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第2章:俺の声はどう?
90:サトシの癇癪
しおりを挟む毎日、毎日。
夢を見るんだ。
『…また、ここか』
何の夢かって?そりゃあ、イーサの夢を、だ。
起きたらスッカリ忘れちまうのに、眠ると、これまでの夢の事も全部思い出す。いつも始まりは王宮の中庭の小道。
イーサの部屋守の時に必ず通る場所だ。
『イーサ』
誰かに何かを言われた訳でもないのに、俺はイーサの部屋へと向かう。俺が行きたいから行く。早くイーサに会いたくて、俺は、王宮の、誰も近寄らないあの部屋を目指す。
『いーさぁ』
コンコン。
あの大きな部屋の扉を、何の躊躇いもなくノックする。俺の声は、細くて、高くて、そしてユラユラだ。
だって、俺は夢の中じゃ、普段の俺とは全然違う姿をしているのだから。
『開けて―。オレだよ。サトシだよー。あそぼー』
俺は、夢の中では子供だ。八歳の、幼い子供の姿をしている。
『イーサぁ、イーサってばー!』
それもこれも、全部イーサの仕業だ。
『サトシは癇癪が下手くそだから、上手に癇癪を起せるように、魔法をかけた』と、そんな訳のわからない事を言って、イーサは俺を子供の姿にした。だから、俺は夢の中では、いつも子供特有の高い声で、イーサを呼ぶ。
まぁ、夢だから何でもアリだ。
ガチャリ。
イーサの部屋の扉が開いた。
『イーサッ!』
俺は、扉の先に現れた、その大きな体に勢いよく抱き着いた。濃い太陽の匂いがする。どこか、懐かしい気持ちになる匂いだ。
『イーサぁ』
いつもは絶対にこんな事はしない。夢の中だから、子供の姿だから、出来る。甘えられる。そして、抱き着いた体から顔を上げると、俺の視界は、いつもぼやけて何もまともに映せないのだ。
『どうした?サトシ』
イーサの低くて落ち着いた声が、俺の耳元で聞こえる。その声を聞くと、俺は安心して、より一層視界がユラユラになるのだ。もう、イーサの顔なんて全然見えない。
『い゛―ざぁ』
ここ最近、俺はずっとイーサの前で泣いている。
『サトシ、今日も上手に癇癪を起せそうか?』
『う゛んっ』
『さて、じゃあイーサの癇癪より上手か、ちゃんと見てやろう』
『うえぇぇえぇっ!』
夢から覚めると、いつも忘れてしまう。
俺は夢の中で、いつもイーサに癇癪を起して泣いている事を。
「いーさ……」
「……サトシ、また泣いてる」
そう小さく呟いて、ポロリと涙を流す俺の姿を見ているのは、きっとエーイチだけだ。俺すら知らない。なにせ、起きたら忘れる。涙の痕も消えてなくなる。
「いーさぁ」
でも、起きるといつも俺はイーサに会いたくて仕方がない。会いたいというその残滓だけは、明確に残る。
俺が初めて夢の中で泣いた日。
それは、ナンス鉱山に来て、たった三日目の出来事だった。
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