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異変・杉谷瑞希の日記
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異変
「…えー、A地区は午後から雲行きが怪しくなり…大粒の小銭が…ヒヒッ」
「…失礼しました。諸事情によりここからは私が代わってお送りいたします。A地区は明日の午後から…」
今日だけでも放送事故は5回目だ。いや俺が見ていないだけでもっとあったのかもしれない。じわじわと人々が狂い始める地獄。このようなところさっさとおさらばしてしまうのが一番だとは思うが、俺は実に面倒な人間であり“探偵ごっこ”をまだ続けていたいと思ってしまうのだ。
「わっ、すみません!」
青い髪の少年が家電量販店でテレビを眺めていた俺に衝突した。正直暇を持て余し道に突っ立っていた俺の方が誤るべき立場なのだが、その旨を伝えようと彼の顔を見た時思わず言葉が引っ込んでしまった。
「おいっ、待て…!」
とっさに呼び止めようとしたがその少年は走り去ってしまった。あんなこの世の終わりのような顔をしてどこへ向かっているのだろうか。それとも行先などなくひたすら何かから逃げているのだろうか。
生徒の出席率が下がってきているような気がする。いや、気がするのではなく実際空席は明らかに増えている。これもまた件の寄生虫のせいなのだろうか。
「ホルニ、今日はもう帰ろうぜ。どうせ現国と化学は自習だよ。」
そう、自己中心的な生活を送るのは生徒だけではない。本日の化学を担当する教師は別棟の実験室に籠りきりでもはや生きているのかもわからない。現国の方は…どうやら昼夜ギャンブルに明け暮れているようだ。真面目そうな人物であったがゆえ衝撃を受けた者はいるだろう。寄生虫のせいで人間が恐ろしく思えてくる。
「いや、俺は図書室に行く。一応この時間は自習の時間だからな。」
「…ほんと真面目だなー。」
この学校は実験室もそうだが、文献も充実している。初めて訪れた時にはこの図書室(規模からして図書館と呼ぶべきかもしれない)のあまりの広さに言葉を失った。係りの者から書物の検索機能を紹介されなければ目当ての本を見つける前に日が暮れていたことだろう。だが今日はあえて本棚の海を探検してみることにする。何せ時間はたっぷりとあるし、今欲しいものは検索のような近道では手に入らないと思われるからだ。歴史文献は大方調べ尽くした(ろくな情報が得られないという結論が出た)ため、今日の目的は人工生物の分野、人間が神となり得る禁断の技術についての文献である。理研特区と祖国とでは倫理観に大きな違いがあるというのは既に気付いていることだが、先日地下で見かけたおぞましい生き物(具体的イメージを思い出したくもないが、あれは猫の頭を持つキメラであった)や今世間を騒がせている寄生虫のような人工生命体の創造をこの社会は許しているのである。ああ、なんと恐ろしいことであろうか。
「おっと、失礼。」
「い、いや…こちらこそ…。」
目を引いた一冊に手を伸ばしたのは俺だけではなかったようだ。真面目そうだがおどおどとした…タイの色的には先輩のようだが相手は押し付けるかのようにその本を俺に譲りその場を去ろうとした。
「待ってくれ、あなたもこの本を手に取ろうとしていただろう。俺は別に研究で必要なわけではない。単なる好奇心で…」
「好奇心…?君もこういうのに興味があるのかい?嬉しいなぁ。」
こちらに向けられたその優しく無邪気な笑みに反して今俺の手元にあるのは『ヒト寄生生物―3つの抜け道』という題の本。
「この本はね、禁忌と言われていた人間に寄生する生き物をつくりだす研究について紹介しているんだ。理論だけで実践はしていないようなんだけどね。」
流石に理研特区でも禁忌とされるものはあるのか。だが人間に寄生する生き物と言えば今まさに世間を騒がせているアレではないか。
「どこかに作り方じゃなくて戻し方がないかと思ったけど…そう都合よくいかないよね。」
「戻し方…?」
「そう、寄生された人々をもとに戻す方法だよ。」
「そんな方法あるのか…?そもそも俺には何故人間に寄生する生き物をわざわざ作り出すのかも理解できないが。」
「人間の行動を変化させることだってできるからね。独裁国家を生み出しかねないから人間の心理に直接干渉する研究は禁止されているけれども。」
「ではやはりあの寄生虫も何者かが意図をもって…」
「…わからない。人々の理性を奪うなんて混乱を巻き起こすだけだと思う。」
「それもそうだな。いや、世の中には社会を混乱させることを目的に動く輩もいる。」
「とにかく俺はあの寄生虫のせいで理性を失った人々をもとに戻したいんだ。」
「そういうことだったのか。だったら俺にも協力させて欲しい。」
当初の目的では知識を得る止まりであったが人々をもとに戻すことができるなら願ったりかなったりだ。このままではせっかくの留学が台無しになってしまうところだったし何より理研特区の人々が困ることだろう。少々不思議なところもあったがこの人は救世主に違いない。
杉谷瑞希の日記-3
そういえば最近まともに人間と話していない。研究室からは追い出されてしまったし唯一の親友だった直也ともあれっきりだ。まあ情報は手に入るし特に不便な思いをしているわけでもないけれどやはり寂しいものだ。…寂しい?一瞬でもその感情を抱いたことが恐ろしい。俺にはたくさんの友達がいるじゃないか。人間とのコミュニケーションなんて面倒なだけだろう。何もしない時間が増えると余計なことを考えてしまってよくない。…そうだ、世間を騒がせているあの寄生虫、それに対抗できる“武器”を作ってみてはどうだろうか。時間は潰せるし上手くいけば功績が認められて研究室への復帰が許されるかもしれない。悔しいけど本部の資金力には敵わないからね。
「…えー、A地区は午後から雲行きが怪しくなり…大粒の小銭が…ヒヒッ」
「…失礼しました。諸事情によりここからは私が代わってお送りいたします。A地区は明日の午後から…」
今日だけでも放送事故は5回目だ。いや俺が見ていないだけでもっとあったのかもしれない。じわじわと人々が狂い始める地獄。このようなところさっさとおさらばしてしまうのが一番だとは思うが、俺は実に面倒な人間であり“探偵ごっこ”をまだ続けていたいと思ってしまうのだ。
「わっ、すみません!」
青い髪の少年が家電量販店でテレビを眺めていた俺に衝突した。正直暇を持て余し道に突っ立っていた俺の方が誤るべき立場なのだが、その旨を伝えようと彼の顔を見た時思わず言葉が引っ込んでしまった。
「おいっ、待て…!」
とっさに呼び止めようとしたがその少年は走り去ってしまった。あんなこの世の終わりのような顔をしてどこへ向かっているのだろうか。それとも行先などなくひたすら何かから逃げているのだろうか。
生徒の出席率が下がってきているような気がする。いや、気がするのではなく実際空席は明らかに増えている。これもまた件の寄生虫のせいなのだろうか。
「ホルニ、今日はもう帰ろうぜ。どうせ現国と化学は自習だよ。」
そう、自己中心的な生活を送るのは生徒だけではない。本日の化学を担当する教師は別棟の実験室に籠りきりでもはや生きているのかもわからない。現国の方は…どうやら昼夜ギャンブルに明け暮れているようだ。真面目そうな人物であったがゆえ衝撃を受けた者はいるだろう。寄生虫のせいで人間が恐ろしく思えてくる。
「いや、俺は図書室に行く。一応この時間は自習の時間だからな。」
「…ほんと真面目だなー。」
この学校は実験室もそうだが、文献も充実している。初めて訪れた時にはこの図書室(規模からして図書館と呼ぶべきかもしれない)のあまりの広さに言葉を失った。係りの者から書物の検索機能を紹介されなければ目当ての本を見つける前に日が暮れていたことだろう。だが今日はあえて本棚の海を探検してみることにする。何せ時間はたっぷりとあるし、今欲しいものは検索のような近道では手に入らないと思われるからだ。歴史文献は大方調べ尽くした(ろくな情報が得られないという結論が出た)ため、今日の目的は人工生物の分野、人間が神となり得る禁断の技術についての文献である。理研特区と祖国とでは倫理観に大きな違いがあるというのは既に気付いていることだが、先日地下で見かけたおぞましい生き物(具体的イメージを思い出したくもないが、あれは猫の頭を持つキメラであった)や今世間を騒がせている寄生虫のような人工生命体の創造をこの社会は許しているのである。ああ、なんと恐ろしいことであろうか。
「おっと、失礼。」
「い、いや…こちらこそ…。」
目を引いた一冊に手を伸ばしたのは俺だけではなかったようだ。真面目そうだがおどおどとした…タイの色的には先輩のようだが相手は押し付けるかのようにその本を俺に譲りその場を去ろうとした。
「待ってくれ、あなたもこの本を手に取ろうとしていただろう。俺は別に研究で必要なわけではない。単なる好奇心で…」
「好奇心…?君もこういうのに興味があるのかい?嬉しいなぁ。」
こちらに向けられたその優しく無邪気な笑みに反して今俺の手元にあるのは『ヒト寄生生物―3つの抜け道』という題の本。
「この本はね、禁忌と言われていた人間に寄生する生き物をつくりだす研究について紹介しているんだ。理論だけで実践はしていないようなんだけどね。」
流石に理研特区でも禁忌とされるものはあるのか。だが人間に寄生する生き物と言えば今まさに世間を騒がせているアレではないか。
「どこかに作り方じゃなくて戻し方がないかと思ったけど…そう都合よくいかないよね。」
「戻し方…?」
「そう、寄生された人々をもとに戻す方法だよ。」
「そんな方法あるのか…?そもそも俺には何故人間に寄生する生き物をわざわざ作り出すのかも理解できないが。」
「人間の行動を変化させることだってできるからね。独裁国家を生み出しかねないから人間の心理に直接干渉する研究は禁止されているけれども。」
「ではやはりあの寄生虫も何者かが意図をもって…」
「…わからない。人々の理性を奪うなんて混乱を巻き起こすだけだと思う。」
「それもそうだな。いや、世の中には社会を混乱させることを目的に動く輩もいる。」
「とにかく俺はあの寄生虫のせいで理性を失った人々をもとに戻したいんだ。」
「そういうことだったのか。だったら俺にも協力させて欲しい。」
当初の目的では知識を得る止まりであったが人々をもとに戻すことができるなら願ったりかなったりだ。このままではせっかくの留学が台無しになってしまうところだったし何より理研特区の人々が困ることだろう。少々不思議なところもあったがこの人は救世主に違いない。
杉谷瑞希の日記-3
そういえば最近まともに人間と話していない。研究室からは追い出されてしまったし唯一の親友だった直也ともあれっきりだ。まあ情報は手に入るし特に不便な思いをしているわけでもないけれどやはり寂しいものだ。…寂しい?一瞬でもその感情を抱いたことが恐ろしい。俺にはたくさんの友達がいるじゃないか。人間とのコミュニケーションなんて面倒なだけだろう。何もしない時間が増えると余計なことを考えてしまってよくない。…そうだ、世間を騒がせているあの寄生虫、それに対抗できる“武器”を作ってみてはどうだろうか。時間は潰せるし上手くいけば功績が認められて研究室への復帰が許されるかもしれない。悔しいけど本部の資金力には敵わないからね。
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