Prisoners(千年放浪記-本編4)

しらき

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Indulgentia

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 思えば一人旅というのは久しぶりかもしれない。いやもしかしたら初めてかもしれない。以前理研特区に行った時はやかましいクソガキのお守り…、華那千代に行った時は驚くべきことに死者と旅をした。前者、剣崎雄は何か大事な用事があるとか言って何年も行方不明、後者の三又聖も同様に私用があるとか言って行方を眩ませた。
余計な荷物がない分のびのびと旅をできるかと思ったのに、今回の目的地ヴァッフェル王国は食と音楽の国とは思えないほど閑散としている。
「…おかしい。剣崎の話によればヴァッフェルの、特にこの城下町ヴィーネの街道には屋台やアーティストが溢れているらしいが…。」
別に俺は美食家というわけではないし、食わなくても死なない体質ゆえあまり食事には興味がない。加えて芸術というものもよくわからない。だが折角どこかに行くならあいつが話題に出していた場所に行き、自慢がてら旅の話でもしようと考えていたのだ。
 「おにーさん、もしかして旅の人?」
「ん、ああ、そうだが。」
「それならちょっと付いてきてくれないかな。なに、悪いようにはしないよ。」
大体悪いようにはしないと言われるとロクなことが起こらないが、まあすることもないのでその少年の言う通りにした。どこに連れていかれるのやらと思ったが、目的地は近場の喫茶店だったため、少し拍子抜けした。
 「何がいい?好き嫌いがないならおれのおすすめを…」
「待て待て待て、何故俺は見知らぬ奴と食事をしなければならないんだ。来いと言われたから来たものの、まずそちらの目的を話してもらわなければ」
「お代は心配いらないよ!おれが奢るから!」
「話を聞け!」
「なんだい、そんなにカリカリして…。美味しいものがタダで食べられるんだよ?嬉しくないの?」
「お前は見知らぬ旅人に飯を奢って何の得があるんだ。施しならいらんぞ。」
「お堅いなぁ…。でも施したい相手は君じゃなくてこのお店だし…」
「…店?それはどういう…」
彼の不可解な発言について詳しく聞こうと思ったその時、喫茶店の店員らしき人物が注文を取りに来てしまった。
 「マルコ、今日も来たの…って、えっ、誰!?」
「Chao、ロン。だめじゃん、お客さんに誰とか言っちゃ。」
「え、別に俺は客じゃ…」
「おにーさん、チーズ食べれる?」
「え、ああ、まあ…。」
「ロン、チーズケーキとアイスティー2つね!」
「え、おい!ちょっと…」
「…マルコ、オーダーってことで大丈夫?」
「うんうん!」
「勝手に話を進めるな…」
だがよく考えたらこれは剣崎への土産話を得るチャンスかもしれない。ヴァッフェル王国に来たはいいものの観光と呼べるものは一切できずにいた俺にとっては現地の喫茶店のちょっとした料理でも土産話のレパートリーに加えたいものである。
「それにしても、マルコと言ったか、お前は何故こんなことをするんだ。」
「こんなことって?」
「店のために見知らぬ旅人である俺まで巻き込んで…」
「おれもロンもここの人じゃないんだ。」
「はあ、外国人仲間ってことか。」
「いや、外国と言うか異世界と言うか…。表地球って知ってる?」
「ああ、俺の知り合いにもそっちのやつが何人かいたな。」
表地球、俺たちが住まう裏地球とは別の世界のことだ。かつて好奇心からこちらの世界に来た台湾という地出身のジャーナリストや、アメリカという地で起きた事故によってこちらに飛ばされてきた少年がいた。自らこちら側に来た前者はさておき、一度こちらに来るともう向こうには帰れないというシステム上、事故でこちらに来てしまった者は気の毒である。
「知り合いがいるなら話は早いね。向こうとこちらが一方通行であることも知ってる?おれは姉さんと一緒にこちらに来たからまだいいけど、ロンは誰も知り合いのいないこの世界に急にやってきてしまったものだからさ。」
「はあ。」
「人見知りの彼がやっとこの店という居場所を見つけたのに、最近は全然お客さんが来なくて経営が厳しい状況なんだ。」
「まあ同郷の仲間を助けてやろうという気持ちはわかる。だが、今みたいに道行く人を捕まえ食事を奢ったところで大した支援にはならないだろ。もっと根本的な…そもそも何故この街はこんなにも閑散としているんだ?」
「それはホルニ…じゃなかった、この国の王子、ホルニッセ様が行方をくらませたからだよ。華やかな催しは不謹慎だからって…」
「王子が失踪だと?警備隊は何をしていたんだか。」
「あれは仕方なかったんだよ!いつもならおれがしっかり目を光らせているのに、あの時はちょうどホルニにおつかいを頼まれていて…もしやおつかいを命じたのはおれがいない間にこっそり城から抜け出すためだったのか!?」
「…いや、俺に聞かれても。というかこちらも聞きたいことが色々あるのだが…。」
「なーに?」
「王族の警備をしているお前は一体何者なんだ…。そしてそんな立場の人間の前で言うべきではないかもしれないが、ここの王子は色々と大丈夫なのか…?そんでもってお前はこんなところで油を売っている場合ではないんじゃないか?」
「待って、待って!そんなに一気に聞かれてもわかんないよ!えっと、おれはホルニ、ホルニッセ王子の近衛兵で、ホルニの奇行についてはむしろ外部から色々言ってくれ!って感じでこちらも手を焼いていて、えーと、今回の件については直接の責任は無いものの死ぬほどお城にいるのが気まずいからむしろ油を売っていたい所存であります!」
一気に聞かれてもわからない、と言いながらもマルコは俺の質問全てに答えた。別にこちらは律義に答えて欲しいとは思っていなかったが…。それにしても城に居づらいから街をうろうろしているなんて随分と無責任なやつだ。
「別にホルニだってこんな大規模な自粛は望んでないと思うけどなぁ。いや、むしろこれくらいやってくれた方がいいお灸にはなるのか…?」
なるほど、この国が観光地とは思えないほど閑散としていたのはそのアホな王子のせいだったのか。これまたタイミングが悪かった。
「本当ならここもロンの歌を聴きに来るお客さんでいっぱいなんだよ。そうだ、せっかくだから聴いていったらどう?最近じゃ外にパフォーマーもいないし、ここの音楽を堪能せず帰るのはもったいないよ!」
「へぇ、彼はただの店員ではないんだな。そんなにすごいなら聴いてみたいものだ。」
「ロン!聞いてた?良かったら君の歌を旅のお兄さんにも聴かせてあげてよ!」
マルコが振り向いた方向を見ると店員、ロンが腰を曲げておどおどとした様子で立っていた。
「ごめん、することがないから盗み聞きみたいなことをしちゃった…。今日は他に人もいないし、いや逆に少人数の方が恥ずかしいけど…いいよ。」
「やったぁ!Grazie、ロン!」
オーダーを取りに来た時もそうだが随分と憶病というか愛想が無いというか、正直彼が満員の客席を前に歌う姿が想像できない。
「今日は楽器を演奏できる人がいないからアカペラだけど…」

 なんとかこの状況を利用できるビジネスはないだろうか。経済活動が停滞する中唯一盛況なのは教会だ。しかし宗教をビジネスにしようなんて口にしたら俺は確実にあの場から追放される。クソ親父が死ぬまではあの教会は俺のものではないから大人しくしている必要がある。モノを販売しても駄目、提供できそうなサービスもない、株は最悪、ときた。こうイライラしている時はちょっとした刺激にも敏感になるようで通りすがりの喫茶店から微かに聞こえる聖歌のような歌声が耳に入ってきた。
「なんだこんな時に…、全然人は入っていないな。そりゃそうか。」
芸術は金になるから俺も色々と情報を仕入れてはいるが、こんなところに思いもよらない逸材がいたとは。しかもただ綺麗な高音というだけじゃない、歌っているのは恐らく男だ。”奇跡の歌声を持つ少年”として売り出したらかなり注目されるに違いない。しかし今の状況では音楽を含む芸術は売れない…いや”奇跡の歌声”…これはかえって使えるのではないだろうか。
 「~♪…あっ、いらっしゃいませ。」
「ん?お客さん?珍しいね。」
「ああ、食事をしに来たわけではない。綺麗な歌声が聞こえてきたものだからね、気になって立ち寄ってみただけだ。」
橙色の長髪の少年はここの関係者か、常連客か。隣の黒髪で眼鏡の少年はなんとなくここの空気に馴染んでいない、客の中でも旅行者か。タイミングが悪かったようだな。
「Piece Noireの烏丸という者だ。私は音楽関係のビジネスもやっていてね。どうだい君、もっと有名になりたいとは思わないかい?」
「えっ!ロン、すごいじゃん!」
「う、うん…。」
隣の少年の反応は良いが当の本人の反応が薄いな。何か事情があるのだろうか。
「あまりうれしそうではないね?」
「あまり注目されるのが好きではないので…」
なるほど、身内の中だけで十分だと思っているのか。だが俺もここで引くわけにはいかない。
「現在大規模なイベントの開催は自粛しなければならないということは君も知っているだろう?そこで私はライブ配信でサービスを提供しようと思っている。」
「ライブ配信…。」
「マルコ、ヴァッフェルは意外と科学技術も発展しているんだな。」
「ああ、他国からもらってばかりだけどね。」
「どうだい、これなら直接大勢の前でパフォーマンスをするよりかは良いだろう。」
「でも…」
なかなかしぶとい。こういうタイプには別方向からのアプローチの方が効果的だろうか。
「そういえば、この自粛ムードで飲食店もかなりの打撃を受けているらしいな。この店も例外ではないだろう?」
「…!」
「もし私のオファーを受けてくれるならばこの喫茶店の経営を支援してあげよう。なに、それくらいの支出大したことない。君はそれ以上の利益をもたらしてくれる金の卵だと思っているよ。」
「この喫茶店を…。」
やはりこちらの方が良かったか。先ほどよりも揺れ動いているようだ。
「ロン、やってみなよ。喫茶店も支援してもらえるならマスターへの恩返しにもなるんじゃない?」
「うん…。…わかりました、俺やります。」
「ああ、良かった。ところで君の名前を聞いてもいいかな。」
「獅子堂倫音といいます。」
「倫音くん。君がこの暗く淀んだ世の中に差し込む光となるんだ。共に頑張ろう。」
「は、はぁ…。」
獅子堂倫音、お前の歌が”救い”になることを期待している。我が社にとって、そして俺にとっての”救い”に。
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