37 / 40
第六章【ああ、僕が祓魔師だ】
第37話『疑問は確信になり、誠意をみせる』
しおりを挟む
スマホで時間を確認した後、豪邸のチャイムを鳴らす。
僕が伊地の家に辿り着いたのは一時ちょうど。
さて、出てくれるか。
「…………」
まあ、出てくれるわけはないよな。
出ない状況考えるならば……今押したところにスマホの一部についているカメラがある。
ということは、今僕の光景を安全地帯から高みの見物を決めこまれているか、そもそもチャイムが鳴ったとしても出ないと決めているか。
どちらにしてもこのままじゃ埒が明かない。
ここは強行突破するしかないか……。
『主様、微か匂いがする』
『どういうことだ? 【黒霊病】の症状がわからないからなんとも言えないけれど、進行度合いによっては風邪みたいだからってお出掛けでもしたっていうのか?』
『そんなのは妾に言われてもわからぬわい。じゃが、確実にここを通ったような感じに匂いが残っておる』
僕は現状をまるで理解できていない。
症状をちゃんと理解していないというのもあるけれど、そもそも伊地の妹は【黒霊病】がどこまで進行してしまっているのかがわからないんだ。
深刻な心持でここまで来てみたものの、もしかしたら本当に買い物とか出掛けられるぐらい軽症なのかもしれない。
前者であれば急がなければならないが、後者であった場合は急ぎ損だ。
いや……悪化してからじゃ遅い。
治せるのならば、できるかで早い方が良いに決まっている。
こんなところで立ち止まっていても仕方がない。
『絶レーダーには写せたりしないのか?』
『無理じゃの。そもそも前にも言ったが、妾の意思でやっているサービスではない』
『そうだよな。追いつくには少しばかり時間が掛かるかもしれないが、地道に歩いていくしかないな。絶、道案内を頼んだ』
『了解じゃ』
「えへへ、おんぶしてもらうの久しぶりだね」
「そうね。最後におんぶしてあげたのは――」
「憶えてるよ。私が小学校二年生の時だったよね。嬉しいことがあって、調子に乗って走り出したらズサーッと転んじゃって」
「おっちょこちょいなのは昔からだったわね」
「ぐぬぬ……否定はできない」
あの時は、とんでもないほど泣いていたわね。
耳がはちきれそうかと思ってしまったわ。
それに、汗やら涙やら鼻水やらよだれやらで私の背中はびしょびしょになってしまったのを憶えている。
今も似たような状況だけれど、不思議ね、今も昔も他人だったらすぐにでも逃げだすというのに、舞が背中に居るって思うだけで全然違う。
そして重くて腕が痛いけれど、背中に居るのが舞だって思うと不思議と頑張れちゃうわ。
「あ、この道じゃないかしら」
「もう着いたの?」
本当に懐かしい道。
なにか特徴があるわけでもない一本道。コンクリートで補装された道の横には草や野花が咲いているだけ。
今は誰も歩いたりしていないけれど、昔の記憶ではよく犬の散歩をしている人が居たような記憶がある。
だけど、今はこんなにも人気がない場所になってしまったのね。
目線を少し逸らすと、流れの緩い川と何もない野原。
遊具の一つもないけれど、それがまた良くて、のんびりした時間を温かい太陽に照らされながら過ごすのがまた心地良かった。
坂道の草の上に座って景色を眺めながら弁当を食べたり、野原に寝転がってお昼寝したり、川の近くまで行って石を投げこんだり。
そのどれもが今でも思い出せるぐらい新鮮で、大切な記憶。
「お姉ちゃんも疲れたでしょ。下に降りたら、前みたいに寝転がったりしようよ」
「そうね」
がくがくな足を必死に踏ん張って、階段を下りた。
そしてすぐに舞を逆へ下ろして同じく腰を下ろす。
ずっと前屈みだったせいで、妙に陽の光が眩しい。
「風邪も気持ち良いし、太陽も気持ち良いね~」
「本当ね。人目を気にしないなら、昔みたいにここでお昼寝するのもありね」
「いいね~。もしかしたら全然人が居ないみたいだし、寝てみちゃう?」
「もしもするとしても、舞だけね。さすがにこの年でこんなところで二人とも寝てたら、それを見た人に救急車を呼ばれかねないわ」
「ぷふっ、たしかに。大騒ぎになっちゃうね」
でも、それもありなのかもしれないわね。
考えたくもないけれど、これがもしも最後の外出になってしまうのであれば、舞がやってみたいことを全て叶えてあげたい。
横で顔を赤目ながら苦しそうにしている舞の頭を優しく撫でる。
「どうしたのお姉ちゃん」
「私は起きているから、舞は少しぐらいなら寝てみてもいいんじゃないかしら」
「え、本当に良いの?」
「ええ。こんな、陽の光がお布団みたいに温かくて、心地良すぎる風もあるのよ? これこそがお昼寝日和というやつよ」
「えへへ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
「それが良いわ。ゆっくりとお休みなさい」
この方向は……。
『絶、本当にこっちの方向で大丈夫なのか』
『間違いない。妾も少しばかり驚いておるのじゃ』
向かっている方向に覚えがある。
たった数日前に仕事できた場所。
普段は特に場所への思い入れはないけれど、あの場所は初めて死を予見した場所だ。
しかも絶の能力を初めて知った場所でもあり、絶を久しぶりに見た場所でもある。
情報量が多かったというのもあるが、それだけのことが起きた場所をそう簡単に忘れる方が無理だ。
あの屋敷跡地も同じく。
『しかし、既に十分は歩いているよな。この様子だと、本当に妹の方がピンピンしていそうだよな』
『……少し言い難いのじゃが、妾がこうして匂いを追えているのには明確な理由がある』
『薄々そうじゃないかって思っていたけれど、やっぱりそういうことなのか』
『そうじゃ。あの"黒い匂い"は以前より濃くなっておる。これが意味するところを知りはせぬが、かなり進行してしまっておると踏んでよいじゃろう』
『だよな……』
ったく。
今日は何一つ笑えやしない。
絶に言われるまで気づいていない振りをしていた。
そうじゃないでくれと、どこか期待していた。
目を背けていた。
こんなことをし始めて、こんなところまで来て、まだ覚悟が決まっていない。
情けないな。
もしも師匠がここに居たのなら、頬に張り手でもくらっていたのかな。
衣月ちゃんと小陽ちゃんの顔がよぎる。
伊地は今、誰にも相談できずに苦しんでいるはずだ。
……だけど、僕も今、誰にも相談できずに悩んでいる。
祓魔師としての仕事だっていうのに、これじゃあ誰に見られたって笑われちまうな。
『いいや、妾は笑わぬぞ』
『……』
『主様は他の者が持たぬ"心"を持っておる。他の者をあまり知らぬが、少なくともあの宮家というやつを見ていたらわかる。――主様は、相手に寄り添い、相手のことを想い、相手を尊重しておる。じゃからこそ、心が苦しいじゃろうが――じゃが、それは決して無駄ではない』
『ありがとう絶。……僕の心が弱っていたら、惚れていたぜ』
『そうなのかえ? 主様は、妾に見惚れておったのを忘れてはおらぬぞ?』
『そういえばそうだったな。僕はお前に見惚れていた。惹かれていた。それは間違いないな』
まさかな。
まさか最強の吸血姫様に慰めてもらえるだなんてな。
『絶のおかげで思い出したよ』
『おっ』
『僕は助けを求める相手を絶対に見捨てない。助けを求められるならば、僕は僕の全力をもって助ける。ただそれだけだ』
『かっかっかっ。それこそが妾の主様じゃ』
見覚えのある一本道に出た。
なんの装飾があるわけでも、家々が並んでいるわけでもないコンクリート道。
時折咲いている野花は、散歩なんかしていたら癒しポイントだろう。
こんな見晴らしの良い所に出れば。
『主様、下の野原に"匂い"が続いておる』
『わかった』
ここまで来れば、もはや自分の目で確認した方が早い。
僕は野原まで坂道を滑り降りて、視野を広げる。
すると、答えはすぐに見つかった。
少し離れている場所からでもわかるほど艶やかな黒髪を垂らす少女。
そして、その隣に寝転がる人物を目視。
こちらに気づいていないのを良いことに、僕はそちらへ歩き出した。
「よお。今日は天気が良くて気持ちが良いな」
「……何の用かしら」
ギロリッと、いつも以上に鋭い視線を向けられる。
「見てわからないのかしら。私は今、誰かと話せるような状況ではないの。わからない? 暇じゃないってことよ」
ちらりと隣に居る人物に視線を向けると、とても気持ちよさそうに寝ているようだ。
「そうだな。このまま話を続けるには妹さんが起きてしまう」
「……なぜこの子が妹だと知っているの。――もしかして、美勝さんの仕業かしら」
「一部そうであるが、森夏からはそこまで情報を聞いていない。僕にも妹達が居るんだ。年齢的には一つしか違わない」
「……そう、なのね。知らなかったわ、あなたに妹が居たなんて。ん、妹達?」
「ああ、妹達は双子でね。両方女の子なんだ」
妹さんは眠っているけれど、息苦しそうにしている。
長話をしている場合じゃない、早速話題に入らないと。
「伊地、頼むから答えてくれ。頭の良いお前なら、いろいろと勘づいているかもしれないが、妹さんは【黒霊病】を患ってしまっているな?」
「だとしたらなんだというの。あなたに関係があるのかしら?」
「ある、大いにある。信じてもらえないかもしれないけれど、僕は祓魔師だ」
「やっぱりそうだったのね」
「なんだよ、そこまで気づいていたのかよ。じゃあ」
「だからなんだというの? みるからに末端の祓魔師にしかみえないあなたに、一体何ができるというの?」
「そのことに関しては否定できない。実際に、僕は新米祓魔師だ。それに、【黒霊病】についての対処法を知っているわけでもない」
「ほらみなさい。そんな相手に、大切な妹を任せられると思うの?」
「……無理だな」
「ふざけないで。逆に考えてみなさい。あなたの大切な妹達がこんな状況になって、赤の他人に任せられるの? その後、一生会えないのかもしれないのよ」
「……」
僕はそのことに何も言い返せない。
「ごめんなさい。少しだけ言い過ぎたわ。でも、妹を持つ同じ立場ならば、わかるはずよね」
「ああ、そうだ。だから……だからこそなんだ。だからこそ、僕にお前の妹を助けさせてくれ」
「いい加減にっ――」
伊地の言葉より先に、僕は深く頭を下げた。
「その不安が理解できるとは口が裂けても言えない。だけど、僕だって考えた。考えまくった。もしも、僕の大切な妹達が同じ病になったとして、未熟な自分の手で救えるのか、誰かに預けられるのかを。――考えた。胸が苦しくても、必死に考えた」
「……」
「情けないよな。そんなに考えたところで、答えは出なかった。出せなかった。でも、これだけは言える。絶対に諦めなって、最後まで一緒に居てあげるって」
「そうよね。そこに行き着くわよね。なら」
「でも、僕には救える可能性がある力がある。だから最後まで諦めずに自分の力を信じる。助けたいって気持ちを絶対に絶やさない。そして今、僕は伊地の妹を助けてやりたい、助けたいんだ。どうかお願いだ。一度で良い、僕を信じてはくれないか」
僕は頭を上げない。
今、伊地に力一杯に殴られようが、蹴り倒されようが絶対に抵抗しない。
立てなくなったら土下座してやる。
「僕にお前に大切な家族を護る手助けをさせてはくれないか」
「――……わかったわ。あなたって意外と強情な人なのね。でも忘れないで、あなたも十分に理解していると思うけれど、もしものことがあったのなら、私はあなたを一生許さないから。もしかしたら、あなたを毎日殺しに向かうと思うわ」
「わかった」
許しが出たかのように、僕はゆっくりと顔を上げた。
僕が伊地の家に辿り着いたのは一時ちょうど。
さて、出てくれるか。
「…………」
まあ、出てくれるわけはないよな。
出ない状況考えるならば……今押したところにスマホの一部についているカメラがある。
ということは、今僕の光景を安全地帯から高みの見物を決めこまれているか、そもそもチャイムが鳴ったとしても出ないと決めているか。
どちらにしてもこのままじゃ埒が明かない。
ここは強行突破するしかないか……。
『主様、微か匂いがする』
『どういうことだ? 【黒霊病】の症状がわからないからなんとも言えないけれど、進行度合いによっては風邪みたいだからってお出掛けでもしたっていうのか?』
『そんなのは妾に言われてもわからぬわい。じゃが、確実にここを通ったような感じに匂いが残っておる』
僕は現状をまるで理解できていない。
症状をちゃんと理解していないというのもあるけれど、そもそも伊地の妹は【黒霊病】がどこまで進行してしまっているのかがわからないんだ。
深刻な心持でここまで来てみたものの、もしかしたら本当に買い物とか出掛けられるぐらい軽症なのかもしれない。
前者であれば急がなければならないが、後者であった場合は急ぎ損だ。
いや……悪化してからじゃ遅い。
治せるのならば、できるかで早い方が良いに決まっている。
こんなところで立ち止まっていても仕方がない。
『絶レーダーには写せたりしないのか?』
『無理じゃの。そもそも前にも言ったが、妾の意思でやっているサービスではない』
『そうだよな。追いつくには少しばかり時間が掛かるかもしれないが、地道に歩いていくしかないな。絶、道案内を頼んだ』
『了解じゃ』
「えへへ、おんぶしてもらうの久しぶりだね」
「そうね。最後におんぶしてあげたのは――」
「憶えてるよ。私が小学校二年生の時だったよね。嬉しいことがあって、調子に乗って走り出したらズサーッと転んじゃって」
「おっちょこちょいなのは昔からだったわね」
「ぐぬぬ……否定はできない」
あの時は、とんでもないほど泣いていたわね。
耳がはちきれそうかと思ってしまったわ。
それに、汗やら涙やら鼻水やらよだれやらで私の背中はびしょびしょになってしまったのを憶えている。
今も似たような状況だけれど、不思議ね、今も昔も他人だったらすぐにでも逃げだすというのに、舞が背中に居るって思うだけで全然違う。
そして重くて腕が痛いけれど、背中に居るのが舞だって思うと不思議と頑張れちゃうわ。
「あ、この道じゃないかしら」
「もう着いたの?」
本当に懐かしい道。
なにか特徴があるわけでもない一本道。コンクリートで補装された道の横には草や野花が咲いているだけ。
今は誰も歩いたりしていないけれど、昔の記憶ではよく犬の散歩をしている人が居たような記憶がある。
だけど、今はこんなにも人気がない場所になってしまったのね。
目線を少し逸らすと、流れの緩い川と何もない野原。
遊具の一つもないけれど、それがまた良くて、のんびりした時間を温かい太陽に照らされながら過ごすのがまた心地良かった。
坂道の草の上に座って景色を眺めながら弁当を食べたり、野原に寝転がってお昼寝したり、川の近くまで行って石を投げこんだり。
そのどれもが今でも思い出せるぐらい新鮮で、大切な記憶。
「お姉ちゃんも疲れたでしょ。下に降りたら、前みたいに寝転がったりしようよ」
「そうね」
がくがくな足を必死に踏ん張って、階段を下りた。
そしてすぐに舞を逆へ下ろして同じく腰を下ろす。
ずっと前屈みだったせいで、妙に陽の光が眩しい。
「風邪も気持ち良いし、太陽も気持ち良いね~」
「本当ね。人目を気にしないなら、昔みたいにここでお昼寝するのもありね」
「いいね~。もしかしたら全然人が居ないみたいだし、寝てみちゃう?」
「もしもするとしても、舞だけね。さすがにこの年でこんなところで二人とも寝てたら、それを見た人に救急車を呼ばれかねないわ」
「ぷふっ、たしかに。大騒ぎになっちゃうね」
でも、それもありなのかもしれないわね。
考えたくもないけれど、これがもしも最後の外出になってしまうのであれば、舞がやってみたいことを全て叶えてあげたい。
横で顔を赤目ながら苦しそうにしている舞の頭を優しく撫でる。
「どうしたのお姉ちゃん」
「私は起きているから、舞は少しぐらいなら寝てみてもいいんじゃないかしら」
「え、本当に良いの?」
「ええ。こんな、陽の光がお布団みたいに温かくて、心地良すぎる風もあるのよ? これこそがお昼寝日和というやつよ」
「えへへ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
「それが良いわ。ゆっくりとお休みなさい」
この方向は……。
『絶、本当にこっちの方向で大丈夫なのか』
『間違いない。妾も少しばかり驚いておるのじゃ』
向かっている方向に覚えがある。
たった数日前に仕事できた場所。
普段は特に場所への思い入れはないけれど、あの場所は初めて死を予見した場所だ。
しかも絶の能力を初めて知った場所でもあり、絶を久しぶりに見た場所でもある。
情報量が多かったというのもあるが、それだけのことが起きた場所をそう簡単に忘れる方が無理だ。
あの屋敷跡地も同じく。
『しかし、既に十分は歩いているよな。この様子だと、本当に妹の方がピンピンしていそうだよな』
『……少し言い難いのじゃが、妾がこうして匂いを追えているのには明確な理由がある』
『薄々そうじゃないかって思っていたけれど、やっぱりそういうことなのか』
『そうじゃ。あの"黒い匂い"は以前より濃くなっておる。これが意味するところを知りはせぬが、かなり進行してしまっておると踏んでよいじゃろう』
『だよな……』
ったく。
今日は何一つ笑えやしない。
絶に言われるまで気づいていない振りをしていた。
そうじゃないでくれと、どこか期待していた。
目を背けていた。
こんなことをし始めて、こんなところまで来て、まだ覚悟が決まっていない。
情けないな。
もしも師匠がここに居たのなら、頬に張り手でもくらっていたのかな。
衣月ちゃんと小陽ちゃんの顔がよぎる。
伊地は今、誰にも相談できずに苦しんでいるはずだ。
……だけど、僕も今、誰にも相談できずに悩んでいる。
祓魔師としての仕事だっていうのに、これじゃあ誰に見られたって笑われちまうな。
『いいや、妾は笑わぬぞ』
『……』
『主様は他の者が持たぬ"心"を持っておる。他の者をあまり知らぬが、少なくともあの宮家というやつを見ていたらわかる。――主様は、相手に寄り添い、相手のことを想い、相手を尊重しておる。じゃからこそ、心が苦しいじゃろうが――じゃが、それは決して無駄ではない』
『ありがとう絶。……僕の心が弱っていたら、惚れていたぜ』
『そうなのかえ? 主様は、妾に見惚れておったのを忘れてはおらぬぞ?』
『そういえばそうだったな。僕はお前に見惚れていた。惹かれていた。それは間違いないな』
まさかな。
まさか最強の吸血姫様に慰めてもらえるだなんてな。
『絶のおかげで思い出したよ』
『おっ』
『僕は助けを求める相手を絶対に見捨てない。助けを求められるならば、僕は僕の全力をもって助ける。ただそれだけだ』
『かっかっかっ。それこそが妾の主様じゃ』
見覚えのある一本道に出た。
なんの装飾があるわけでも、家々が並んでいるわけでもないコンクリート道。
時折咲いている野花は、散歩なんかしていたら癒しポイントだろう。
こんな見晴らしの良い所に出れば。
『主様、下の野原に"匂い"が続いておる』
『わかった』
ここまで来れば、もはや自分の目で確認した方が早い。
僕は野原まで坂道を滑り降りて、視野を広げる。
すると、答えはすぐに見つかった。
少し離れている場所からでもわかるほど艶やかな黒髪を垂らす少女。
そして、その隣に寝転がる人物を目視。
こちらに気づいていないのを良いことに、僕はそちらへ歩き出した。
「よお。今日は天気が良くて気持ちが良いな」
「……何の用かしら」
ギロリッと、いつも以上に鋭い視線を向けられる。
「見てわからないのかしら。私は今、誰かと話せるような状況ではないの。わからない? 暇じゃないってことよ」
ちらりと隣に居る人物に視線を向けると、とても気持ちよさそうに寝ているようだ。
「そうだな。このまま話を続けるには妹さんが起きてしまう」
「……なぜこの子が妹だと知っているの。――もしかして、美勝さんの仕業かしら」
「一部そうであるが、森夏からはそこまで情報を聞いていない。僕にも妹達が居るんだ。年齢的には一つしか違わない」
「……そう、なのね。知らなかったわ、あなたに妹が居たなんて。ん、妹達?」
「ああ、妹達は双子でね。両方女の子なんだ」
妹さんは眠っているけれど、息苦しそうにしている。
長話をしている場合じゃない、早速話題に入らないと。
「伊地、頼むから答えてくれ。頭の良いお前なら、いろいろと勘づいているかもしれないが、妹さんは【黒霊病】を患ってしまっているな?」
「だとしたらなんだというの。あなたに関係があるのかしら?」
「ある、大いにある。信じてもらえないかもしれないけれど、僕は祓魔師だ」
「やっぱりそうだったのね」
「なんだよ、そこまで気づいていたのかよ。じゃあ」
「だからなんだというの? みるからに末端の祓魔師にしかみえないあなたに、一体何ができるというの?」
「そのことに関しては否定できない。実際に、僕は新米祓魔師だ。それに、【黒霊病】についての対処法を知っているわけでもない」
「ほらみなさい。そんな相手に、大切な妹を任せられると思うの?」
「……無理だな」
「ふざけないで。逆に考えてみなさい。あなたの大切な妹達がこんな状況になって、赤の他人に任せられるの? その後、一生会えないのかもしれないのよ」
「……」
僕はそのことに何も言い返せない。
「ごめんなさい。少しだけ言い過ぎたわ。でも、妹を持つ同じ立場ならば、わかるはずよね」
「ああ、そうだ。だから……だからこそなんだ。だからこそ、僕にお前の妹を助けさせてくれ」
「いい加減にっ――」
伊地の言葉より先に、僕は深く頭を下げた。
「その不安が理解できるとは口が裂けても言えない。だけど、僕だって考えた。考えまくった。もしも、僕の大切な妹達が同じ病になったとして、未熟な自分の手で救えるのか、誰かに預けられるのかを。――考えた。胸が苦しくても、必死に考えた」
「……」
「情けないよな。そんなに考えたところで、答えは出なかった。出せなかった。でも、これだけは言える。絶対に諦めなって、最後まで一緒に居てあげるって」
「そうよね。そこに行き着くわよね。なら」
「でも、僕には救える可能性がある力がある。だから最後まで諦めずに自分の力を信じる。助けたいって気持ちを絶対に絶やさない。そして今、僕は伊地の妹を助けてやりたい、助けたいんだ。どうかお願いだ。一度で良い、僕を信じてはくれないか」
僕は頭を上げない。
今、伊地に力一杯に殴られようが、蹴り倒されようが絶対に抵抗しない。
立てなくなったら土下座してやる。
「僕にお前に大切な家族を護る手助けをさせてはくれないか」
「――……わかったわ。あなたって意外と強情な人なのね。でも忘れないで、あなたも十分に理解していると思うけれど、もしものことがあったのなら、私はあなたを一生許さないから。もしかしたら、あなたを毎日殺しに向かうと思うわ」
「わかった」
許しが出たかのように、僕はゆっくりと顔を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる