50 / 79
逆行転生編1
02
しおりを挟む邸宅周辺の森を抜けて本来のコースから迂回し街道を抜けると、菩提樹の精霊が宿るとされる古い大樹があり、それ故に一般の人々にとっては禁足地だった。
「カエラート様、許可を得ているとはいえやはり禁足地域に足を踏み入れるのは緊張いたしますね。心なしか、馬達の落ち着きがない。普段より揺れるかも知れませんが、我慢してくだされ」
「ふうむ……人間だけでなく、馬達までも調子を崩すとは想定外だったな。やはり、精霊様のご神力が強い土地と言うのは動物達にも影響力を及ぼすのか。おぉっと……足止めか?」
馬の嘶きと同時に、馬車がぐらりと揺れて動きが止まる。メイドがドアを開けてカエラート男爵が魔法剣を携え、二人で警戒しながら外へ出る。すると、従来道が成り立つべき位置に黒い無数のいばらが進路を妨げていた。そして、侵入者を退かせるように現れたのは、ウサギやリスなどによく似た数匹の半透明な小動物の霊体。
『理由ナキ者ヨ、立チ去レ』
つぶらな瞳が妖しく輝き、その小さな内側にただならぬ魔法力を蓄えていることアピールしているようだ。つまり、小さき者達なりの精一杯の威嚇と言えよう。
「ウサギのようでいながら浮遊する霊体、菩提樹に仕える守護精霊でしょうか?」
「これはこれは、可愛いらしい容姿に似合わず随分と強い魔力……警戒されてしまっているね。いやはや、流石は閉ざされた秘密の聖地といったところか。チッ来るぞ!」
ザザザザザッ!
シュッ!
止まらない槍の連撃ようにイバラが襲い掛かるが、カエラート男爵は魔法剣を、メイドは懐に隠していた苦無で応戦する。
「精霊達よ、どうか話を聞いてほしい。我が名はアルベルト・カエラート、この辺りの男爵を務める魔法剣士、そして精霊に仕える双子の巫女のララベルの婚約者でもある。今日は、同じ生命の樹の系譜を引き継ぐ女性を娶る立場として、挨拶に来たんだ。巫女より賜ったこの八角形の鏡、八卦鏡がその印だ」
ヒィイイインッ!
天に掲げた八卦鏡が、イバラをみるみるうちに退けていく。そしてカエラート男爵が、菩提樹と関わりの深い巫女の縁者であることを理解したのか、守護精霊達はいつの間にか姿を消していた。
* * *
「ここの丘の上から見える景色は、観光地として紹介されてもおかしくないくらい絶景だね。けど、精霊様だっていつも人間に囲まれていては落ち着かないだろうし、勿体無いけど禁足地扱いはしばらく続くだろう」
ざわざわと風が揺らめく菩提樹の周囲は、自然界を司る精霊が住うだけあって清涼な空気に満ちている。まさに心の拠り所と呼ぶにふさわしいが、人間の代表として選ばれた巫女とその縁者にしか、足を踏み入れることが許されていない。
この辺りを仕切るはずのカエラート男爵ですら例外ではなかった。精霊の巫女である双子の片割れと夫婦になることが決まった時点で、ようやく男爵の禁足令が解けたのだ。
「流石は、禁足地の菩提樹の丘。カエラート男爵、わたくしめは所詮、ただのメイド無勢。怪しげなオーラもありませんし、先の道は巫女様と縁者になる男爵様のみでお進みくださいな」
「分かった。では、キミはここで待機していてくれ。僕はあの菩提樹の中でも古くから伝わるとされる連理の大樹に向かうよ」
「はい、お気をつけて」
丘の上の中心に鎮座する大樹は、いわゆる二本の木が一つに合わさった【連理の菩提樹】である。まるで愛し合う男女が一体となるように、二本が一本に結ばれる姿は良い縁を願う人々から深い信仰を集めていた。伝承によると、古い古い男女の夫婦神がこの菩提樹となって眠っているとされているが、実際のところは知る由もない。
男爵はララベルから伝授して貰った形式に則り、鏡を胸に抱きながら祈りの言葉を捧げ、その次に本題に入ることにした。なんせカエラート男爵と菩提樹精霊の若き跡継ぎオリヴァードは、同じ血を分けた双子の巫女の片割れを娶る義理の兄弟となるのだ。それは即ち、カエラート男爵の一族が精霊の一族と血を分ける意味でもあった。
「菩提樹の長老様、貴方様の血族といずれ同族となるやも知れぬ男、アルベルト・カエラートです。人間の巫女を娶ると言う貴方の子孫の御心は、果たしてどのような意図なのか……」
すると光り輝く菩提樹の木々から、呼びかけるように声が聞こえてきた。
『よく来たな、アルベルト・カエラート。奇しくも汝の子孫の魂が時を渡った日に現れるとは、これも因果か。イザベルを……汝の子孫に真実を伝え、のちに世を正しき方向に導くのだ』
「えっ……時を超えた子孫、とは? 精霊様、それは一体どういう?」
ザザザザザッ!
そう告げて震える風とともに、菩提樹の囁きは聴こえなくなった……まるで彼の疑問の答えがイザベルという名の子孫であるかのように。そしてそれはアルベルト・カエラート男爵に、『時を超えた子孫イザベルを導く』という謎に満ちた命題が課せられた瞬間でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
悪役令嬢は断罪の舞台で笑う
由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。
しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。
聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。
だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。
追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。
冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。
そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。
暴かれる真実。崩壊する虚構。
“悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる