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第5話 2人きりの帰り道
しおりを挟む現在、下校中。隣には竜胆さん。目の前にはマンション。『私の住んでいる』マンション。
「ここが私の住んでいるマンションよ。わざわざここまで送ってくれてありがとう、小森さん。家まで気をつけてね。」
これはもしかすると、もしかするのだろうか…。
「…私の家もここなんだけど。」
可愛いぱっちりお目々を丸くする竜胆さんは、猫のようだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
反省文をきっちり五分で書き終えた私は、職員室に寄って五十嵐先生へ提出した後、竜胆さんと並んで家路を進んでいた。
こうして横に立つと竜胆さんの高身長を改めて実感する。私も百六十五センチ程と、別に小さくは無いのだが、竜胆さんは私より更に十センチくらい高いので恐らく百七十五センチ前後である。くびれもあるし、腰の位置も高いし、胸も大きい。長い黒髪もさらさらで、まじで欠点が無い。前世で一体どれ程の徳を積んだのだろうか。きっと世界を何度か救ったのかもしれない。なるほど。それならこの芸術品の様な美しさも納得である。
「へぇ~、じゃあ竜胆さん、一人暮らししてるんだ。」
「そうね。学校の近くに住んでいる方が色々と便利だもの。」
「私もしたいなぁ、一人暮らし。まぁ実家が学校から近いし、する意味無いんだけど。」
私の家は学校から徒歩圏内に位置する。十五分ほど歩けば学校に行けるので、通学に自転車は使っていない。
家から近いのが魅力で今の高校を志望したのだ。竜胆さんの言う通り、家と学校が近いと便利だからね。特に朝、早起きしなくて良いのが素晴らしい。それだけで受験勉強を頑張った甲斐がある。
なんとか合格したが、うちの学校『都立明春女子高等学校』は結構なレベルの進学校で、良く受かったな…と私自身思っている。
ただ、合格発表の時に私の数倍は驚き、最後までドッキリを疑っていた妹を見ると複雑な気持ちになったが。私はやればできる子なのだ。かの有名なYDKなのだ。ポテンシャルは高いのだ。あんまりなめてると、足の裏が痒いように感じる呪いをかけるぞ。私はYDK、呪術の才能もきっとあるはずだ。
「小森さんの家もこっち方面なのかしら。」
「うん!結構私たちの家って近いのかもね。」
「そうかもしれないわね。」
この辺りは歩道が綺麗に整備されていて、特に学校からの帰路である一本道には桜トンネルが形成されている。今は桜が満開で、まさに春といった感じなので歩いているだけでも楽しい。
「この道はこの時期、桜が綺麗なんだよね。夏も日陰が多くて涼しいし。」
「自然が豊かで、とても素敵な風景ね。」
桜の花びらが春風に乗って舞い散る様は、正しく絶景といえるだろう。上を見上げると、晴天の青い空と桜の花のコントラストですごく映えて見える。
さて、そんな美しい光景の中、帰り道を歩くこと約十五分。私の住むマンションが見えてきた。竜胆さんの家はもう少し先なのだろうか。
「竜胆さんの家まで後どのくらいなの?」
「あぁ、もうすぐそこよ。ほら、ここ。」
…え?
「ここが私の住んでいるマンションよ。わざわざここまで送ってくれてありがとう、小森さん。家まで気をつけてね。」
そこは、私の住むマンションであった。
「…私の家もここなんだけど。」
どうやら私と竜胆さんは巷で噂の友達近居という状態にあるらしい。(出会ったばかりで友達…だよね?って感じだけど)
「本当に?」
「うん、まじまじ」
「すごい偶然ね…。」
「…そうだね。」
驚きと歓喜とをブレンドした感情が溢れ出てくるが、それに反して、言葉は出てこなかった。
驚きのあまり声が出ない。こんな経験初めてである。
━━━━━━━━━━━━━━━
さて、驚愕の事実に自失していた私たちは、一旦落ち着いて話し合おう、という結論に至り、マンションの近所にあるファミレスに訪れていた。学校が午前中までだったので、まだ時刻は午後一時くらい。お昼時だが、幸い席は空いていたので案内してもらった。
「とりま注文しよっか!割とお腹すいたし。」
「そうね、色々と確認したいことはあるけれど先にお昼を頂きましょうか。」
「おけ!私はペペロンチーノ頼むけど、竜胆さんはどうする?」
「私も小森さんと同じでいいわ。」
「了解~!ドリンクバーは?」
「付けてもらえる?」
「はーい!」
という感じでさっさと注文して、ドリンクバーでお茶を入れてきた。ちなみに竜胆さんは野菜ジュースを選んでいた。意識高そう…。私も次は野菜ジュース持ってこよう。そんなことを考えながらお茶を飲んで、ほっと一息を付いた。
今の状況を改めて考えてみると、今日初めて会った竜胆さんと二人きりでファミレスに来てるのか…。良いね、スタートダッシュ成功してるね!
「小森さん、実家が近いってことは中学校もここから近い所に通っていたの?」
「そうだよ~。」
「それなら中学校で知り合いだった人がうちの高校にも多いの?」
「いや、うちの高校って偏差値高いじゃん?だから皆、ちょっと遠い他の高校に通ってるんだよね。多分同じ中学校出身の人は片手で数えられるくらいしか居ないよ。」
私も明春女子高校に落ちたら後期の受験は皆と同じように他の高校を受ける予定だった。ただ、その高校に行くとなると電車通学をしなければならなかったのだ。徒歩圏内にも高校はあるのに、面倒である。お金もかかるしね。
そんな訳で、受験勉強は本気でやったのだ。勉強し過ぎて受験が終わった後の自己採点では全て八十点以上だった。流石YDK。
その為、私って頭にいいんじゃね?と、ちょっと自惚れていたが、上には上がいるもので…。入学式で新入生代表だった竜胆さんは殆ど九十点台とかでは無いだろうか。私は格の違いを知った。竜胆さん、強すぎる。
「竜胆さんは中学校同じ人いる?てか、実家ってどこら辺なの?」
「私の実家は千葉にあるわ。だから同じ中学校の人はいないと思う。新入生全てを確認した訳では無いから絶対とは言えないけれど。」
「千葉か~、それなら確かにうちの高校にはいないかもね。」
そんなことを話していると、注文していたペペロンチーノが届いた。美味しいご飯と竜胆さんが揃った最高の食卓で、至福のお食事タイムを開始する。
もぐもぐ…。うむ、美味である。
「そういえば、竜胆さんは家での食事ってどうしてるの?やっぱり自炊?」
「えぇ、基本的に自炊しているわ。外食だと高くつくし、料理を作るのは嫌いではないから。実家にいる時も作っていたしね。」
「へぇ、凄いね。私、料理出来ないから尊敬するわ。」
竜胆さんは自炊女子か。まじでモテ要素しかないじゃん。理想の嫁レベルカンストしてるでしょ。エプロン姿とかも似合いそうだしな。
さて、そんな会話をしながらもぐもぐしていると、お腹がすいていたのでもう食べ終わってしまった。竜胆さんを見ると、どうやら彼女も完食したところらしい。
「美味しかったね!」
「そうね。美味しかったわ。」
竜胆さんというスパイスのおかげで、私の中でペペロンチーノ最強説が浮上するくらい美味しく感じた。
竜胆さんの刺激が強過ぎる…!
その後、新たな飲み物を持ってきて、食後のティータイムの時間となった。もう結構落ち着いてきたので、ファミレスに寄るきっかけとなった事実を確認する。
「確認なんだけど、私と竜胆さんは同じマンションに住んでるって事で間違いない感じ?」
「そうみたいね。相違ないわ。」
どうやら、私の妄想などでは無かったらしい。本当に現実かと実はずっと疑っていたのだが。
「だよね…。でも別にデメリットは無いし、普通に私は嬉しいよ!」
「私もさっきは驚いただけで、普通に嬉しいわ」
「普通に、ね。」
「えぇ、普通に。」
(『普通』か…。)
「「…ふふっ」」
私たちは顔を見合わせて笑いあった。表情、声音、仕草などから少なくとも『普通』以上に嬉しく思っていることはお互い分かっていた。それなのに、口では頑なに『普通』という表現を用いるのが、なんだか可笑しくなったのだ。
私たちの間には、穏やかな空間が出来ていた。心が通じ合った者同士の、友達同士の作るような空間だ。
私と竜胆さんは、一緒に過ごした時間はまだ短いけれど、この時にはもう友達であると、そう明言出来るほどに親しくなっていた。
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