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しおりを挟む俺はその二週間後、驚いた事にアオイさんからメッセージが届いた。
しかも、予想外も予想外の内容で。
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タローさん、今晩。先日と同じ時間に、ご自宅にお邪魔してもよろしいですか?
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アオイさんはまたウチに?どうしたのだろうか。まだ次の予約まで、しばらくあるのだが。
すると、俺の疑問を画面の向こうで感じ取ってくれたのだろう。アオイさんからのメッセージが更に続けて表示された。
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脱毛の効果がどれくらい出ているのか、確認させて頂きたくて。なので、処理はされなくて大丈夫です!
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あぁ、そうか。脱毛の経過を見てくれようとしてくれてたんだ。本当にあおいさんの脱毛は手厚い。
でも、お客さん一人一人にこんな事をしていたら、アオイさんは余り休みを取れないんじゃないだろうか。と、やっぱり少しだけ不安になる。
若いから余り疲れを感じないかもしれないが、過労で倒れたりしないよう体にだけは気を付けて欲しい。
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アオイさん、お忙しいようでしたら別の日に休みを取ってお店に伺いますが、どうでしょうか?
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そうだ。俺が休みを取ってお店に行けば問題ない。そうすれば、アオイさんも無駄にうちまで来る必要もないだろうし。そう思ったのだが――。
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気を遣って頂いてありがとうございます!俺は全然平気なので、タローさんは何も気にされないでくださいね。
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「や、優しいぃっ!」
俺はスマホを両手で握りしめながら、思わず声に出してしまった。
「あ?」
「ん?」
その瞬間、ここが自宅ではなく職場である事を思い出しハッとする。キョロキョロと辺りを見渡すと、近くに居た後輩二人が驚いた顔で此方を見ていた。もちろん先程の奇声も聞こえていたようだ。恥ずかしい。
俺はすぐにスマホに向かうと、急いでアオイさんに返事をした。
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アオイさん、ありがとうございます^^
今日はどうぞ、よろしくお願いします!
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なんという事だろう!
急にアオイさんに会える事になってしまった。俺は降って沸いた推しのライブに、顔がニヤけそうになるのを必死に堪えた。良かった。俺、顔に感情が出にくいタイプで。
ただ、次の瞬間。さすがの俺のポーカーフェイスも脆く崩れ去ってしまった。
ポンッ。
「っっっっ!!」
ポンッと画面に映し出されたのは、なんと!「好きピ」の葵ちゃんの「待っててね!」というスタンプだった。それを見た瞬間、俺は完全な悲鳴を上げた。
「っひうぅぅっ!」
アオイさんから葵ちゃんのスタンプが来た!嬉しい!推しから推しのスタンプが来るなんて……!
これぞまさしく「好きピが好き」状態である。最早、周囲に後輩二人が居る事など一切気にせず、俺はスマホを天高く掲げた。そして、ひとしきりメッセージを拝み倒すと画面スクショをして大切な大切な「推しフォルダ」へと、その画像を格納した。
今日は本当に良い日だ。
その日、俺は午後からの仕事を爆速で終わらせると、周囲からの目など気にする事なく定時で職場を後にした。
今日もアオイさんに会える事が、俺には嬉しくて堪らなかった。
〇
これは宮森タローが爆速で職場を駆け抜けて行った後の、オフィスでの会話である。
「いやぁ、宮森さん。今日は一際楽しそうだったなぁ」
「ガチャで推しでも当たったのかね」
「推し……あれは、十中八九アオイさん絡みだな」
「は?今日は火曜日だろ。アオイさんが絡んで元気になるのは有給前の水曜の筈じゃ……」
「いや、あれは絶対にアオイさんだよ。今の宮森さんをあそこまでテンション爆上げできる“推し”は、今はアオイさんしか居ない」
「……アオイは選ばれし者だったのか」
「まぁ、答えはそのうちコタロー日記に書かれるだろうからさ。楽しみに待ってようぜ」
「そだな」
「……もしかすると、あのブログ推し本人も見てるかもしれないし」
「は?何か言ったか?」
「いや、ちょっとな」
そう、どこか楽しそうに飯島が笑って数分後の事だ。
予想外のシステムエラーにより、またしても深夜残業になってしまう事を、今のこの二人はまだ知らない。
応援ありがとうございます!
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