84 / 284
第2章:俺の声はどう?
72:嫉妬の痛み
しおりを挟む『ソラナは絶対に私が守るわ』
『だったら、ポルカは私が守る。敵は全員皆殺しよ』
『ソラナは、すぐそうやって殺そうとする』
『ポルカだって、すぐ死のうとするじゃない』
そう、物騒な事を囁き合いながら、二人は笑い合った。本気のような冗談。冗談のような本気。どちらなのかは分かりかねる。
けれど、ポルカは、どんなにソラナから『死なないで』と言われても、何かあったら死ぬ覚悟は、いつでも出来ていた。
ポルカは、人間の慰みモノとして国外輸出される寸前の商品孤児だった。それを、間一髪。ソラナの政治政策のお陰で事無きを得たのだ。
しかも、ソレだけではない。人身売買の商品だった孤児達に、ソラナは働き口まで用意した。特に、女の子達はソラナが直々に召し上げ、王宮での仕事を与える所まで面倒をみる慈悲っぷり。
------このまま放り投げたら、同じ事の繰り返しよ!望む者は、全員王宮に来なさい!私がまとめて面倒見てあげる!
それもこれも。ソラナの「女の子は全員私が救う」という、強い意思がそうさせていた。彼女は、エルフの国で、未だ蔑ろにされがちな“女”と言う生き物に、名実ともにきちんと権利を持たせたいと思っているのだ。
--------ソラナ姫。私は、貴方の為に死にたい。
だから、助けられたポルカはソラナの為に命を使うと決めている。親も、学も、経験も無く、そして女でしかないポルカに、ソラナは全てを与えてくれた。
しかし、それはポルカに限った話ではない。
この王宮にはソラナによって助けられ、生きる希望を与えられた女達が数多く存在する。それ故、この宮の女の殆どがソラナの盾だ。ポルカもその一人に過ぎなかったのだが。
いつか“ソラナ姫”の側でお仕え出来たら、と必死に働いていたら、いつの間にかこんな風になっていた。
-------可愛いと思ったら、貴方、きっと化けたら私ソックリになるわ。私の剣になる気はない?
少しでもソラナの為になればと、日々ドロだらけで働いていたポルカに、遠い窓の上から、声を掛けられた。
それが、全ての始まりだった。
『あぁ、そうそう。ポルカ?私、明日は出立の儀の演説を頼まれているの。嫌だわ。たくさんの男達の前に出るなんて。どうせ皆、私の胸とお尻しか見ないのに』
『代わる?』
『いや!ポルカの胸とお尻が見られる方がいや!』
『べつに私は気にしないのに』
『私が気にするの!いい?ポルカ!絶対に男なんかと仲良くなったらダメよ!アイツら、見た目は羊でも中身は狼なんだから!』
ソラナの言葉に、ポルカは一瞬頷くのを躊躇った。脳裏に浮かぶ人物が、頷くのを邪魔したのだ。
-------昨日、喉痛かったのか?ちゃんと、うがいとかした方がいいぞ。せっかく良い声なんだから。
誰にも気付かれた事などなかったのに、あの人間の男はすぐに気付いた。すぐに、“ポルカ”を見つけた。
ソラナの為に生きると決めて、ソラナ以外の前では“ポルカ”は殺したつもりだったのに。それなのに、気付かれた。
それが、ポルカには少し嬉しかった。
『羊で、羊も居るかもしれないわ。ソラナ』
『居ないわよ!そんなの!油断したらダメ!男は全員ケダモノ!男となんて仲良くなったらゼッコーよ!』
『うん』
そう言って再び自身に抱き着いてきたソラナに、ポルカは頷くと自分もソラナの背中に手を回した。何があっても、自分にはこの人が唯一無二なのだと噛み締めながら。
『ふふ』
『うふふ』
クスクスと笑い合う二人の間で揺れるネックレスが、ほのかに温もりを帯びた。
これは、ポルカにとって、自分がソラナの所有物である尊い証だ。しかし、ソラナにとっては意味が違うのだという事を、ポルカはまだ知らない。
------ポルカ。私は貴方のモノよ。
王族が他者に一生に一度贈る事の出来るネックレスという契り。
ソレの意味するところは――与え、与えられた者同士でも、口に出さねば大いにすれ違うモノなのであった。
-----
--------
------------
シャキシャキという、挟みを通す音が止まない。
先程から、ずっと止まない。
「イーサ王子。後ほどソラナ姫に、ヴィタリック王がお亡くなりになられた事をご報告してまいります」
「……ふむ」
止まらない。一切止まる気配を見せない。パラパラと切って床に落ちた髪の毛が、風に乗ってマティックの足元に流れてくる。
「貴方の次に報告するとするならば、彼女をおいて他にない。姫は聡明でいらっしゃいます。今後の王政にも協力して頂きましょう」
「……ふむ」
マティックは、此方をチラリとも見ずに鋏を動かし続けるイーサに対し、少しだけ焦りを覚えた。
体を巻き付けられる程長かったイーサの髪の毛が、今や首筋が全てさらけ出される程に短くなってしまっているのだ。一瞬、それだけで誰だか分からなくなってしまう程の変化だ。
「……イーサ王子。髪、切り過ぎです。もうそれ以上は、お止めください」
「もう少し、もう少し」
「止めなさい!どうするんです!そんなに切って!戴冠式の時に格好がつかないでしょう!?」
「でも、此方の方が楽だ」
どうやら、短い髪が酷くお気に召したらしい。そりゃあそうだ。イーサは王子として、これまで髪の毛を短くした事など一度もなかったのだから。窓から入り込んでくる風が、首筋にダイレクトに当たる感覚に、イーサは心地よいとばかりに目を閉じた。
「良い気分だ。サトシの髪が短い理由が分かったぞ。気持ちいいからだな。これでお俺も、サトシと揃いだ」
「あぁもう。戴冠式にはカツラが必要ですね……」
未だかつて、こんなに髪の毛の短かった王は存在しない。
なにせ、髪の長さとマナの保有量は相関関係にあるのは周知の事実だ。髪が短いというのは、それだけ保有できるマナが少ない事を意味する。王として、髪の長い事こそ、権威の象徴なのに。
「……あぁぁもう!サトシ!サトシを呼べ!きっとこちらの方が良いと言う筈だ!」
「黙らっしゃい!もう彼は今頃、出立式の最中です!もうそろそろ大いなる実りへと向かう頃合いですよ!」
「お前は、そうやって小言ばかり言って!マティック!だから、お前は嫌いなのだ!」
「甘やかしてばかり居たら、貴方は愚王になるでしょう!」
「お前の父親は、全部!我が父に従っていたではないか!」
「それは表だけです!宰相が、表立って王を否定など誰がしましょうか!裏ではそれはもう二人は凄まじい議論の毎日だったのです!貴方は知らないでしょうが……」
そう、マティックが更にイーサに向かって言い募ろうとした時だ。イーサの目が大きく見開かれた。その様子に、マティックは尋常ならざるモノを感じると、黙ってイーサの動向を見守る。
「……まったく、サトシときたら」
「イーサ王子?」
その瞬間、イーサはそれまでの幼い喋り方をガラリと変え、髪が長かった頃の癖だろう。前髪をかきあげるような仕草で、天井を仰ぎ見た。
「離れた途端、俺以外に現を抜かすとは……これは、ご褒美ならぬ……お仕置きが必要なようだな」
「……あぁ」
イーサの言葉に、マティックは理解した。きっと、今頃あの人間には、ネックレスから与えられる激痛に叫び声を上げている頃だろう、と。
「嫌だ嫌だ。何が、王族からの信頼と寵愛と、唯一無二の証だ。ただの首輪の形をした拷問具じゃないですか。うえうえ」
うえ、うえ。
と、やはりわざとらしくえずきながら、マティックは、どこか苛立たし気な雰囲気を醸し出すイーサを横目に見た。
「よしよし。サトシ。お前は他など見なくていい。“イーサ”だけ見ていればいいのだ。一体何を見てそんなに胸を高鳴らせたのか……夢で聞いてやらないと」
「……うえ」
あのネックレスは、本当に気持ちが悪い。
相手の全てを監視し、行動を見張り、感情すらも筒抜けにする。王族の執着と独占欲を具現化した首輪。
あのサトシと言う人間がこの事実を知っているのかは定かではないが、このネックレスの気色の悪い所は、そのモノと特性でだけではない。
-------そんなに、痛いならソレを外せばいいだろう。今なら外せるようにしてやった。どうだ。外しても、私は咎めぬ。さぁ、外せばいい。外せ!
-------馬鹿を言え。この痛みがいいんじゃないか。お前が妬くから、わざとしているんだ。すまなかったな。ヴィタリック。
痛みすら、心底気持ち良いとばかりにウットリとする……あの男は。
「……最高に、気持ち悪いですよ。父上」
付けられた方も、大概気持ち悪いという事だ。
「……すみません、王子。少し顔を洗ってまいります」
「勝手にしろ」
マティックは、先程のイーサの様子をきっかけに思い出した、自身の父と前王のアレコレに大いなる吐き気を催した。催して「うえ」と、再び本気でえずくと、急いでイーサの部屋から飛び出した。
飛び出した瞬間、美しいイーサの髪の毛がフワリと風に舞い、キラキラと太陽に照らされたのであった。
41
あなたにおすすめの小説
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
落ちこぼれ同盟
kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。
魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる