聖女なのに勇者に追放されました。だから魔王のお嫁さんになろうと思います!

ひるね

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あなたは、誰?

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 薄手のカーテンがふわりと揺れたと思ったら、その傍らに大きな影が現れた。
 空いている窓から緩やかに吹き込む風が、影を揺らす。雲の切れ間から差し込んだ月の光が、影を照らす。

 影は、とてもうつくしい男性の姿をしていた。

「誰……?」

 泣きはらした顔を隠すこともせずにわたしはそう言った。

「よもや、主神を祀る大神殿がかくも無防備だったとはな。……もっと早く、来るべきだった」

 わたしの問いに答えずに、影は一歩ずつわたしに近づいてくる。
 近づくごとに、そのうつくしさがより鮮明にわたしの瞳に映し出される。

 漆黒のマント、その内側に着ている服も黒づくめだった。髪も勇者さまと同じ黒髪、だが、髪質はまるで違う。鼻筋が今まで見たことがないくらい高く、眉毛は細いが切れ長で形がいい。その下にある夕暮れが深まってきたときみたいな紫の瞳は、底知れないなにかを抱えているようでわたしを少しだけ不安にさせた。

 伸ばされた腕。黒いシャツから漏れて見えるのは、照らすのが月明かりだからなのか、不健康そうに見える浅黒い肌。その先にある、掌が、わたしの頬を捕らえる。

「聖女、なぜ泣いている。あのバカ勇者とのつながりが途絶えたのが、そんなに悲しいのか? ……まったく、いつになってもあなたの心を占めるのはあの男ばかりだ。いじらしいね、だが不愉快だ。あなたが手に入らないなら、今ここで殺してしまおうか。そうすれば、もう奴のために祈ることはできないだろう?」

 わたしの頬を掴み、そのまま首筋までを撫でるように触った後に、影のような男性の腕は離れた。

「おとなしいな、聖女。近衛兵を呼んだりはしないのか?」
「……だって、あなたに害意はないもの。わたしを傷つけに来たんじゃないのでしょう? 魔王陛下」

 触れた途端に勇者がそうであるとわかったように、魔王もそうであるとわかった。まだ、わたしは聖女だから。
 正式に廃位され神殿を追われるまでは、まだ主神の恩寵はこの身にあるだろう。

 わかったところで驚いたし、怖かったけれど、昼間の衝撃からこっち精神的疲労が現界で、情動が少し麻痺してきているのか、わたしが無表情にそう言ったものだから、もしかしたら魔王にはわたしが冷静に見えたのかもしれない。

 黒づくめの陛下は、魔王と呼ばれて少しだけ微笑んだ。

「さすがだ。主神の寵愛は本物というわけだ」
「なんの御用かしら? あなたの宿敵である勇者はここにはいませんよ」
「私の目的は、あなたの身柄だ。聖女」

 紫の瞳にまっすぐに見つめられて、息を呑んだ。
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