放り投げたい気分です。

マナ

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人生は余暇である

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夫の浮気をネタにこさえて、女友達とディズニーへ遊びに来た。
開演時刻に舞浜駅で待ち合わせし、たくさんの人に追い抜かされながらのんびりとゲートへ向かえるのは、お互いに年パス保持者故である。

「あー恋したい恋したい恋したい」
「おい専業主婦。それでいいのか」
「だーってぇ。旦那が浮気しても、なーんも感じないんだもの!」
「そう。私は申し訳なく思ったわ」
「え、何!? 浮気しちゃった感じ?」
「いや、したのは旦那」
「えー! 何でそれで申し訳なく思うの? タマ潰す勢いで怒ったってバチあたんないよー」
「下品」

夢の国へと向かう人混みの中、なんとも姦しいエグい会話だ。横をすり抜けていった男子学生の集団の一人がギョッとしたように振り返っていった。
ごめんよ、青少年たち。

隣を歩く友人は中学時代の演劇部仲間だ。
何を言っても問題ない。
立場は一緒だ。普通に高校、大学、就職、そして結婚。今ココだ。

「まあ、でもさ、私もそんな怒り湧かなかったといえばそうなんだよねぇ。申し訳ないとかは全然思わなかったけれど、ショックでもなかったんだよねぇ」

それがショックだったわー。
軽やかに言ったつもりだったが、隣から直ぐに反応がないせいで、空回ってしまった気がする。おいこら、反応しろよ。

かつて可笑しな笑い方をする神様を演じたこの友人は、ふーん、ワンテンポ遅れて微妙な相槌をくれやがった。

会話を一旦途切れさせ、パークイン前の荷物検査をし、既に入場を開始している列の最後尾に流れるように着けば、そう待たずとも夢の国へと入ることはできた。
普通に混んでる日だ。激混みでも、閑散でもない、フツーに混んでる日。

まずはファストパス。次に何か空いてるところに乗って、レストラン開店と同時に入店して朝食を摂る。
あとは適当に散歩しつつ、楽しみつつ、お喋りだ。

嗚呼、ディズニー最高!

この現実世界と違った空間で生々しい現実の愚痴を吐き出すことによって如何許りのストレス発散となっていることやら!

ビッグサンダーマウンテンのファストパスを取り、カリブの海賊の五分待ちの列に並んだところで、またどっぷりとお喋りタイムに突入する。

外が明るい分、眩むように暗く感じるカリブの室内で、プールの塩素の匂いを感じながら、人生について語る。

「いやあ、でも、ほんと、人生って何だろうね? 取り敢えず生き物としては、子孫残すことが最重要事項だと思うべきかね?」
「ああ、生物としては、そうよねぇ」
「だよねだよね! でもさ、正直今は結婚するしない出産するしないはさあ、個人の自由になってるわけじゃん? どうなの? 人として? 生き物として? もはや本能的なあるべき種の使命なんてないじゃん!」
「まぁ、人間が多すぎってことかもねぇ。少子化とかなんとか言ってるけどさ、見てみなよ。人間なんてそこらじゅうにいるから」
「やっぱ退化してるのかなぁ。こう、性能的に? もう増えなくていいよ、みたいな神の思し召し?」

かもねぇ、と適当に相槌を打つ友人の横っ腹へ手刀を繰り出せば、三倍返しにされた。ちくしょう。

元・神様、現・浮気された人妻は、紗が剥がれたようにつまらなそうな顔をして、言った。

「ま、取り敢えず、テンプレ人生ルートでいいんじゃない? いやなら、外れればいいだけ」
「ハイ、先生! 浮気問題はテンプレですか?」
「珍しくもないことだと思いますよ、問題児さん」

むぅ、と口を尖らせて、アトラクションの目の前まで進めば、キャストさんに何名か問われる。
二名です、とにっこり笑って告げれば、一番を案内される。よっしゃ一番前! しかも四人掛けのところ、混雑してないから二人で独占!

「例えばさ? 周囲の結婚ブームの波に乗ってなかったら、今ごろどうなってたかな?」
「今より人生エンジョイしてたかもしれないし、劣等感で鬱になってたかもしれないわね」
「両極端!」

はは、と笑いながら進むボートの上で流れ星を探した。ええっと、願い事は。

「恋したい。恋したい。恋したい」
「無病息災。無病息災。無病息災」

キラッと流れた。けど。
お互いなんつー願いだ。
隣同士顔を合わせ、小突きあった。

「本当に恋したいの? もう三十路越えだよ?」
「したい! めっちゃしたい! こう、破滅してでも飛び込む気になるような、そんな恋したい!」
「私はごめんだわ。そんな体力ない」
「ちょっとちょっとやめてよ! まだ一応三十代よ?」

この友人はいつもそうだ。
演劇では、過激な役を買って出る癖に、その反動なのか、実生活は平坦で単調でありきたりな選択ばかりする。
かくいう自分も同じようなものだが。

ーーああ、だから浮気されんのか?

「なんかさぁ、むかーし思い描いてた理想が高すぎて、今の生活が現実に思えないっていうか、ここまで理想と違うとどうでもよくなってくるっていうか......そんな気がしない!?」
「ああ、まあ、落差あり過ぎて、諦めてる感じ?」
「うんまあ、似た感じなんだけどさ。理想の中では、もっと外を意識してキラキラ輝いていたんだけど、現実はまるで輝いてないからさ、もう外はどーでもよくって、あとは、私の中で楽しいと思うことだけしてればいんじゃね? みたいな?」
「......わかるようなわからないような」

ゆっくり流れるボートの上で、ああ、海賊やってみたいなあ、なんて思いながら、ちょっと想像してみる。
心休まる時がなさそうだが、つまらないと思う時間はなさそうかな、なんて思ってみたり。

ああ、でも、それじゃあ、人生なんて一瞬なんだろうな。短く感じちゃうんだろうな。

「......でもさ、私多分、もう一度人生やり直せても、同じ道辿ると思うんだよね」

反対側を向いていた友人がそう言う。
うん、それもわかる。
自分であることには変わりないから、きっと同じ選択をしてしまう。
それくらいには、幾度もの帰路で迷って、考えて、選びとって来た道だから。

唐突に、閃いた。

「ああ、違うや」
「うん?」
「恋したい、って思ったの、前はあったからだ」
「......ああ、前に恋をしていた時のこと?」
「そう。昔はあったあの病気みたいな熱量がどっかいっちゃって、私はそれを取り戻したいのかも」

私がそう言うと、沈黙の後、友人はちょっと笑った。

「強欲ね。でも、それはわかるわ」

その言葉に、ふっと靄が晴れていくようや感じがした。そうだ。新しい何かより、かつて持っていたものを再び手にしたい、と思う。

「円満な家庭や、新しい家族って、これから手を伸ばすものよね? まるで博打だ。今から追いかける夢もそう。小さい頃からピアノをやってるせいで、たまに本気で仕事を辞めて、音大に通ってピアニストを目指そうかと思ったりもするの」
「いんじゃない? 人生一度きりよ?」

そう。その通りだ。
人生は一回こっきりでリハーサルなんてない。
いつだって、いまだって、本番真っ最中だ。

「でも、今からじゃあ、私が人生ダラダラしていた間、ストイックに励んでいた人たちには到底追いつけない。同じ世界へ飛び込んでも、悔しい思いしかしないに違いない! 夢半ばで死ぬかも」
「変なとこでネガティヴよね」
「いやいやいや、そんなものだよ。人生って」

そしてどっかから得た知識を、記憶の箪笥から引っ張り出す。

「昔誰かが言ったらしいんだけとさあ」


ーー人生は何かを成すにはあまりに短く、何もしないにはあまりに長い。


「だから、やっぱり、私は何もしない。足りないっていう風に悔しい思いするのはヤダ! ピアニストも目指さない! 恋愛も......うん、ほどほどに! ただ、単発的に好きなことだけする! ......なんて贅沢!」
「旦那の浮気は?」
「うーん、どうでもいいや! されても悲しくならなかったから悲しいなって思ったけど、錯覚だわー。悲しくなくてオッケーオッケー。楽しければいいの。お詫びの品はふんだんにもらうけど」

いつの間にか終わったカリブの海賊の建物をでれば、一瞬目が眩む。
眩しい青空だ。

三十路越え女二人して伸びをする。身体が軋んだ。
そして次のアトラクションへ歩き出す。

「なんか大学の頃の春休み思い出すわー」
「あー、長かったよねー」
「うん、うんざりするくらい」

でも、なんやかんやで、時間は経つのだ。



「人生なんて、ただの長い余暇よ」

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