【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
49 / 284
第1章:俺の声は何!?

39:呼ばれた名前

しおりを挟む


「家族も周囲も、十三番目の俺などに、欠片も期待していないからな。他の兄弟は、もっと有力な王子の側仕えを命じられているにも関わらず、俺ときたら……。あんな引きこもり王子の側仕えとして、こうして無理やり兵役に付けさせられる始末。これでは、夜遊びの一つや二つ、許されて然りだろうよ」
「……おい、あんなとか言うな。イーサはこの国の王様になるヤツだぞ」

 テザー先輩のあんまりな言い方に、俺は思わず眉を顰めた。何故だろうか。最近、イーサを軽んじられるような事を言われると、本気で腹が立ってしまうのだ。

「……お前、それを本気で言っているのか」
「本気だよ」
「その根拠は」
「根拠って言われても……」

 だって、そういう風にゲームが作られてたし。
 とは、さすがに言えなかった。どうせこんな事を言っても信じて貰えないのは分かっている。ましてや俺は人間だ。頭がおかしいと思われて終わりだろう。

「……別に、根拠なんてねぇけど。ただ、そう思うだけというか、何というか」
「ハッキリしないんだな。お前にしては珍しいじゃないか」
「……」

 ハッキリと言葉に出来ないせいか、喉に何かの膜を張ったように、声がくぐもってしまう。あぁ、こんなモゴモゴとした声は気に食わない。自分で聞いててウザったいったらない。
 そんな俺の態度に、テザー先輩の訝し気な視線は、更に強くなった。

「……お前が根拠のない自信で、イーサ王子の王位継承を信じているのは分かった。まぁ、通常であれば、嫡男のイーサ王子が継承するのが順当ではあるからな。しかし、とは言っても……今やアレだぞ」
「だーかーらっ!あんなとか、アレとか、」

 言うなって!
 そう、ハッキリと口にしようとした俺の言葉は、テザー先輩の真っ直ぐな瞳によって、ピタリと止められてしまった。何故だろう。テザー先輩の纏う雰囲気が一気に鋭く変化したのが分かった。

「サトシ・ナカモト。お前は、一体何が目的だ」
「……え」

 突然、名前を呼ばれた。
 それは、最初にイーサの部屋守を任じられて以降、本当に……初めて、俺のフルネームが他人に呼ばれた瞬間だった。

「ぁ、えっと」

 言葉が詰まる。
 何故だろうか。ただ、名前を呼ばれただけなのに、それまで「人間」と、種族でひとくくりにして呼ばれていた時には感じる事のなかった、存在ごと射抜かれるような鋭い感覚へと陥る。

 あぁ、これでは逃げられない。誤魔化せない。

「目的を言え。そうでなければ、さすがの俺も見過ごせない。いくら王位継承の可能性が糸よりも細い可能性しか秘めておらずとも、イーサ王子に取り入るのは、この俺だ。それこそが、……ステーブル家の八男という、期待も希望も持たれぬ俺に課せられた唯一の“役割”だ」
「……取り、入る」

 その、ずっと俺の中に残っていた嫌な言葉が、再び俺の芯に木霊した。俺は、イーサに取り入ろうとしているのだろうか。取り入って、宝石や高価なモノをもらって、良い気分にでもなりたいのだろうか。

 なぁ、どうなんだ?俺。

「あぁ、そうだ。これまでは、俺が無理にイーサ王子に取り入らずとも、それはそれで問題はなかった。他の貴族や軍家は、既にイーサ王子を完全に見限っている」
「……そんな」
「しかし、此処に来て状況が変わった。いや、変えられたといっていい」
「……」
「サトシ・ナカモト。お前によって」

 周囲の喧騒が、酷く遠くに聞こえる。
 夜の繁華街だ。本当は物凄くうるさい筈なのに、俺の耳には、テザー先輩の声が鋭く突き刺さって抜けない。まるで、氷の氷柱が、鼓膜に付き付けられているような気分だ。

「誰の……いや、どこの家の差し金だ?返答によっては、此方も対処の方法を考えなければならない。いくら期待などされずとも、俺にもステーブル家の男児としての……最低限の自負くらいはある」

 どうやら、テザー先輩が最近になって、異様に俺に絡んできていた理由はコレらしい。つまり、俺がステーブル家と敵対する勢力の差し金である事を危惧しての事だ。
もし、自分より先に、俺がイーサに取り入って、万が一にでも貴族間の勢力図を塗り替えられては堪らない、と。

「そういう事か」
「お前の口から語られる言葉が、ウソでも本当でも。まずは、サトシ・ナカモト。お前の、答えを聞かせてもらう」
「……おれ、は」

 あぁ、なんだ。コレ。声が、震える。
 多分ここで、こんな事を思うのは、本当は間違っているんだと思う。おかしな事だと思う。けれど、仕方がない。止められないんだ。

「あぁ、なんか……そうだな。そうそう。うん。仲本聡志は、思った」
「おい。だから、急に小声になるな。聞こえないだろうが」

 俯く俺に、テザー先輩は更に訝しがると、随分と高い位置にあったその顔を屈ませ、俺の顔を覗き込んで来た。
 いや、見るなよ。だって、俺、今。

「……なんだ、その顔は」
「うるせぇな……し、仕方ねぇだろ。う、嬉しいんだよ!」
「は?」
「……名前を!呼ばれたのが!嬉しかったんだよ!悪いか!?」
「っ!」

 物凄く、変な顔をしている。
 自分で分かる。今の俺の顔は、きっと酷いモノなのだろう。表情が、上手く作れない。ニヤケそうになる口元とは反対に、泣きはしないまでも、目元は感極まってヒクヒクと動いてしまう。

「……お前、なんで」

 テザー先輩の顔を見れば分かる。なにせ、これまでに見た事のないような顔で、俺を見ているのだから。

「アイツと、同じことを。……人間、だからか?」

 アイツ。
 アイツとは一体誰の事だろう。人間だからか?とは一体どういう意味だ。あぁ、分からない。まったく、俺はこの世界で、本当に分からない事だらけだ。

 仕方ないだろう。なにせ、俺は自分の事すらよく分かっていなかったのだから。
 名前を呼ばれて、こんなにも喜んでしまう自分も。イーサに対して抱いている自分の気持ちも。

「テザー先輩、俺……イーサに」

 そう、俺が俯いていた顔を上げようとした時だった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ同盟

kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。 魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...