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第1章:俺の声は何!?
27:問いの答え
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「テザー先輩。交代の時間です」
「……あぁ」
今日も今日とて、俺はイーサの部屋へと向かう。部屋の前に到着してみれば、そこにはピシリとした姿勢で部屋の前に立つテザー先輩が居た。どうやら、今日は俺が先輩と交代する日らしい。
「あ」
とっさに、俺はイーサと自分用に持ってきた昨日の揚げ菓子を背中に隠す。誰も来やしない、この部屋守の仕事においても、この先輩は夜通し寝こける事もなく、しかも立ちっぱなしで警護任務を行っていたようだ。
そんな真面目な先輩に、こんな揚げ菓子等見つかってみろ。完全に没収された挙句、ジワリとした声で嫌味を言われるに違いない。
「……全財産をはたいて買ったお菓子だ。絶対に没収される訳にはいかない。そう、仲本聡志は背中を壁側へと向けると、テザーからお菓子を隠した」
「……おい、ちょっといいか」
「へ?」
口の中でセルフ語り部をする俺に、酷くしっとりした声が響く。もちろん声の主はテザー先輩だ。
「少し、こっちに来い」
「……はぁ」
いつもに増して声の余韻に残る色気が強い。多分だが、先輩も疲れているのだ。この色気は、疲労から来るものに違いない。
俺はイーサの部屋から大分離れた廊下の端まで、先輩の後ろを付いて行った。一体何の用だろう。
「おい、お前。どうやって王子に取り入った?」
「は?」
「こうして俺も部屋守に立ってはいるが、王子はお前以外の時には何の変化もない」
「へぇ」
テザーの言葉に、なんとなくそうだろうとは思っていたイーサの態度が、現実として目の前に付き付けられた。
先輩はチラとイーサの部屋の扉を見ると、不可解だと言わんばかりの表情を浮かべる。
一体この先輩は何をそんなに訝しがっているのだろうか。そんなの、当たり前じゃないか。
「話した事もない、仲良くもないヤツに親し気にするヤツなんか居ないでしょ」
「話した……!?おい、お前!イーサ王子の声を聞いたのか!?会話をしたのか!?」
先程まで細目られていた目が、突然カッと見開かれる。ついでにガシリと肩を掴まれるモンだから、俺の背後に隠していた紙袋が、カサリと音を立てた。
「おい、早く答えろ!話したのか!?」
「えっと、声を聞いた訳ではなく……ただ、扉を叩いて交流を図っているというか……なんというか」
「扉を、叩く……だと?」
「はい。回数とか、叩く音の調子とかで……なんとなく伝えたい事も分かりますし」
「……そんなもの、簡単に分かってたまるか」
先輩は、どこか吐き捨てるように言うと、掴んでいた俺の肩からスルリと手を離した。
どうやら、怒っているようだ。そのまま先輩は、見開いていた目をスッと細め、刺すような視線を容赦なく俺に向かって投げかけてきた。
「こんな人間風情に取り入られるとは……それでも、あの賢王と謳われるヴィタリック王の嫡男か。嘆かわしい」
「……は?これって、王様の長男である事と、何か関係あるんすか?」
「っは。お前。何も知らんと言った顔をして、よくもまぁ上手く王子に取り入ったものだ。何を企んでいる?あんな王位継承権の剥奪されかけた王子でも、お前のような下々の人間からすれば、利用のし甲斐もあろう」
テザー先輩の言葉に、俺は思わず腹の底がフツリと何か熱いモノで波立つのを感じた。
「あ?テメェ、今なんつった?」
一気に消え失せる敬語。
だが、今や俺にとっては、目の前に居るこの男が、先輩だとか、美しいエルフだとか、そんな事は一切関係なくなっていた。
「なんだ、お前。俺に立てつくのか?」
「そうだ。俺はお前に立てつくんだよ。このクソエルフが」
「……ほう?」
その瞬間、先輩の手には鋭い氷の氷柱のようなモノが握られていた。どうやら、氷がテザーのマナの属性らしい。多分、氷突尖という氷の初期魔法だ。ここで初期魔法を選ぶあたり、一応、手加減をしてくれて……
「はっ!?あっぶね!」
いなかった。
ヒュンと空気を切り裂く音が俺の耳に響く。
先輩の手に握られた細い氷柱は、俺の右目に向かって容赦なく突き出されたのだ。それを、火事場のバカ力で得た防衛本能で、間一髪、避ける事に成功した。
ただ、あと一瞬反応が遅ければ、俺の目は確実に、あの鋭利な氷柱で貫かれていた事だろう。
「お前っ!?サイッテーだな!?」
「何がだ」
「いま!目!目ぇ刺そうとしただろ!?ありえねぇ!口喧嘩でソッコー手ぇ出してくるヤツが一番サイテーだからな!?マジで人間見たわ!」
「人間を見る……?俺を、お前らのような下等な人間と一緒にするな」
「ウッザ!ここの“人間”は人間性の事を指してんだよ!?」
「人間、性……どちらも同じ事じゃないか」
「あ゛――っ!ウゼェ!」
俺はテザーから数歩後ろへと下がる。いや、また同じように氷で目をブッ刺されそうになったらたまらないからだ。
しかし、そのせいで先程まで背中に隠していた揚げ菓子の袋が、バサリと俺とテザーの間に落っこちた。
「……ほう。今度はこんなモノを持って来たか。人間。お前も、王子に取り入るのに必死という訳だな」
「うるせぇっ!これはその為に持って来たんじゃねぇよ!俺のおやつだ!」
嘘だ。
美味しかったから、イーサにも食べさせてやりたかったんだ。本当なんだ。
「もういい。やはり人間の考える事は浅はかだ。あんな王子に取り入っても、無駄だという事を知れ」
「何だよさっきから!取り入る取り入るって!お前らイーサを何だと思ってるんだ!?」
-------なぁ、イーサ。お前、甘いモン好き?俺は好き!
そう、俺が初めてイーサにした質問。それに、イーサは一回だけ戸を叩いて応えてくれた。そう、一回だけだ。
コン。
-------すき。
そう、言ってたから。
百年も部屋から出てないのであれば、食べた事がないかもと思ったんだ。食べてみたら美味しかったから。イーサにも食べさせてやりたいと思った。イーサが喜ぶだろうと思ったから。だから、だから――。
本当だ。
『お前、どうやって王子に取り入った?』
こんな世界で、イーサはずっと一人だったんだ。
「王子を何だと思ってるのか……か。お前、面白い問いをしてくるじゃないか。じゃあ逆に問おう。お前は、百年もの間、自らの職務を放棄し、閉じこもっておられる……あの尊い御方を、“何”だと思っている?」
先輩の問いかけが、俺の荒れ狂った嵐の海のような腹の底に、ストンと落ちる。
俺が、イーサを何だと思っているかって?
「…………」
俺の呼吸音だけが、周囲の空気を震わせる。
俺にとって、イーサは――。
----------
-------
----
「イーサ。俺だ」
テザー先輩と別れた後、俺は落とした揚げ菓子の袋を持って、イーサの部屋の前へと立って居た。
声をかけた瞬間、扉の向こうからは軽快な足音が響いてくる。その足音で、イーサのご機嫌な様子がうかがえる。もう、音だけで、俺は全部わかっちまう。
コン!
「今日も元気で何よりだな、イーサ」
そう、イーサは突然現れた“人間”の俺なんかに、こんなに嬉しそうに近寄ってくるような王子様なのだ。
でも、それはきっと俺が“特別”だからじゃない。
「……イーサぁ」
俺は手に持っていた揚げ菓子の入った紙袋に、クシャリと力を籠めると、そのまま額をイーサの部屋の扉へとくっつけた。
こん、こん。
そして、イーサもきっと同じだ。俺のこの声で、イーサは俺の様子がいつもと違う事に気付いたのだろう。
戸を叩く音に、戸惑いと気付かわしげな様子が窺い知れる。こんな事まで分かるなんて。俺、キモ過ぎだな。
でも、だって、やっぱり会った事もないイーサの顔が、俺には見える気がするんだ。
「俺さぁ、ずっと」
俺は“特別”ではなく。イーサは頑なに扉を閉ざしていた訳ではない。
「……ずっと。お前に、なりたかったんだぁ」
誰も、イーサの扉をノックしなかっただけだ。
「……あぁ」
今日も今日とて、俺はイーサの部屋へと向かう。部屋の前に到着してみれば、そこにはピシリとした姿勢で部屋の前に立つテザー先輩が居た。どうやら、今日は俺が先輩と交代する日らしい。
「あ」
とっさに、俺はイーサと自分用に持ってきた昨日の揚げ菓子を背中に隠す。誰も来やしない、この部屋守の仕事においても、この先輩は夜通し寝こける事もなく、しかも立ちっぱなしで警護任務を行っていたようだ。
そんな真面目な先輩に、こんな揚げ菓子等見つかってみろ。完全に没収された挙句、ジワリとした声で嫌味を言われるに違いない。
「……全財産をはたいて買ったお菓子だ。絶対に没収される訳にはいかない。そう、仲本聡志は背中を壁側へと向けると、テザーからお菓子を隠した」
「……おい、ちょっといいか」
「へ?」
口の中でセルフ語り部をする俺に、酷くしっとりした声が響く。もちろん声の主はテザー先輩だ。
「少し、こっちに来い」
「……はぁ」
いつもに増して声の余韻に残る色気が強い。多分だが、先輩も疲れているのだ。この色気は、疲労から来るものに違いない。
俺はイーサの部屋から大分離れた廊下の端まで、先輩の後ろを付いて行った。一体何の用だろう。
「おい、お前。どうやって王子に取り入った?」
「は?」
「こうして俺も部屋守に立ってはいるが、王子はお前以外の時には何の変化もない」
「へぇ」
テザーの言葉に、なんとなくそうだろうとは思っていたイーサの態度が、現実として目の前に付き付けられた。
先輩はチラとイーサの部屋の扉を見ると、不可解だと言わんばかりの表情を浮かべる。
一体この先輩は何をそんなに訝しがっているのだろうか。そんなの、当たり前じゃないか。
「話した事もない、仲良くもないヤツに親し気にするヤツなんか居ないでしょ」
「話した……!?おい、お前!イーサ王子の声を聞いたのか!?会話をしたのか!?」
先程まで細目られていた目が、突然カッと見開かれる。ついでにガシリと肩を掴まれるモンだから、俺の背後に隠していた紙袋が、カサリと音を立てた。
「おい、早く答えろ!話したのか!?」
「えっと、声を聞いた訳ではなく……ただ、扉を叩いて交流を図っているというか……なんというか」
「扉を、叩く……だと?」
「はい。回数とか、叩く音の調子とかで……なんとなく伝えたい事も分かりますし」
「……そんなもの、簡単に分かってたまるか」
先輩は、どこか吐き捨てるように言うと、掴んでいた俺の肩からスルリと手を離した。
どうやら、怒っているようだ。そのまま先輩は、見開いていた目をスッと細め、刺すような視線を容赦なく俺に向かって投げかけてきた。
「こんな人間風情に取り入られるとは……それでも、あの賢王と謳われるヴィタリック王の嫡男か。嘆かわしい」
「……は?これって、王様の長男である事と、何か関係あるんすか?」
「っは。お前。何も知らんと言った顔をして、よくもまぁ上手く王子に取り入ったものだ。何を企んでいる?あんな王位継承権の剥奪されかけた王子でも、お前のような下々の人間からすれば、利用のし甲斐もあろう」
テザー先輩の言葉に、俺は思わず腹の底がフツリと何か熱いモノで波立つのを感じた。
「あ?テメェ、今なんつった?」
一気に消え失せる敬語。
だが、今や俺にとっては、目の前に居るこの男が、先輩だとか、美しいエルフだとか、そんな事は一切関係なくなっていた。
「なんだ、お前。俺に立てつくのか?」
「そうだ。俺はお前に立てつくんだよ。このクソエルフが」
「……ほう?」
その瞬間、先輩の手には鋭い氷の氷柱のようなモノが握られていた。どうやら、氷がテザーのマナの属性らしい。多分、氷突尖という氷の初期魔法だ。ここで初期魔法を選ぶあたり、一応、手加減をしてくれて……
「はっ!?あっぶね!」
いなかった。
ヒュンと空気を切り裂く音が俺の耳に響く。
先輩の手に握られた細い氷柱は、俺の右目に向かって容赦なく突き出されたのだ。それを、火事場のバカ力で得た防衛本能で、間一髪、避ける事に成功した。
ただ、あと一瞬反応が遅ければ、俺の目は確実に、あの鋭利な氷柱で貫かれていた事だろう。
「お前っ!?サイッテーだな!?」
「何がだ」
「いま!目!目ぇ刺そうとしただろ!?ありえねぇ!口喧嘩でソッコー手ぇ出してくるヤツが一番サイテーだからな!?マジで人間見たわ!」
「人間を見る……?俺を、お前らのような下等な人間と一緒にするな」
「ウッザ!ここの“人間”は人間性の事を指してんだよ!?」
「人間、性……どちらも同じ事じゃないか」
「あ゛――っ!ウゼェ!」
俺はテザーから数歩後ろへと下がる。いや、また同じように氷で目をブッ刺されそうになったらたまらないからだ。
しかし、そのせいで先程まで背中に隠していた揚げ菓子の袋が、バサリと俺とテザーの間に落っこちた。
「……ほう。今度はこんなモノを持って来たか。人間。お前も、王子に取り入るのに必死という訳だな」
「うるせぇっ!これはその為に持って来たんじゃねぇよ!俺のおやつだ!」
嘘だ。
美味しかったから、イーサにも食べさせてやりたかったんだ。本当なんだ。
「もういい。やはり人間の考える事は浅はかだ。あんな王子に取り入っても、無駄だという事を知れ」
「何だよさっきから!取り入る取り入るって!お前らイーサを何だと思ってるんだ!?」
-------なぁ、イーサ。お前、甘いモン好き?俺は好き!
そう、俺が初めてイーサにした質問。それに、イーサは一回だけ戸を叩いて応えてくれた。そう、一回だけだ。
コン。
-------すき。
そう、言ってたから。
百年も部屋から出てないのであれば、食べた事がないかもと思ったんだ。食べてみたら美味しかったから。イーサにも食べさせてやりたいと思った。イーサが喜ぶだろうと思ったから。だから、だから――。
本当だ。
『お前、どうやって王子に取り入った?』
こんな世界で、イーサはずっと一人だったんだ。
「王子を何だと思ってるのか……か。お前、面白い問いをしてくるじゃないか。じゃあ逆に問おう。お前は、百年もの間、自らの職務を放棄し、閉じこもっておられる……あの尊い御方を、“何”だと思っている?」
先輩の問いかけが、俺の荒れ狂った嵐の海のような腹の底に、ストンと落ちる。
俺が、イーサを何だと思っているかって?
「…………」
俺の呼吸音だけが、周囲の空気を震わせる。
俺にとって、イーサは――。
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「イーサ。俺だ」
テザー先輩と別れた後、俺は落とした揚げ菓子の袋を持って、イーサの部屋の前へと立って居た。
声をかけた瞬間、扉の向こうからは軽快な足音が響いてくる。その足音で、イーサのご機嫌な様子がうかがえる。もう、音だけで、俺は全部わかっちまう。
コン!
「今日も元気で何よりだな、イーサ」
そう、イーサは突然現れた“人間”の俺なんかに、こんなに嬉しそうに近寄ってくるような王子様なのだ。
でも、それはきっと俺が“特別”だからじゃない。
「……イーサぁ」
俺は手に持っていた揚げ菓子の入った紙袋に、クシャリと力を籠めると、そのまま額をイーサの部屋の扉へとくっつけた。
こん、こん。
そして、イーサもきっと同じだ。俺のこの声で、イーサは俺の様子がいつもと違う事に気付いたのだろう。
戸を叩く音に、戸惑いと気付かわしげな様子が窺い知れる。こんな事まで分かるなんて。俺、キモ過ぎだな。
でも、だって、やっぱり会った事もないイーサの顔が、俺には見える気がするんだ。
「俺さぁ、ずっと」
俺は“特別”ではなく。イーサは頑なに扉を閉ざしていた訳ではない。
「……ずっと。お前に、なりたかったんだぁ」
誰も、イーサの扉をノックしなかっただけだ。
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