【完結】俺の声を聴け!

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第2章:俺の声はどう?

124:誓いの口付け

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『イーサに誓いの口付けをしろ!』
『っ!?』

 “口付け”という、あまりの前後脈絡のない提示された条件に、俺は目を瞬かせた。そんな俺に、イーサはどこか得意気な様子で続ける。

『人間は何かを誓う時に口付けをするのだと、本に書いてあった!それに、口付けは本当に特別な者にしかしないらしいじゃないか。だから、それをイーサに此処でしろ。そうしたら、サトシにとってイーサが特別だと信じてやる』
『……』

 口付け。つまり、キスだ。
 俺は目の前にある、形の良いしなやかな唇に目を奪われながら、ヒクと喉の奥が緊張で鳴くのを聞いた。

『なんだ?出来ないのか?じゃあ、さっきの言葉も嘘なんだな』
『!』

 イーサの艶のある唇がツンと尖る。その、若干あざとさすら感じる仕草に、俺はとっさに首を横に振った。

『じゃあ、早くしろ』
『――――』
『誓いはこうだ。もう約束は破らない。イーサが一番。イーサより親しい者は作らない。いいな?』

 何やら、徐々に要求が増えている気がする。
“本当に特別な者にしかしない”そして“誓い”を立てる行為。
 それが、それがキス。口付け。

『……っ、っ』

 ドンドンドンと、体の中に激しい動悸が響き渡る。
 俺は金弥からしてもらった事はあるが、自分からした事など、そんなの一度だってなかった。いつも寝たふりをしていたから、金弥がいつもどうしていたかも分からない。

 そうやって、キスの仕方が分からず焦る俺に、とうとうイーサが我慢の限界を迎えた。

『……もういい。サトシにとってイーサは特別じゃないんだ』

 そんな、底の抜けたような悲し気な声が、耳元に響いてくる。更に、身をよじり俺から離れようとしてくるではないか。


-------サトシはオレの事なんて……、きん君の事なんて、どうでもいいんだ。


 その声は、イーサであり、金弥でもある。俺は昔からこの“声”に、


(どうでもよくない。もう、離れたくない)

 死ぬほど弱かった。

「……ぁ」

 気付けば、俺はイーサにキスしていた。
 やり方は分からなかったが、分からなくてもどうにか出来た。唇と唇をピッタリ合わせればいいんだ。

 たぶん、それでいい筈。

『……は?』

 イーサの呆けたような顔が、俺の視界全体に映り込む。
 少し考えれば分かりそうな事なのに、よくこんな遠くまで逃げて来たもんだ。

(俺は不器用なんだ。好きでもないヤツと、キスなんて出来ねぇよ)
『……ほんとうに?サトシはイーサが好き?一番?唯一?絶対に?』

 まるで雪崩のような怒涛の勢いで、イーサが俺に尋ねてくる。本当だよ、と答える為に、俺はもう一度イーサにキスをした。
 今度はさっきよりも、なんとなく上手く唇同士を合わせられた気がする。こんなの、慣れれば簡単だ。……多分。

『ん、んぅ……っは』
『――っ』

 一度目よりも、少し長く。
 多分、ずっとイーサの前では、八歳の子供として過ごしてきたからかもしれない。
 この世界だと、俺は心のままに振る舞える。

------いーさ!オレの話、きーて!
------あぁ、もちろんだ!

 ずっと、この中で、俺の我儘を許してくれたイーサのお陰だ。

(……でも、普通に恥ずかしいな。キスって)

 息もいつしたら良いかよく分かんねーし。
 そういえば、俺、最後に歯磨いたのって何時だっけ?

 俺にとって、これは“自分からした”初めてのキスだ。
 正直、寝たフリをしていた時のソレとはワケが違う。そう思うと、見て見ぬフリをしていた羞恥心が、徐々に頭をもたげてくる。

(もう、そろそろ……いいよな?)

 そう、地味に熱くなる体にイーサの唇から体を離そうとした時だった。

『――っ!!?』

 イーサの腕が俺の体を驚くほど強く抱きしめて……いや、これは抱きしめると言った生易しいレベルの行為ではない。
 羽交い絞めにしてきた。しかも、後頭部はイーサの掌によってガッシリと固定されている。そのせいで、唇を離す事が出来ない。

『っふ、ん』
『――っ』

 俺の耳元で、唾液の交じり合う生々しい音が響く。
 ちゅっ、ちゅっと最初は可愛らしい音だったモノが、そのうち、イーサの舌によって俺の口の中を蹂躙する音へと変わる。

 そして、そこからが俺の地獄の始まりだった。

(――んん!??)

 苦しい苦しい苦しい!
 イーサの舌が逃げる俺の舌を追いかけて、捕まえて、挙句の果てには勢いよく吸い付いてくる。

 待て待て!余りにも必死に吸い付かれ過ぎて、舌が痛い!本気で根本からぶち抜かれそうだ!怖い!それに歯も当たって痛い!歯!歯!歯の立て方!!そんな事をしたら、口の中も舌も切れるだろうが!

 正直、俺も経験なんて無いから偉そうな事は言えないが、コレだけはハッキリと分かった。


(イーサ!お前!キス下手だな!?)


 目を開けてイーサを見てみれば、目に映ったイーサはともかく必死だった。目を瞑るその顔はお綺麗なのに、必死さのせいか何とも形容し難いモノになっている。
 言うなれば、今のイーサは完全に自分の本能にのみ従う思春期男子のソレだ。

 衝動だけで、俺の事を全く見ていない。

(まさか、イーサってキスが初めて……っつーか!)

 痛い。口も、体も。全部が痛い。
 しかし、それを伝える声が、今の俺には無い。でも、多分声が出せてもきっと、それは伝えられなかっただろう。だって、イーサは最初に俺の口に吸い付いて来てから、一瞬たりとも口を離そうとしないのだ。

(童貞なのか――!?)

 そう、俺が頭の片隅で思った時には、意識は完全に遠かった。締め付けられ過ぎて潰れそうな体。離して貰えない唇。
 おまけにイーサの下半身は、完全に反応しきって快楽に従うように俺の下半身に押し付けてきている。その腰の動きすら、どこか幼く拙い。完全に、童貞のソレだ。あぁ、もう色々ついていけない。

 でも、まぁ。確かにそうか。
 そうだよな。だって、イーサって――

(百年も部屋に引きこもってたんだった……)


 その答えに辿り着いた時、俺はイーサの腕の中でガクリと意識を失ったのだった。


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