12 / 284
第1章:俺の声は何!?
7:おはなしのじかん!
しおりを挟む≪これは、ぼくが、まっくらなくやらみの中から、この世界にひっぱりあげられた時のおはなしだ≫
俺は、念のため扉から数歩下がっておくことにした。また、扉ごと吹っ飛ばされては敵わないからだ。中からは何も聞こえない。
≪ぼくが、いつからここにいたのかは、ぼくも分からない。ただ、きがついたら、ぼくはここにいた≫
久々に腹から声を出した気がした。やっぱり気持ちが良い。
これは、【ぼくの、わたしの、おとぎ話】という、教育番組の語り部をピンチヒッターとして請け負った時の声だ。
少し高めの、少年のような声。この声を出す時、俺の顔は自然と上を向く。まるで、子供の頃の俺に戻ったように。
≪まっくらな世界の中に、ぼくだけが居た≫
ゆっくり、幼い子供に語りかけるように。
けれど、ずっしりと、適度に物語の重心を保たせるような声で。ただし、少しずつ、登場人物の性格を表に出していく事も忘れない。
≪そんな真っ暗な世界が、ある時、一気にひらけた≫
やはり、部屋の中からは何も聞こえない。ただし、こないだのように部屋の戸が激しく叩かれる事も、勢いよく扉が開く事もない。
よし、よしよしよし!
反応が無い事が、今は一番嬉しい! それって、中に居るヤツは、ちゃんと俺の声を聞いてるって事だろ?
そういう事で、いいんだよな?
≪ありゃあっ! 桃の中から、赤ん坊が出てきた! なんだかうれしそうな声が聞こえる。うう、まぶしい。あれ、まぶしいってなんだろう?≫
ハイ、このお話。桃太郎でした。
多分、日本人で知らないヤツなんか居ないんじゃないだろうか。
誰もが知る有名な「おとぎ話」。
幼い子供に対しても、物語の全容が掴みやすいように、三人称視点で語られる事の多いそれを、敢えて一人称視点で語るのだ。
だからこそ、番組のタイトルは【ぼくの、わたしの、おとぎ話】なのだ。
でも、きっとこのセブンスナイトの世界に、桃太郎というお話はない。だとすれば、ここで俺が口にするお話は、紛れもなくこの世界で初めての「桃太郎」だ。
≪おじいさん、この子の名前は何にしましょうか?≫
≪ なまえ? なまえってなんだろう? ぼくがそんな事を思っていると、もう一人は、うーんと考えるような声をだした≫
一人の語り部、一人称視点の物語。
お話の流れよりも、登場人物の気持ちにフォーカスしている。たったソレだけの事なのに、もともと知っていた筈の物語が、まったく別のお話みたいになるのだ。
昔からある、俺も好きだった番組。
そう、なにせ俺はこの番組で「一人称」「三人称」という物語の語り口を知ったのだ。
「……そこから、仲本聡志の、この変な癖は生まれた」
そうそう。
そうだった、そうだった。
俺は久々に思い出した、昔懐かしいテレビ番組に思いを馳せて思わず笑ってしまった。一人称でこんなにも知っている筈の物語の見え方が変わるのだ。
だとすれば……一人称を、三人称にすればどうなるのだろう、と。
「……そっからだったな」
すると、その瞬間、ドンと扉を叩く音が目の前で響いた。思わず、あの日を思い出し、反射的にその場から飛退いた。
ビビったー! え、急に何だよ!?
ドン、ドン。
「ん?」
その、乱暴さのない、まるでノックをするような、何かを求めるような戸を叩く音に、俺は、今度こそハッキリと笑ってしまった。
「ははっ!そっか、そっか。話が途中だったな!ごめん」
早く続きを話せ、とでも言っているのだろう。
多分そう、きっと、そうだ。
「お前は……聞いて、くれてるんだな」
俺の、声を。
聞こえるか聞こえないか分からない程のソッとした声で、思わず、仲本聡志の本心が漏れた。すると、先程まで「ドン、ドン」と、一定のリズムで戸を叩いていた音が、ピタリと止む。
そう、ここには確かに“居る”のだ。
俺の話を……俺の声を、聞いてくれているヤツが。その事実が、これまでの虚無感に支配されていた“仲本 聡志”の心を、簡単に解き放ってくれた。
≪ももたろうにしよう! この子の名前はももたろう! 桃から生まれた! だから、≫
そういえば、この世界に“桃”は存在するのだろうか。
そう、思ったものの、それは些細な問題だと俺は、閉ざされた扉に向かって鼻から、目一杯腹に息を溜め込んだ。
≪桃太郎だ!≫
あぁっ! やっぱ、声を出すって気持ちいいわ!
≪その日から、ぼくは桃太郎になった≫
その日から、俺の扉越しのお話会は始まった。
61
あなたにおすすめの小説
落ちこぼれ同盟
kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。
魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる