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第3章 救いを待つ世界(俺)は

第3章 救いを待つ世界(俺)は

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「この場所が、あなたの心臓に当たる――」
「あぁっ」
「感じるでしょう? ここは既に、僕の手中――支配下にあるのですから」
 魔王は俺の身体を支配しながら、教えてくれる。
 俺と世界には繋がりがあると。

「本当に貴方は、世界に相応しい方だ……」
「……」
 俺を見下ろしながら、魔王はどこかうっとりした口調でそう語る。
 どうにも信じがたい事実をどう受け入れて良いのか口ごもっていると、魔王は更に話を続けた。

「貴方も気付いていたでしょう? 自らに降りかかる試練の数々を」
「……だから、何だ?」
「世界に危機が訪れる度、貴方の身にはそれに近い災いが降りかかっていたのです」
「……」
 俺と世界が連動してる?
 それだけの事実で全てがそうですかと飲み込める訳じゃない。
 そんな顔をしていたのか、魔王はどこか勝ち誇った様子で俺に手を伸ばしてきた。
 俺の顔の真横、ベッドの上に手を突く。
 そのまま自由になった手を伸ばすと――何故かリモコンを掴みTVをつけた。

『三日前から続く異常事態は――』

 映った先はちょうどニュースだった。
 いや、特番とあるから、多分どのチャンネルでも同じ内容を放送しているんだろう。
 そうか、あれから三日が経過したのか……
 外部の状況を掴んだ俺は、やっと把握した。
 それまで……ずっと、魔王に溺れていたから。

 魔王に支配されてからも、左胸の疼きは続いていた。
 そんな俺を、魔王はずっと弄ぶように煽り、抱き続ける。
 抵抗は、あった――筈。
 それでもなすがままになってしまったのは、疼き続け熱が冷めることのない身体と――ほんの僅か抱いている希望のせいだろう。
 身体の方は、魔王に鎮めてもらわなければ一瞬たりとも我慢できない程、激しい欲望に囚われていた。
 そして、希望――

 ユウが来てくれる。
 俺がもし世界なら、真っ先にユウが助けに来てくれる。

 何の確証もない、けれども絶対に捨てられないその希望に縋り、そのためには魔王の側を離れない方がいい――そんな風に結論を出してしまっていた。

「そういえば――」
 ユウのことを思い出した時、ふと心にひっかかるものがあった。
 魔王は、言っていた。
 俺のことは何でも知っていると。
 あいつが、俺を救いに来ると。

「何で――知ってるんだ?」
「どうしました?」
「いや、お前、その……」
 どうして、ユウのことを知っているんだろう。
 俺が世界に嫉妬していたって、知っているんだろう。
 手中に堕ちて、身体の全てを好き勝手貪られて――それなのに、基本的なことは何一つ分かっていない現状に今更ながら焦燥感が沸いてくる。

「……僕は何でも存じています」
 すると魔王はゆっくりと俺か視線を離すと、TVへと向ける。
「ご覧ください」
 TVを?
 言われるまま画面を見ると、そこには地図が映っていた。
 赤い点が二つ映っている。
 一つは、俺もよく知っている場所、学校。
 そしてもう一つは……?
「昨日、新たな箇所を支配しました」
「え、昨日!?」
「ええ。貴方が何度も絶頂し、意識を手放した後――」
「いや、そこは説明しなくてもいいから!」
 俺の質問に答えるように、魔王はどこか面白がるように俺に指を突きつける。
 既に何度も弄ばれた左胸の先端。
 触れてはいないのに、それだけで今まで快感を煽られた記憶が蘇り身体が酷く熱くなる。
 しかし魔王の指はそのままゆっくり移動する。
 右の、耳に。
「次に支配したのは、此処になります」
「あ――!?」
 触れた瞬間、ぞわりと奇妙な感覚が広がった。
 この感覚には覚えがある。
 これは、左胸と同じ疼き――!
「この世界を、貴方を、私は二カ所支配しました」
 言いながら魔王はゆっくり耳をつまむ。
 その指に力を入れると、甘美な感覚が全身に広がってきた。
「貴方の身体も――この部分は、新たに私の支配下になったのです」
「は……あ、ぁあっ!」
 魔王が囁くが、もうその声は頭に届かなくなっていた。
 この三日間と同じ――ただ、その身体を魔王に差し出し疼きを鎮めてもらうだけ。
 その間は、世界のことも自分のことも――そしてユウのことも考えられない。

 そのまま、ゆっくりと時は進む。
 魔王の支配地が増えていく。
 左胸、右耳、右足の指先、首筋、そして……。
 俺は、世界は、次第に魔王に犯されていくのだった――

   ※※※

「あ……はぁ、んんんっ」
 疼く。
 左胸が、右の耳が、指先が、魔王に支配された身体は気を休める間もなく終始疼いていた。
 魔王が俺を支配し欲望を解放するほんの刹那、その疼きは楽になる。
 しかし離れてしまえばすぐ身体は燃えるように熱くなり、俺は疼きに苦しまされることになるのだった。
 そうならないように――なのだろうか。
 魔王はいつも俺を乱暴なほど激しく弄び、何度も絶頂へと導き、意識を失うまで抱き潰す。
 その後俺は死んだようにぐったりと眠り込み、魔王が戻ってくるまでの間疼きで苦しまずに済むのだった。
 不思議なことに、精神的疲労以外、身体に不調は訪れない。
 空腹も、疲労もない。
 魔王の支配下にあるこの場所は、外部とは時間の流れすらズレてしまっているようだ。
 それでも魔王が部屋を開けている間うっかり目を覚ましてしまえば、こうして酷い疼きに苦しめられるのだった。
 魔王は、多分、しばらくは戻ってこない。
 外の地を支配していると言っていた。
 一体どのようにしているのか、被害はどうなっているのかも分からない。
 TVを見ても、どうやらこの現象を正確に理解している人物はいないようだった。
 ただ場所だけが分かる。
「ん、ぁあ……っ!」
 今度は、手のひらだった。
 右の手のひらが痺れるように疼く。
 この部分が今、魔王に支配されているのだろう。
「はぁあ……っ、ん……っ」
 ぎゅっと手を握るが、それくらいで疼きが解消されるはずもない。
 それにつられるように疼く身体のあらゆる箇所に、俺はただベッドの上で悶えるだけだった。
「あぁあ……っ、も、だめ、だ……」
「助けて……誰か……ユウ……」
 頭の中が真っ白になるのを感じながら、うわごとのように誰かの名前を口にしていた。

(――り、みどり!)

 声が聞こえた、ような気がする。
 あるいは限度を超えた俺の幻聴だったのかもしれない。
 次いで、誰かに肩を抱かれたような気がした。
(翠、無事か!)
 ――ああ、魔王が戻ってきたのか。
 胸を僅かにざわめかせる幻聴よりも、その事実に俺は心から安堵していた。
 これで、疼きを鎮めてもらえる。
(助けに来た、翠……!)
「ああ、助けて……」
 救われた思いから、身体から力が抜けていく。
(どうしたんだ?)
「俺、も、駄目だ……」
(大丈夫だ、俺が、すぐに――)
「早く……早く、鎮めてくれ、魔王……っ!」
 無我夢中でしがみつくと、相手が息をのむ気配がした。
「支配されたところが、熱くて、我慢できない……」
(み、どり……)
「お願いだ……いつもみたいに、助けて……俺を、支配して……!」
(翠……)
 耳元で幻聴がざわつく。
 それでも俺は身体の熱に抗えず、魔王からの支配を熱望する。
 なのに目の前の魔王はいつもとは違い俺を押し倒し支配することなく、呆然と俺を見つめていた。
(お、願い……)
 切なさが募りぎゅっと服を握りしめ懇願すると、そっと肩に手が置かれた。
 ごくり、と喉を鳴らす音。
(――分かった。俺が、楽にしてやる――)
 どこかで聞いたような幻聴だった。
 ほんの少し胸の奥がざらりとするが、それも一瞬。
 次の瞬間俺はベッドに押し倒されていた。

「ん……っ!」
 唇が塞がれた。
 熱い唇が重なったかと思うと、強引に口をこじ開けられ舌が侵入してくる。
「う……んっ、んむぅ……っ」
 今日は、唇が支配されたんだろうか。
 触れ合うだけでかつてない程熱が煽られる口づけに、ぼんやりそんなことを思う。
 だけどそれだけでは終わらなかった。
 入り込んだ舌は俺の舌に絡みつき、歯列を愛撫し、俺の口内を余すところなく侵略していく。
「ん……んんんっ、は、あふ……っ!」
 体中が全て舌に支配されたような感覚。
 俺は無我夢中で甘美な快感を貪っていった。
「はぁ……んっ、んんん……っ」
 互いの唾液が絡まり、唇が離れても別れを惜しむようについと糸を引く。
 その上から更に何度も口づけを落とされ、完全に身体と思考は蕩かされていった。
「はぁあ……も、もっと……」
 キスで疼きは少し楽になったが、今度は身体の奥に火がつき堪えられなくなっていた。
(――)
 悶える俺に、魔王が馬乗りになる。
 ほとんど纏っていない程度の服をはぎ取ると、素肌に口付けた
「あ……っ!」
 右の胸に、腹に、肩に。
「う、んんん……っ!」
 柔らかな唇の感覚にほっと息を吐きつつ、望んだ箇所に落ちない唇がもどかしくて身を捩る。
「や……だあ、焦らさ、ないで……っ」
(……っ)
 辛そうに息をのむ気配がした。
 魔王なのに、どうして――?
 そんな疑問を差し挟む余裕はない。
 魔王の手を取ると、自身の疼く場所へと誘導していった。
「ここ、辛いんだ……っ、鎮め、て……っ!」
 左胸に温かく大きな手を感じて、快感と安堵に身を震わせる。
「お、ねがい……いつも、みたいに……」
 その手のぬくもりに、僅かに頭の隅がざわめく。
 胸が警鐘を鳴らすように高鳴っていった。
 だけど、身体の奥からわき上がる熱が全てを飲み込んでいく。
「俺を……めちゃめちゃに、支配して……っ!」
(……ああ、分かった)
 何かを押し殺したような幻聴が聞こえた。
(望み通り――滅茶苦茶にしてやる)
「は――ぁあっ!」
 それと同時に、太股をぐいと掴まれ大きく足を割り広げられる。
「あ……あぁあん……っ!」
 足の指先に唇が落とされた。
 つい先ほどのキスとはまるで違った、荒々しくもねっとりした舌が足指を侵略していく。
「ふぁあ……んんっ」
 爪の先から指の股の間まで丹念に舐め上げられたかと思えば荒々しく噛みつかれ、その落差に腰ががくがくと震える。
「ぁあ……あっ」
 舌は足先から上へ上へと這い上がり、膝裏を愛撫し太股へと進んでいった。
 その先には、期待に満ちた昂ぶりと、窄み。
「……はぁあっ」
 魔王の目の前に露わになった窄みに、ゆるやかなキスが落ちた。
 唇で、舌でねっとりとその箇所を解されていく。
 今まで、こんなに丁寧に触れられたことはなかった身体がもどかしさに悲鳴をあげていく。
「あぁあ……やっ、そんな、ぁ……っ」
 声を漏らすと、まるで気遣うように唇が離れる。
「や、めないで……お願い……!」
 焦らされたと思った俺は悲痛な声をあげ懇願する。
「ほ、しい……魔王、のが、はやく、ほしい……っ!」
(……)
 いつもならすぐに反応がくるその言葉に、返ってきたのは沈黙だった。
 空虚な感覚にどうしたのかと疑問をもたげたその瞬間――
「ぁ……あ、は、はぁああああああんっ!!」
 熱い塊が俺の中に入ってきた。
「あぁあっ、んっ、これ、あぁあああ……っ!」
 奥深くに受け入れる待ち焦がれた感覚を、俺は声をあげ受け入れていく。
「あぁ……は、ぁあん……っ!」
 さんざん焦らされたせいなのだろうか。
 それとも、自身を貫く熱がいつもより酷く熱いからなのだろうか。
 身体はいつも以上に反応し、まるで初めてのように――ずっと昔から胸に抱いていた欲望が叶ったかのように、ただ歓喜と快感に身を任せていた。
「うぁあ……んんっ!」
 真奥を突き上げた熱は、ふいに乱暴に引き抜かれ再び俺の内側を抉る。
 乱暴に腰を動かし俺をかき混ぜていく熱に、俺は夢中になっていった。
「あぁあ……はぁっ、んぁあ……っ!」
(翠……)
「はぁあ……っ、あ、あはぁっ!」
 時折聞こえる幻聴が、俺のより深い部分を抉っていく。
 身体だけでなく心の奥まで貫かれているようで、胸の奥が――表面だけでなくもっと深いところが熱くなってくる。
「あぁあ……っ、んっ、こ、れ……ひぃン……っ!」
 快感とともに感情が渦巻き、目に熱いものがこみ上げていた。
「あ……」
 顔が近づき、目に浮かんだ涙をそっと唇で拭われる。
「あ……あ、あぁあ……」
 その行為に、言葉にならない感情が膨れあがる。
 どれだけ愛されても、支配されても揺らがなかった自分の奥底に触れられ全身が痺れていく――
(翠……みどり……っ!)
「は、ぁああんっ!」
 けれども身体の内側をかき混ぜる熱は止まらなかった。
 俺の腰を高く持ち上げガツガツと叩き込むように激しく責め立てたかと思うと、ぐいと後ろを向かせ、動物のような体勢のまま後ろから密着して犯していく。
「ぁあ……っ、は、んんん……っ!」
 後ろ向きになったことで魔王から顔が離れ、酷く心許ない気持ちになる。
「あぁあっ、はっ、ふぁあ……っ!」
 身体は今まで以上に密着し、繋がった部分からぐちゅぐちゅと淫らな音が聞こえてくる。
 これ以上ないほど近くにいるのに――酷く大きな隔たりを感じる。
 それは今まで全く気にならなかった感情。
「ふぁあ……っ、お、願い……っ、が……っ!」
(……もっと、欲しいのか?)
「んんん……っ、ちが、う……」
 違う、欲しいのは……
「さ、みしい……」
 それは最中に言葉にするには、酷く場違いなものだった。
「キス、して……側に、いて……」
(みどり……っ!)
「ぁ……ん、んんん……っ!」
 繋がったまま強引に首を抱えられ、後ろを向かされキスされた。
 身体の奥に、心の奥に、熱を感じる。
「ん……ぁ、あ、はぁああああ……っ!」
 今まで感じたことのない、胸の温かさ――幸福感が広がっていく。
 そのまま全身に快感が広がり、頭の中が真っ白になっていった。
「あぁあ……っ、は、あ、あぁあ……っ!」
(……翠……っ)
 真奥で熱が弾け、熱いモノが流れ込むのを感じる。
「は、ぁああああ……っ!」
 ただただ幸せで、夢のようなこの一時を、俺はひたすら貪っていた。
「……ユ、ウ」
 意識が薄れ、完全に途切れてしまう直前、心の奥に眠っていた大切な存在がほろりと口から零れるまで。
 それは言葉にもならない、吐息のように小さく生まれた単語だった。
(……!)
 たった二文字に、目の前の存在が揺らぐほど大きな衝撃を受けたような感覚があった。
 一体、魔王に何が……
 ほんの少し――いや、何か、大きく心に引っかかる部分はあった。
 だけどそれ以上に、許容量を超えた快感に俺の心身は限界を超え、ぷつりと糸が切れたように意識を失ってしまったのだった――

 ――それが契機になったかのように、世界は急に荒れ始めた。
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