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第3章:俺の声はどうだ!
155:憧れの人
しおりを挟む「――な、――か」
「――だ!――い――!!」
うぅ、うるさい。それに、なんかあつぃ。みず。みず飲みたい……。
なんだか、妙に周囲が騒がしい。ぼんやりする意識の中、瞼の上から感じる光に身をよじる。体中が熱くて仕方がない。喉が渇いた。水が欲しい。
「み、みず……」
「水か、分かった」
あれ?待てよ。何だ。今の声。どこかで聞いた事がある。いや、どこかってレベルの話じゃない。この声は、
「キミ、起き上がれるか?」
「……なか、さと。さん?」
「まったく、大分酔っているな。これからは自分の飲める酒の量をきちんと把握して飲みなさい」
聞こえてきた声は、なんと、あの中里譲さんの声だった。
飯塚さんの盟友であり、【セブンスナイト3】では、国王ヴィタリックの腹心の部下カナニ役を演じた、あの、俺の憧れの声優の一人。
「なか、さとさん。なんで、ここに」
「まだ言っているのか。いいから、まずは起きて水を飲みなさい」
あぁ。この声質は“カナニ”だ。間違いない。貴族的で品があり、凛としてて、知的で甘い。
「う、うぅ」
ゆっくりと背中を支えながら体を起こしてもらう感覚。同時に、薄目程度にしか開いていなかった目を、俺はハッキリと開け放った。安っぽい人工的な光が一気に俺の視界を覆う。眩しい。
「ほら、」
「はい」
ぼやける視界の中、何かを差し出されたようなので、ひとまず両手を出して受け取ってみた。ヒヤリとした感触。その瞬間、ソレが水の入ったコップだという事が分かった。
あぁ、そうだ。俺は喉が渇いていたんだった!
「んっ、んぐ」
「落ち着きなさい」
もう考える間もなく、受け取ったコップを口へと添える。口の端から水が零れるのもお構いなしに、俺はコクコクと喉を鳴らし続けた。
やっとハッキリとした視界で周囲を見渡すと、そこに居たのはカナニではなかった。カナニではないが、この声は間違いなく“中里さん”の声だ。
「ぷはっ!」
「まるで小さな子供のようだな」
「ありがとう、ございます」
喉の渇きも癒え、俺はぼんやりと水をくれたエルフの顔を見つめた。いや、顔を見ているというより“声”を見ていた、という方が近いかもしれない。
やっぱり!やっぱりやっぱり!中里さんだ、中里さんの声だ!
「サトシ!起きたのか!」
「あらあら、逃げる気ですかー?」
「あーもう!ウルサイ!ウルサイ!お前は本当にウルサイ!」
いや、お前がうるさい。
そう、俺が声のする方を見てみれば、そこに居たのはキンと知らない男の人だった。あれ?なんでここにキンが?あと、この声はマティックかと思ったのに。
あれ?あれれれ?俺って、今まで一体何をしてたんだっけ?というか、此処はどこだ?
「おい、大丈夫か。サトシ」
「ポチ!俺達が誰かわかるか?」
更に増える声。こっちは声と頭の中に浮かぶ名前が、きちんと一致した。
「シバ、と。ドージさん」
「おう、そんくらいは分かるみたいだな」
「いや、その顔はまだよく分かってねーな?」
「……えっと、おれ、きょう、ばいとのシフト、入ってましたっけ?」
あれ?バイト?シフト?なんだっけ?あれ?
「ダメだこりゃ。まだ頭イカれてやがる」
「おい、ポチはそんなに飲んだのか?」
「水割りを三杯」
「たったそれだけでコレか!コイツ、酒はてんでダメってわけか」
シバとドージさんの会話を聞きながら、俺は空になったコップをぼんやりと見つめた。すると、再び俺の耳をジンとさせる良い声が響いてきた。
あぁ、中里さんの声だ!
「君は、部隊の仲間達と酒を飲みに来ていたんだ。そこまでは覚えているか?」
「あ、そっか。俺は……みんなと、酒を飲みに来たんだ」
「そうだ。そして、君は皆の前で様々な“お話”をしていたな。その部分はどうだ?」
「……あ、はい。覚えてます。楽しかったです」
思わず感想が漏れる。うん、ハッキリ覚えている。あのお話会はとても楽しかった。
中里さんの奥に微かな震えを帯びたような甘い声に尋ねられながら、俺はじょじょに記憶が蘇ってくるのを感じた。そうだ。ここは【セブンスナイト】の世界で、今日は部隊の皆と打ち上げをする為に、ドージさんの店に来たんだった。
そうだ、だから。
「サトシ?大丈夫か?」
「イーサ?」
「そうだ、イーサだぞ!」
金弥の姿をしてはいるが、俺の元に駆け寄ってくるコイツも……金弥じゃない。イーサだ。
「まったく、姿を変えている癖に。もう、正体を隠す気はゼロですか」
「いいんだ!もう皆は帰った!」
「まだ彼が居るでしょう?」
そう言って見慣れぬ姿をした男が目を向けた相手はシバだった。その視線に、シバは欠片も意に介した様子はみられない。
「もういいんだ!だって、サトシがイーサをイーサと呼ぶんだぞ!そうしたら、俺はイーサなんだ!」
「またワケの分からない事を」
ゴチャゴチャだった頭の中が、少しずつ整理されていく。まるで、絡まった糸がスルスルとほどけて行くように。そして、それをしてくれたのが、
「そうか、色々と思い出してきたか。ならば、」
「……」
この中里さんの声だ。
「君は一体何者だ?」
中里さんの、凛と痺れるような声が、ハッキリと俺へ向けられる。まるで、アニメの一場面のようだ。
「君はどうして、歴史書に正式に記録されているわけでもない“あの”戦いの事を知っている?人間の君が、あの戦場に居たワケではあるまい?誰かに聞いたのか?それにしては余りにも詳細過ぎる。本当に現場に居合わせたようだ」
「……えっと」
「父上。今のサトシに聞いても、まともな答えなど返ってきませんよ。しっかりしてください。時間の無駄です」
中里さんと俺の間に、先程シバに視線を向けていた若いエルフが割って入る。見慣れない姿をしているが、声や喋り方には非常に聞き馴染んだモノがある。
そう、これはもう完全に。
「マティック?」
「ええ。酔っ払いの癖に、よく気付かれましたね」
「……待って。父上、という事は。あれ?この人は、マティックのお父さん?」
「そうですが、何か?」
何て事のないような顔で返された言葉に、俺はその瞬間、体中が沸騰するかと思った。
「も、もしかして。か、か、カナニ?カナニ!?」
「そうだが。君のような若造に、呼び捨てにされる謂れなどないと思うのだがな?」
そう、腕を組みながらどこか冷めたような目で此方を見てくるエルフの姿に、俺は慌ててその場で正座をした。
「な、生意気言ってすみませんでした!中里さん……じゃなかった!カナニさん……カナニ様!」
「おい、なんだ。急に」
「あ、あ……やっぱりそうだった。この声、中里さんで……カナニで。ヴィタリック王と幼馴染で」
「その事だが、どうして君のような人間風情が、」
「あ、あ、あの!」
「なんだ」
俺は下げていた頭を一気に上げると、その場で勢いよく片手を上げた。体が熱い。フワフワする。カナニが居る。中里さんが居る。今だったら、“あの時”出来なかった“お願い”が、出来るかもしれない。
「サトシ?なんでカナニにそんな顔をする!おいっ!イーサを見ろ!イーサだけ見ろ!」
「ちょっ、イーサ?あとで何でも言う事を聞いてやるから今は黙っていなさい!」
「むうう!」
腕にまとわりついてくるイーサを片手間にいなすと、俺は目の前の渋い様相の老エルフをジッと見つめた。すると、先程までの不信感に彩られた瞳が、少しばかり弛んだ。完全に戸惑いが不信感を凌駕している。
あぁっ、でも!
今は目の前に転がり込んできたチャンスを棒に振るワケにはいかない!
「カナニ様、一つだけお願いをしてもいいでしょうか……?」
「な、なんだ?」
ドキドキする。
激しく胸を打つ心臓の音を体全体で感じながら、俺は意を決して声を上げた。
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