。」
そう言うと湊人は瑠璃の手を握って外へと連れ出す。
「へっ!?!?!?」
驚きのあまり変な声が出てしまう。湊人はいつもよりなんだかふわふわしているような感じがする。
(湊人くんって酔うとなんか……かわいくなるタイプ!?)
手をつながれたまま裏の山間部の入り口に生えている木の前までやってくる。
「じゃじゃーん、これは何でしょう~?」
ぷちっとその木の葉っぱをとって瑠璃に手渡す。
「なんだろう……?」
小さな葉が左右対称に並んでいる。あまりまじまじと見たことはないような気がした。
「ぱちんって叩いてからかいでみて。」
言われた通りに葉を叩いてから鼻を近づける。さわやかな香りが広がるが、いまいちピンとこない。
「わかんないかも……。」
「ふふふ、これはね……、」
わざわざ耳元に唇を寄せて、湊人は「山椒。」とつぶやいた。
バッと耳を抑えて振り向くが、湊人は気にしていないようで山椒の葉を数枚プチリプチリと摘んでいた。
「これがあると見た目も香りも引き立つからね~山椒は捨てるところがないって言うくらいいろんなところで使えるから瑠璃も場所覚えておいてね~。」
「は……はい……。」
完全に踊らされている自分にむなしくなりつつ、瑠璃も山椒の葉を摘むのを手伝った。

筍は穂先と姫皮以外の部分はすべて形をそろえて切り、同じように生わかめも切りそろえる。だし汁に筍を加え沸騰させた後、しょうゆやみりんで味付けして煮立たせる。
その間に湊人は細かく刻んだ姫皮と穂先を、叩いた梅肉と鰹節と醤油で合えて、筍の姫皮の梅肉和えを作る。
「はい、あーん。」
そのまま手を添えて口まで運んでくれる。
照れつつも大人しく口を開くと、梅の香りと柔らかい筍の触感が口に広がる。
「んん!柔らかくておいしい!」
酔うとこんな感じになるのなら毎日酔ってほしいかも。
筍が煮えると生わかめも入れて煮て、わかめの色が変わって鮮やかになったら火を止める。
盛り付けをして、上に先ほど採ってきた木の芽を叩いてのせれば出来上がる。
「「いただきます。」」
筍とわかめを一緒に口に運ぶ。
ふわっと筍のしっかりした香りとコリコリした触感、わかめのしゃきしゃき感が合わさっておいしい。
「香りと触感がすごく合う~!」
「うん、若竹煮は出会いものって言ってね。その時期の旬の物、特に取れる場所が違う者同士が料理で出会うのもを言うんだ。山の筍と、海のわかめがここで出会ったんだ。」
「違う者同士が合わさってお互いによくなるってなんか良いね。」
「俺と瑠璃も出会いものだと思わない?」
「え?」
「別々に住んでた者同士が、ここで出会ったんだ。出会いもの同士だよ。」
「湊人くんて……結構ロマンチストだよね。」
こっぱずかしくなって、ごまかすようにビールを飲む。
「コンパニオンプランツみたいに、良い影響を与えられるかもしれないし、俺達って結構相性いいと思わない?」
「相性って……!なんの話をしてるの!」
「ふふふ……。」
酔っているのであろう湊人は終始楽しそうにニコニコとしながらこちらを見つめていた。
「素面の時に言ってよ……。」
小さくつぶやかれた言葉は、相手の耳に届いたのか否か。
皿の中では、筍を抱きしめるように、わかめが腕を伸ばしていた。

☆★☆★

『春の出会いもの、若竹煮(この辺りでは初夏の訪れ)』

材料:
□あく抜きした筍(1本)
□生わかめ(50g)
□木の芽(少々)
□だし汁(250ml)
□酒(50ml)
□醤油(大さじ1)
□みりん(大さじ1)
□砂糖(ひとつまみ)
□塩(ひとつまみ)

作り方:
①あく抜きした筍をを穂先と根元に分けて切り分けます。穂先と姫皮は刻んで醤油と鰹節と梅とあえて食べてしまいます。(これが最高なんだよね、とは湊人くん談。)
わかめも食べやすいサイズに切り分け、しっかり水気を切っておきます。
②鍋にたけのことだし汁と酒を合わせて火にかけます。沸いてきたら火を弱め、調味料をすべて加えます(煮詰めるので塩分は控えめで味付けする)。
③煮汁が少し沸くくらいの火加減で25~30分ほど煮る。
④わかめを入れ、わかめの色が変わったら火を止める。
⑤器に煮汁と一緒に盛り付け、木の芽を添えて完成!旬のおいしさをかみしめる。
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