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第一章
第三話 『普通の生活』
しおりを挟む「いやいや、こんなに食べれないすよ!」
アルカが笑いながら否定する。
「これはスラムのみんなに配るんす。俺は元気だし、じじぃは死に損ないだし、そんなに食わなくていいんすよ。それに色ネズミ狩りは瞬発力のトレーニングにもなりますし」
「へぇ……!キミ、すごいね」
ゼラは少し驚きつつも、感心したようにアルカを素直に褒める。
「なかなかできることじゃないよ、そういうこと」
「俺、優しいんすよ」
「自分で言っちゃあダメだなぁ」
あはは、と笑うが、実際にはアルカは自分のことを優しいと思っているわけではない。
あくまでも自分の食べるモノをついでに獲っているに過ぎないし、気分が悪ければ獲りに行かない日だってある。
優しくあろうとは思っているが、人のためではなく、自分のためにやっていることという認識だからだ。
「でも、キミはきっと成功できるよ。精神的にも、肉体的にも強くなれる。……自信があるのはいいことさ」
そう言ったゼラの表情は、少しだけ憂いを帯びている。
「まぁ……ありがとっす」
褒め続けるゼラの言葉に、少し照れ臭く感じて下を向くアルカ。
決して自信があるわけじゃない。自信を持つのに見合う物など一つもない。
「普通の生活って、してみたいんすよ。ベッドがあって、飯があって……。街に出ても石投げらねぇ普通の生活が」
アルカはただ、『普通』に憧れているだけ。『普通』がどれだけ素晴らしいか知っているから。
アルカはスラムで沢山の人間を見てきた。殆どの人間が、普通の生活から落ちてきた人間だ。
彼らは得てして自分の失敗を他人のせいにする。
プライドだけは高いくせに、自分からは何もする事がない。チャンスがやってくるのをただただ待っているだけ。
他人から奪うのではなく、他人に与える。その行為の連鎖が、普通の社会であることに、アルカは気付いた。
だから、スラムにはそういう社会からはじき出された人間が集まる。何もしない人間や、他人から奪う人間が。
そしてそういう人間は忌み嫌われ、スラムに住んでいるというだけで避けられるようになる。
何もしない人間でさえ、普通から落ちてくるというのに、最初から普通の生活すらままならないアルカが、このままでいいと思うはずがない。
だから、アルカは行動を起こした。
普通の生活ができない事を、スラムで育ったせいにしないために。
スラム出身でも成り上がる事ができると証明するために。
食事をシェアしていただけではない。
小さなことだが、チャンスを掴むために毎日肉体のトレーニングは欠かさなかった。
魔法の使い方は分からなかった。スラムにも魔法を使える人間はいなくはないが、どうも教える事は苦手なのだ。
だから、決して自信があったわけではない。
むしろアルカは、自信がなかったからこそ、自分の行動を褒められた事が、認められたように感じて嬉しかったのだ。
「だからまぁ、他人のためにやってるとかじゃないんすけど。このまま終わるのは嫌だから、何かしなきゃって、それだけっす」
「そっか、頑張ってるんだね」
あまり深く掘り下げるのも野暮だと感じたゼラは、素直に感じたことを一言。
だがその一言で、アルカの気持ちが救われたことは言うまでもない。
「ね、ね、キミは将来、何になりたいの?」
「あ、明日、ギルドに行って冒険者になるんす」
行方不明者の捜索や、危険地域での素材収集、モンスターの討伐など、ギルドを通して依頼をこなす事で日銭を稼ぐ職業、冒険者。
アルカが聞いた話によると、貴族と同じくらいの収入を得ている冒険者もいるらしい。
そしてその性質上、求められるのは出身でも家柄でも血筋でもない。
頭脳が求められることもないとまでは言えないが、やはり一番必要なのは力である。
力が無ければ危険地域に行くことも、モンスターを倒すこともままならない。
魔法、剣技、力自慢、戦闘狂。様々なタイプの強豪、猛者達が集う職業、それが冒険者である。
だから、アルカでも可能性がある。出自不明、スラム育ちのアルカでも、成り上がれる事ができるかもしれない。
そして、ともすれば普通以上の生活を手に入れられるかもしれない。
「お~!いいねいいね、冒険者。実は私、冒険者なの!」
ゼラは少し興奮した様子でそう言いながら立ち上がる。
「ま、冒険者もやってるって言った方が正確だけど。私、結構強いんだよ」
胸の辺りをぽん、と叩きながら自慢げな表情で、挑戦的にアルカの方を見る。
一瞬、揺れる胸に視線を奪われたアルカだが、
「へぇ、やっぱそうなんすか」
と、驚く様子もなく答える。
「あ!信じてないな~!」
「いや、冒険者なのはなんとなくわかるんすよ。身体引き締まってましたし」
「よく見てるじゃん、えっち」
「焼き付けましたから」
自分の体を覆い隠すように腕をクロスし、体をくねらせるゼラ。
そんなゼラを不敵な笑みで迎えうつアルカ。側から見れば、どちらも変人極まりない。
「さて、それじゃ……」
そう言ってアルカから数歩離れた場所に移動するゼラ。そしてアルカに向かって戦闘態勢を構える。
が、しかし。
「……何もしないっすよ?」
「えぇ~!ここは手合わせする流れじゃないの!」
「やっぱりか!」
そんなアルカの様子に不服そうに反応するゼラ。
そして、ゼラが手合わせをしようとしていたことに驚きを隠せないアルカ。
これも冒険者の、戦いを生業とする者の性なのだろうか。
ゼラはいまだに頬を膨らませて、「むぅぅ」とか言っている。
天使のような可愛い表情で戦いをせがまれるなど、誰が経験しただろうか。ゼラの戦闘好きな一面に、複雑な感情を抱くアルカだった。
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