【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
251 / 284
第4章:俺の声を聴け!

229:王様の命令は!

しおりを挟む
--------
------
----

これは、一体どんな状況だ。

「では、クリプラントは国を開くという事でいいんだな?」
「ああ、構わない」
「良かった。これで開戦をせずに済みそうだな。なぁ、ハルヒコ」
「……あ、あぁ」

 ジェロームとイーサの対談は、コーヒーの香りの立ち込める静かな店内で終局へと向かっていた。
 対談の席に着くのは四人と一匹。

「……いや、なんだその愉快な旅の仲間を紹介する時に冒頭で読み上げられそうな文章は。そう、仲本聡志は大声でツッコミを入れたくなる衝動を必死に抑えた」
「ん?サトシ、どうした?イーサに何か言いたい事があるのか?」
「なんでもねーよ」

 事もなげに首を傾げて此方を見つめてくるイーサに、俺は溜息を吐くように返事をした。そう、既に終わりに差し掛かったイーサとジェロームの国家会談は先程伝えたように、四人と一匹で構成されていた。

 リーガラント側から、元帥のジェロームと、その相談役のハルヒコ。クリプラント側から、国王イーサと、国王のお休みのお供である“あも”……と、あも膝の上に抱えた一介の兵士である“俺”。

 計、四人と一匹である。

 そして、付け加えるなら、少し離れた席で未だに声にならない笑い声を噛み締めているエイダも描写に加えた方が良いだろう。最早ツッコミが不在過ぎて、俺はもう完全に心が疲弊しきっていた。

「……ぅ」
「どうした?ハルヒコ。体調でも悪いのか?」
「……いや」

 ジェロームからの気遣わしげな問いかけに、ハルヒコは眉間の皺を深めつつ首を振った。ハルヒコも大分と参っている様子だ。まぁ、気持ちは分かる。
 だって、ハルヒコの席はあもの真正面なのである。しかも、俺が膝の上にあもを置いたせいで、ハルヒコの視線とあもの視線が良い具合に重なってしまっている。おかげで、ハルヒコはふとした拍子にあもと目が合うという、何とも言えない状況を与儀なくされていた。

「……ぐ」
「ハルヒコ?」
「何でもない」

 本当に、申し訳ない。
 でも、俺だって居たくてここに居るワケじゃないんだ!イーサが無理やり俺をここに座らせてきたんだから仕方ないじゃないか!

『サトシ!イーサにも全部しろ!まずは頭を撫でる所からだ!次はあもを喋らせること!』

 そう言って元気よく癇癪玉を弾けさせたイーサに、俺も最初こそは断固として横並びに座る事を拒否したが、結局はイーサの思い通りにさせられてしまった。

『サトシが言う事を聞かなければ、もうイーサはここで暴れるぞ!いいのか!』

 いいわけあるか。
 そのせいで俺は、ジェロームとハルヒコの前でイーサの頭を撫で、挙句の果てにはあもの声で『イーサはすごいよ!世界一大好き!』と言わされてしまったのである。

 あの裏声であもを演じさせられた時の、喫茶店中から感じた生暖かい視線を俺は一生忘れないだろう。こうして、無事に癇癪をおさめたイーサは、ジェロームとの会談を粛々と行うに至ったのであった。

「よし、丁度良い具合に話し合いを終える事が出来たな。上出来である!」

 いや、まぁ“粛々”というには少し語弊があるかもしれない。どちらかと言えば“早々に”の方が表現として正しいだろう。
 そう、兎にも角にもイーサは行動も決断も驚くほど素早かったのである。

「凄いな、本当にこの場で大枠が決まるとは思わなかった」
「あぁ、確かにそうだな」

 ジェロームとハルヒコの驚嘆に満ちた声に、傍で聞いていた俺も思わず頷かざるを得なかった。顔を微かに隣へと向けると、そこには「疲れた……」と背もたれに全体重をかけるイーサの姿がある。正直、俺もイーサがここまでまともにジェロームと会談が出来るとは露程も思っていなかった。

「はぁ?お前達は一体何をそんなに関心しているんだ?互いの到達したい場所は同じなのだ。だとすれば、後はそれに向かって歩むだけの事。何が凄い事がある」
「まぁ、そうかもしれないが……」

 イーサの言葉に、ジェロームが撃たれた肩をさすりながら言い淀む。
 そりゃあそうだ。いくら“目的地”が同じでも、そこへ向かう道は数多くあり、選択には大きな代償を伴う。各国の未来を左右する話し合いだ。お互いの“落とし所”を話し合うのが最も大変な作業であるだろうに。

「逆にイーサは何も決められない、という結末の方が想像もつかぬ」

 それを、イーサはジェロームとの会話で一つ一つ上手くケリをつけていったのだ。

「……そうか」

 ぼんやりと呟くジェロームを前に、イーサは言いたい事だけ言うと、隣に腰かけるあもをサスサスと優しく撫でた。あもは嬉しそうに笑っている。

「いや、それでもこうして今後の方向性が上手くまとまったのはイーサのお陰だ。ありがとう」
「……ふむ、その声で褒められるのは悪い気はしないな。その謝辞、甘んじて受け入れよう。もう一度言え」
「ありがとう。イーサ。キミのお陰だ」

 二度目の謝辞を求められ、ジェロームは苦笑しながらも再び礼を口にした。コイツ、本当に良いヤツだな。でも、確かにジェロームの言う通りだった。途中決定が難航しそうな場面は幾度もあった。しかし、その度にイーサは腕を組んで言うのだ。

『では、極端な所から一度、結論を想定して考えてみるとしようか』

 そう最初に、“完全にあり得ない”結論を想定し、思考実験の如く対話をスタートさせるのである。

『では、両国の貿易においてエネルギー資源に対してのみ一切関税をかけない、という結果のもと国政を行った場合を考えてみようではないか。その際に生じるリーガラントの不安要素は何だ』

 すると、どうだ。
 理想の答えに向かう道を白紙の状態から模索するより、随分と建設的な意見が、より明確に互いの口から出てくるのである。それは新しい道を一から“作る”より、既にある道を“修正”してく方が随分と楽なのと同じ理屈だ。

 極端な例を提示しているお陰もあって、問題点も洗い出しやすい。その中で、イーサとジェロームは互いの妥協点を模索していったのである。

「まったく、凄いヤツだよ。お前は」

 俺はあもの腹を手で撫でながら呟いた。
 まさか、百年間も部屋に引きこもっていたイーサが、こんな風に場を仕切るヤツだとは思いも寄らなかった。ハッキリ言って感動している。

 イーサ、お前本当にちゃんと“イーサ王”をやれているじゃないか。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ同盟

kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。 魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...