【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
244 / 284
第4章:俺の声を聴け!

223:イーサの癇癪

しおりを挟む


 サトシに会いたい。


『イーサ、おいで!俺がたくさん可愛がってやるよ!

 会いたくて会いたくて仕方がない。会って今すぐ抱き締めたい。

 それなのに――!

『ダメです』
『ええ、ダメですね。何を言ってるんですか。まったく』
『お兄様?どこの国に、使者と一緒にノコノコ付いていく王様が居るの?もう少し考えて発言してちょうだい』

 ダメダメダメダメダメ。
 あぁぁっ!もう、イーサは王様なのに、どうしてこうも自由に動けないんだ!

 俺は、いっつも我慢ばっかり!

「イーサ、行ってくるな?」

 そう言って、静かに俺の腕から去って行くサトシに、頭が爆発しそうだった。少し前まで、俺とサトシは体をピッタリとくっ付いて、離れられないくらい“つながって”いたのに。
 そのせいか、俺の腕から離れていくサトシに、いつも以上の腹立たしさを感じて仕方が無かった。

「……」

 ゴソゴソとサトシが出発の準備を整える音がする。そう、サトシはこれからリーガラントへ行くのだ。クリプラントとの戦争を止めさせるために。
 そう、国の為だ。エルフの国の為に、サトシは危険を承知で使者を引き受けてくれた。本当は、俺も一緒に行くとサトシに抱き着いて、いつものように癇癪を起してやってもよかった。

 でも、イーサはそれを我慢した。
 そんな事をしたら、サトシが困るのが分かっていたから。イーサは成長したのだ。

 サトシが寝所の扉を開ける音がする。その音を、目を瞑ったままジッと耐える。布団の中に隠された手はギュッと握りこぶしを作っている。我慢、我慢だ。
 今度はすぐに、バタンと戸が閉まる音が聞こえた。部屋の中から、先程まであったサトシの気配が一切消える。

「……サトシ」

 先程まで二人でくっつき合っていたベッドの上には、今はイーサ一人。隣に微かに残っていた温もりも無い。俺は服を身に纏う事なく、寝所の入口まで走った。
 今まで、こうして何度サトシを見送った?何度俺は我慢してきた?

--------イーサ、行ってくるな?

 イーサも本当は付いて行きたい。
 だって、ずっと我慢していた。でも、イーサは王様だから我慢しなければならない。使者に王が付いて行くなど、変だから。

「……サトシ、気を付けて行ってくるんだぞ」

 コン。

 一度だけ、扉を叩いていた。サトシには聞こえただろうか。ちゃんとイーサは我慢してサトシを見送ったぞ。偉いだろう。という気持ちを込めた。

 これはサトシと俺だけが分かるノックの合図だ。
 一度のノックは肯定。二度のノックは否定。

「……サトシ」

 俺は遠ざかっていく足音を聞きながら、額を扉にコツンとくっつけた。この扉は決して開けない。こんなのまるで、本当に出会ったばかりの頃のようだ。

「サトシ、サトシ」

 サトシと出会った時、俺は決して声を上げなかった。

 あの頃、俺はサトシをまだ信用していなかった。いや、むしろ誰も信用していなかったから。信用出来ない奴と喋る時間は、時間の無駄だ。声を出すのも億劫だし。どうせ誰もまともに取り合ってくれない。

「サトシ、サトシ、サトシ」

 なにせ、皆、ヴィタリックが正しいと言って、俺の言う事などまともに聴きやしないのだから。それに加え、他の兄弟達は愚かな馬鹿と阿呆ばかり。唯一まともなのは末の妹のソラナくらいなモノだが、アイツもダメだ。すぐ泣く。そしてウルサイ。

 そんなにヴィタリックの言う事しか聞かないのなら、俺はいらないだろう。俺は自分の存在意義がまったく分からなくなって、部屋に引きこもったのだ。

「サトシサトシサトシ」

 部屋に引きこもってからは天国のようだった。
 誰にも関わらなくて良い分、誰からも蔑ろにされない。面倒な公務も無い。周囲から愚かな嫡男とバカにされようが構わない。

 こんな“終わり”に向かう国の事など、知った事ではない。こんな国にした責任は、ヴィタリックに取って貰えばいい。全部アイツらのような古いエルフ達が紡いできた歴史の結果なのだから。

 そうやって引きこもってから百年経った。
 そんな時だった。

『お前は……“聴いて”くれてるんだな。俺の、声を』


 サトシが俺の前に現れたのは。
 サトシはいくら俺が無視しても、お話をするのをやめなかった。むしろ、楽しそうに話し続けてくれた。

『なぁ、イーサ。海って知ってるか?知ってるなら、一回。知らなければ二回、扉を叩いてくれ』

 肯定なら一回。否定なら二回。
 その問いが、ノックでの会話の始まりだった。

 それからサトシとはたくさんノックで喋った。でも、そのうちノックだけじゃ物足りなくなった。もっとサトシと話したくなって、顔を見たくなった。一緒に肩を並べたくなった。一緒にベッドに入って、真っ暗な中で二人だけの時間を過ごしたくなった。

『イーサ。お前の声凄く良かったぞ』

 サトシの声が聞こえる。

「サトシサトシサトシサトシサトシ……」

 さっき俺は一回だけノックした。だから「行ってくるな、イーサ」というサトシの言葉に肯定してしまったのだ。

「いやだ。イーサは、さとしと……離れたくない」

 コン。

 俺は誰も居なくなった部屋で、再び戸をノックした。これは“一度のノック”ではない。先程のノックに追加の一回。すなわち、

 否定を表す二度のノックだ。


「サトシ、一人で行くのは許さない。イーサも行く。もう、待つのも我慢もこりごりだ」


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ同盟

kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。 魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...