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第二章

第5話『平日はいつも大体こんな感じ』

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 朝6時。
 私の朝活は、ジョギングから始まる。
 骨伝導のイヤホンをして。

「よしっ」

 曲をループ再生に設定。
 朝の空気を体に馴染ませながら少しだけ歩く。

 体力づくりのために始めたジョギングも、今では習慣化している。
 始めたての頃は、もふもふで温かい布団の中から出ることができずに時間を無駄にしてしまっていた。

 誰かの名言集みたいなので、『人は決心だけでは、なりたい自分との差がありすぎて途中で挫折してしまう』というものを見たのを覚えている。
 最初は強い気持ちと心があればなんでもできる、なんて思っていたけど、本当にその通りだった。
 アイドルになるため、アイドルになったのだから、探索者として上を目指すために、そんな立派な目標を掲げて決心しても、習慣化するまでは布団からなかなか出られなくて実感してしまったから。

 でも今は、目標を達成するために必要な習慣化ができた。

「いこう」

 準備運動は家を出る前に済ませてある。
 だから今のウォーキングが加わって、体の準備が整ったからリズムを崩さないように走り出す。

 新人アイドルだからとか、人気がないからっていう理由もあるけど、残念ながら私には自分の曲がない。
 そんなことが許されるのは、大手でデビューしたか超新星とかいわれる人達だけ。
 想像上ではアイドルになったら自分の曲を歌えると思っていたから、そこは残念。

 赤信号。

 その場でジョギングをして、止まらないようにする。

 腕時計で時間を確認。
 かれこれ30分が経過していた。
 いつも一緒の場所を走っているわけではないから、もう少しだけ進んで景色を楽しんだら戻ろうかな。

 今日は学校だから、美姫に会える。
 そう思っただけでなんだか嬉しい。

 よしっ、あと少しがんばろーっ!



「おはようさーん」
「美姫おはよー」
「おうおう、今日も朝から元気があって羨ましいねぇ」
「そうかな? 美姫はいつも通りで眠そうだね」

 美姫はいつもと変わらず、がばーっと大きく口を開けたあくびを手で隠している。

「鞄置いてくるねー」

 なんだろうなぁ。
 普通に顔を合わせて、なんの特別感もない会話をしただけなのに、自然と笑顔になっちゃう。
 今日も美姫に会えて良かったなって。

「ほいほい。何をそんなにニコニコしているの? 笑顔の練習でもしてるの?」
「そんな練習はしてないよ」
「そうかいそうかい。じゃあお手伝いしてさしあげよう」

 美姫は座る私の後ろに回り、脇腹をくすぐり始めた。

「こちょこちょこちょ~あーらよっと。ここか? ここが効くのか?」
「ちょちょちょ、ちょっとやめてよ~っ。あはっ、あはははははっ」
「なになに? まだまだ笑い足りないって? ならばこうだ」
「やめっ、やめてよぉーっ」
「ふふふ、ふふふふふっ」
「きゃーっ」

 やっと解放された。

 たぶん、ここまでの出来事は数十秒ぐらいだったと思う。
 だけど私にとっては途轍もなく長い時間に感じてしまった。

 笑ってる最中、体をよじったりジタバタしていたせいで、前方の視界端に入る人達から視線が向けられている。
 振り返って確認しないけど、たぶん後ろの人達からも観られていたと思う。

 そして、笑いすぎてお腹が痛い。

「もう美姫ったら。こういうのは勘弁してよー。こちょこちょは弱いんだって」
「知ってる」
「だったらやめてよ」
「まあ、たまにはいいじゃん。何も考えずに笑うのも」
「……そうだね、ありがとう」

 怒るに怒れない。
 だって、これは美姫なりの優しさだから。

「んほお、この香りはたまりませんなぁ。お風呂に入りたてのほかほか感」
「やめてよ。なんだか変態みたいな発言だよ」
「よいではないか~よいではないか~。これは石鹸か? シトラスかぁ?」
「変だよ」

 美姫は机の横に回ってしゃがんだと思ったら、手で匂いをかき集めている。
 手で扇いで、鼻に。

 私は変質者へ向ける目線を美姫へ送る。
 いやいや、それをする時は美味しそうな食べ物を前にした時だけだよ。

「そういえばさ、美夜って配信者とかはやったりしないの?」
「というと?」
「だってさ、活動全てが配信者向きじゃない?」
「でも、配信者ってゲームをしたり、雑談したり、料理したり旅をしたりとかじゃない?」
「まあー一般的にはそうだね。でもさ、少しでも宣伝効果を考えるなら全然ありだと思うんだよね」
「たしかに、事務所のアカウントだけでしか配信したことがないから、それもありかもとは思う」
「でしょでしょ?」
「んーでも……」

 アイドルとして活動して、探索者として活動して、学生をする。
 自分で選んだ道だけど、かなり忙しい。
 この合間を縫って新しく何かを始めようとすると、もうプライベートの時間を全部削るしかなくなってしまう。

 本気で何かをやっている人は、私以上に頑張っているというのはわかっていても、それを私ができるのかっていうのは、正直わからない。

「時間をどう使うかが問題かなぁ」
「ちっちっち」

 美姫が突然指を出して横に振るものだから、私の視線はそれに釣られる。

「確かに新しい時間を作るってなるとかなり難しいと思う。それぐらいは私にも理解できる。それに、レッスン風景は映せないし、トレーニング姿を映しちゃうと身バレとかの心配をしないといけない。だから――」
「だから?」
「探索者の活動を配信しちゃうってのはどうかなって」
「えぇ……」
「いやわかるよ、美夜が最初に探索者になった理由は。それに、今だってどういう目的でダンジョンに行っているかも」
「だったら――」

 私の言葉を美姫に遮られてしまう。

「貪欲にいくのもありなんじゃないかなって、ね。モンスターを倒して配信でも稼いで。これってかなりいいと思わない?」
「それはそうなんだけど、事務所の人がどう反応するかだよね」
「やっぱりそうなるかぁ」
「うん」
「なんかなぁ。所属させてもらえてるのはありがたいんだけど、もっと雇った子を売り出すとか、人気が出るために力を注ぐとかないのかねぇ。だって、宣伝の一つもやってくれないんでしょ?」
「まあ……ね。でも、こんな私をデビューさせてくれただけで凄くありがたいと思ってるんだよ。実際、人気が出るかどうかは私次第なんだし」
「ん~まあそれはそうなんだけど。ん~なんかねぇ~」

 本当だったら、こんなに私のことを考えてくれている美姫の考えを尊重するべきだ。
 確かに今は人気がないし、もっと自分を知ってもらえるような機会が必要だとわかっている。

 配信をやっているといっても、一週間に一回程度の告知なしステージ。
 どこかのタイミングで観に来てくれた人がいたとしても、次にやる日を告知出来ないから、時間が経って忘れられてしまう。

 だったらもっと自分で機会を増やさないと……とわかってはいるけど……。

「まあ、今のところは保留にして、そういう選択肢もあるよってのだけ、ね」
「そうだね。美姫、ありがとうね」
「なんだい、私のことが好きか?」
「うん、大好き」
「うひょーっ、今の言葉、録音したいからもう一回言ってくれないかな」

 急いでポケットからスマホを取り出す美姫に言う。

「言ってあげませーんっ」
「ぶー、ケチ」
「ファンサはここまでです」

 話は、タイミングばっちりなチャイムによって遮られる。

「んじゃね」

 そして急いで自分の席へ戻る美姫に、小さく手を振った。
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