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聖クライシス-1

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 「…しかしまさかそんなことができるとは。まだまだ世界も広いものだな。」
「君には何年旅をしてもたどり着けない場所だけどね。いいでしょー。」
「ああ、羨ましいな。それにしても聖、お前霊とか信じるタイプだったか?昔はこう、オカルトなんて絶対ありえない!みたいな性格だっただろ。」
「見てしまったものは仕方ないじゃん。そんなこと言ったら不老不死者と仲良くしようなんて思わないよ。」
「それもそうか。はー、ほんと良かったな。これからは何にも追われず自由な人生が送れるじゃないか。」
「そうだねー。でもいざ現世に復活してみると別にやりたいことなんてないんだよね。生前はあれだけ時間という概念に固執していたのに…。」
「懐かしいな。」
「ようやく君と同じ視点に立てたってわけかぁ。あーあ、俺生き急いでいたなぁ。」

聖クライシス

 2016年。21世紀初頭に彗星の如く現れた若き政治家の力で若市は文明化を進めてはいたが、未だ人々は妖怪の力に頼って生きている。しかし形だけの権力しか持たなかったかつての為政者たちとは異なりどうやら期待の新人は老害たちとの距離感を上手く保っているようだ。若市の首都、更築(サラツキ)に居城を構え勢いを増していくこの国の首相、今泉嘉子は表面的な活躍のみを見れば素晴らしい人物かもしれない。だが彼女の本性は…
「千坊ったらまたぼうっとして!そんなにお姉さん美人かしら?嬉しいわ~!仕事で忙しいからって手は抜かないわ。四六時中あなたと一緒なんだもの~!」
親…というより俺の場合は創造主と呼んだ方が相応しいであろう存在に捨てられて身寄りがなかったのは確かだ。国家の頂点に立つ人物の下であれば安定した生活は送れるだろうと思った俺が浅はかであった。実際セキュリティや物資の面では何一つ不自由のない暮らしは得られたが精神だけは疲弊していく。しかしよくよく考えたらこんな得体の知れない捨て子を国家のエリートが拾うという時点で何か裏があって当然だったのだ。
「あら、千坊お出かけ?ならSPをつけなきゃ…」
「いらない。俺は別に保護される身分の者じゃないからな。」
「あなたは私の可愛いお人形さんなんだから保護の対象よぉ。」
「…目立ちたくないからやめてくれ。」
「んもう。しょうがないわね。いい?ちゃんと帰ってくるのよ!そうじゃないと職員総動員で捜索だからね!」
 …このように散歩に行くにも一苦労である。最初の頃に捨てられたくない一心で働き過ぎたせいで今では立派に有能な秘書の仲間入りなためそもそも休みがあまりない。いざ隙を見つけてもすぐに護衛をつけられてしまう。なんとも息苦しい生活だ。だがまた行き場を無くすのが怖いのだろう、こんな生活でも保っていたいと思う自分がいる。高度な情報統制のおかげで俺の存在は世の中に大ぴらになることもないと考えれば平和かもしれない。
「…だからてめえの代わりに俺たちが有効活用してやるって言ってんだろ!」
「やられないとわかんねーのか!?」
人通りの少ない路地は目立たない代わりにこのような事故があるからよくない。俺は正義のヒーローでもないし放置が一番なのだがこの辺はお気に入りの散歩コースなので多少のリスクはあるが邪魔者は排除することにしよう。
「ん?なんだお前…」
「小学生か?ちびっこがこんなところ来ちゃだめでちゅよ~」
「…」
「なんだ、無視か!?」
「クソガキ…上等じゃねえか。来いよ、思い知らせてやんよ!」
何というかこんな単細胞が同じ人類だと言うのだから嘆かわしいものである。
「…ちょいと熱いがそれでもいいなら遠慮なく。」
「なんだあ?火が出てきたぞ。おもちゃか?」
「そんなの全然怖くないでちゅよーだっっつぅ!?」
「なっ!?」
「こいつマジモンの火だ!」
「んだと!?なめやがってっ!」
さすがに警告としての弱火では退散できなかったようでむしろ相手を逆上させてしまったが向こうの戦闘経験などたかが知れている。拳をかわすことは容易い。
「チッ、なんなんだてめえ!」
「まだやるか?レアよりミディアムの方がお好みのようだな。」
「クソッ、なめやがって…」
「やめとけ!見ろよ、なんかでかい炎を構えてるぞ!あれはやばいやつだって!」
「チッ、覚えてろよ!」
 なんというか後世振り返る価値もないようなつまらないシーンであった。更築の治安改善もまだまだといったところだろうか。
「あ…。」
すっかり忘れていた。カツアゲにはされる側も必要である。
「ありがとう。妖怪が街中にいるなんてなんて珍しいね。最近ではおとぎ話の中の存在になりつつあるのに。」
「いや、俺は人間だが。」
「えっ、でも道具なんて使っているようには見えなかったけど…。」
「そりゃあこの火は直接出してるからな。」
「熱くないの?」
「俺は温度を感じないからな。」
「本当に人間?」
矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。俺が怖くはないのだろうか。
「人間だぜ。まああっち側に近いことは否めないけど。」
「やはりまだ人間中心の体制は形だけで古めかしい思想に染まったままなのが若市の現状なんだね。だから文明が発達しないんだよ。」
「なんだと?」
「魔力や妖力のような超常現象に頼っているままじゃ俺たちの生死は人外どもに握られているのと同じだ。君にはわからないだろうけど人外の力を借りていない所でも人間は豊かな暮らしを送っている。」
昨今の改革により若市は随分と発展したように思えたが実はそうでもなかったという事実に驚かされたが、それ以上に路地裏で偶然助けた人間が意外にも頭の切れるやつだったことの方が衝撃的であった。散歩はこのように思いがけない発掘をするため楽しい。
「恩人に対して随分挑発的な口をきくじゃないか。しかし革新的な思想をお持ちなのにこんなところで何をしているんだ。エリートとやらは今頃学校に行く時間じゃないのか。」
「それは君も…いや野生児には学校に行く習慣はないのか。とにかく俺はあんなところ、ごめんだね。教科書通りに勉強したってやりたいことはできやしない。」
「やりたいこと?」
「…どうせ君にもわかりやしないよ。いや案外異端同士…でもこれが受け入れられないのは周りの考えが古いからで…。そう考えると彼はまさに古さの権化で…」
何やらぶつぶつと独り言を言っているようだがちらほらと失礼な単語が出てきている。誰が古さの権化だ。俺が何年生きているかも知らないで。
「よくわからんが俺はそれなりに科学技術に理解や興味がある方だからな。そういう物好きな人…いや妖怪の下で育ったし。」
「ふーん、それはまた随分と物好きな…。まあそこまで言うならダメもとで…。」
そこまでもったいぶられると初めのうちは何となく聞こうと思っていたものも無性に気になってくる。誰からも理解されない科学技術がどのようなものであるかも。
「俺が将来この街に輸入したいと思っているのは鉄道という外の世界の移動手段。」
「鉄道?聞いたことない言葉だな。聴こえの通り鉄の道を動くものなのか?それとも鉄製の道自体が動くのか?えっとあれだ、コンベアーベルトとかいったもののように。」
「前者だよ。鉄でできたレールの上を車のような乗り物が走るんだ。」
「自動車だって最近できたものだろう。まだ馬車が主流だってのに。そりゃあ発想が新しすぎて誰もついていけないだろう。ところでその鉄道というものは自動車とは何が違うんだ。」
「人が行き来する場所を走る自動車と違い専用の道の上を走るからよりスピードが出せる。それに自動車よりも大きい、というより長いんだ。それがいくつも連なっている。蓮根のようにね。」
「蓮根のような乗り物…想像がつかない。」
「いい例えがなかったんだよ!とにかく全長の長さから自動車と比べ小回りがきかない。遠く離れた目的地同士を繋ぐことが主な役割だ。今の若市の技術じゃ厳しいけど将来的にはすごいスピードを出して目的地まで一瞬でたどり着けるようにしたいね。移動時間の節約!現代人には時間が必要なんだよ!」
「つまり時間を生み出す発明か。いや実際は1秒も時間が増えたわけではないが。」
「本当に寿命が延ばせるわけでもないし、だったら限られた時間を上手く使うのが理想でしょ。」
「限られた時間ねぇ…。永遠を生きる俺にはピンとこない概念だな。」
「え?」
「ん?」
しまった、つい口に出ていたか!自分から最重要機密事項を漏らすとはなんて愚かな!
「適当に言ったつもりだったのに本当に古さの権化だったとは。神だの妖怪だの魔法だの昔はなんでもありだったんだなぁと思っていたけどまさか不老不死者なんてものも紛れ込んでいるとは。」
「…驚かないのか?」
「そりゃあツチノコって本当にいたんだ!みたいな気持ちにはなっているさ。でもなんでもありな若市で今更不老不死なんかに驚かないよ。」
ツチノコ?がなんだかはわからなかったが(文脈的には恐らく幻の生物か何かだろう)、目の前の人間が不老不死者だと聞いてもこの落ち着きよう…そもそも彼は俺が炎を出した時も何とも思ってなさそうだった。人外から離れつつある分馴染みのない俺たちのような存在を目にしたら何かしらの反応を示すと思ったが現代人は妖怪だけでなく豊かな感性からも独立しようとしているのだろうか。いや彼がそういう人間なだけだろうか。
「でもそうか、時間が無限にある君には縁のない話だったね。それとも無駄な足掻きだと嗤うかい。」
「いや?俺には絶対思いつかない斬新な考えだ。純粋に興味がある。」
それより一般市民たちは何故この話に耳を傾けないのか。誰しも永遠の命には興味を持つくせには時間を節約することには興味がないのか。皆時間が欲しいのではなく死から逃れたいだけなのかもしれない。
「…どうした?やはり異物とは会話したくないか?」
「…違う、初めてだ。俺の話に興味を持ってくれた人は貿易商であり好奇心旺盛な父さんを除けば初めてなんだ。その…よかったらまた話さない?」
「ああ。生憎俺は連絡手段を持たないから…そうだな、毎週月曜のこの時間にここで会うのはどうだ?」
「こんなところで?」
「あまり目立ちたくないんだ。」
「んー、それならもっといい場所があるよ。ここから5分くらい歩いたところに俺の家がある。平日は誰もいないしここと違って害虫が湧くこともない。」
「それもそうか。具体的な場所を教えてくれ。」
「近くに内閣府があるからわかりやすいよ。あの無駄に目立つ建物から3本行った先の三又って表札がある一軒家さ。たぶん三又なんて苗字うちだけだと思うから迷わないとは思う。」
内閣府の近く…ってご近所さんじゃないか!
「なるほどわかった。三又、な。そうか互いに自己紹介もせずダラダラと話していたのか。俺は白城。白い城って言うとなんか滑稽になるが。そう書いて白城だ。」
「情が薄いようにも聞こえるけどねぇ。俺は三又聖。よろしくね、白城くん。」
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