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第三章

第20話『私を助けてくれたのは、王子様だったよ』

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 夏空なつぞら雅輝あき――もとい、ゲームネーム【ミヤビ】は、鈴城すずしろ奏美かなみもとい【シロナミ】と噴水広場の一角でベンチに腰を下ろしている。

「それって、ものすっごく危なかった話だよね。……大丈夫だったの?」

 シロナミは知り合って2日目のミヤビと意気投合してしまった。

「うん。最初は怪我をしちゃったんだけど、あの人が助けてくれたから全然大丈夫だよ」
「でも凄いねミヤビは。私の知り合いにも探索者の人が居るんだけど、本当に別次元に生きている人みたい。大きくなにかが違うってわけじゃないんだけど、近くに居るのにすっごく遠く感じるの」

 夜空の下を話しながら進む人達やNPC達を眺めながら、少女達は言葉を交わす。

 ミヤビは黒髪を右肩から流し、左に座るシロナミへと視線を移す。
 対するシロナミも、同じ黒髪を左に流して目線を合わせる。

 街灯や星月の光によって照らされる街並みは、現実的でありながら、異世界の住人になってしまったかと錯覚してしまう。

「私もそう思った。その人と少しの間だけ話をしたんだけど、目の前に居るのに物凄く遠くの人に感じたよ」
「偶然にも互いにそういう存在が現れると、なんだか不思議な感覚になるよね」
「本当に不思議な人だった。どこか別の場所で出逢ったことがあるような、そんな」

 ミヤビはワドのことを思い出し、そして、自分にかけてもらった言葉と同じ言葉を耳にしたあの瞬間から、暁にその姿を重ね観ていた。

 当然、ゲームの中では容姿が違い、声を変えているため、ミヤビは暁=ワドということに気づいていない。

「実はね、私はこのゲームを初めてプレイした時、ある人に助けてもらったの」
「え、なにそれ随分と面白そうな話」
「別にそこまで面白い話じゃないよ。武器の出し方も理解していなかった私は、最初の場所でうろうろしていたらモンスターに襲われちゃっていたの。そこで、その人に助けてもらったんだけど、救世主――いや、私を助けてくれたのは王子様だったよ」
「え、ミヤビってそういうのを夢見る子だったの?」
「酷くない? シロナミはそういう経験がないんなんて可哀そ~」

 ミヤビは『あっかんべー』で応戦。

 しかし、シロナミはその話題にカウンターをもっていた。

「ミヤビももう知ってると思うけど、その初期モンスターは素手でも倒せるようになっているわよね」
「ギクッ」
「たしかに、素手でも倒せるモンスターから助けてもらえるような、か弱いお姫様からすれば助けてもらえれば誰だって王子様よね~」
「シロナミの意地悪」
「攻撃してきたのはそっちでしょ」

 と、いがみ合っているように見えるが、2人は少しだけ睨み合った後、すぐに笑い合う。

「あっはは~おっかしいの~」
「ね」
「私達、本当はモンスターを倒して経験値を稼いでレベルアップを目指さないといけないのに、なんだかこうしてお話をしているだけで満足しちゃってるよね~」
「2人してゲーム初心者なんだから、そればかりはしょうがないよ。ゲームは楽しんだもん勝ちだと思うし。私の知り合いは、いつも楽しそうにゲームをしているからそれに倣おうと思ってるの」
「ほぉほぉ。その人ってこのゲームをやってたりしないの?」
「やってるよ。だから私もこのゲームを始めようって思ったの」

 ミヤビは「ほぉほぉ」と相槌を打ち、ある疑問が思い浮かぶ。

「ねえその人って女の人?」
「いいや、男の子」
「その人のこと好きなの?」
「なっ――なななななにを言ってるの!? ち、違うわよ」
「ふぅーん。まあどっちだかはわからないけど。こういうところはゲームだからわかりにくいよね。現実だったら、たぶんシロナミはめちゃくちゃわかりやすい反応をしているだろうから」

 これ以上、目線を合わせているとマズいと判断したシロナミは、星々が散らばる夜空へと視線を向ける。

 本物の星空ではないが、施設で観るプラネタリウムよりは現実的な雰囲気を感じられる。
 時折降る流れ星は、つい両手を合わせて願い事を唱えたくなるほど。

「それにしても凄いよね。ゲームを始めたばかりっていうのもあるけど、現実の世界と瓜二つとしか思えない」
「本当にそうだよね。私も、ここがもう1つの現実だなって思い始めてるもん。そういえば、あの助けてくれた男の人はとっても生き生きとしてた。このゲームが始まったばっかりなのに、まるでこの世界に住んでいる人みたいに」
「それってもしかして、本当は人間じゃなくてNPCなんじゃない? 初心者救済処置のなにかとかで」
「え、なにそれ怖い」
「ミヤビ、NPCに助けてもらって気持ちが昂ってたってこと?」
「やめてよ、そんな幽霊に助けてもらった人みたいに言うの」

 シロナミは目線を下ろし、ゆっくりとミヤビと目線を合わせる。
 2人は今は感じるはずのない寒気に襲われ、自らを抱く。

「でもさ~私の知り合いは、ゲームのことを考えてそうな時って本当に楽しそうなの。学校とかではそんな話は全然しないんだけど、顔を観ただけで一目瞭然って感じ」
「私としてはそういう、なにか1つでも好きになったりのめり込めるものがあるって羨ましいんだよね」
「あ~、それ私もわかるかも。勉強とか体育とかそういうので頑張っていても、そういう真っ直ぐに突き進み続ける人に憧れるんだよね。だから……私はその人に憧れているんだと思う」
「それ、ものすっごくわかる。ふふっ、なんだか面白い。私達って出会うべきして出会ったのかもね? 私は間違いなく、ダンジョンで出逢ったあの人にも、ゲームで出逢ったあの人にも憧れちゃってるんだと思う」

 互いに憧れる人物を思い浮かべ、笑みを浮かべる。

「だけどさぁ、虚しいところもあるよね」
「なにが?」
「だって、私達はそういう人に憧れているというのに、こうしてお喋りだけで今日も終わっちゃおうとしているんだよ。想像してみてよ、その人って間違いなくゲームを楽しみながらレベルアップしたり先に進んでいると思わない?」
「たしかに……ぐうの音も出ないわね」
「明日野郎は馬鹿野郎とかって言葉があるけど、今日はもう23時50分……だから、今日はもう無理として。明日から、2人で少しずつでも頑張ってみない?」

 ミヤビからの少し予想外な提案に、シロナミは少しだけ悩む――が。

「そう、だね。本当にその通りだよね。私達のレベルは2。このままじゃ、またその人と合えたとしても一緒にパーティを組んでもお荷物になっちゃう」
「そうそう、そういうこと」
「私、その人から聞いたんだ。レベル差があると、経験値が1になっちゃうんだって」
「え、そうなの? じゃあ尚更、このままだと絶対に追いつけないってことか」
「うん。……あれ? そういえば、ミヤビって探索者だったら現実ステータスとの同期っていうシステムがあるんじゃなかったっけ?」
「え、なにそれ」
「え? ミヤビ、もしかしてゲーム開始前に取扱説明書を読まなかったの?」
「あはは……」

 ミヤビは図星の指摘に、首の後ろに手を回して頭をヘコヘコする。

 対するシロナミは、全身を脱力状態に「えぇ……」と、落胆した。

「あ、でもミヤビがそのシステムを使ったとしたら、私だけ置いてけぼりになっちゃうってことじゃない?」
「まあ……そうなっちゃうけど、これって一度だけだし、私の探索者レベルって5だからそんなに変わらないから大丈夫だと思うよ」
「まあそれぐらいならたしかに。そう考えると、探索者をやってるのが羨ましく感じちゃうなぁ~。でもわかってるよ。探索者っていうのは、そんな簡単なお仕事じゃないし、気楽にやれるものじゃない。いつ死んでもおかしくないお仕事だって」
「そこまで理解されていると、なんにも言い返せないよ~」
「その人を観ているとね、自然とわかってくるんだよね。学校では、探索者の話もゲームの話もしないんだけど」
「結構、秘密主義なんだね」

 会話に花が咲いている最中だが、シロナミは時間がチラッと見てしまい、焦る。

「やっばい! もう0時を過ぎちゃったよ!」
「え! まっずーい!」
「じゃあ今日はここまでで、また明日……こういう時は今日? 頑張ろうね」
「頑張ろ~っ!」
「それじゃあお疲れ様」
「お疲れ様~」

 2人は、明日の学校に支障が出ないかを焦りながら急いでログアウトした。
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