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興味・杉谷瑞希の日記
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最後に見た地上は何色だったか…。この髪もこの目も肺や心臓まで、もはや全てが青い。
深海のトキソプラズマ
興味
“あの戦争”から100年、何事も無かったかのように理研特区は発展し続けている。壊滅前よりも活気づいているという噂も聞く。まだ15年ちょいしか生きていない俺には知る由もないが。あの戦争というのは、俺もよくは知らないが、100年前に政府軍が理研特区の電子工学研究科を潰すために仕掛けた戦争らしい。序盤は電子工学研究科が有利であったがある日を境に戦局は政府軍優勢に変わり結果電子工学研究科は全滅。さらに生態研究科も政府と手を組み非人道的な実験をしていたとかでトップ層が尽く逮捕され機能を失った。残った化学研究科も政府の援助が減りまともな研究ができずにいたらしい。これが現代の高校生が歴史の授業で習う内容だ。生態研究科がどのような実験をしていたか、負け知らずだった電子工学研究科が何故突然全く勝てなくなったのか。隠された事件の真相を知る者はもういないだろう。だが教科書に書けないほどの事があったのならそれは生態研究科附属高校に通う俺としては知っておかなければならない気もする。
「いくらで買えるかな…。」
「なんだい、いきなり。いくらでって君は何を買うつもりなんだ。」
「何って…情報?」
「何故疑問形なんだい。君が何を欲しているかなんて俺にはわからないよ。というか情報とは何の情報だい。」
「これだよ、これ。」
俺は瑞希に教科書のあるページを見せた。あの戦争について書かれているページだ。
「あー、これね…。ってええ!?」
瑞希にしては珍しく大袈裟に驚いた。
「一体なんでそんなものを…。そもそも君はそれをどこから買うつもりだい。」
「んー、どこだろうね。瑞希わかる?」
「そんなもん俺が分かるわけないだろう。」
「だよね。仕方ない、探させるか。」
「そこにもお金を注ぐわけかい。これだからブルジョワジーは…。」
瑞希は若干呆れているようだった。どうにも彼とは金銭感覚が合わない。日頃の様子を見る限り瑞希はかなりの倹約家らしい。
「そんな下らないことにお金を使うなら俺の研究資金でも寄付してくれたまえよ。」
「そんなことしなくても瑞希は本部から支援があるんじゃないの?」
「そもそも生態研究科自体資金不足なんだよ。国は電子工学研究科にばかりお金を出すからね。」
「へー、そりゃ大変だね。そうだ、瑞希は今日も本部の方に行くの?」
「もちろんさ。君も来るかい?」
「いいの?」
「本部の人達俺には甘いからたぶん大丈夫さ。」
本部というのは理研特区生態研究科の中枢だ。生態研究科はある程度国から自治権が与えられているのでそのための行政機関、広大な資料室、総合病院、そして最新鋭の設備と天才的な頭脳が集う研究機関、といかにも大事そうな施設の集合体が本部である。瑞希は高校生でありながら生態研究科の研究者として本部に出入りしている。普通に大学を卒業したってほとんどの人が入れない研究の最高峰だ。高校生で本部入りしたのは個人の実力でなら瑞希が恐らく初めてだ。
「まあ瑞希はみんなのアイドル的な存在として扱われているもんね。大人って瑞希みたいなのに弱いんだから。」
「あんなの鬱陶しいだけだよ。それに俺が本部入りしたのもコネだとか贔屓だとか噂されるし。まあ、そんな噂する奴らは研究成果で黙らせればいいだけなんだけどね。」
「いいなぁ、瑞希は。俺なんて研究したい対象すら見つかってないのにさー。」
「それは直也が遅すぎるんだよ。普通は高1でテーマを決めて高2では研究に全力を注ぐものでしょ。」
「俺だって確かに生き物は好きだけどさー、なんかこう、深く研究したいものはないんだよ…。」
「はいはい、そうですかー。…まったく、本部の様子でも見て何かに目覚めたらいいんだけどねぇ。」
放課後俺は瑞希に連れられ、生態研究科の本部まで来た。俺みたいな一般人が入っていいとは思えない程豪華で恐ろしい建物だ。瑞希はいつもこんなところに出入りしているのかと考えると長年の親友であるはずの彼が遠い存在に感じられる。
「こら、部外者は立ち入り禁止だぞ。」
「あっ、警備員さん!直也は僕の親友なんだぁ。」
「み、瑞希くん…。し、しかし…」
「僕が研究の協力者として連れてきたの!いいでしょ?…まさかダメって言わないよね…?」
「い、いやいやいや、そんなダメなんて言うわけないだろう!おじさん、瑞希くんの研究楽しみにしているんだからね!…君、中では粗相のないように。」
「わーい、ありがと、おじさん!さ、直也行くよ!」
「あ、ああ…。」
建物の中に入ってからも各所で瑞希持ち前のあざとさもとい対人能力により俺の侵入は黙認された。
「直也、これ見て!」
「これは…水槽…?」
瑞希が指差した先には見事な渓流が再現された大水槽があった。
「室内なのに見事な渓流でしょ。これで渓流魚の生態をより正確に調べられるわけだ。」
「すごいな…。ところで瑞希は一体なんの研究をしているんだ?」
「んー、大まかに言えばお魚さんの研究だよー。でも詳細は公に発表するまで秘密。」
「え、秘密かよ。」
「守秘義務があるんだよん。」
「守秘義務…マジか…。」
室内をじっくり眺める。昔行った他国の水族館というものに似ている。いや、スケールもクオリティもそれ以上だ。
「なんというか水族館みたいだな。」
「すいぞくかん?何それ。」
「他国にある生き物を展示している施設だよ。こんな感じで大きな水槽に様々な種類の魚がいて、生態系の解説などもしているんだ。それにイルカやアシカに芸を仕込んで観客を楽しませるショーみたいなものもあったな。」
「生態研究科では考えられないような施設だね。でもなかなか興味深い。一般の人に見せることで生き物に興味を持つ人も増えるだろうし、多くの種類の生き物を管理できるということは彼らの生態への理解も進んでいるということだ。管理しながらも日々新たな発見をするチャンスが転がっている。ある意味研究の最先端ともなりうるかもね。」
「随分高く評価するんだね。」
「生態学に関しては生態研究科はポンコツだからね。この世に存在するのは人間サマだけじゃないってのに。」
「そういえば確かに純粋な生態学や環境学についての話ってあまり聞かないもんね。」
「全くだよ。“ 生態”研究科を名乗っておきながら生態の研究はイマイチだなんて。バイオミメティックスやってる人はそこそこいるけどさぁ。やっぱり人間中心主義なことには変わりない。」
やはり瑞希はすごい。ただ平凡に毎日を過ごしている俺とは全然違う。自分の趣味と好奇心を世の中のためになることに変換できるなんてそう簡単なことではない。
「やっぱり瑞希はすごいよね。しっかりとした考えがあって、俺よりも全然頭も良いし…。」
「またそれかい。俺がすごいのは確かだけど一文路財閥の御曹司に言われると嫌味にも聞こえるよ。」
「一文路…?」
「しまった…!」
“ 一文路”という言葉を聞いた途端近くにいた研究員や職員たちが一斉にこちらを向いた。確かにうちは有名な財閥だが向けられた視線は驚きというよりは恐怖。何か良くないものを見てしまったかのような顔がこちらに向けられている。
「ね、ねえ、瑞希。なんでみんなこっちを見ているの…?“ しまった”って何…?」
「い、いやぁ、一大財閥の息子がこんなところにいるってバレたらまずいかなって…。」
違う。周りの目はそんなんじゃない。
「あ、あの…うちをご存知なんですか…?」
恐る恐るすぐ側にいた職員に声をかけると相手の顔はさらに険しくなり、思いもよらないことを聞いた。
「ああ…知っている。重罪人の一族だ。」
「重罪人…?」
「とぼけるな!お前ら一文路がやったことは100年程度じゃ許されない!…杉谷瑞希、将来有望だと思ったが犯罪者の子孫を連れてくるなんてな。二度とその面を見せるな。」
「瑞希…その…本当にごめん…。」
「なんで君が謝るのさ。まさか自分の一族について知っていて俺を嵌めたなんてことはないだろうね。」
「そんなことしないよ…!そもそも俺だって…あんなこと知らなかったし…。」
「なら謝るようなことはないだろう。」
「う、うん…。」
それにしても俺の祖先は一体何をしたのだろう。確かあの職員は“ 100年”と言っていた。100年前といえば確か授業で習った戦争もそのくらいだった。生態研究科…犯罪者…まさかとは思うがうちの一族がそれに関わったいるのではないか。情報を買おうとは思っていたが相手が身内となると都合が悪い。彼らは金ならいくらでも持っているし、俺のことは国宝のように扱う。国宝のように、というのは俺に対して優しかったり何でもしてくれるというわけではない。親も親戚も世話係も、確かに俺のことを大切に扱ってはくれているようだがどこかよそよそしい。俺の話などほとんど聞いていない。もしかしたら俺が御曹司だからではなく、一族の過去を知られてはまずいからそのような態度をとっていたのかもしれない。
「自白剤とかってどこで売ってるかな。」
「は!?つくづく君は突拍子もないことを言う男だね!俺だって知らないよ!」
「瑞希でも知らないのかー。」
「俺をなんだと思ってんだ、君は。…まあ、俺なら自分で作る方が早いと思うけどね。」
「自分で…?作れるようなものなの?」
「さあ?俺たちエリートだからそれくらいできんじゃない?」
「ええ…。」
エリートという言葉はそんなに便利なものではないだろう。だが、確かうちのグループの中には製薬系もあったはずだ。そのへんもあたれば…
とまあ、実は動機はこのようなものであった。そう、俺は決して人々を狂わせたかった訳では無い。隙のない一文路の人間たちに薬を飲ませるのは厳しいだろうと判断した俺はヒトに寄生する生物を生み出すというマッドサイエンティストのようなことに手を出した。なんとまあ、自ら命を作るというおぞましい作業は上手くいった訳だが、俺は出来損ないなので肝心の自白剤作りには失敗した。自白剤どころか人間の理性をぶち壊すような機能が付いてしまったそれはある日街中に逃げ出し、瞬く間に拡散し…
「おいっ!あんた、危ないっ!」
「えっ!?」
咄嗟に目をつむったので何が起きたかはわからない。サラリーマンのような風貌の男が倒れ、その傍らには小柄な少年が立っていた。
「あ、あの…」
「一見大人しそうに見えるのにな。その男、あんたに殴りかかろうとしていた。」
どうやら彼は俺を助けてくれたようだった。
「この街はどうなっているんだ。人間が獣のようじゃないか。」
「そういう生き物に寄生されているんです。…理性を破壊する生物兵器に。」
「うわ、こりゃまた面倒なところに来たもんだな。…奴が無事だといいが…。」
そう言ってその場を立ち去ろうとした彼を俺は引き留めようとした。
「何だ。俺は人を探さなきゃいけないんだ。先を急がしてくれ。」
「でも…」
「それにあんたが正気であるとも言いきれない。どうやらここではあまり人と関わらない方が良さそうだしな。」
そう言って彼は去ってしまった。しかし俺は何故彼を引き留めようとしたのだろう。主犯は自分だと見ず知らずの旅人に告白しようと思ったのだろうか。
杉谷瑞希の日記-1
まあ、まさか一文路の末裔と行動を共にしていたという理由だけで本部から追い出されるとは思わないよね。理研特区はもっと合理的だと思ったよ。いや、それほどまでに“ 一文路”は危険なのかもしれない。少し歴史分野にも手を伸ばしてみようかと思う。直也は親友だ。例え彼が“ 一文路”であっても。僕達が親友であり続けるためにも知識が必要なのだ。
深海のトキソプラズマ
興味
“あの戦争”から100年、何事も無かったかのように理研特区は発展し続けている。壊滅前よりも活気づいているという噂も聞く。まだ15年ちょいしか生きていない俺には知る由もないが。あの戦争というのは、俺もよくは知らないが、100年前に政府軍が理研特区の電子工学研究科を潰すために仕掛けた戦争らしい。序盤は電子工学研究科が有利であったがある日を境に戦局は政府軍優勢に変わり結果電子工学研究科は全滅。さらに生態研究科も政府と手を組み非人道的な実験をしていたとかでトップ層が尽く逮捕され機能を失った。残った化学研究科も政府の援助が減りまともな研究ができずにいたらしい。これが現代の高校生が歴史の授業で習う内容だ。生態研究科がどのような実験をしていたか、負け知らずだった電子工学研究科が何故突然全く勝てなくなったのか。隠された事件の真相を知る者はもういないだろう。だが教科書に書けないほどの事があったのならそれは生態研究科附属高校に通う俺としては知っておかなければならない気もする。
「いくらで買えるかな…。」
「なんだい、いきなり。いくらでって君は何を買うつもりなんだ。」
「何って…情報?」
「何故疑問形なんだい。君が何を欲しているかなんて俺にはわからないよ。というか情報とは何の情報だい。」
「これだよ、これ。」
俺は瑞希に教科書のあるページを見せた。あの戦争について書かれているページだ。
「あー、これね…。ってええ!?」
瑞希にしては珍しく大袈裟に驚いた。
「一体なんでそんなものを…。そもそも君はそれをどこから買うつもりだい。」
「んー、どこだろうね。瑞希わかる?」
「そんなもん俺が分かるわけないだろう。」
「だよね。仕方ない、探させるか。」
「そこにもお金を注ぐわけかい。これだからブルジョワジーは…。」
瑞希は若干呆れているようだった。どうにも彼とは金銭感覚が合わない。日頃の様子を見る限り瑞希はかなりの倹約家らしい。
「そんな下らないことにお金を使うなら俺の研究資金でも寄付してくれたまえよ。」
「そんなことしなくても瑞希は本部から支援があるんじゃないの?」
「そもそも生態研究科自体資金不足なんだよ。国は電子工学研究科にばかりお金を出すからね。」
「へー、そりゃ大変だね。そうだ、瑞希は今日も本部の方に行くの?」
「もちろんさ。君も来るかい?」
「いいの?」
「本部の人達俺には甘いからたぶん大丈夫さ。」
本部というのは理研特区生態研究科の中枢だ。生態研究科はある程度国から自治権が与えられているのでそのための行政機関、広大な資料室、総合病院、そして最新鋭の設備と天才的な頭脳が集う研究機関、といかにも大事そうな施設の集合体が本部である。瑞希は高校生でありながら生態研究科の研究者として本部に出入りしている。普通に大学を卒業したってほとんどの人が入れない研究の最高峰だ。高校生で本部入りしたのは個人の実力でなら瑞希が恐らく初めてだ。
「まあ瑞希はみんなのアイドル的な存在として扱われているもんね。大人って瑞希みたいなのに弱いんだから。」
「あんなの鬱陶しいだけだよ。それに俺が本部入りしたのもコネだとか贔屓だとか噂されるし。まあ、そんな噂する奴らは研究成果で黙らせればいいだけなんだけどね。」
「いいなぁ、瑞希は。俺なんて研究したい対象すら見つかってないのにさー。」
「それは直也が遅すぎるんだよ。普通は高1でテーマを決めて高2では研究に全力を注ぐものでしょ。」
「俺だって確かに生き物は好きだけどさー、なんかこう、深く研究したいものはないんだよ…。」
「はいはい、そうですかー。…まったく、本部の様子でも見て何かに目覚めたらいいんだけどねぇ。」
放課後俺は瑞希に連れられ、生態研究科の本部まで来た。俺みたいな一般人が入っていいとは思えない程豪華で恐ろしい建物だ。瑞希はいつもこんなところに出入りしているのかと考えると長年の親友であるはずの彼が遠い存在に感じられる。
「こら、部外者は立ち入り禁止だぞ。」
「あっ、警備員さん!直也は僕の親友なんだぁ。」
「み、瑞希くん…。し、しかし…」
「僕が研究の協力者として連れてきたの!いいでしょ?…まさかダメって言わないよね…?」
「い、いやいやいや、そんなダメなんて言うわけないだろう!おじさん、瑞希くんの研究楽しみにしているんだからね!…君、中では粗相のないように。」
「わーい、ありがと、おじさん!さ、直也行くよ!」
「あ、ああ…。」
建物の中に入ってからも各所で瑞希持ち前のあざとさもとい対人能力により俺の侵入は黙認された。
「直也、これ見て!」
「これは…水槽…?」
瑞希が指差した先には見事な渓流が再現された大水槽があった。
「室内なのに見事な渓流でしょ。これで渓流魚の生態をより正確に調べられるわけだ。」
「すごいな…。ところで瑞希は一体なんの研究をしているんだ?」
「んー、大まかに言えばお魚さんの研究だよー。でも詳細は公に発表するまで秘密。」
「え、秘密かよ。」
「守秘義務があるんだよん。」
「守秘義務…マジか…。」
室内をじっくり眺める。昔行った他国の水族館というものに似ている。いや、スケールもクオリティもそれ以上だ。
「なんというか水族館みたいだな。」
「すいぞくかん?何それ。」
「他国にある生き物を展示している施設だよ。こんな感じで大きな水槽に様々な種類の魚がいて、生態系の解説などもしているんだ。それにイルカやアシカに芸を仕込んで観客を楽しませるショーみたいなものもあったな。」
「生態研究科では考えられないような施設だね。でもなかなか興味深い。一般の人に見せることで生き物に興味を持つ人も増えるだろうし、多くの種類の生き物を管理できるということは彼らの生態への理解も進んでいるということだ。管理しながらも日々新たな発見をするチャンスが転がっている。ある意味研究の最先端ともなりうるかもね。」
「随分高く評価するんだね。」
「生態学に関しては生態研究科はポンコツだからね。この世に存在するのは人間サマだけじゃないってのに。」
「そういえば確かに純粋な生態学や環境学についての話ってあまり聞かないもんね。」
「全くだよ。“ 生態”研究科を名乗っておきながら生態の研究はイマイチだなんて。バイオミメティックスやってる人はそこそこいるけどさぁ。やっぱり人間中心主義なことには変わりない。」
やはり瑞希はすごい。ただ平凡に毎日を過ごしている俺とは全然違う。自分の趣味と好奇心を世の中のためになることに変換できるなんてそう簡単なことではない。
「やっぱり瑞希はすごいよね。しっかりとした考えがあって、俺よりも全然頭も良いし…。」
「またそれかい。俺がすごいのは確かだけど一文路財閥の御曹司に言われると嫌味にも聞こえるよ。」
「一文路…?」
「しまった…!」
“ 一文路”という言葉を聞いた途端近くにいた研究員や職員たちが一斉にこちらを向いた。確かにうちは有名な財閥だが向けられた視線は驚きというよりは恐怖。何か良くないものを見てしまったかのような顔がこちらに向けられている。
「ね、ねえ、瑞希。なんでみんなこっちを見ているの…?“ しまった”って何…?」
「い、いやぁ、一大財閥の息子がこんなところにいるってバレたらまずいかなって…。」
違う。周りの目はそんなんじゃない。
「あ、あの…うちをご存知なんですか…?」
恐る恐るすぐ側にいた職員に声をかけると相手の顔はさらに険しくなり、思いもよらないことを聞いた。
「ああ…知っている。重罪人の一族だ。」
「重罪人…?」
「とぼけるな!お前ら一文路がやったことは100年程度じゃ許されない!…杉谷瑞希、将来有望だと思ったが犯罪者の子孫を連れてくるなんてな。二度とその面を見せるな。」
「瑞希…その…本当にごめん…。」
「なんで君が謝るのさ。まさか自分の一族について知っていて俺を嵌めたなんてことはないだろうね。」
「そんなことしないよ…!そもそも俺だって…あんなこと知らなかったし…。」
「なら謝るようなことはないだろう。」
「う、うん…。」
それにしても俺の祖先は一体何をしたのだろう。確かあの職員は“ 100年”と言っていた。100年前といえば確か授業で習った戦争もそのくらいだった。生態研究科…犯罪者…まさかとは思うがうちの一族がそれに関わったいるのではないか。情報を買おうとは思っていたが相手が身内となると都合が悪い。彼らは金ならいくらでも持っているし、俺のことは国宝のように扱う。国宝のように、というのは俺に対して優しかったり何でもしてくれるというわけではない。親も親戚も世話係も、確かに俺のことを大切に扱ってはくれているようだがどこかよそよそしい。俺の話などほとんど聞いていない。もしかしたら俺が御曹司だからではなく、一族の過去を知られてはまずいからそのような態度をとっていたのかもしれない。
「自白剤とかってどこで売ってるかな。」
「は!?つくづく君は突拍子もないことを言う男だね!俺だって知らないよ!」
「瑞希でも知らないのかー。」
「俺をなんだと思ってんだ、君は。…まあ、俺なら自分で作る方が早いと思うけどね。」
「自分で…?作れるようなものなの?」
「さあ?俺たちエリートだからそれくらいできんじゃない?」
「ええ…。」
エリートという言葉はそんなに便利なものではないだろう。だが、確かうちのグループの中には製薬系もあったはずだ。そのへんもあたれば…
とまあ、実は動機はこのようなものであった。そう、俺は決して人々を狂わせたかった訳では無い。隙のない一文路の人間たちに薬を飲ませるのは厳しいだろうと判断した俺はヒトに寄生する生物を生み出すというマッドサイエンティストのようなことに手を出した。なんとまあ、自ら命を作るというおぞましい作業は上手くいった訳だが、俺は出来損ないなので肝心の自白剤作りには失敗した。自白剤どころか人間の理性をぶち壊すような機能が付いてしまったそれはある日街中に逃げ出し、瞬く間に拡散し…
「おいっ!あんた、危ないっ!」
「えっ!?」
咄嗟に目をつむったので何が起きたかはわからない。サラリーマンのような風貌の男が倒れ、その傍らには小柄な少年が立っていた。
「あ、あの…」
「一見大人しそうに見えるのにな。その男、あんたに殴りかかろうとしていた。」
どうやら彼は俺を助けてくれたようだった。
「この街はどうなっているんだ。人間が獣のようじゃないか。」
「そういう生き物に寄生されているんです。…理性を破壊する生物兵器に。」
「うわ、こりゃまた面倒なところに来たもんだな。…奴が無事だといいが…。」
そう言ってその場を立ち去ろうとした彼を俺は引き留めようとした。
「何だ。俺は人を探さなきゃいけないんだ。先を急がしてくれ。」
「でも…」
「それにあんたが正気であるとも言いきれない。どうやらここではあまり人と関わらない方が良さそうだしな。」
そう言って彼は去ってしまった。しかし俺は何故彼を引き留めようとしたのだろう。主犯は自分だと見ず知らずの旅人に告白しようと思ったのだろうか。
杉谷瑞希の日記-1
まあ、まさか一文路の末裔と行動を共にしていたという理由だけで本部から追い出されるとは思わないよね。理研特区はもっと合理的だと思ったよ。いや、それほどまでに“ 一文路”は危険なのかもしれない。少し歴史分野にも手を伸ばしてみようかと思う。直也は親友だ。例え彼が“ 一文路”であっても。僕達が親友であり続けるためにも知識が必要なのだ。
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