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プロローグ
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ーー戦場。
そこは、あらゆるものが死ぬ場所。怯える者も、狂う者も、かつてはいた。だが今の時代、そんな人間はもういない。感情も恐怖も、すべてナノマシンによって抑制されている。
兵士はただ、無機質に命令を遂行し、敵を殺すだけの存在となった。
ロボット兵器や自律機械が実用化されて久しいこの時代に、なぜ“人間”がいまだ戦場に立たされているのかは謎だった。
ただ命じられるままに戦い、死ぬだけ。そこに疑問も、価値もない。
そんな戦場に、ひときわ目立つ青年がいた。まだ若く、声変わりの名残も残る。だがその目には一片の揺らぎもなく、淡々と銃を構えている。
ーージョン。
“少年兵ジョン”。その名を知らぬ兵士はいなかった。
六歳で戦場に投じられ、十年以上を生き延びた存在。幾度の戦果を積み重ね、誰よりも多くの敵を撃ち抜き、生き残ってきた。
だから彼は呼ばれる――“英雄”と。
過去の時代に生きた者たちから見れば、彼は間違いなくそう呼ばれていただろう。名前を知れば敵部隊は怯えて退き、無線で声を上げれば仲間たちは希望を取り戻した。
だが、この時代にその言葉も意味をなさない。感情を失った兵士たちには、英雄を称える心すら残っていない。
ただ“少年兵ジョン”という呼び名だけが、彼の異常な生存率を示す記号として残っていた。
そんな彼ですら、この世界の理不尽さには抗えなかった。
ここは、地獄だった。
爆撃で地面は抉れ、炎と黒煙が空を覆う。
焼け焦げた肉と硝煙の臭いが混ざり、泥は血で赤黒く染まり、千切れた四肢と鉄片が散乱している。仲間は次々に倒れ、叫び声と銃声、そして命令コードが入り乱れる。空には無人機が唸りを上げながら墜落していった。
ジョンは黙って銃を構え、引き金を絞る。
敵兵が一人、また一人と倒れる。それでも戦況は動かない。爆風が背を打ち、破片が頬を裂く。それでも表情は微動だにしなかった。
砲撃が左腕を吹き飛ばした。
肉と骨が泥に散り、右足も膝下から消える。視界の半分が赤いエラーコードで覆われた。
痛覚制御が作動し、痛みは抑制されている。それでも――体は限界だった。
ーーもう、もたない。
敵の数は減らず、弾薬は尽き、援軍の反応はない。背後には無言で倒れた仲間たち。前方には、膨れ上がる敵軍。
どちらに進んでも、死が待っている。
それでも彼は銃を構え続けた。
「……女も抱けず、ハーレムも作れずに死ぬのか。くだらねぇ人生だな」
乾いた声で呟く。
それがこの戦場で、唯一の“人間らしい”言葉だった。
無線にノイズ混じりの命令が走る。
『Z0754、行動遅延。戦闘アルゴリズムを修正せよ』
『C2109、位置固定。退避経路を優先』
『A3321、肉体機能停止確認。次段階行動を開始』
仲間の声ですらない。感情の欠片もない、機械の声。人間の形をした兵士たちは、ただその命令に従い、倒れていく。それが今の戦場における“人間兵士”の在り方。ここは、もはや人が生きる場所ではなかった。
ジョンは息を吐き、肩をすくめた。退路はない。だが――唯一、目に入る“異物”があった。
ーー"軸移転装置"
敵の陣地の奥で、不気味に光を放っている。無数のケーブルが脈動し、内部の液体が鼓動のように揺れる。機械でありながら、生物めいた呼吸をしているかのようだった。見ただけで、脳が拒絶を訴える。
“触れてはいけない”。
本能的な嫌悪感を叩きつける。理屈ではなく、生理的に拒まれる存在感がそこにはあった。
それでも、ジョンの目はそこに向いていた。
「……死ぬよりはマシか」
銃を投げ捨て、残った手と脚で這い進む。
指先は血に滑り、泥に沈む。それでも進んだ。
左目の義眼から警告音が鳴り続け、視界が赤く染まる中で、残された右手で必死にケーブルを掴み、装置に縋りつく。指の骨が軋む音を立てながら、最後の力を込めてスイッチを押し込む。爪が割れ、血が散り、それでも押し続ける。
全身の力が尽きる直前。
――カチリ。
その音と同時に、光が爆ぜた。
戦場の轟音も、血の匂いも、焼けた空気も、すべてが白に呑まれていく。
その瞬間、彼の世界は終わった。
ーーー
光が収まったとき、目の前には――草原が広がっていた。
夜空は透き通り、星々が瞬く。風が頬を撫で、空気は澄み切っている。硝煙も血の臭いもない。聞こえるのは、虫の声と風の音だけ。
一瞬だけ目を細め、状況を冷静に観察すると、口の端をわずかに上げる。
ジョンは息を吐き、空を見上げた。
「……ずいぶんと平和な地獄だな」
そこは、あらゆるものが死ぬ場所。怯える者も、狂う者も、かつてはいた。だが今の時代、そんな人間はもういない。感情も恐怖も、すべてナノマシンによって抑制されている。
兵士はただ、無機質に命令を遂行し、敵を殺すだけの存在となった。
ロボット兵器や自律機械が実用化されて久しいこの時代に、なぜ“人間”がいまだ戦場に立たされているのかは謎だった。
ただ命じられるままに戦い、死ぬだけ。そこに疑問も、価値もない。
そんな戦場に、ひときわ目立つ青年がいた。まだ若く、声変わりの名残も残る。だがその目には一片の揺らぎもなく、淡々と銃を構えている。
ーージョン。
“少年兵ジョン”。その名を知らぬ兵士はいなかった。
六歳で戦場に投じられ、十年以上を生き延びた存在。幾度の戦果を積み重ね、誰よりも多くの敵を撃ち抜き、生き残ってきた。
だから彼は呼ばれる――“英雄”と。
過去の時代に生きた者たちから見れば、彼は間違いなくそう呼ばれていただろう。名前を知れば敵部隊は怯えて退き、無線で声を上げれば仲間たちは希望を取り戻した。
だが、この時代にその言葉も意味をなさない。感情を失った兵士たちには、英雄を称える心すら残っていない。
ただ“少年兵ジョン”という呼び名だけが、彼の異常な生存率を示す記号として残っていた。
そんな彼ですら、この世界の理不尽さには抗えなかった。
ここは、地獄だった。
爆撃で地面は抉れ、炎と黒煙が空を覆う。
焼け焦げた肉と硝煙の臭いが混ざり、泥は血で赤黒く染まり、千切れた四肢と鉄片が散乱している。仲間は次々に倒れ、叫び声と銃声、そして命令コードが入り乱れる。空には無人機が唸りを上げながら墜落していった。
ジョンは黙って銃を構え、引き金を絞る。
敵兵が一人、また一人と倒れる。それでも戦況は動かない。爆風が背を打ち、破片が頬を裂く。それでも表情は微動だにしなかった。
砲撃が左腕を吹き飛ばした。
肉と骨が泥に散り、右足も膝下から消える。視界の半分が赤いエラーコードで覆われた。
痛覚制御が作動し、痛みは抑制されている。それでも――体は限界だった。
ーーもう、もたない。
敵の数は減らず、弾薬は尽き、援軍の反応はない。背後には無言で倒れた仲間たち。前方には、膨れ上がる敵軍。
どちらに進んでも、死が待っている。
それでも彼は銃を構え続けた。
「……女も抱けず、ハーレムも作れずに死ぬのか。くだらねぇ人生だな」
乾いた声で呟く。
それがこの戦場で、唯一の“人間らしい”言葉だった。
無線にノイズ混じりの命令が走る。
『Z0754、行動遅延。戦闘アルゴリズムを修正せよ』
『C2109、位置固定。退避経路を優先』
『A3321、肉体機能停止確認。次段階行動を開始』
仲間の声ですらない。感情の欠片もない、機械の声。人間の形をした兵士たちは、ただその命令に従い、倒れていく。それが今の戦場における“人間兵士”の在り方。ここは、もはや人が生きる場所ではなかった。
ジョンは息を吐き、肩をすくめた。退路はない。だが――唯一、目に入る“異物”があった。
ーー"軸移転装置"
敵の陣地の奥で、不気味に光を放っている。無数のケーブルが脈動し、内部の液体が鼓動のように揺れる。機械でありながら、生物めいた呼吸をしているかのようだった。見ただけで、脳が拒絶を訴える。
“触れてはいけない”。
本能的な嫌悪感を叩きつける。理屈ではなく、生理的に拒まれる存在感がそこにはあった。
それでも、ジョンの目はそこに向いていた。
「……死ぬよりはマシか」
銃を投げ捨て、残った手と脚で這い進む。
指先は血に滑り、泥に沈む。それでも進んだ。
左目の義眼から警告音が鳴り続け、視界が赤く染まる中で、残された右手で必死にケーブルを掴み、装置に縋りつく。指の骨が軋む音を立てながら、最後の力を込めてスイッチを押し込む。爪が割れ、血が散り、それでも押し続ける。
全身の力が尽きる直前。
――カチリ。
その音と同時に、光が爆ぜた。
戦場の轟音も、血の匂いも、焼けた空気も、すべてが白に呑まれていく。
その瞬間、彼の世界は終わった。
ーーー
光が収まったとき、目の前には――草原が広がっていた。
夜空は透き通り、星々が瞬く。風が頬を撫で、空気は澄み切っている。硝煙も血の臭いもない。聞こえるのは、虫の声と風の音だけ。
一瞬だけ目を細め、状況を冷静に観察すると、口の端をわずかに上げる。
ジョンは息を吐き、空を見上げた。
「……ずいぶんと平和な地獄だな」
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