ナルカミ

ひよこ大納言

文字の大きさ
2 / 3
第一章

第二話 『ゼラ』

しおりを挟む


「ふぅ……。ま、こんなもんでいいか」

 ちょろちょろと動き回る色ネズミの捕獲は決して簡単なものではなく、かなりの速度と体力を要求する。
 目標数は達成した、と判断したアルカは、色ネズミが詰まった麻袋を持って、次の目的地に向かい、ゆっくりと歩き始めた。

 先程の色ネズミを捕獲した場所から歩いて三分程経っただろうか、水のせせらぎが聞こえて来た。
 地面は剥き出しの土よりも、草に覆われている場所が多くなってきた。
 スラムの建物もまばらになり、遠くの方に地平線へ隠れようとする太陽が見える。

 背の高い草をかき分け、川の方へと進んでいく。
 汗だくの身体に草がぺたぺたとはりつくという不快感を覚えるアルカ。だがそれ以上に川に行きたい気持ちがアルカを急かす。

 ようやく草を抜け、砂利が地面を覆う河川敷に辿り着く。
 ここもアルカが毎日のように通う場所。
 水の流れる音は色ネズミを捕まえた後の疲れた体を癒し、運動して汗だくの身体を綺麗にしてくれる。
 背の高い草に囲まれ、人が来ることもない、いわばアルカだけの秘密基地―――のはずだった。

「ありゃ、見られちゃった」

 川の真ん中に佇む裸の女性が、舌を出しながら明るくアルカに笑いかける。

 滅多に見ない黒い髪が、水に濡れて色っぽく輝く。その色っぽい髪とは対照的に、無邪気で明るい幼い顔立ち。
 ともすればアルカと同じくらいの歳に見えてしまうほど幼いのだが、その大きな胸が真っ向からその可能性を否定する。

「……」

 そんな女性に、無言で熱烈な視線を送り続けるアルカ。
 無言の時間というものは、得てして長く感じるもの。そんな間に耐えかねた女性が恥ずかしそうに笑いながら口を開く。

「そんなにじっくり見られると……ちょっと恥ずかしいなぁ」

「あ、すいません。目に焼き付けてました」

「えっちだ!」

「えっちです!」

 飄々と答えるアルカに少し驚くような顔を見せてから、女性が笑い出す。
 女性が川から上がりタオルで身体を拭く。アルカは麻袋を地面に置いて、そばにあった岩の上に腰を落ち着ける。

「キミはよくここに来るの?」

 横で服を着替えている女性がアルカにそう尋ねる。

「ほぼ毎日っす」

「ふ~ん」

 自分から聞いといて興味ないんかよ、と女性の反応に心の中で突っ込むアルカ。
 着替え終わった女性が、アルカの隣に座る。

「私はゼラ」

「……へぇ」

 女性が自らの名を名乗る。だがそんなゼラにアルカは、仕返しと言わんばかりの素っ気ない態度。
 そんなアルカの様子を見てクスリと笑ったゼラは、アルカの顔を覗き込むようにして、

「キミの名前、教えて?」

「ア、アルカっす」

 と、悪戯っぽく尋ねる。
 可愛らしいというより、あざといと言えるゼラの態度に思わず視線を逸らすアルカ。

「それにしても、この場所に人が来るなんて驚いたなぁ」

「俺も驚きました。何年も誰もいなかったのに」

「あはは、そうだよね。私も五年ぶりくらいかな。まぁ、普通こんな草むらに入ろうとは思わないよね」

「五年って……。何歳なんすか?」

 五年ぶり、という言葉に反応してアルカが尋ねる。
 確実にアルカよりは年上だろうが、およそ歳の予想がつかない。

「う~ん……。あ!何歳だと思う?」

「えぇ……。20とかすか?」

「ぶー!惜しいけど残念!次はアルカくんの番」

「14っす、多分」

「多分って、適当だなぁ」

 ゼラがあはは、と笑うが、アルカには笑わせるつもりも、適当に言ったつもりも一切ない。

「いや俺、記憶喪失なんすよ。五年くらい前に、気付いたらスラムにいたんす。名前と歳以外覚えてなくて。だから歳が合ってるかも分かんないんす」

「ありゃ、そうだったの、ごめんね。でも、記憶喪失になる前のことを覚えてる人はいないの?親とか」

「親はいません。今は拾ってくれたじじぃと二人で暮らしてます」

「そっか、じゃあ私と一緒だ。私も親の顔は見たことないんだ」

 話の内容とは裏腹に、どこか楽しそうな声で話すゼラとアルカ。
 だが、二人の視線は、何かを思い出そうとするように空の彼方へと向けられ、寂しさを感じでいるようにも見える。

「五年くらい前まで、近くの孤児院にいたの」

「孤児院すか、羨ましい。パンとか食べてみてぇなぁ……」

「羨ましい、かぁ……。確かにパンも出たことはあるけどね。でも、私は自由なキミが羨ましいよ。孤児院は良いとこだけど、自由に外に出たりは出来ないから」

「え?でもここには来てたんじゃないんすか」

 先程の発言と矛盾したゼラの言葉に、思わずゼラの方に振り向くアルカ。
 ゼラもまたそんなアルカの方を向き、

「そ、よく院長に叱られてたよ」

「アホっすね……」

 顔を向かい合わせて二人が笑い合う。
 と、アルカの横にある麻袋に気づいたゼラが、

「その袋は何が入ってるの?」

 と尋ねる。

「あぁ、これ。色ネズミっす。これが俺達の普段の飯なんすよ」

 そう言うとゼラは、顔を顰めて、臭いを嗅がないように、と鼻を摘まむ。

「うぇ、あんな臭いのよく食べれるね」

「食うか死ぬかっすから、好き嫌いしてらんないす。それに、死ぬと臭いはマシになりますよ、味はクソ不味いすけど」

 そんなゼラにアルカも顔を歪めて不味いことを表現。

「だよね……。それにしても、一人……あ、お爺さんと二人か。二人でそんなに食べるの?数十匹くらいいそうだけど……」

パンパンになった麻袋を指差して、ゼラは不思議そうな顔でそう問いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

処理中です...