ナルカミ

ひよこ大納言

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第一章

第一話 『アルカ』

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「じじぃ、行ってくる」

「二度と帰ってくんじゃねぇぞ、クソガキ」

「おう、すぐ帰る」

 石造りの古びた建物の裏口、その中にある小さな部屋から声がする。
 麻の袋を持って部屋を後にする少年の刺々しい声と、部屋に現れたネズミと格闘する老人の嗄れた声。

「おいクソガキ、忘れもんだ」

「おい!投げんなって!」

 少年を『クソガキ』呼ばわりする老人が、忘れ物と言いながら、宝石のような石が嵌った腕輪を少年に放る。受け取った少年はその腕輪を丁寧に腕に装着。

「じゃーな!」

 自分の持ち物を投げられたことに腹が立ったのか、大きな音が立つように錆びたドアを閉めた少年。そして軽く屈伸しながら、

「さぁて……今日は何匹捕まえれっかなぁ」

 と呟くと、器用な身のこなしで、埃と汗と血と煙の臭いが充満する路地を駆けていく。

 ウォーミングアップがてら、気分良く走る少年の前方に、狭い路地を塞ぐように二人の男性が喋り込んでいるのが見える。
 右の壁、左の壁と素早くジャンプを繰り返して、前方に回転しながら軽々と男達の頭上を越えていく。

「悪りぃ、おっちゃん!」

 回転ざまに男達に向かって謝罪。
 視線はしっかりと男達の方を向いていて、着地先の地面などまるで見ていないのにも関わらず、猫のような鮮やかな着地。

「よぉ、アルカ!気張ってこうな!」

「気ぃ付けてな!」

 男達がそれぞれ少年―――アルカに声をかける。

「おう!」

 既に男達に背を向けていたアルカは、軽く手を上げながら手短に返事をする。
 地面だけでなく壁も使った立体的な動きで、どんどんと男達から遠ざかっていくアルカ。
 そんなアルカをみて男達が話を続ける。

「相変わらず元気だなぁ、あいつは」

「このスラムの名物みたいなもんだよな。ガキのくせに気力に満ちてやがる」

「餓死寸前のガキばっかだもんな、ここのガキは。まぁ、まともにメシ食えねぇんだ、普通はそうならぁ」

「ったく、あいつもまともに食ってないだろうに、毎日よくやるよ……」



 一方、男達の話のネタにされていたアルカは、慣れた動作で路地を右へ左へと曲がり、一目散に目的地へと駆けていた。

 目的地までの距離が残りわずかとなったその時、アルカは横の道から飛び出してきた影に接触しかけ、

「んぁ!?」

 頓狂な声を上げながら、回避には成功したものの派手に転げる。
 が、肝心の相手はと言うと、人同士が衝突仕掛けたとは思えないほど冷静な声で、

「あら」

 と一言口にするのみで、まるでアルカが走ってくることがわかっていたかのような、優雅な動きで身を翻しアルカを躱す。
 地面から立ち上がり、服についた土を払うアルカに向かってその女性は、

「ごめんなさいね」

 軽く微笑みながら謝罪を述べる。
 大人びた落ち着いた声。泣いている子供に聞かせてやればすぐに泣き止むだろう。そんな安心感さえ与える。

「こっちこそすいません、大丈夫すか?」

「大丈夫だけれど、ちゃんと注意しなきゃダメよ?」

 顔を上げたアルカの目に入ったのは、腰ほどまで伸びた、血の様に赤黒い髪。
 建物の隙間から微かに漏れる光に当たり、妖艶に輝く。

 小さく端正の整った顔立ち、赤く潤った唇、首元の星の刺青。程よい肉付きで長く伸びた脚、大きいがハリのある胸。

 スラムではほとんど見かけることのない、紛れもない美人の姿に、思わず生唾を飲み込む。
 女が不思議そうな顔で「ん?」と呟くと、見惚れていたアルカも我に帰る。

「あ、すいません。それじゃ!」

 そう一言だけ残すと、目的地まであと僅かではあるが、再びアルカは駆け出した。
 一方の女も、そんなアルカを少し目で追うが、すぐに視線を外して歩みを始めた。
 両者とも長話をするつもりなど無いようで、別れはあっさりとしたものだった。



「到……着っ!」

 アルカの目的地、スラムの中にある小広い空間。
 と言っても、建物と建物の間が少し広がっただけで、スラムの外に出たら道と呼ぶのも憚られるくらいの幅しかない。

 なぜこのような何もない空間が目的地だったのか。それは、

「色ネズミ……。はぁ、この臭いだけは慣れねぇな」

 色ネズミ。名前の通り赤や青など鮮やかな色の付いたネズミだが、普通のネズミとの違いは色だけでない。

 ただの獣としてのネズミではなく、モンスターなのである。
 そのため普通のネズミと比べ、繁殖力に優れており、大量の餌を必要とするため穀物を食い散らすという厄介さを持つ。

「なんでここにだけ大量にいるんだろなァ……。ま、いいや」

 数年前にアルカが見つけた色ネズミの大量生息地、それがこの何もない空間なのである。
 発見して以来、毎日のようにこの場所に通い、大量の色ネズミを捕獲して帰っている。

 まともな食事が得られないスラムの人にとって、『食べられる』モノはそれだけで貴重品である。
 例えそれがモンスター―――酢のような強烈な刺激臭を放ち、川底の生臭い土の味がする色ネズミであったとしても。
 毒さえなければ問題ない、ということだ。

「よし、やるぞ!」

 今日もアルカは生きるために、地面を蠢く色ネズミの捕獲に邁進するのである。
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