4 / 33
4
しおりを挟むその日は、午後から予報通りの雨だった。
俺は傘を持っていない。忘れたのではなく、長年父ちゃんと二人で使っていた傘がぶっ壊れたので、我が家にはもう傘は無いのだ。
十二月の雨に体温を奪われながら、俺は濡れる事なんて気にせず学校を飛び出した。だって、俺にはゴウキとの約束がある。
遅れる訳にはいかない。俺にとって、ゴウキとの約束は絶対の絶対だ。
「うわ、ヒドくなってきたなぁ」
少し強くなった雨の中。俺はいつもの公園でゴウキを待った。
ベンチの背もたれに体を預けながら、ボタボタと容赦なく降り注ぐ雨に目を閉じる。かなり、寒い。
「ゴウキ、ちょっと遅いなぁ。もしかして、ゴウキも傘持ってないのかな」
俺がスマホを持っていたら、きっと今頃『大丈夫?傘忘れたの?迎えに行こうか?』ってラインってヤツが出来るのだ。けど、持ってないから、聞けない。だから、ここでゴウキを待つしかない。
「まぁ、迎えに行こうにも、俺も傘は持ってないんだけどさ」
それでも、少しでも早くゴウキに会えるんだったら、俺は傘があろうが無かろうが、ゴウキの所まで走って行きたい。
「ゴウキ、早く来ないかなぁ」
公園の時計はもうすぐ六時を指そうとしている。
最近、動画を見るよりも、ゴウキと喋ってる時間の方が長くなってきた。ゴウキと喋るのは楽しい。すごく、楽しい。
「スマホ、欲しいなぁ」
最近、改めて思う。
でも、それはエッチな動画が見たいからではない。ゴウキといつでも連絡を取れるようになりたいからだ。
最近、家に帰って何かしていると、ゴウキに伝えたい事がたくさん出てくる。スマホさえあればすぐに伝えられるのに、それが出来ないのは物凄く悔しい。
「お金、欲しいなぁ」
そう、俺がぼんやりと雨に濡れた地面を眺めていた時だ。
「あられ!?」
「ん?」
ゴウキが此方へと走って来ているのが見えた。良かった。ちゃんと傘を持ってる。
「ゴウキ!良かったぁ!傘持ってたんだ!」
会えた事が嬉しくて、俺もゴウキの居る方へと一目散に走る。水たまりと泥で靴が汚れるのが分かった。でも、俺はそんなの気にしない。俺は、早くゴウキと喋りたかった。
「おいっ!それはコッチのセリフだ!何でお前は、傘ねぇんだよ!」
「傘壊れて無い!」
「なら帰れよ!こんなに寒いのに馬鹿か!?」
いつの間にか、俺の頭の上にはゴウキの傘があった。
そのせいで、ゴウキの肩と鞄が濡れている。俺はゴウキの方へ傘を押しやろうとしたが、それはビクともしなかった。
「……そんなに動画が見たいかよ」
ゴウキが苦しそうだ。
最近、ゴウキは時々こんな顔をしてくる。その顔を見ていると、俺は不安になるのだ。俺と居ても楽しくないのかも、と。
「動画も見たいけど、俺、ゴウキと喋りたくて……」
「俺と?」
「うん。ゴウキはさ、格好良いし、良い奴だから学校に友達いっぱい居るかもだけど、俺は友達とか居なくて」
「あられに友達が居ないなんて嘘だ」
ゴウキが俺の話に割って入ってくる。その顔は、完全に信じていない。
「嘘じゃない。入学式の時、皆お互いに連絡先とか交換すんだけどさ。で、俺も交換しようって言われたんだけど……でも、スマホ持ってないって言ったら、その……えっと」
「……うん」
「その後から、もうあんまり話しかけて貰えなくなった」
「……そっか」
俺が入学式の時の事を思い出しながら話していると、ゴウキは少しだけ悲しそうな顔で此方を見ていた。
きっと、友達の居ない俺に同情してくれいるのだ。
ゴウキは優しい。でも、それは今に始まった事じゃない。最初からそうだった。
だって、ゴウキは俺がスマホを持ってないって言っても“約束”してくれた。
「あっ!でもコレは別に高校だけの話じゃなくてな!中学の時からそうなんだ!だいたいさ、皆、スマホで連絡し合うから、俺だけ色々情報とか回ってこないし。ウチってネットもテレビもないから、全然皆と話も合わなくって。だから、学校じゃあんま喋る人いなくて、」
「……」
「だから、ゴウキと喋るのは凄く楽しいんだ!」
俺が笑って言うと、ゴウキは今まで見た事ないような目で、静かに俺の事を見ていた。
「なぁ、あられ」
「ん?」
いつの間にか、俺の手に温かいモノが触れていた。見てみると、俺よりもずっと大きな手が、俺の手を包むように握りしめていた。
「今日、うち来いよ」
「でも、ゴウキ。塾の時間じゃないの?」
「サボる」
「そんな事していいの?」
「別に好きで行ってたワケじゃねぇし。親帰り遅いし。お前ん家、風呂無さそうだし」
「風呂くらいあるし!」
「お湯出なさそうだし」
「まぁ、出ない時もあるけど」
「……あり得ねぇ」
「でも、今はちゃんとお金払ってるからお湯も出ると思う」
「あー、いや。俺ん家で……風呂入ってけよ。動画も死ぬ程見せてやる」
「いいの?」
「いいよ」
俺を掴むゴウキの手が、どんどん強くなる。絶対に逃がさないって言ってるみたいで、その力強さが、俺には少し嬉しかった。
「でも、今日は動画はいいや!」
「なんで」
「今日はゴウキとたくさん喋りたいから!」
「っ!」
その日、俺達はずーっとお互いの色んな話をして過ごした。
どうやらゴウキも、学校にはあんまり友達が居ないらしい。それを聞いた俺が「ウソだぁ」って言うと、ゴウキは「嘘じゃねぇよ」って目を細めて笑った。
格好良かった。そして、ゴウキも友達が居ないって分かって、少し嬉しかった。
あと、これは本当に偶然なのだが、俺の誕生日はハラムさんの誕生日と同じ日だった。
それを知ったゴウキは、何故かスマホのロック画面をしばらく眺めると「へぇ、だからか」と満足そうに笑っていた。
そして、その日の帰り。ここ最近で、一番嬉しい事があった。ゴウキが俺に一枚の紙をくれたのだ。
「それ、俺の携帯番号」
「俺ん家、電話ないよ?」
「別に、かけなくていい。でも、それさえ知ってたら、あられからも連絡が出来るだろ」
「っ!」
ゴウキの言葉に、俺は携帯番号の書かれた紙を何度も見つめた。そうだ。この番号さえあれば、
「いつでもゴウキと繋がれるな!」
「……言い方」
何故か俺の言葉に、ゴウキは目を逸らしながら俯いた。耳もちょっとだけ赤い。そんなゴウキの隣で、俺はその数字を何度も何度も口ずさんだ。
お陰で、俺はゴウキの電話番号だけは完全に暗記した。
53
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる