【完結】俺の声を聴け!

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第4章:俺の声を聴け!

227:授業参観

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 イーサが来てから、状況は一変した。

「改めて礼を言わせてくれ。俺の傷を治してくれてありがとう。クリプラントの王よ」

 そう、イーサに深々と頭を下げるのは、先程まで死の淵を彷徨っていたジェロームだ。
 ハルヒコの銃弾により付けられたジェロームの傷は、今や、何事もなかったかのようにイーサが治してしまった。さすが、体内に膨大なマナを保有するクリプラントの王だ。エイダでは一切治せなかった傷も、軽く手をかざしただけで治してしまった。

 全てが、イーサという存在一つで深淵に落ちるのを防いだのだ。

「お陰で本当に助かった。どうお礼を言ったらよいのか。クリプラントの王よ。この礼は日を改めて必ず……」
「イーサだ」
「あ、イーサ殿」
「イーサだ。その声で他人行儀に呼ばれると落ち着かない。呼び捨てで呼べ。俺もそうさせてもらうからな」
「……ありがとう、イーサ」

 少しだけ砕けた調子で話し始めたジェロームにイーサは「ふむ」と満足気に頷いた。

「まぁ、確かにサトシの声と似てはいるが、そこまで似てないな。一体どれ程瓜二つなのかと思いきや、そうでもない」
「そうか?」
「そうだ」

 どうやら、イーサは俺の声と“似ている”ジェロームに、既に勝手な親近感を抱いているようだった。俺もイーサと金弥の声は似ているものの、まるきり同じだとはやっぱり思えないので気持ちは分かる。

「よし、ジェロームの出血も止まったな。気を取り直して始めるぞ」

 そう言ってドサリと席についたイーサは、向かいに立っていたジェロームとハルヒコに「お前らも早く座れ」と言い放った。イーサの腰かけるその場所は、先程まで俺が座っていた席である。
 ちなみに、そのすぐ傍にはジェロームの出血により、血のベッタリと染み付いたどす黒いカーペットがある。

 え、なにコレ。今どんな状況?

「は、始める?何を?」

 あまりにも俺の思考とリンクした問いに、思わず自分の問いが口をついて出てしまったのかと思った。いや、声も全く同じだし。しかし、実際に声に出してイーサに問いかけていたのはジェロームだった。

「何をって、そりゃあ会談に決まってるだろう!」
「い、今からか?」
「そうだ!丁度リーガラントとクリプラントのトップが一堂に介しているんだぞ。今からやらずにいつやるというんだ。時間がもったいないだろう!早く座れ!」

 戸惑うジェロームに対し、イーサは「当たり前ではないか!」と言わんばかりの口調で言ってのける。ジェロームはと言えば、自身の血でべったりと汚れた服を身につけたまま「そ、それもそうか」と勢いに押され頷いてしまっている。そのまま、戸惑いつつもイーサの言う通りに席に着くジェロームに押されるようなカタチで、ハルヒコも黙って隣に腰かけた。ただ、眉間に浮かぶ皺は、とてつもなく深い。

「おいおいおい、イーサ。お前……」

 そして、そんなイーサ達の様子を少し離れた席から伺う俺の心情やいかに。

「……居たたまれねぇ。もう少し周りの空気を読めってぇ。なぁ、イーサ」
「ぶふっ、俺はスゲェ面白ぇからいいけど」

 頭を抱える俺に対し、エイダは堪え切らないといった様子で笑っている。完全に他人事だ。出来れば俺もエイダのように他人事でありたかった。
 しかし、俺はと言えばそう他人事とは思えない。そうだな。今の俺の心情を分かりやすく表現するならこうだ。

「小学生の息子が手を上げて教師から差されたは良いものの、立ち上がった直後『何て言うか忘れました!』と元気よく言い放ってるのを、教室の後ろから目の当たりにした授業参観中の母親の気分だ」
「サトシ、お前何ブツブツ言ってんだよ?」
「……いや、何も」

 あぁ、居たたまれない。なぁ、いつになったらアイツは“年相応”になるんだ?

「みんな見てるぞー」
「見てるなぁ。そりゃあ、見るわ」

 俺はチラと店内へと視線を向ける。
 リーガラント側の伏兵であれほど騒がしかった店内も、今や笑い声一つ聞こえてこない。シンと静まり返っている。響いているのは、店内にかけられた弦楽器による音楽のみ。
 いや、店内から伏兵が居なくなったワケではないのだ。皆、居る。未だに全員。ただ、俺とエイダがそうであるように、皆、黙ってイーサに注目しているのだ。

 そう、さながら彼らは周囲の空気など意に介さずおどける我が子の様子に苦笑を漏らす他の保護者達である。授業参観。あぁ、授業参観。

「……じゃねぇんだよ」

 いや、そろそろ現実逃避はやめようではないか。ここは戦争を回避するための首脳会談の場である。そう、ここで両国の未来が決まるかもしれないのだ。
 そんなイーサに対し、それまでずっと黙りこくっていたハルヒコが、喉の奥から絞り出すような声で口を挟んだ。

「いや、ちょっと待ってくれ」
「いやだ」

 ハルヒコの戸惑い気味の声かけに対し、イーサは間髪入れずに拒否を示した。まさかここで拒否されるとは思ってもみなかったのだろう。ハルヒコは眉間に寄せていた皺を更に深くする。

「何か不満そうだな?」
「いや、そりゃあ。貴方には感謝しているが、それにしたって……」
「何だ、モゴモゴと。なら特別に聞いてやる。どうして待たなければならない?言ってみろ」
「どうしてって、ジェロームはさっきまで……」

 そこまで言いかけてハルヒコは深く俯いてしまった。
 まぁ、そうなるのも無理はない。先程までジェロームは瀕死の重傷だったのだ。しかも、ハルヒコの放った銃弾のせいで。そこから、イーサの回復魔法で一命をとりとめたばかりのこの状況。

 そんな所から簡単に「気」など取り直せる筈もない。

「なんだ、そんな事を気にしているのか?大丈夫だ。傷はもう俺が完全に塞いでやった」
「そうではなくっ!」
「あぁもう、面倒なヤツだな。なんだ、お前がリーガラントのトップなのか?先程からグダグダと。俺が話しに来たのは、リーガラントの元帥であるジェロームというヤツだ。お前がそうなのか?あ?」

 チンピラだ。偉そうに腕を組み、狭いテーブルの下で足を組むイーサの姿は、ボロボロの隊服を纏っているせいか、何やら三下のチンピラに見える。俺はお前をそんな風に育てた覚えはない。
 あぁ、やめろ。俺はそもそもイーサを育てちゃいない!

「いや、ジェロームは俺だ。ハルヒコは俺の相談役だ」
「なら、黙らせろ。これじゃあ話にならん。相談役は相談した時にだけ口を挟め、とな」
「っな!」

 スゲェ。さすがイーサだ。あれほど強い発言権を持っていたハルヒコを一瞬にして黙らせてしまった。リーガラントと言う、完全にアウェイな場所で、こうも自分のペースを崩さないというのは中々出来る事ではない。
 そして、どうしたのだろうか。「相談役か……」と軽く呟くと自身の隣の空いた席をジッと見つめている。嫌な予感がする。まさか俺にあそこに座れなんて言ってこないだろうな。

「……ハルヒコ?」

 俺が一人だけ、頭の片隅で妙な緊張感を募らせていると、それまで互いを見る事のなかった二人が、イーサの言葉を皮切りにチラリと互いに視線を向けた。先に声を掛けたのはジェロームだ。

「なぁ、ハルヒコ。俺は大丈夫だ。もう傷も塞がった。何てことない」
「……大丈夫なワケがない。あんなに血を、」

 ハルヒコはジェロームの視線から逃れるように目を逸らす。しかし、運の悪い事に逸らした視線の先には、少しずつ乾きかけてはいるものの、床を汚すジェロームの血だまりがあった。
 それを見た瞬間、ハルヒコは表情を強張らせると震える手で口元を覆った。

「悪い。俺は……席を外そう」
「待て、ハルヒコ」
「いや……違う。まずは、俺を捕らえろ、ジェローム。故意ではないとはいえ、お前に銃を向けた。正式な手続きに則り、俺は相談役は辞職する。その後、お前は俺を軍法会議にかけるんだ」
「……なぜ、そんな事を言う」

 立ち上がったハルヒコの腕をジェロームの手が掴む。敢えて撃たれた方の腕を使って制止するのは、もう自身に傷の影響はない事を伝えるためだろうか。

「お、俺はお前を……お前の意思を無視した。お前の為だと言いながら……お、思い上がっていた。俺は、お前を」

傷付けたんだ。

 そう、絞り出すような掠れた声で放たれた言葉は最初から最後まで“後悔”一色だった。そんなハルヒコの声を聴きながら、頭の片隅で「良い声だ」などと思ってしまう俺は、どこまでいっても「声優」だ。

「俺は、お前に相応しくない。愛しているといいながら、自分の思い通りにしようとした。頭がおかしい。気が狂っている……自分に吐き気が、する」
「……ハルヒコ」


 さぁ、ここでジェロームは何と言う。俺の声で、お前は一体どんな「声」を聴かせてくれるんだ?そう、俺が期待を込めて彼らの様子を固唾を呑んで見守っていた時だ。

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