暴君に愛された魔女

月内結芽斗

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第1章

1. 出会い

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 ナルバエス伯爵の末娘は社交界でも有名だった。その容姿は誰の目から見ても美しいというのに、本人が社交界に出てくることは滅多になく、ごく希に現れても伯爵家の人間から冷遇されているのか、着ているドレスは姉たちのお下がりで、数年前に流行が去ったもの、サイズの合っていないものばかりだった。

 情熱的に燃える美しい赤髪は結い上げられることがなく、常に垂らされ、装飾品は一つも身につけていない。ただ輝くエメラルドの瞳が二つ、彼女の唯一の装身具だった。

 美しい容姿にも関わらず、愛されない婚外子。

 それが、彼女だった。




「ペルリタ嬢はお越しになるだろうか」

 男の一人が呟く。

「君はあの婚外子が好きなのか?」

 隣に立つ友人が彼に尋ねた。

「ただ見惚れるほどのあの赤毛と顔を見たいのさ」

「たしかにあの令嬢は美しいね。でも今夜は来ないだろうな。なんたって彼女の姉が出席しないんだから」

「そうだな。カリナ嬢が出席しないときは決まってペルリタ嬢も来なかったな」

「そんな落ち込むこともない。彼女も結婚適齢期だから、伯爵もこれからは相手を探すために参加させざるを得ないさ」

「どうかな。彼女は冷遇されているんだ。金のある商人なんかに適当に売り飛ばされるかもしれない」

「仮にも貴族だ。伯爵の面子もある。そんなことにはならないだろうな」

 そのとき、夜会会場に噂の令嬢、ペルリタが姿を現した。いつもと変わらず流行遅れのドレスに身を包み、装飾品を一切付けず、髪はただ背中で波打つように垂らされている。長い髪がその歩みに合わせて柔らかく揺れる様は周囲を魅了したが、俯きがちな顔は、肩身の狭い彼女の境遇を表しているようだった。

 彼女は、一番上の姉マリアとその夫ドランド侯爵のあとを歩いていた。彼らの後ろに隠れるように立ち、そっと息を殺しているが、生まれ持ったその赤毛が嫌でも注目を集めている。

 周囲のペルリタへの視線に気がついたマリアは、扇子の下で小さく舌打ちをし、妹に囁いた。

「今すぐ化粧室に行ってきなさい。やっと見られた顔がもう見るに堪えなくなっているわ」

 それが、しばらく帰ってくるな、という意味だとペルリタは知っていた。彼女は小さく頷いて、そそくさと化粧室の方向に消えていった。

 他の参加者はその後ろ姿を見送りながら、ため息をついた。

「今日もペルリタ嬢はどこかに行ってしまったわね」

「早々に姉に追い払われたな」

「彼女の赤毛をもっと見ていたかったわ」

「でもまあ婚外子でしょう。公爵様が参加する今夜の夜会にはふさわしくありませんわ」

「母親は賎民だったという噂だ。なんでも美しい容姿と踊りで男たちを虜にして金を稼いでいたらしい」

「それは本当ですの?」
「彼女が不義の子なのは間違いない」
「あんなに美しいのに可愛そうに」

 そんなふうに話す貴族たちの顔はどこか高揚していた。

 ペルリタを常に囲んだ讃美と軽蔑、同情と偽善の声はこの夜も会場中に満ちていた。

 美しいが、その出生のせいで絶対に自分たちを追い越せない存在。目の前にいるときは目の保養に、いなければ優越の種にされる。それが社交界でのペルリタの役割だった。





 化粧室で、ペルリタは鏡と向かい合い、自分の顔を睨み付けていた。

「母さんにそっくりな顔を不細工と言うなんて姉さんたちの目は節穴よね。……まあ、私は母さんほど美しくないけど」

 小さい頃から姉たちに「不細工」と罵られてきた顔を色々な角度から眺めながら、ペルリタは呟いた。姉たちから終始浴びせられる罵倒のせいで、自分を本当に不細工だと思っていた時期もあったが、そんなことはないと、成長した今の彼女は知っていた。

 母さんほどではないけれど、母さんに似た綺麗な顔。

 これが、ペルリタの自分自身への客観的な評価だった。

 容姿には満足しているが、彼女が人一倍自信を持っていることは他にあった。それは亡き母親から継いだ血だ。

 ペルリタは魔女だった。

 母親は魔法師の家系で、その母も、そのまた母もみな魔女だった。総じて魔法師と言われるが、魔法が使える女性は特別に魔女と呼ばれていた。

 昔は重宝されていた魔法師は、この帝国では時代の流れと共に迫害の対象に変化していった。魔法師だと知られれば処刑され、よくて魔力を搾取されながら幽閉されるかである。

 そんな危険な国でペルリタは貴族として生活をしていた。それが母さんの願いだったからだ。さもなければこんな不遇に、何年も我慢できる彼女ではなかった。

「いつかこの国を出よう」

 伯爵の元で暮らし始めてからペルリタが心の中で何度も誓った言葉だ。

 帝国の周辺国では魔法師が迫害されることはないと聞く。彼らは普通の人間と同じように暮らすことができるらしい。大陸の中でも、魔法師が厚遇を受けられるのが、ずっと東にある大国で、そこは帝国の魔法師たちの理想郷だった。

 東の大国では、魔法師が重宝されている。大国にしては発展が遅れている国であるものの、そこは、魔法師にあらゆる恩恵を与え、国の要とし、信仰の対象にすらなっているという話も聞く。

 そんな国に亡命すれば、ペルリタは自分が魔女だということを隠す必要もなくなり、のびのびと生きることができるだろう。

 本当ならいつでもそこに行くことはできた。けれど、亡くなる直前、母はペルリタに伯爵のところに行くように言ったのだ。彼女はやむなく東ではなく、伯爵家のある西に行くことになったのだった。

 ペルリタは鏡に映る自分を見つめため息を漏らす。

「もうすぐ私も結婚するんだって伯爵が言っていた。今その相手は探してるって。大国なんて一生拝めることもできそうにないなあ」

 ペルリタは、化粧室の個室で自分自身に話しかけることが嫌になって、会場とは反対側、屋敷のずっと奥にある図書室に行くことにした。会場に戻らなければ問題はない。

「そこなら時間潰しにもなるかな」

 今夜の会場は、名高い伯爵家の屋敷で、歴史はあってもお金のないナルバエス家とは対照的に、歴史はないが、数代前から事業に成功して資金力と大貴族とのコネクションを強めている家門のものだ。そのため今夜は、雲上人である公爵も来るという。

 ペルリタは決してその人物に会ってはいけなかった。

「容姿もその血も卑しいのだから、あなたを公爵の視界に入れるなんて失礼なことはできないわ。きっと公爵様が怒ってあなたを殺してしまうかもしれないもの」

 容姿に関する姉のコメントには慣れすぎていてペルリタはなんとも思っていなかった。けれど、自分の血に流れているものの半分はあなたにも流れているのだと心の中で嘲る。

 頭の中は姉への皮肉でいっぱいだったが、ペルリタは従順に黙って頷いた。ずっと昔から伯爵家の人間とは波風を立てないと決めているのだ。

 まあ公爵に会ったところで、何か私が得をするわけではないし。おとなしく言うことを聞いとくに限るわよね。それに、公爵って暴君って噂でしょう? そんな人と会って万が一に殺されたらたまったものじゃないわ!

 化粧室から図書室までの移動で、ペルリタが会ったのは屋敷の使用人数名だけで、彼らに教えられて目的地にたどり着いた。

 この屋敷の図書室は小さく、壁の四方に設置された本棚には所々隙間があった。部屋の中央には読書をするためのソファと机が並んでいる。

 部屋には誰もおらず、ペルリタは一安心して本棚から薬草学の本を取ると、ソファに座ってその本を読み始めた。

 そして、今夜は夜会が開かれているから、誰もここに来ることはないと安心し、本に没頭した彼女は、部屋に誰かが入ってきたことにまったく気がつかなかった。

「あら? この本、間違ってる。これとこれはお互いの効能を殺すのに、ここでは相性が良いと書いてある」

 いつも自室でそうしているようにペルリタは無意識な独り言を呟きながら、文字を追っていく。

 彼女の後ろの椅子が引かれ、誰かがそこに座ったことにも気がつかない。

「根の部分を使わないなんてもったいない! どうして煮るときに使ったお湯を捨てちゃうの? それじゃあ効果も半減じゃない!」

 魔女の母親と一緒に住んでいたとき、ペルリタは魔法と一緒に薬学の知識もある程度教えられていた。母が死んだ後も、伯爵家の図書室に籠もり、本を読み漁って、自己流に勉強も重ねていた。ただ単に好奇心ということもあったが、いつかこの国を出る機会が訪れたとき、役に立つだろうと思ったからだ。そのせいか魔法や薬草、医術のことを考えているときだけは、彼女も十八の少女にふさわしく心浮き立つのだった。

「待って? この本三十年も昔に出版されたものじゃない? 小説じゃないんだから、どうしてそんなに古い本が置かれているのよ。呆れた」

 背表紙に書かれた発行年を表す金字に気づいた彼女は、そのままその本を浮遊魔法で本棚に戻した。

「もっと新しいものはあるかしら?」

 ペルリタは気怠げに立ち上がり、薬学と書かれた札が置かれている本棚に向かおうとした。

 と、そのとき初めて、彼女は人の気配に気がついた。パッと振り返り、その人物と目を合わせる。相手は信じられないものを見るようにペルリタを凝視していた。

 凍てつくようなアイスブルーの瞳が彼女を捕らえ、放さなかった。


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