【完結】俺の声を聴け!

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第4章:俺の声を聴け!

200:俺とイーサだけ

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「……違うよ、エイダ」

 俺は王様然と構えるイーサを見つめながら、代わりに口を開いていた。それと同時に、それまで余裕ありげに構えていたイーサの表情が微かに崩れる。

あぁ、これこれ。俺が良く知ってるイーサの顔だ。

『サトシ!今日はあもを喋らせろ!』
『はいはい』

 イーサが俺に我儘を言って甘えている時の顔だ。

「は?」
「イーサは何も知らない。俺がジェロームと同じ声だなんて。知るワケないだろ?」
「サトシ、俺はイーサに聞いてるんだが?」
「だからこそ俺が答えてるんじゃないか」
「……おいおい。お前にイーサの何が分かる?コイツはヴィタリックの息子だ。お前が考えてるほど単純な奴じゃない。たかだかネックレスを渡されたからって、何でも分かったつもりでいると痛い目見るぞ?」

 なぁ。サトシ?
 そう、エイダが小馬鹿にするように言った。今、エイダは俺の後ろに立って居る為、どんな顔をしているかは分からない。ただ、声で分かる。

 エイダは俺を“面白い奴”なんて言いながら、ずっと俺を軽んじている。

「エイダ?お前さっき、エルフの王様が人間である俺にこのネックレスを渡すなんてあり得ないって言ったよな?」
「ああ、言ったな。エルフってヤツは昔から選民意識の塊だ。人間なんて、普通は相手にしないんだよ」

 そう、どこか苛立ったような声でエイダが言う。その声は、エルフに対する怒りで満ちているようだった。

『ハーフエルフを産み落とす事は、このクリプラントでは大罪だ』

 そう、ナンス鉱山でエーイチが教えてくれた。
そして、エイダはそのハーフエルフだ。この場に当たり前のように立っては居るが、普通ならハーフエルフはクリプラントに居るのがバレた時点で処刑されてしまう。それを反映するように、先程からテザー先輩やソラナ姫のエイダに向ける目は、どこか冷たい。

「そもそも、お前みたいな“普通の人間”なんて、エルフは……いや、ましてやエルフの王なんて相手にしないんだよ。お前はその声があったからこそ、今こうして此処に居るんだ」
「なぁ、エイダ」
「なんだよ?反論なら受け付けるぜ?俺を論破してみろよ、サトシ?」

 ここに来て俺はやっと椅子を引いて、エイダへと向き直った。そこには、口角を上げ斜に構えたような目で俺を見下ろしてくるエイダの姿がある。
 どうやらエイダの中で、俺はまだまだ「つまらないヤツ」らしい。俺の声がジェロームに似ていなかったら、きっと未だに俺など歯牙にもかけないだろう。

「お前なんて論破する必要ない」
「へぇ、逃げるのか?お前は自分が“声”だけで、王様から寵愛されてるって事実に向き合うのが怖いんだ。やめとけよ。逃げるとどんどん辛くなるぜ。いいじゃないか。声もお前の一部である事には変わりない。だったら、認めた方が楽だぜ?」

 どうだ、と今にも舌を出さん勢いで俺の事を見下ろしてくるエイダは、どうあっても俺の事が気に食わないらしい。それは俺が人間にも関わらず、エルフ達に受け入れられているからなのか。はたまた、俺がエーイチと仲が良いからなのか。

「っはぁ」

 一呼吸置おいてみる。まぁ、後者寄りの両方ってところか。ともかく、エイダにとって“俺”は気に食わない人物である事に変わりない。

『つまんねぇやつ!』

「……あ」

 俺は「論破する必要はない」とは言ったものの、ふと耳の奥に残る素晴らしい論を思い出した。「人間なんかが、エルフの王に相手にされるワケない」への反論は、まさにエイダが出会い頭に俺に言ってくれたじゃないか。

「『好きなヤツを嫁にして養うのに、男とか女とか関係あるのかよ!?俺は好きだったら、種族だって問わないね!お前はそうじゃねぇのかよ!?』」
「っ!」

 俺は出来る限り“あの時”の子供の姿をしていた時のエイダの声を真似て言ってやった。同時に、周囲の視線が俺へと集まる。
 俺はと言えば「どうだ?」と胸を張ってやりたい気分だった。けっこう似てたんじゃないか?こういう声変わりを経た直後の少年の声は、どちらかと言えば得意だ。

「って、お前が言ったんだぜ?」
「……上手い事言ったみたいな顔してんじゃねぇよ。お前、自分が王様から寵愛されるだけの価値があるって本気で思ってんのか?」

 まだ言うか。

「寵愛寵愛ってその言葉はやめろよ。ソレって、上から下に向けて一方的に与えられる愛情って事だろうが」
「実際そうだろう。なに?もしかして、お前。イーサ王と自分は同等だって言いたいのか?」

 きっとここで俺が頷こうものなら、エイダは心底俺をバカにしてくるのだろう。何も知らない、何も考えが足りない。愚かな人間だって。つまらないヤツだって。

「その手には乗らない。俺はお前を論破しない」
「はぁ?ここまで来てソレかよ。やっぱお前。“声”以外はつまんねーな」
「いいよ。つまらなくて。別に俺はお前を楽しませる為に居るワケじゃない」
「……へぇ」

 俺はエイダから視線を逸らすと、此方をなんとも言えない表情で見つめるイーサと目が合った。イーサは心底戸惑っていた。“イーサ王”と“イーサ”の狭間で、何をどう口にすべきか。
俺の為に何か言おうとすれば、“イーサ王”としての立場がそれを許さない。イーサ王としての言葉を口にしようとすれば、今度は心の中の“イーサ”が言いたくないと癇癪を起す。

(サトシ。イーサはどうすればいい?)

 不安そうな金色の瞳が俺を捕らえた。まだ、コイツの中にはちゃんと“イーサ”という個人が居る。良かった。俺がこのイーサを守らなくちゃならない。

「エイダ。お前は分からなくていいよ。俺にはイーサと一緒に過ごした二人だけの時間がある。その時間を知らなきゃ、その答えはきっと理解できないから」
「…………」
「理解するのは、俺とイーサだけで充分だ」

 だから俺はエイダを論破しない。あの夜、イーサの部屋に入れて貰ったのは俺だけなんだから。イーサがネックレスをくれた理由を知っているのは、俺だけでいい。他のヤツになんて教えてやらない。

「なぁ、イーサ!どうする?俺の声、なんか特別なんだって。作戦会議しなきゃな。これからどうするのか」
「サトシ……」

 戦争、止めなきゃだしな!
 俺がテーブルに肘を付きながら笑って言ってやると、途端にイーサの中から“イーサ王”が引っ込んだ。

「うん!」

その瞬間、俺の胸にあるネックレスがじんわりと温かくなった気がした。


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