【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
187 / 284
第3章:俺の声はどうだ!

169:おちゃらか

しおりを挟む

 
 
 いつの頃からか、金弥は自分の指を食べるようになった。

 食べる、と言うと語弊があるかもしれない。実際には“噛んで”いたのだろうが、幼い俺には、金弥が自分の指を食べているように見えたのである。
 
『ぁぅ、む、んぐ』
『……』
 
 また食べてる。
 そのせいで、金弥の手が、見る度にボロボロになっていった。よく見れば皮がはがれ過ぎて、ジワリと血が滲み始めている。
 
『むぐ、ぁむ』
 
 それでも金弥は、手を食べるのを止めない。
 
『……』
 
 俺は、金弥のボロボロの手を見るのが嫌だった。だって、見てるコッチが痛くなるし。そしてなにより、
 
『ん、ぅ、ぐ』
 
 金弥が辛そうだったから。俺にはそれが一番嫌だった。
 
 本当は『やめろよ!』と言って金弥の手を掴んで止めても良かったんだ。でも、そんな事をしたら金弥が余計に指を噛んでしまう事は、幼い俺でも、何となく分かっていた。
 
『したらダメ!』とか『なんでそんな事するんだ!』って言われたら、焦って余計やってしまう。金弥だって食べたくて自分の指を食べているワケじゃないんだから。
 
ーーーーーー金弥!いい加減にしなさいって言ってるでしょう!なんで、そんなにお母さんの言う事が聞けないの!?

 だから、俺は考えた。幼い子供なりに、金弥が自然と指を噛まなくなる方法を。それが――。
 
『キン!おちゃらかしよう!』
『へ?』
『手、貸して!ほら、おちゃらかしよう!』
 
 戸惑う金弥の手を取り、俺は金弥と手を合わせて“おちゃらか”をする。そしたら、金弥は手を口に持っていけなくなるから。
 
『おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、ほい』
 
 直接は言わなかったけど、その時も、俺は思ってたんだ。
『キン、おれがお前を守ってやるよ』って。
 だって、俺は主人公だし。主人公は皆を守ってるし。そうした方が格好良いし。だから、俺は……

 なんて、ウソ。
 
『……キン、また明日ー!また明日も一緒に遊ぼうなーー!』
 
 金弥が好きだから。だから、俺は金弥を怖いモノから守ってやるって決めたんだ。
 
 
        〇
 

「こう、こうする。ここで手をたたく。ここでじゃんけんをする」
「じゃんけん?」
「あー、この世界ってじゃんけん無いのか。じゃんけんって言うのは、」
 
 俺はイーサに「おちゃらか」のやり方を教えた。まさか、コレを他人に説明する日がこようとは思いもよらなかった。
 まぁ、そんなに難しい手遊びでもないし、イーサ自体モノ覚えもよかったので、すぐに覚えた。
 
「おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、ほい!……はい、これはどっちが勝った?イーサ」
「これは、イーサがグーで、サトシがチョキだからイーサの勝ち」
「そうそう。そしたら、何て言う?」
「おちゃらか、勝ったよ、おちゃらか、ほい」
「そう。完璧に覚えたな。すごいな、イーサ」
「うむ、イーサは物覚えがいいからな!」
 
 そうやって、俺とイーサは何度も何度も「おちゃらか」を繰り返した。良い大人が二人で何をやってるんだと言いたいが、コレは当事者同士が終わらせない限り永遠に続く遊びだ。
 パンパンと小気味の良い音を響かせ、イーサの綺麗な手が俺の手を叩く。少し強い。それがまさに、加減の出来ない子供のようで、少し面白かった。
 
「おちゃらか、おちゃらか、」
 
 何度目ともつかぬ「おちゃらか」を口づさんだ時、パン!と勢いよく掌を合わせてくるイーサの手を、俺はガシリと捕まえた。
 指を折り、イーサの指と自分の指を絡める。
 
「はい、捕まえた」
「ん?おちゃらかは最後、相手の手を捕まえて終わるのか?」
「まぁ、そんなトコ」
 
 テキトーな事を言う。
 ギュウっとイーサの指の間に自身の指を絡めて捕まえてやれば、イーサの手がホカホカと暖かいのを直に感じる。
 あぁ、良かった。良い感じに緊張が解れたようだ。

 そろそろ、いいだろうか。

「なぁ、イーサ?」
「ん、どうした?サトシ?」
「戦争が、怖いか?」
「……」
 
 そう、俺が何の脈絡もなく尋ねてみれば、その瞬間イーサの表情から、感情の色が極端に薄くなった。
 そして、その表情に続くのは、同じく感情の抑えられた淡々とした声だった。
 
「安心しろ、サトシ。戦争などというモノは、やるべき事の決まった、一種の外交と同じだ。情報を正しく精査し、次の一手さえ間違わなければ、何の問題もない」
「そうか」
 
 つらつらとイーサが言葉を紡ぐ。俺の捕まえた掌から、少しだけ温もりが無くなった気がした。
 
「まぁ、こちらにも不利な所が多いのは確かだが、しかし確実に戦争となれば、リーガラントの方が不利だぞ?」
「ふーん」
「なにせ、あそこは民主国家だ。なにをするにも国民や議会の顔色を窺う必要があるからな。その分、判断が遅くなるだろう。それに引き換え、うちは王権制だ。王である俺が一声上げれば、民も兵も一発で動くんだ。だからーー」
「だから、お前一人の決断が、国の命運を左右する事になる」
 
 イーサの言葉に被せるように、俺が圧倒的な事実を口にしてやる。

「……あぁ、その通りだな」

 すると、それまで温かかった筈のイーサの手から、一気にそのぬくもりが消えた。今やその手は、まるで氷のように冷たい。
 それなのに、その表情は妙な落ち着きで溢れていた。変だ。このイーサは変。

「俺の決定がこの国の命運を分ける。俺は王だからな」

 やっぱりそうだ。このイーサは、イーサじゃない。今、俺の目の前に居るのは、
 
「イーサ、俺の前で“王様“になるな」
「……なん、だと?」
「だって、イーサ。俺と話す時は、いつも自分の事を”イーサ“って言うのに、さっきからずっと”俺“って言ってる」
「っ!」
 
 イーサの口から、驚きの声が漏れる。やっぱり、無意識だったか。
 
「それに、まだまだあるぞ」
「……」
「”イーサ“なら、一人であんな風にベラベラ喋らない」
「それは、」
「なぁ、イーサ?さっきのお前は、俺を“サトシ”だって思ってなかったな?」
 
 俺が悪戯っぽく言ってやれば、イーサはどこか気まずそうに目を逸らす。
 そうだ。さっきのイーサは俺に向かって話しながら、それでいて、一切俺のことなど見てはいなかったのだ。
 
「さっきのイーサは俺を“国民の一人”だって思ってた。俺の事なんて、ちっとも見てねーの」
「……う」
「あとは、」
「ま、まだあるのか?」
「あぁ、まだまだあるぞ。イーサ?お前は自分が思っているより、物凄く分かりやすいヤツなんだぜ?」
「……他のヤツらに、そんな事を言われた事など一度もない」
「っは、他の奴と俺を一緒にすんな。”サトシ“には、バレバレなんだよ。ほら、こんなに手も冷たくなって」
 
 指を絡めたイーサの手に、俺が再び力を込めてやれば、逸らされていたイーサの視線がチラと窺うように此方へ向けられた。
 
「サトシには、イーサはバレバレ……」
「あぁ、そうだよ。だから無駄な事はすんな」
「そっか、そうなのか」
 
 そう、どこか噛み締めるように口にされた言葉に、俺はやっとホッとする事が出来た。
 あぁ、良かった。やっといつものイーサの目に戻った。
 
「イーサ。頼むから、俺の前では”イーサ“で居ろよ。俺はイーサの唯一の自由なんだろ?寂しい事すんなよ」
「……あ、う」
「なぁ、イーサ。もう一度聞くぞ」
 
 俺は、少しだけ温もりの戻ったイーサの手から絡めていた指を離すと、開いた掌同士を重ね合わせた。
 グーからパーに。さぁ、力を抜けイーサ。
 
「戦争が怖いか?イーサ」
 
 俺のハッキリとした問いに、イーサは震える声で答えた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ同盟

kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。 魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

処理中です...