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『獣人』
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目が覚めた。見慣れない天井が見える。ここはどこだろう。焚きしめた香の匂いがする。
視界はぼやけているのに、なぜか感覚はするどく身体に絡まってくる。
胸がざわつく。ここはどこだ?
『獣人』
「目が覚めたようだな」
突然聞こえた声に驚いて男はそちらに目をやる。なにかが近づいてくる。大きな獣のように見えた。男はぎょっとした。その獣は四肢を持ち2本の足で歩いて近づいてきた。獣は男を見下ろす。
「よかった」
獣は人間の言葉を話して、そして男と同じ、人間のような顔立ちをしていた。人間よりいくらか大きく黒目がちな鋭い目をしていて、唇の奥に大きな牙がちらりと見えた。犬のような耳がぱたぱたと動いている。髪と呼ぶべきか頭部から伸びた毛がとても長い。床に届きそうなほどの長さだ。上半身は人間のような肌だが下半身は毛で覆われている。人間と同じように肩から腕が伸び、そこに人間と同じ形の手がつながっている。上半身の着衣から覗く、たくましく健康的な肌の色。腰にはふさふさした尻尾が、ゆらゆら動いているのが見える。獣人だった。男は初めて見る獣人に見入った。自分より大きな体躯の獣人を恐ろしく感じた。しかしそれ以上に、この獣人は美しかった。濡れた美しい石のような黒い目、整った鼻の下に形のよい唇が並んでいる。はりのある美しい肌と、真っ黒なつやつやした豊かな長い毛。
「すまない。驚かせてしまったな」
獣人は申し訳なさそうに言った。横になったままの男が少し表情を緩める。その様子に気付いた獣人は立ち上がり、豊かな毛と大きな尻尾をゆらりと揺らして部屋を出て行った。
男は柔らかなベッドの上に寝かされていた。身体の上にかけられた毛布は温かく肌触りが良い。首だけを動かして男は部屋を見まわしてみる。
整った部屋の中央に置かれたベッドに、男は寝かされていた。大きなベッドだった。部屋は荒れた様子はなく、きちんと整っていてこの場所が穏やかなのがわかる。窓が見える。ここからでは景色は見えないが、音がしないので静かな場所なのだろうと思った。最初に感じた香のような匂いは男の枕元からたゆたっていた。なんの匂いだろうか。花のような優しい匂いがする。男は静かに息を吐いた。
ここはどこなのか。わからない。胸がざわざわしだして、急に心細いような気持になる。鼻の奥がじーんと痛む。大粒の涙があふれてきた。何度もしゃくりあげて、涙を止めたいのに止めらない。
「…っう…ふっ…」
男は声を必死に押し殺した。毛布を引き上げてそこにもぐる。身体を丸めて歯を食いしばる。顔を手で覆ってみたが、涙と鼻水であっと言う間にびしょびしょになっただけだった。
別の部屋では獣人が、男のその声を聞いていた。耳がそちらの方へ向く。少し悲し気に尻尾が小さく揺れた。
外は間もなく夜になる。黄昏時は足早に過ぎて月が静かに輝き始める。部屋の中ではランプの光が、空気を燃やして揺れている。香の灰が静かに落ちた。残り香だけが満ちていき、時間はぼんやりと動く。
視界はぼやけているのに、なぜか感覚はするどく身体に絡まってくる。
胸がざわつく。ここはどこだ?
『獣人』
「目が覚めたようだな」
突然聞こえた声に驚いて男はそちらに目をやる。なにかが近づいてくる。大きな獣のように見えた。男はぎょっとした。その獣は四肢を持ち2本の足で歩いて近づいてきた。獣は男を見下ろす。
「よかった」
獣は人間の言葉を話して、そして男と同じ、人間のような顔立ちをしていた。人間よりいくらか大きく黒目がちな鋭い目をしていて、唇の奥に大きな牙がちらりと見えた。犬のような耳がぱたぱたと動いている。髪と呼ぶべきか頭部から伸びた毛がとても長い。床に届きそうなほどの長さだ。上半身は人間のような肌だが下半身は毛で覆われている。人間と同じように肩から腕が伸び、そこに人間と同じ形の手がつながっている。上半身の着衣から覗く、たくましく健康的な肌の色。腰にはふさふさした尻尾が、ゆらゆら動いているのが見える。獣人だった。男は初めて見る獣人に見入った。自分より大きな体躯の獣人を恐ろしく感じた。しかしそれ以上に、この獣人は美しかった。濡れた美しい石のような黒い目、整った鼻の下に形のよい唇が並んでいる。はりのある美しい肌と、真っ黒なつやつやした豊かな長い毛。
「すまない。驚かせてしまったな」
獣人は申し訳なさそうに言った。横になったままの男が少し表情を緩める。その様子に気付いた獣人は立ち上がり、豊かな毛と大きな尻尾をゆらりと揺らして部屋を出て行った。
男は柔らかなベッドの上に寝かされていた。身体の上にかけられた毛布は温かく肌触りが良い。首だけを動かして男は部屋を見まわしてみる。
整った部屋の中央に置かれたベッドに、男は寝かされていた。大きなベッドだった。部屋は荒れた様子はなく、きちんと整っていてこの場所が穏やかなのがわかる。窓が見える。ここからでは景色は見えないが、音がしないので静かな場所なのだろうと思った。最初に感じた香のような匂いは男の枕元からたゆたっていた。なんの匂いだろうか。花のような優しい匂いがする。男は静かに息を吐いた。
ここはどこなのか。わからない。胸がざわざわしだして、急に心細いような気持になる。鼻の奥がじーんと痛む。大粒の涙があふれてきた。何度もしゃくりあげて、涙を止めたいのに止めらない。
「…っう…ふっ…」
男は声を必死に押し殺した。毛布を引き上げてそこにもぐる。身体を丸めて歯を食いしばる。顔を手で覆ってみたが、涙と鼻水であっと言う間にびしょびしょになっただけだった。
別の部屋では獣人が、男のその声を聞いていた。耳がそちらの方へ向く。少し悲し気に尻尾が小さく揺れた。
外は間もなく夜になる。黄昏時は足早に過ぎて月が静かに輝き始める。部屋の中ではランプの光が、空気を燃やして揺れている。香の灰が静かに落ちた。残り香だけが満ちていき、時間はぼんやりと動く。
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