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13:最強無垢の餓鬼による鬼払い!
しおりを挟むらっくちゃんに指を吸われながら夜を明かした次の日。
現在、この家に居るのは、お婆さんの息子とらっくちゃんの二人だった。
お婆さんは「公民館掃除」の日だから、とついさっき出て行ってしまったのだ。
「母さん、今日くらい掃除は休んだら?」という息子に、お婆さんは「そんなワケにはいないよ。みんな寒い中やってるんだからね」と、いつもの少しくすんだエプロンを着て、そそくさと出て行った。毎月1回、お婆さんは「公民館掃除」も楽しみにしているようだったが、今日は少しだけ残念そうに見えた。
「お婆さん。きっと、らっくちゃんと離れたくないんだろうね」
出来る事なら俺が替わってやりたいが、俺は人間には見えないからダメだ。こういう時、自分を優先出来ないお婆さんの姿に、徳が高いというのも考えモノだなぁなんて思ってしまった。
「でも、お婆さんの徳のおかげで、福の神様は生まれる事が出来たワケだし……感謝しないと」
あれ、感謝しないと?
俺は福の神様が生まれてきて良かったと思っているのだろうか?
「まぁむ……まぁむ!」
「あ、ごめんね。らっくちゃん、ちゃんと聞いてるよ!」
ぼんやりする俺に対し「こら!」とばかりに袖を引っ張ってくるらっくちゃんに、ハッと意識を取り戻す。
まったく、お婆さんが居ないのだから、ここは俺が彼女の代わりにしっかりとらっくちゃんの面倒を見ないと!
「まぁむ」
「らっくちゃん、これ気に入ったの?」
目覚めた瞬間から、らっくちゃんは俺から片時も離れようとしなかった。今も、こうして俺と一緒に祭壇になったお爺さんの前で、一緒に組立人形(フィギュア)で遊んでいる。この頃になると、俺自身ももらっくちゃんに慣れていた。
「まぁむ」
「っひん。っや、っや、やめてぇ。あ、あのね、らっくちゃん。あの、あの……ツノはやめて」
「きゃきゃっ」
突然ツノに触れてくるのには本当にびっくりすから止めて欲しいが、子供に何を言っても無駄だ。俺はラックちゃんに組立人形(フィギュア)を差し出し、どうにかツノから彼の意識を逸らさせようと試みた時だった。
「****!」
「だっど?」
すると、それまで別の部屋に居たお婆さんの息子が笑顔で座敷の扉を開いた。
「だっど」とは、どうやらお婆さんの息子の名前らしい。最初は、そんな名前だったろうか?と思ったりもしたが、そう言われればそうだったかもしれない。
「****!」
「っあ、あれは!」
すると、部屋に入って来ただっどは次の瞬間、とんでもないモノをらっくちゃんに差し出してきた。
「だ、だだだだ大豆っ!」
大豆。それは俺達、鬼の一族にとっては一番触れてはならない禁忌の代名詞だ。なにせ、あれは鬼族の泣き所である。
「っま、まさか……そういえば、今日は――!」
俺が今の暦表に目を向けると、今日を指す日にはこう記されていた。
二月三日「節分」と。
「あっ、あっ!」
逃げないと!今まで子供のいないこの家に節分は関係ないと思っていたが、そうだ。今年は子供が居るじゃないか!
大豆を手渡されているらっくちゃんの姿に、慌ててその場から逃げようとした。しかし、その間もらっくちゃんが俺の服から手を離さない。
「らっくちゃん!らっくちゃん、離して!離して!」
「ラック、鬼は外。福は内」
「オニワ、ソト、フクハウ、チ?」
俺の隣で可愛らしい声が恐ろしい呪詛を唱えた。その瞬間、ゾワゾワゾワーーと毛虫が背中を這うような感触に襲われた。
そんな俺を他所に、だっどは手にしていた赤鬼の紙の面を顔に付けると、らっくちゃんに大豆を投げて寄越すようにと身振りをした。
「だ、ダメ!らっくちゃん、ダメだよ!それを投げて、はダメ!鬼は外なんてひどい事は言っちゃだめ!」
「まぁむ?」
「らっくちゃん!」
でも、悲しいかな。俺にらっくちゃんの言葉が分からないように、らっくちゃんにも俺の言葉は通じていないようだ。
らっくちゃんは俺の服の裾からソロリと手を離すと、だっどから枡に入った大豆を受け取った。
「に、にげないと……!」
「まむ?」
らっくちゃんの手が離れた瞬間、俺は必死に駆け出した。
「まーーーむ!」
「ラック!」
すると、そんな俺を追ってらっくちゃんが後ろからおいかけてくる。その後ろを、慌てただっどが追いかける。だっどは赤鬼の紙の面を付けたまま叫ぶ。
「ラック、鬼は外、福は内だ!」
一旦家の外に出ないと、今だけは「内」に居てはいけない。だって「内」に居たら、俺はこの家から――!
「オニハーソ、トー!フ、クハ、ウ、チーー」
「っぁ!」
呪詛の言霊が家中を包む。そのせいで、体が一瞬痺れた。子供の言霊は純粋無垢故、大人の言霊より力が凄まじい。
更に、背後から「ドテン」という凄まじい音が響く。
「っぁぁぁぁあん!」
直後、凄まじい泣き声。どうやら、慌てて駆け出したせいで転んでしまったらしい。俺は痺れる体を抱え、とっさに振り返った。
でも、それがまたいけなかった。俺は、体が痺れていても、ラックちゃんが転んでも走り続けるべきだったのだ。
「らっくちゃ……」
眼前に、宙を舞う大豆が見えた。どうやら、らっくちゃんの持っていた枡が転んだ拍子に手からすり抜けたらしい。
「っひ!」
気付いた時には、俺の体は勢いよく家の中から吹き飛ばされていた。抗いようのない程に凄まじい力。そう、これが「鬼は外」という言霊と、大豆の力だ。
「うっ、うぁぁぁぁッ!」
こうして俺は長年住み慣れていた大切な大切な住処から見事に「鬼は外」されてしまった。意識を失う前に聞こえてきたのは、ラックちゃんの「まーーむ」という悲し気な泣き声と、
--------なんだ、遠慮せず言え。なにせ、お前は俺の――!
出会いがしらの際に嬉しそうな顔で俺に何か言いかけた福の神様の声だった。
「ふくのかみ、さま」
あぁ、あの時福の神様は一体何と言おうとしたのだろう。俺は、福の神様の何だったのだろう。
考える間もなく、俺の意識は途切れた。
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